約束された2位
スマホのディスプレイを見て財前富雄は舌打ちした。
(また2位だ……)
それが富雄の率直な感想だった。
富雄が見ている画面は《パズル・モンスター》というスマートフォン専用のゲームアプリであった。
パズル・モンスター(通称)とは、現在若者を中心に利用者数百万人を超える爆発的な人気を持つパズルゲームである。
パズモンではプレイヤーの得点が共有され、毎週その得点ランキングが更新されている。
富雄はその中でも、常に全国2位という記録を持つゲーマーであった。
しかし、その2位という栄光が逆に富雄を苛立たせ苦しめた。
それは富雄は今まで1位を取った経験が無いことに他ならなかった。
富雄はディスプレイ画面を操作し、アイテム画面を開いた。
パズモンでは様々なアイテムの種類が存在し、そのアイテムを使うことによりパズルゲームを有利に進めたり、ゲーム中の制限を解除できたりと高得点を出すためには必要不可欠な要素であった。
しかし、その反面アイテムの中には現実の通貨を課金することでしか手に入らない物もあり、その値段に比例してゲームを優位にするアイテムが手に入るというものだった。
富雄はパズルゲームが得意な訳でもなければ、特別操作が早い訳でもなかった。
とにかくこのアイテムを湯水の如く使うことで、順位を維持し続けていたのである。
この日も富雄は、何の迷いも無く五千円を課金することで、パズルの得点を増加させる能力を持ったキャラクターを手に入れた。
すると、画面上に
《新着メッセージを受信しました》
と表示された。
パズモンではこのようにゲーム内のプレイヤー同士でメッセージのやり取りができ、ゲームのコツやクリア方法など簡単に情報交換できるシステムになっていた。
富雄は受信BOXを開いた。差出人は《雪姫》と書かれている。
富雄はにやけ笑いを堪えつつメッセージを開いた。
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2014/5/2 Fri 12:28
【差出人】
雪姫
【本文】
ランキング見ましたよ〜(≧∇≦)
また2位なんてほんっとスゴいですね!
私もNEOさん見習ってたくさん練習しますo(`ω´ )o
来週は負けませんよ〜☆
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NEOとは富雄がゲーム内で使用しているプレイヤー名であり、雪姫というのは全国で常に3〜5位には名を連ねる富雄のライバル的な存在であった。
雪姫は富雄より後からパズモンを始めたらしく、富雄のことをとても慕っていた。もちろん富雄もそれに応えようとこれまで何度か、ちょっとしたアイテムなどをメッセージを通じてプレゼントしたりと、少しでも頼れる男を演出しようと四苦八苦していた。
この日も富雄は雪姫に自分も負けませんよとありきたりなメッセージを書いた後送信ボタンを押した。
押した後、自分の顔がにやけ切っていたことに気づき慌てて表情を正した。
メッセージを送った後、富雄はパズモンを再開した。
次回のランキングが更新されるまでの1週間はひたすらパズルを解き少しでも得点を稼がねばならない。
全てはあの憎き《キリト》を超えるために……
キリトはパズモンというアプリが配信されて以来常に1位を取り続けている、半ば伝説的な存在であった。
初めは富雄もキリトは天才的にゲームが上手い、自分とは別の人種だと気にも留めて居なかったのだが、自分がひたすら課金し2位という順位に漕ぎ着けたことにより少しづつ富雄の中で意識は変わってきた。
(もしかして、あいつも俺と同じ金の力で今の地位に居座ってるだけじゃないのか……?)
