第8部
これは40年前の、高校生の物語です。
今と違い、テレビで普通におっぱいが出て来るのに、女性の下半身がどうなっているのかは、毛も含め謎だった時代。
主人公、朱雀還流は、ようやく肥満児から脱出した童貞の男子高校生(被イジメ歴あり)。
少しだけ頑張って、ようやく入学した高校で、彼は運命の人と出会います。
彼女、桃澤マイカは、ごく普通の女子高校生。普通よりちょっと可愛く、普通よりちょっとおっぱいが大きくてとても形がいいだけの、普通の女子高生です。
彼は彼女と結構衝撃的な出会いをし、付き合う事になりますが…。
この時代まだ生まれていない若い方にも、
お父さん、お母さん(おじいちゃん、おばあちゃん?)の青春時代。
「携帯がなくて、女の子が普通にブルマで体育してた時代。」
の1970年代を楽しんでいただけたらと思い、この作品を書きました。
■悲惨な戦い■
俺の教室にマイカが来る事は、滅多になかった。
期待の長男と可愛い末っ子の妹に挟まれ、自分の能力にも悩んだマイカは、積極的に人前に出る事を嫌う性格に育っていた。俺の前とは、猫どころかサーベルタイガーをかぶってるぐらいのギャップ(こう言う本音見せてくれるのは結構嬉しいケド)だが、相変わらず学校では、
「人見知りの恥ずかしがり屋さん」
なので、用事がある時は俺がT組に出向いたり、うまく放送室で会えればテケップにことづけたりしていた。我が校が誇るスーパー美女コンビに、別の女への逢い引きの伝言を頼む俺は、ものすごく贅沢な男だったかも知れない。
「ミナミくん(人前では…以下略)。ちょっと、ちょっと…」
珍しく俺の教室に来て、広島の古葉監督の様に半分だけ体を隠して戸口に立ったマイカは、歌舞伎の化け猫みたいに左手を
「くいっくいっ」
とやって俺を呼んだ。末松が、
「おっ、猫姫様のお呼びですヨーン」とおどけて言ったので、マイカはそのまま走り去ってしまった。
やっぱり俺、こいつ嫌い。
あわてて廊下に出て、逃げるマイカに走って追いつき、渡り廊下で袖をつかんで、バランスを崩したマイカを完璧な内股で仕留めた(嘘)。見ていた全日本篠原監督がぽんと膝を叩き、
「そーや、このタイミングや!」(嘘)。
すまない、こうまでボケないと、これから始まるあの
「悲惨な戦い」
を描写する気持ちになれない。
「凄く慌ててたけど」
「ごめん、あたしあの人苦手」
俺も。
彼女は手に手紙を持っていた。開けると、中はとても古風な体裁だった。つまり新聞・雑誌の文字を切り抜いて貼った手紙。
前略 お元気出スカ?
わ足しハ悪ノ組しきにつかマてます
たスけに来手
アス10時(↑時計の文字盤)にフ死山公えんに
桃沢みその
余りの内容にマイカもいたづらと思ったらしい。しかし、みそのの、鰻がのたくった様な署名は本物に思える。そこで相談に来たとのこと。
「ふむ。罠だな」
「おかしいでしょ?敵に捕まってる人が、どうやってわざわざ切り貼りして手紙なんかよこすの?しかも普通郵便で」
「そうだよな。それにしても稚拙な手紙」
マイカの従姉妹みそのには、先生の通夜の晩と墓でしか会ってないけど、きりっとした、今で言うキャリアウーマンという感じの
「出来る女」
に見えた。しかしマイカの知るみそのは大違い(従姉妹そろって見た目と中身大違い)。旧帝大系物理学科から大学院に進んだ才女だが、理系の天才には一般常識がまるで欠けている人が多いと言う。
某大企業研究所では、この手の天才バカボンと、能力は劣るが調整力に優れた秀才を隔年で採り、組織がしっちゃかめっちゃかにならない様にすると言う。
田岡先生は天才の中の天才だったが、生活のため、ありとあらゆるバイトをしたそうで(高卒で遠洋マグロ漁船に乗って、稼ぎで大学行ったとか)、世間ズレはしていた。
みそのの天然伝説は親戚うちでは有名で、
「月極駐車場伝説」なんてポピュラーなのは朝飯前。
「修学旅行には、新しいサンスター持って行きたい」
と言うので、母親が
「ライオンじゃ駄目なの?」と聞くと、
「もうお母さんてば。歯磨きの事を英語でサンスターって言うのよ」
彼女に言わせればライオンのサンスターと呼ぶ訳で、しかもサンスターの語源はペンギンの別名と思っていたと言う二重ボケ。高校3年間、理数系のテストで一点も落とさなかった人とは思えない。外国人のスパイに
「これが日本の犯罪レターの作法よ」
と、はりきって指図する彼女の姿が目に浮かぶ。と天然マイカに散々の言われ様。脅迫文書なら正解だったのにね。惜しい。
罠と判って、あえて乗るか?
