13 悪魔の記憶
4年前、ヴォルフ家の血筋の者が次々と殺され始めた。オレはボスの従姉の護衛についたが、あの悪魔達に目の前で殺され、そしてオレは拉致された。
狙いは、ボスの娘――ローム・ヴォルフの居所を知るため。
牢屋の中で、気が狂いそうなほど悪夢を見せられた。幼い時に亡くした両親の死、大事な人達の死を、繰り返し繰り返し見せられた。
血のように赤い瞳を細めて笑う悪魔は、オレを苦しめることを楽しんだ。
幾度も、幾度も、夢の中で大事な人達が殺された。
ボスがオレにロームを頼むと告げて死ぬ夢が多かった。オレがロームの居場所を口にするのを待ったんだ。
だが、オレはロームの居場所を知らない。例え知っていたとしても、オレは決して漏らさない。
どれほど残酷な悪夢を見せられ続けても、ロームだけは、ロームだけはっ。
オレの命をかけて守る。
悪夢から逃げるように闇の中を走った。走って走って、その先にロームを見付ける。それは遊によく似ていたが、ロームだと確信していた。青い瞳だったからだ。
優しく笑いかけるロームを、迷わず抱き締めた。
途端にまとわりついていた恐怖が、浄化されたように消えていく。
ロームの温もりは、心地よい安堵をくれた。
オレの方が背が高いはずなのに、ロームの胸に顔が埋もれる。リアルな感触だった。柔らかく、温もりがある。
暫くして、目を開いた。
オレの鼻が、甘い香りを放つ肌に当たっている。覚えのある香りは、間違いなく遊のもの。
そして、ハッとする。この柔らかさも、温もりも、遊のものだ。
途端に、右腕に重さを感じた。恐る恐ると顔を上げると、遊の寝顔がある。
オレがベッドに使ったソファーに、遊もいた。それだけではなく、夢で見たように抱き締め合う形で二人で横たわっている。
触れる鼻先から、じゅわりと熱が身体中に広がった。遊はシルクのシャツ姿。胸元ははだけていて、そこにオレの顔が埋まっているわけで……。
「あぃわぁああっ!」
「!!?」
右腕を引き抜き、慌てて離れるとソファーの後ろに落ちる。
「いってーな! もうっ……落とすことないだろ、へたれめ」
遊は拍子に落ちてしまったらしい。苛立った声を出す。
背凭れ越しに見ると、遊はコーヒーテーブルの上に座った。乱れた黒髪で目元は見えないが、口調からして不機嫌なことは伝わる。
「っな、っなな、なんでっ!?」
上手く呂律が回らないまま、こうなった経緯を問う。
「なんでって。アンタが悪夢に魘されてるようだったから、起こしてやろうとしたの。そしたらアンタが抱き付いて放さないから。楽になったみたいだし、わたしも眠かったから」
テーブルの上で足を組むと、遊は右手で顔を覆って俯いた。呻いている。唐突に起こされたせいで、低血圧による症状が出たらしい。
どうやら、悪夢に魘されている最中に遊を抱き締めてしまったらしい。だから遊に似たロームが夢に出たんだ。恥ずかしさに襲われ、背凭れに顔を押し付けた。
「たっく……」
「あっ、ゆ、遊……すまな……い」
謝ろうとしたが、遊はオレを振り返ることなくバスルームの中に入る。
遊が優しくしてくれたのに、オレはソファーから落としてしまった……。かなり怒らせてしまっただろう。どうやったら、許してもらえるだろうか……。
ちゃんと謝罪してから、許しを乞おうとしたが、ソファーまで戻ってくるなり。
「で? 4年前になにがあったの?」
黒い瞳が、オレを鋭く見た。
話さないと許さない、と言わんばかりの眼差しと態度だ。
オレは渋々、話すことにして遊の隣に腰を下ろした。
昨日、ボスと椿さんの話を聞いてしまったオレは、問い詰めた。
4年前の――――生き残りがいる。