そう考え出すと、富雄は異様な程キリトに対して執着心を抱いた。
あいつを越えれば俺は伝説になる……
全国のプレイヤーが俺に羨望の目を向ける……
その時雪姫は俺に何と言ってくれるだろう……
そんなことばかりが頭をよぎる様になり、今や富雄は一日のほとんどをパズモンに捧げていた。
より効果的に得点を稼ぐにはどうしたら良いか必死に研究を重ね、運やテクニックが必要な部分は課金アイテムでカバーした。
幸か不幸か富雄は、一代で財閥を作り上げた財前財閥の御曹司で金銭面では何不自由無い生活を送っていた。
両親は高級な外車や、大型のクルーザーなど全くねだらない富雄を不思議がっていたが、富雄にはそんなことには全く興味のない趣味ばかりであった。
むしろ月数十〜数百万円で全国の頂点に立てると思えばパズモンほど親孝行な趣味は無いとさえ思っていた。
・・・・・・・・・・・
1週間後
パズモンのランキング更新は正午ちょうどのため、富雄は5分前からスマホを握り締めその時を待った。
正午が来た。
富雄は息を整えランキングページを開いた……
【プレイヤーランキング】2014.5.9更新
1位:キリト(583,500Pt)
2位:NEO(579,800Pt)
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「クソっ!」
思わず富雄は声を上げた。
今回のプレイは富雄の考える限り最高のものだった。
課金アイテムを使ったのはもちろん、今回のプレイ中には、ランダムで得点を追加してもらえる隠しキャラクターが数度登場していたのである。
今まではこのキャラクターが1度出るかどうかだった富雄にとっては、今回こそは1位の牙城を打ち崩す千載一遇のチャンスであった。
キリトにも同じ恩恵があったかは確認のしようはないが、事実として自分はキリトに負けたのだ。
奥歯がギリギリと鳴る。
一体あとはどうすればもっと得点を稼げるのか……
その時、画面上に新着メッセージの受信が表示された。
富雄にはその差出人が誰かはわかり切っていた。
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2014/5/9 Fri 12:14
【差出人】
雪姫
【本文】
ちょーーー惜しかったね!(つД`)ノ
今までで一番得点近かったんじゃない??
私また5位に落ちちゃったよぉ〜え〜ん。・゜・(ノД`)・゜・。
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正直、雪姫が5位に落ちていたことは全く気付いておらず、改めて自分はキリトしか眼中に入っていなかったのだと思い知らされた。
富雄は、次頑張れば大丈夫、今回上位に食い込んだのはこれまで全く見たことないプレイヤーだし来週には消えるはず、と励ましの言葉を送信した。
すると驚くことに雪姫から返信がきた。
これまで雪姫から返信が来たことは滅多になく、富雄にとっては嬉しいハプニングだった。
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2014/5/9 Fri 12:41
【差出人】
雪姫
【本文】
ありがと〜☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
やっぱりNEOは優しいね!
でも、今回3位に入ったプレイヤーってもしかしてフレサポ使いかなぁ??(*`へ´*)
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富雄は頭を殴られた様な衝撃を受けた。
それは雪姫から優しいと評価されたことでは無く《フレサポ》というただひとつの単語であった。
フレサポとは《フレンドサポート》の略称で、パズモンでは仲の良いプレイヤー同士がフレンドという特別な繋がりを持つことができる。
そしてフレンド関係にあるプレイヤー同士は1週間に一度、フレンドプレイヤーに対して、1000Pt無償で与えることができるのであった。
つまり、フレンドの数を多くすれば多くするほど自分の得点を爆発的に増加させることができる。
完全な見落としだった……
これまで富雄は課金アイテムとゲームの効率のみを考えてプレイしていたため、他プレイヤーとの交流は雪姫以外ほとんど取ってきていなかったのである。
富雄は自分の間抜けさを呪うと同時に、自分とキリトの差はここだと確信した。
即座に富雄は雪姫にメッセージを返信し、来週は自分もフレサポを使ってキリトを超えると宣言した。
すると雪姫の反応は凄まじく、雪姫は自分のフレンドを積極的に富雄に紹介すると息巻いた。
その日から富雄のメッセージBOXは見知らぬプレイヤーで埋め尽くされた。
中には、絶対キリトを倒して下さいという様な激励のメッセージもあり、もはや富雄は他のプレイヤーの積年の願いを一手に引き受けた挑戦者になっていった。
富雄は更にゲームに熱中した、おそらくこの数日間の課金額はゆうに百万円は突破している。
そしてフレンドの数も一気に膨れ上がり、既に富雄は先週のキリトの記録を大きく上回っていた。
どうだキリト!
もうお前は俺には追いつけまい!!
お前の時代は終わった!!!
これからは俺がこの国の頂点だッッ!!!