相手は本物のスパイ。殺しなんて何でも無いだろう。
しかし学校側の人通りのある公園で?
「窮鳥懐に入らずんば虎児を得ず。と言うじゃないか。あえて罠に飛び込むか?」
「メグルくん、前から言おうと思ってたけど、その諺、違うと思うよ」
「そうか?そのあと、いわんや悪人をや。って続くんじゃなかったっけ?」
俺もみそのさんを笑えない。
どうしていいか判らないとき、俺はヨッコに相談する事が多い。そうしようと言うと途端にマイカの機嫌が悪い。
「もういつまでも親離れ、子離れが出来ないっていうか…。馬鹿じゃないの?」
ヨッコはお母さんかい。これが嫁姑の永遠の角質、いや確執か。
ぷんすかふくれるマイカをなだめて、赤電話でヨッコの家に電話。
「今日はお友達の家に泊まるって、大荷物もって出かけたわ。嫌だ。女の子よ」
とヨッコママ。O野(仮名)と言う腹筋の割れた、身長180cmの女友達ですね。判ります。O野(仮名)たちは明日から隣県に遠征と朝礼で教頭が紹介してた。同伴遠征かい!
万策尽きて、佐竹に相談する事にした。
俺は反対したのだが、マイカがノリノリ。天文倶楽部部室へスキップしやがる。
「承知した」
俺たちが、マイカの従姉妹が危ない事、危険はマイカにも及ぶ事を告げ、原因は聞かないで欲しいと言うと、佐竹は快諾した。
この男ほど頼りがいがある奴はいない。いないのだが…。今回は力の入れ方が尋常でない。
困るんだよなあ。
こんなに喋る佐竹は見た事がない。前々から疑問に思っていたが、あの無口がどうやって教師を説得して天文倶楽部を作ったのか?欲しい物があれば、佐竹はこんなに雄弁になる事を初めて知った。
今回欲しい物と言えば?