「アイツらがっ……悪魔の生き残りがいるってことですか!?」
戦慄が指の先まで駆け巡る身体を動かして、紅い瞳で見据えている椿さんの肩に掴みかかる。
「ロームが危険と言うことですか!?」
悪魔達の狙いは、ローム。また狙われる。ロームが、アイツらにっ……。
「落ち着きなさい。ただの憶測よ」
椿さんは、ただ静かに告げた。
「覚えている? あの刑務所で、皮が剥がされたような血塗れの死体を見たでしょ」
「!」
血と黒煙に満ちた戦場にあった死体が脳裏に浮かぶ。その一つに、まるで卵の殻を剥いたような人間の皮と身体があった。
「そういう特徴の死体が、数日前に見付かった。あたしはこれから確認してくる。念のためにシリウスの耳に入れに来ただけよ」
「……同じだったらっ、悪魔の生き残りがっ!?」
オレの頭に掌が置かれ、言葉を遮られる。椿さんは呆れたように、溜め息をついた。
「あそこから逃げられた悪魔は、いないわ。悪魔の生き残りはいない」
断言する椿さんの紅い瞳に、悪魔を感じてしまい、オレは目を背ける。
敵の悪魔の生き残りは、いない。それが、4年前の戦争の結果だ。
「4年前の死体を作った奴と同一なら、ただのサイコの囚人よ。4年前の囚人の生き残りなら、片付ける。ただのサイコキラーでも片付けるまでよ」
それが椿さんの仕事。
椿さんは、オレの頭を撫でると続けて言う。
「貴方は今まで通り――――大切な人を守り抜きなさい。ヴォル坊や」
指先が、オレの頬から顎を撫でると、彼女はそのまま去った。
「羨ましい」
隠すべき箇所はぼかして簡潔に話し終えると、遊が口を開く。
「椿さん、アンタのこと、大事にしてるって感じだった」
「……」
オレは目を丸める。
椿さんに、大事にされている。彼女は、自分や家族のためだけに怒る人。オレは、家族に含まれているのだろうか。
実際に死体を見に行く前に、オレに会いに来てくれたのは気遣い。ニュースで知ってオレがパニクる前に、ボスの耳にいれてそれからオレに話してくれるつもりだったのだろう。
椿さんのあたたかい家族を思い出していたら、オレの太股の上に遊の足が置かれた。遊は肘置きに寄り掛かり、腕を組む。
「わたしの記憶が正しいなら、4年前に刑務所がテロで爆発しなかったっけ?」
そこまで頭が回らなかった。遊がその事件を覚えていたとは……。
焦りが走り、オレは顔を背ける。
「アンタが拉致されて拷問されたのは、その中だったの?」
「……あの、遊……これ以上は……君が知るべきじゃない」
4年前、ロサンゼルスで一番大きな刑務所が爆破されて焼け落ちた。表向きはテロによる悲劇的な事件。実際は、戦場と化した。
遊は知るべきではない。
――――世界の裏側を。
――――悪魔の実在を。
幸い、昨日何度も口にしたが、遊は悪魔を比喩と捉えている。
「……」
「……」
オレが隠したことで、遊の機嫌の悪さが増す。オレを睨むように見下していた。今にも怒鳴りそうな怒りを感じるが、遊は沈黙で押し潰そうとする。
「あ、あの……遊……すまなかった、落としたりして。それから……ありがとう、その……本当にありがとう」
起こしてくれようとしたのに、ソファーから落としたことを謝罪。遊のおかげで、悪夢を見続けずに済んだ。
「嫌な夢から……解放された……ありがとう……」
温もりがオレを悪夢から守ってくれた。
遊に似たロームなのか、青い瞳をした遊なのか、今思い出すとどちらかわからなくて、混乱してしまう。
「……あっそ」
すると遊が、そっぽを向いた。謝罪したから、怒りは一応おさめてくれたらしい。
ピクッと反応する。
クッションを掴むと同時に、部屋の扉が勢いよく開いた。飛び込んで床を転がったカルロが、遊に向かって発砲。