富雄は心の中で次のランキングのことを想像し、自己陶酔に溺れながらも指先だけは常にパズルを解き続けていた。
・・・・・・・・・・・
富雄はこの1週間の長さに驚いていた。
おそらく何度も自分が頂点に立つことを想像し、この日を待ち切れないでいたからだろう。
もうやれるだけのことはやった。
キリトがあれからどれだけ得点を伸ばしていたとしても、富雄は負ける気はしなかった。
むしろ、今回はキリトを超えることよりもこのゲームの限界に挑戦している様な気持ちだった。
あと2分で更新時間だ。
今この瞬間を待ちわびているプレイヤーはどれだけ居るだろうか。
一度も顔を合わせたことが無いにも関わらず、何故か富雄は自分への励ましや応援のメッセージをくれたフレンド達がまるで親友の様に愛おしく感じた。
あと1分……
富雄は目を閉じた。
まぶたにはいつしか自分の心が構築していた雪姫の姿があった。
雪姫は大きな桜の木の下に立っており、黒髪のロングヘアーを風になびかせ、にっこりと富雄に微笑みかけてくれる。
ああ、綺麗だ……
富雄も雪姫に微笑むと小さく頷き、踵を返して振り返った。
そして見えない闇に向かって真っ直ぐに走り出した……
正午だ。
富雄はゆっくりと目をあけ、ランキングページを開いた。
【プレイヤーランキング】2014.5.16更新
1位:キリト(725,500Pt)
1位:NEO(725,500Pt)
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富雄は頭の中が真っ白になった。
こんなことがありえるのであろうか。
あと1人フレンドが居たら……
あと5秒プレイ時間があれば……
そんな後悔の念すら起きなかった。
富雄はこの1週間全てを投げ打った。
とっくにキリトを追い抜き突き放しているとばかり思っていた。
しかし、キリトは俺の背中にピタリとくっついていたのだ。
どれだけの間呆然としていたのだろう。
ふいに画面に現れた新着メッセージの通知で富雄は我に返った。
無言のままメッセージを開く
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2014/5/16 Fri 12:26
【差出人】
雪姫
【本文】
おめでとう〜♪───O(≧∇≦)O────♪
ついにやったね!なんか自分のことみたいに嬉しいよぉ(/ _ ; )
でもこれでNEOが有名人になっちゃうのはちょっと寂しいな……なんてね^_−☆
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雪姫への返信を考えようとした時、新しいメッセージが続々と富雄に届いた。
祝福するもの、未曾有の得点を叩き出した方法を聞くもの、中には弟子にして欲しいというものもいた。しかしそのどれもが富雄を評価した内容であることに変わりはなかった。
キリトには結局勝つことはできなかったことを富雄は悔やんでいた。
しかし、負けることもなかったのだ。
冷静になればこれだけでも大きな革命である。
富雄はひとつひとつのメッセージに目を通した後、丁寧に返信していった。
いつしか富雄は達成感に包まれていた。
だが、キリトとの戦いを諦めた訳ではない。
自分にはこれだけの仲間が居るのだ。
まだまだ機会はある、むしろ本当の戦いはこれからだと富雄は強く決心した。
・・・・・・・・・・・
「いいか〜、朝礼始めるぞ〜。」
課長はオフィスに居る社員全員に声をかけた。
社員は皆、いつもの様に課長のデスクを挟む様に並んでいく。
「え〜、今月の営業成績だが顧客番号2番の高橋がトップだ。皆も高橋に負けないように精一杯頑張ってくれよ!はい、皆拍手〜!」
課長につられ他の社員達も拍手する。
朝礼が終わり、自分のデスクに戻った高橋はいつもの作業に入ろうとパソコンに向かった。すると向かいのデスクに座っている同僚の井上がパソコンの間から顔を出して話しかけてきた。
「おい、お前上手くやったみたいだな。羨ましいぜ、まったく!」
元々タレ目な顔が余計垂れ下がり、その表情はまるでひょっとこを連想させる。
「別にそんなことないですよ。ただ最近心理学の本とか買ったりして個人的に勉強はしてますけどね。」
高橋はデスクに置いてあるコーヒーを飲みながら、視線はディスプレイを常に見つめていた。
「かぁー!……ったく、これだからガリ勉はヤなんだよ。頭でっかちで勉強勉強って。はぁ〜やだやだ。」