困るんだよなあ。
「まず状況を整理しましょう。ミナミ、ホワイトボードに手紙を貼ってくれ」
俺は完全にアシスタント。
「その手紙は本人からと断言出来ますか?」
と、マイカにですます調で尋ねる。
「それは間違いないわ」
「しかし、桃澤家の澤は難しい字でしょう?本人が間違えますか?」
「それは間違いじゃないの。家の父は古い人間だから、"由緒ある桃澤の名を変更なんて出来るか!"って言ってるけど、叔父さんは合理的な守銭奴だから、戸主になる時に、当用漢字に変えたの」
渡辺さんや浜口さんの親戚でも、よくある話らしい。
仲の余り良くない親族らしいな。守銭奴の叔父…。
逆転サヨナラ満塁ホームランのはずが、ポールの僅か外のファールで、一塁から戻るみたいな顔の佐竹が、気を取り直して聞く。
「フ死山公えんは富士山公園と思われますが、従姉妹の桃沢みそのさんは、来た事があるのですか?」
「叔父の一家は、従姉妹が小学校卒業まで私の家に住んでました」
なるほど、マイカの家は学校から徒歩15分。自転車なら小学生でも行動範囲だ。
それにしても、手紙といい、場所の選定といい、なんだかみそのさんペースの気がしてならない。佐竹もマイカもそれには同感だった。
スパイに脅かされてやっているのか、スパイに協力してやっているのか…。申し訳ないが、俺はあの墓参りの日の、
「田岡君の死だって、事故だったんだか」
というみそのさんの、凄くドライなつぶやきが気になってしょうがなかった。自分の欲の為に、婚約者まで殺す。そこまでの悪女とは考えたくないが、守銭奴の娘だからなあ…。テレビの刑事ドラマだと、これだけ状況証拠があると、みそのさんが
「あなたが田岡さんを殺しましたね」
って女刑事に断定されるところだよな。断崖の上で。考え過ぎだといいけど。
腹黒い天然。桃沢みその。か…。
「時間だけどさ。これ午前なの?午後なの?」
と俺。突然佐竹が、声を張り上げる。
「裁判長!ここに証拠があります」
「提示を認めます」
とマイカ。うまく流す様になったなあ。あんちゃん嬉しいぞ。
「これは一昨日発行、”激安スーパー☆原庄”の新聞広告チラシです。上部の、開店・閉店時間を示す図を見て下さい。同じですね。ちなみに閉店は午後6時。夜は紗がかかっているので、午前10時で間違いないでしょう」
「でも他のスーパーのチラシかも」
「ではこの部分を見てください。時計の右下に残る黒い点。これはチラシの"物価に挑戦!!なんでも5%OFF!!!"の最後のビックリマークの上部に完全に一致しています」
案外近場に住んでるスパイだったんだ。
人通りのある、幼児連れの母親も多い午前10時の公園。ここでなんかやろうというなら、荒っぽい事ではあるまい。明日の午前10時だと、学校は授業中だが。
「さぼって来い。と言う事でしょう」
納得。
佐竹は更に調査と考察を進める。と約束し、マイカの手を力強く握って、
「桃澤さんは私が護ります」
と宣言した。マイカの顔が上気して、嬉しそうなのが著しく気に入らない。(この時、天文倶楽部部室の外にひっそりとカオナシの様に佇む身長175cmの影があるのに、俺たちは全く気付かなかった。)
帰り道、機嫌の悪い俺が先にすたすた歩いていたら、マイカがそっと俺の袖をつかみ、優しく手を握った。
「心配しないで、あたしはメグルくん一筋だから」
という、声無しでも恋人同士には判る、愛のボディランゲージと取って差し支えあるまい。でも声に出た言葉は、
「佐竹君に相談してよかったネ」
女って…。
翌朝、俺は遺書を残して家を出た。
親宛と、ヨッコ宛。
「俺は愛する人の為に死にました。後悔はしていません。幸せな人生を終えた私の墓の前で泣かないで下さい」