「good morning shot!」
クッションを盾にすることが間に合い、六発目の弾を防ぐことが出来た。
「昨日椿さんに切られたんじゃ?」
「予備ぐらいありますよー」
ホッと胸を撫で下ろして、支度をして朝食に向かった。
「あ、おはようございます! ヴォルアニキ! 遊さん!」
リキが真っ先に挨拶しに駆け寄る。もう一同は大体揃っていた。
「黒猫様に会いたかったです!」
「オレも拝みたかったなぁ」
リキの後ろから、トミーが笑いかける。どうやら、今朝から椿さんの話で持ちきりみたいだ。
やらしい目でオレの師匠を見るなと、睨みで牽制しながら、遊を席に案内して椅子を引く。けれども遊は椅子に座らなかった。
「あれ……誰?」
「え?」
遊はどこかを見て、立ち尽くす。ここに朝食をとるファミリーは、一通り紹介したはずだ。
「皆には会っただろ?」
少し周りを見たが、遊に紹介し損ねたファミリーは見当たらない。
「じゃあ、リキの朝御飯食べてる人、誰」
遊がしかめて見据える先は、オレの後ろ。振り返ると、キョトンとしたリキの顔。リキが振り返る先に、リキの席がある。
そこに座っているのは、黙ってリキの朝御飯を平らげている男。リキの分だけではなく、隣のオレの分まで手を伸ばす。
視線に気付いて、色素の薄い茶髪をした男は、オレと目を合わせた。薄い瞳を細めて、にこりと笑う。
「おっはよぉーヴォルぼぉやぁくーん」
明るく伸ばす声で挨拶する彼は、あまりにも不自然なほど馴染んでいて、彼の異常さが上手く隠され過ぎて、遅すぎる恐怖が来る。
彼が誰か、認識した途端にその場の賑やかさが消えた。
遅れて、リキの席に座る彼から離れていく。どいつも青ざめ、警戒していく。
街中で歩いていても彼は、青ざめられないし、警戒もされない。一見普通の青年だ。
でもオレもファミリーも、彼の狂気を知っている。ジャラジャラと数多くのブレスレットをつけたその両手だけで、この部屋を真っ赤に染め上げることが出来る、裏の世界で最も危険な殺戮者。
「は……白瑠さん……なんでっ……」
彼が一人で、ここに来たのは初めてだ。動揺と警戒をしながら、オレは問う。
「つぅーちゃん、探しに来たぁ」
にへらと笑った顔を傾けて、静まり返った場所に明るい声を響かせる白瑠さん。
「つ、椿さんなら……昨日お帰りになりましたが……」
「ええー? すれ違っちゃったのかなぁー? どこ行っちゃったのー?」
「殺人鬼を追っているとしか、聞いてません」
「ふーぅん」
椿さんを追って来た。
テーブルに頬杖をついた白瑠さんは、膨れっ面をする。椿さんが行き先を言わなかったのか……。
「最近、つぅちゃん、冷たいんだよねぇ。あのガキとばっかつるんじゃってさぁ。あーぁ、あのガキ、ぐっしゃぐしゃにしてやろーかなぁ」
白瑠さんのその言葉に、ファミリー達に緊張が走る。白瑠さんが物騒なことをいうと、皆が身構えてしまう。
「なに。この人、椿お姉さんの恋人なの?」
遊が口を開くから、オレにも緊張が走った。白瑠さんから隠すように、背にしていたのに……。
「んーぅ?」
首を傾げて、白瑠さんはオレの肩越しに遊を見た。
「あれあーれぇ? あの子でしょ。えぇっと。うぅんとぉ。えぇっと。えーぇーとぉ?」
白瑠さんは笑みを浮かべて、遊を指差す。指先が円を描くようにくるくると回る。白瑠さんは興味のないものを、記憶から消し去ってしまう。けれども、微かに覚えていたようだ。
「そうだ! ロームちゃあんだぁ!」
思い出せた白瑠さんは笑顔で立ち上がる。オレは思わず、遊とともに下がった。
「ち、違います。彼女は遊です。月島遊。客人です」