井上は大袈裟にかぶりを振ると、自分の席にどっかりと座った。
「頭でっかちだろうがガリ勉だろうが、結果を出した人の勝ちですからね。」
高橋が淡々と返すと、井上はふんっと鼻を鳴らした。
高橋はパソコンのフォルダの中からひとつのファイルを開いた。
そこの一番上にはこう記されていた。
【顧客番号2:財前富雄】
今日はパズモンのランキング更新日だ。
高橋はマウスで様々なファイルを開くと、画面上にパズモンのトップページが現れた。
「今週は……と。お、NEO頑張ってるじゃん」
画面には【NEO(731,500Pt)】と表示された。
それを見た高橋はランキングページに
【1位:キリト(734,000Pt)】
とキーボードを叩き入力した。
「よし、と。後はメッセージの作成か。」
そう独り言を漏らすと今度は別なページを開き、パズモンにログインした。
ログイン名は《雪姫》である。
高橋は適当な励ましの言葉をメッセージ欄に打ち込むと時間を指定し、その時間に自動的にNEOへ送信される様に設定した。
さらに上位のランキングをそれぞれキーボードで入力し、10位まで打ち終えた後で確定ボタンをクリックした。ちなみに10位以下はコンピュータで自動的に数字が打ち込まれる様にプログラムされている。
後は、NEOが他プレイヤーに接触をしてきた時にそのメッセージを返すことで高橋の仕事は終わる。
高橋が帰った後の時間帯に接触があった場合もコンピュータが10000通り近くある定型文の中から最も相応しい返答を返すようプログラムされているので問題はない。
つまり、このパズモンは財前富雄の為だけに作られたゲームアプリである。
もちろん社会的ブームになっているパズモンは実在するが、財前富雄は同じ内容ではあるが全くの別物をプレイし続けている。
これは会社側のトップシークレットであるが、利用者の中でも特に金銭的に余裕のある利用者に対しては《VIPプレイヤー》と呼ばれ、本人に気づかれない様にそれぞれ別物のアプリに誘導される。
そこではプレイヤーはVIPプレイヤー本人しかおらず残りの数百万以上のアカウントは会社側が用意したダミーアカウントである。
もちろんダミーアカウントを操作するのは、そのVIPプレイヤーを受け持つ社員の仕事であり、その目的はゲームを通じてのVIPプレイヤーの接待である。
そこではいかにVIPプレイヤーに課金してもらうかが受け持つ社員の営業成績となり、課金された金額の約6割が社員の報酬となる。
今現在、VIPプレイヤーとして登録されているのは14名。
その一人ひとりにパズモンのアプリが用意されているのだから、通常のプレイヤーが遊んでいるものを含めると15種類のパズモンが世の中に存在していることになる。
高橋は、一通り正午の更新の準備を終えると、再び雪姫のアカウントでログインし、メッセージボックスを開いた。
NEOが雪姫に好意を寄せているのは一目瞭然だ。むしろそうなる様にこれまで高橋は苦労を重ねてきたのだ。
時々、高橋は考える。
NEO……いや、財前富雄は雪姫に何故直接会おうと言わないのだろうか。
自分の容姿に自信がないとは思わない、一度彼の身辺調査を行った際に写真を見たことがあるがなかなかの男前だったからだ。
メッセージの内容からも女性からの方が返答が丁寧であるし、女性への興味もある。
まさか裏側を全て知った上で、この茶番に付き合ってるのかとも考えたが、ゲームへの熱中度合いは演技の領域を遥かに超えている。
しかしその事実は全て裏を返せば、財前富雄という人間は女性に奥手で、負けず嫌いの純粋で愚直な男だという説明にもなる。
俺が財前富雄なら高級外車を乗り回して、大型クルーザーでバカンスにでも洒落込むんだけどな。
そう思うと、高橋はコーヒーを一気に飲み干した。
そして、ふと高橋はこれまでのやり取りで次第に財前富雄という人間に親しみが湧いてきている自分に気がついた。
上層部からは課金意欲の減退ということで、VIPプレイヤーのランキングを1位にすることは固く禁じられているが、高橋は富雄から得た金でしばらくは充分遊んで暮らせる貯金があった。
高橋は再びパソコンに向き直りファイルを開くと、ランキングページの欄に
【2位:キリト(730,700Pt)】
と打ち込んだ後、昼ご飯を食べにオフィスを出た。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
ご意見ご感想等ありましたら、次回への糧となりますので是非是非よろしくお願いします。