という文面。最近よく聞いたフレーズだが偶然だ。
待ち合わせ場所、通学路の三叉路でマイカに会う。飛びついて来る。おはようのキス。
佐竹に見せつけたかったが、残念ながらまだ来ていなかった。
「怖くない?」
「大丈夫、メグルくんがいるから」
もう死んでもいいや。でも生きて続けたい幸せ。
「あっ!佐竹君が来た!さったけくぅ~~ん。おはよ!」
だからなんでそんなに嬉しそうなんだよ。
本日の佐竹は、袖無し革ジャンにジーンズ。鋲付きのナックルガード。足には重いワークブーツ。戦闘モードだ。怖い。手には2m程の棒。佐竹が勝手に
「健康体操」
と名付けて毎朝振り回しているらしいが、どう見ても沖縄の棒術だろ。
「桃澤さん、おまたていたしました。障害物を排除しており、てみゃどりました」
緊張していたのか、珍しく二カ所も噛んだ。
「障害物?」
遅れて障害物到着。
赤胴を着込み、白袴。額には古風にも鉢金付きの鉢巻。三尺八寸、赤樫製黒塗の素振用木刀を携えての登場は、剣道二段(昇段おめでとう)青梅綸子。物扱いしてやんなよ、佐竹。
「はぁはぁ、ぜぃぜぃ。佐竹様ぁ。綸子もお供しますぅ」
「勝手にせい」
「かしこまりました!(うるっ)」
こうして桃澤太郎と三匹の家来は、ファイナルチャンスに女子を求める蝉レースのアンカー、ツクツクボウシの絶唱の中、鬼退治に出かけましたとさ。
公園には結構子連れママが多い。紫外線が幼児のお肌にきつ過ぎる夏が終わったので、公園デビューと言う奴か。
CIAだかKGBだか知らんが、こんな所で、ドンパチだけはするなよ。ある意味自然に人質を取られている様なものかも知れない。
富士山麓には、黒づくめの服を来た長身の女が立っていた。
桃沢みそのだ。
「一、二、三…四人か」
「佐竹様、あの桜の影にも二人、あそこにも」
と綸子。
「あれは味方だ」
伏兵まで置くとは、さすが策士。こんな孔明相手に
「恋の赤壁戦」
を勝ち抜くのか俺…。
「マイカちゃん。お姉さんを助けて」
みそのが叫ぶ。
「今いきます」
と駆け出しそうなマイカを慌てて止める。どんな罠があるかも知れない。TVのお笑い番組なら、落とし穴必至だ。
「私を助けて。このおじさんたちに、あなたのアレを見せるのよ!」
そういう事か。やつらも事を荒立てたくない。時間巻戻しが本当に出来ると確認出来、田岡先生クラスの天才がいれば、論文はなくても定義付けは後からでどうにでもなる。小型のムービーカメラを持った男がいるのも、それで納得だ。そういうことなら、絶対にマイカに能力を使わせちゃいけない。しかし、この事は俺しか知らない秘密。言い方が難しい。
「マイカ!アレはもう見せないって、田岡先生と約束しただろ!」
「わたしだってもうアレを見せたくない。でもアレを見せないとみそのさんが殺される!」
アレを見せるに反応して、ベンチで寝転がってた営業マンがむっくり起き上がる。
「ミナミ。アレが何か知らんが、あいつらは乱暴な事をする気がない。さっさとアレとやらを見せて、みそのさんを助けよう」
と佐竹。
「なんで判る?」
「回りに4人いる黒服の男。襟に鎌とハンマーの赤いバッジを付けている。仮想敵国内で犯罪的な事を企んでいるなら、大使館員だKGBだと知らせて回る様な格好はすまい」
なるほど。もう一度慎重にマイカに呼びかける。
「今アレを使うと田岡先生が悲しむぞ。命がけでマイカを守ったのに」
「何ですって!あなたが何を知ってるの!なんでリョウジがこんな小娘を命かけて守らなきゃなんないのよ」
みそのの被害者モードが一転した。
「田岡先生は、わたしをいつも守ってくれたの。私をぎゅっと抱きしめて」
マイカがすっかり回想モードに入る。ちょっと待て、抱きしめたぁ?