前に写真で見せたロームをうろ覚えの白瑠さんも、遊をロームと思った。改めて、遊とロームが似ていると知る。あんな夢を見るのも無理ないと、隅で思った。
白瑠さんはキョトンとした顔で、オレから遊に目を戻す。
じっと見ると、やがて白瑠さんが右手を伸ばした。
身構えてナイフを掴むが、白瑠さんには抵抗しない方がいい。怒らせてはいけない人だ。
息を飲みながら、その手を見張る。オレを横切り、遊に向かう。遊の頭に触れようとしたが、遊は下がって避けた。
まるで敵を見据えるように、白瑠さんを睨んでいる。彼女は、白瑠さんが何者か、知らないはず。
いや、もしかしたら、ファミリーとオレの反応を見て、勘づいたのだろう。白瑠さんの危険さ。遊は敏感だ。
まずいことに、白瑠さんはそんな遊に興味を示したらしい。にっこりと深い笑みを浮かべた。
「へぇー? 興味深いねぇ。君はあれだね、危険察知能力がぁ、高いねぇ。避けられちゃうと……触りたくなるなぁ」
その手で触れようと、また伸ばす。
「椿さんっ!」
慌てて、その名を口にする。すると白瑠さんの手はピタリと止まった。
「椿さん、を追い掛けなくていいんですかっ?」
「……」
白瑠さんの手は戻る。
「そーだったぁ……つぅちゃん不足なんだぁよぉねぇ。早く会いたぁい」
完全に興味は移り、椿さんに集中し始めた白瑠さんは、両手を広げて歩き始めた。その手に触れないように、ファミリー達は壁に張り付くように避ける。
「じゃね、狼諸君に、ロームちゃーん」
右手を振ると、ブレスレットがジャラジャラと鳴った。
「あの、遊っですっ……て……」
訂正するも、白瑠さんは部屋を出ていく。入れ違いにボスとカルロとダンが入った。
「破壊屋くん……どうやって中から入ったんだろうね?」
「あー、オレが入れましたよー」
穏やかにボスは微笑んで首を傾げと、カルロが平然と白状する。……侵入されたなら、大事になるところだった。
「何者、あのお兄さん」
「えっと……」
「黒猫のイカれたモンスターな恋人」
横切ったダンが、サッと言ってしまう。遊がオレに目を向けるから、曖昧に頷いた。
「……なんでお姉さんは、あんなのと付き合うわけ?」
モンスターという点より、恋人という点について遊は問う。椿さんが白瑠さんを選んだ理由が気になるらしい。
「オレから言えるのは……椿さんにとって、白瑠さんは大事な家族だということだけだ」
恋人と家族が結び付かない遊が、顔をしかめた。
「絆が強いんだ。血の繋がりではなく、絆で結ばれた家族。私達のようなファミリーと同じなんだよ」
「……」
ボスは遊のために椅子を引いて、代わりに話してくれる。遊は少し機嫌が悪い表情でボスを横目で見ながら、椅子に座った。
朝御飯を済ませたあと、遊がボスと話すと言うものだから、部屋まで送る。扉の前で待った。
◆◇◇◇◇◆
「4年前に、ローム・ヴォルフが狙われたって話は、なに?」
書斎の机についたシリウスに、遊は腕を組んで問い詰めた。
「……君には、関係ないだろう?」
シリウスがそう返すと、遊の顔は更に不機嫌になる。何かを怒鳴りたそうな様子になっても、遊は結局口を開かなかった。
黙って出ると、扉を乱暴に閉める。
「関係ない、か……」
一人残されたシリウスは、物憂げに呟く。
「……だから黒猫さんが怒ったのだろうね……」
額を押さえるシリウスの瞳に、冷たく吐き捨てた椿の顔が浮かぶ。あの時のような薄い笑みになりながら、自分に言い聞かせるように言う。
「明日が最後だよ……ローム」
祈るように、愛する娘の名を口にした。
危ない雰囲気漂うカップル登場!
裏世界の事情や、悪魔のことに関しては後ほど、書いていきますね!
次回、いよいよ最終日!
20150124