「嘘よ。リョウジはあんたなんか被験体としか見てなかった。リョウジはアタシのものよ。大体あんたがしゃしゃり出て来なかったら、今頃ロンドンの学会で受賞レセプション&ハネムーンだったのに…。従姉妹の婚約者に手を出して、この泥棒猫!」
「なによ。先生はわたしのほっぺをつんつんして、さすが若い子の肌は張りがある。おばさんとは違うなあ。って」
「誰がおばさんですかっ!ちょっとリョウジ。どういう事なの?」
反魂の法でも使いそうな勢いだったので、俺は慌ててみそのに、
「みそのさん。何マイカと死んだ人の取り合いしてんですか?第一スバル360に細工して、田岡先生殺したのあなたじゃないんですか?」
どさくさ紛れに、本物の刑事なら言っちゃならない疑問をぶつけてみた。
「何いってんのよ。ドライブ行くってんでアタシが待ってんのに、白衣着て、2時間も車を点検する様な人よ。そんなすぐバレる細工なんて出来ないわよ。それにリョウジを殺して、アタシに何の得があんのよ。彼の仮説は、天才と言われたアタシにも全然判らなかったんだから!」
本当に事故だったんだ。
すみません、みそのさん。あなたは単に天然で、腹黒くて、お金の誘惑にちょっと弱いだけの人だったんですね(そうとうアレな人だが)。
「マイカ。みそのさんは、本当に先生を愛してたんだ。もう諦めてくれ」
「そうだとも、死んだ人より今の私を見て欲しい」
佐竹が言うな。
「ミソノサン。マダデスカ?アナタノイウコト、シンジラレマセン。ロンブンモ、アリマセンデシタネ」
とスパイ。
「家も、車も、念のためにお墓の回りだって、這いつくばって探したわ。でも彼の論文は、彼の頭脳と共に、火葬場の煙になったのよ」
とにかく、ここでマイカが能力を使うのはまずい。田岡先生は、マイカの能力は集中力と体力が必要と言っていたそうだ。
要は痛いとこ突いて、集中力を途切れされればいい訳だな。
「おいマイカ。もう今日と言う今日は言わせてもらう。さっきから田岡先生田岡先生って、恋人の前でどういうつもりだ。前にもみそのさんがいなかったらわたしの恋人にしてた。とか」
「なんですって!私の婚約者じゃなかったら、あんた会っても無いじゃない。旅行の時はあんなに慰めてくれたのに、そんな事考えてたのね。恐ろしい子…」
「しかも、佐竹にも嬉しそうにしっぽ振りやがって」
「そうか?そうなのか?」
と佐竹満面の笑み。俺はもう一押しと、つい一言多い悪い癖を出してしまった。
「もう俺は何のために体張ってんのか判んねえぞ。遺書まで書いたのに。このこのこの…」
ツクツクボウシが一瞬止まった。
「ビッチがぁ~~~っ!」
言っちまった…。
「なぁんですってぇ。あんたみたいなスケベに、どうしてそこまで言われなきゃなんないのよ。出会いはお布団の中でおっぱいもまれましたって、桂三枝に言うんかいっ!!三枝も椅子から転げ落ちるわ!!
もうこうなったら、アレ使ってあんた殺してやる~っ!」
マイカの眼が赤く光る。いかん!何か怖いものを召還してしまった。アレって、ちゃんと代名詞で呼んでるだけ、冷静で集中力が高そう。スパイの前で、
「秘技、時間巻き戻し」
披露寸前の、8分限定リバースタイマーマイカ。絶体絶命!
一旦CM
「秘技、時間巻き戻し」
披露寸前の、8分限定リバースタイマーマイカ。絶体絶命!
しかし助けは意外な所から、いっぺんに、痛い形で現れた。
※以下( )内は流派または得物です。危険ですので絶対に真似しないで下さい。
「桃澤さんをビッチだと?絶対許さん~!(佐竹式健康体操@殿ご乱心)」
「しっかりマイカ捕まえとけ~っ!あたしのなま○は高いぞ~!(その木刀は痛いからね。やめようね@恋する綸子姫)」
「ビッチで何が悪い~ぃ!ビバビッチ~!(ニコンF2モードラ付、ニッコール300mm/F2.8装着@末松)」
「こらメグ、合宿の痴漢って、おまえかよ~っ!あと中学ん時、あちしの毛糸のパンツ見ただろ~っ!(お泊りセット一式入りルイビトンボストンバッグ@お前のパンツやったんかい、ヨッコ)」
「女性をビッチ呼ばわり許さない!天に代わってお仕置きよ!(あり得ない長さのツインテール、宝石付ティアラ、キラキラバトン@ミニスカ魔法少女テケップ)」
富士山麓に殺到する主要登場人物達。まさに時間巻き戻しを開始しようとしたマイカは弾き飛ばされ、プリマドンナの様にくるくる回りながら、俺の方向にすっ飛んで来た。しかしこのままだと木に激突する。咄嗟に俺は飛び出し、マイカの軌道を遮った。めきっと俺の肋骨から嫌な音がしたが、鍛え抜いた皮下脂肪で受け止める。
「あ、ども。おかえり」
「ただいま。いやぁ、やっぱりここが一番落ち着くわ」
冷静だったのはスパイ。
「スーパーヤスウリアリマスノデ、カエリマス。ミソノ、アナタニハマダ、オハナシガ。チョウサヒノ、ヘンキャクニツイテデスガ…」
「いやー、助けてー。お墓でコンタクトレンズ落としたから、杉野眼科で買っちゃったのよー」
自業自得である。
殺到した怒れる人々(一部野次馬)だが、さすが、アニメじゃあるまいし、案外冷静だった。ぼこぼこにはされなかった。ぼこはあった。痛かった。
「ごめん、言い過ぎた。俺が悪かった」
「わたしも。メグルが(初めての呼び捨て)わたしのために必死に頑張ってくれたのに…。ごめんね。もうあんな事メグルの前で言わない(他所では言うのか)」
当選が危ない候補者夫婦の様に土下座して謝る二人を見て、皆の怒りも収まった。
「なんでこんなに大勢呼んだの?」
とつぶやく俺に、
「一応全員出しといた方が、構成上望ましい」
と冷静な佐竹の声。
ベビーカーを押すママ達と、ベンチの営業マンからの、まばらで生暖かい拍手が、ツクツクボウシに混じって昼前の富士山公園にこだまする。
俺はこんな悲惨な戦いを、二度と思い出したくない。
■つぶやき熊の秘密■
翌日、俺は塾長に会いに行った。
昨日みたいな事が今後も続く様だと、俺たちだけではちょっと手に余るので、詳細を言わなくても協力してくれる大人に相談した方がいい。と言うマイカの提案はもっともだと思ったからだ。
塾長が、細かい話抜きで協力を快諾してくれるかどうかは判らないが、田岡先生がかなり風変わりな研究をしていた事は塾長も知っていたし、実験に協力していたマイカがそのせいで危ない目にあっている。と言うのは説得力があり、なんとか詳細説明なしで協力してくれるのではないか?と言うのが俺たちの賭けだった。
塾に行くと、塾長はプランターの花に水をやっていた。この塾の入り口には所狭しと植木鉢やプランターが並べられ、さながら下町の玄関先の様な有様になっている。
教育機関としてどうかと思うが植物は道路に溢れ、どう考えても道路の違法占有にあたるのではないかと思われた。前に
「良く近所から苦情が来ませんね」
と聞いたら、
「いやあ。こんだけ鉢を置いとけば、塾生が自転車置かないので、近所の評判はむしろいいんだよ。緑の力は偉大だね」
と、なんか的が外れた事を言っていた。それは緑の力とは言わんだろ。
「やあミナミ君じゃないか。久しぶりだねえ。もうマイカ君と学生結婚して、子供の3人もこさえたかね?」と、かなり鋭いのか痛いのか判らん挨拶が飛んで来た。
「なわけ無いじゃないですか。そのマイカちゃんの件で、ちょっと塾長に相談があるんですが…」
「そうか。ただあまり今日は時間がないぞ。あと10分で大切な私用があるし、その後は警察の事情聴取だ」
「塾長!とうとうやっちゃったんですか?横領ですか?それとも贈賄?」
「バカ言っちゃいかん。失敬な奴だなあ。私の様な高潔な教育者が、犯罪を犯す訳がなかろう。実は先週塾に空き巣が入ったんだよ。馬鹿な奴だ。月謝は銀行振込みだし、最近は教室も減ってうちは火の車だ(この頃、テレビCMをがんがん打っている”菊花学院”が全国展開を始めており、単立の地方学習塾はかなり苦しい展開になっていた。塾長の塾もいくつかの教室を畳んだと、噂には聞いていた。)」
被害はなかったが窓ガラスを割られ、机ロッカーは滅茶苦茶に荒らされたと言う。
「判った。警察は7時に来るから、それまで話を聞こう。だが、ちょっと30分程待ってくれ。本当に大切な用があるんだ」
塾長は明らかにソワソワしていた。まさかこの40男に遅い春が?
「あ、そういえば散乱したものを片付けてたら、いいものを見つけたよ」
塾長が持って来たのは、懐かしい代物だった。長さ30cm程の木彫りの熊。塾のクリスマスパーティーのプレゼントコーナーで、田岡先生が出品した物だ。
「えーこれは、私が学生時代、北海道を自転車で旅行した時のおみやげです。
ふつう北海道の木彫りの熊と言えば一刀彫ですが、これは珍しく寄せ木細工になっており、ほらくわえた鮭のしっぽをこう捻って、熊の左耳を時計回りに3回、右耳を反対回りに4回回して口の中のレバーを引くと…」
おおーーと言うどよめきが会場を埋め尽くした。全く継ぎ目がない様に思えた背中がぱかっと開き、丁度葉書が入るくらいの空洞が現れた。
「ここへ、例えば密書などをしまっておけば盗まれたりしない訳です」
科学者らしい、理性的なしかし間延びした説明に、俺たちは大いに盛り上がった。こんな置物が北海道の民芸品にあるとは聞いた事がないので、先生がこの日のために自作した物に違いなかった。先生はスバル360の、もう販売終了した部品を真鍮やアルミの塊から削り出す程の器用な人なのだ。
俺たちは先生が大好きだったので、この貴重な一点ものをなんとかして入手したいと思った。しかもエロ本は無理だが、点数が悪かったテストとか隠すのに最適だ。ヨッコたちも大盛り上がりだ。女子は秘密が大好きだから。
大盛況なじゃんけん合戦に勝利し、獣の様な雄叫びを上げたのは末松だった。俺は決勝で末松に破れ、地団駄踏んで悔しがった。末松は一生の運をここで使い切って、あんな高校時代を迎えたのだろう。塾長は、この2年前の光景をはっきり覚えていた。
「あの次の日、末松君が泣きながらこれを返しに来てね。親に家では飼えないから返して来いと言われたらしい」
俺は末松の両親が怪しい新興宗教にはまった事を聞いていた。なんでも
「本尊以外の偶像を拝んではいけない」
という教義らしい。で、本尊を300万くらいで買わされる。と。まあ偶像扱いされるほど田岡先生の木工が迫力あると言う事だろう。で塾長は次点に渡しとくね、と言って、しまったまま、
「すっかり忘れていてねえ。いあやぁすまんすまん」
あの日の熱狂は醒めていたが、大切な恩師の遺品が手に入った事は嬉しかった。
「じゃあ、私には大変重要な私用があるから、30分程待っててくれ」
覗いちゃ駄目だからね。と塾長は言い捨て、塾長室に籠った。
ほどなく、アコースティックギターとストリングスの流れる様な伴奏に乗ってゆったりとした女性ヴォーカルの美しい声が、塾長室から聞こえて来た。
「しまった!今日だったか、最終回」
間違いなくNHKの少年ドラマ
「つぶやき岩の秘密」
の再放送だ。まあいいか。俺本放送全部見たし。これが俺たちの緊急依頼をすっ飛ばす程の
「重要な私用」
というのは納得いかなかったか?と言えば、俺も知っていれば間違いなく時間をずらしていただろうから、しかたのない事だ(まだベータもVHSもない時代だった)。
塩せんべいと渋茶を用意して、授業中も見た事の無い真剣な態度で、テレビに集中する塾長の後ろ姿を扉の隙間から見て、一緒に見たいとは言えず、俺は仕方なく、熊を手に取った。ずっしり重い。
「エーと、鮭捻って、右耳3回だったっけ?左は何回?」
何回か試行錯誤して(手順を間違えて口の中のレバーを引くと、熊に噛まれる。かなり痛い)、やっと蓋が開いた。中から
「朱雀還流サマ(はあと)」
と書いた、少女雑誌の付録
「魔法少女テケップときめきレターセット」
と思われる封筒が出て来た。
俺は震える手で封を切った。
前略 朱雀還流殿
この手紙を君が見る頃には、ひょっとして僕はこの世に居ないかもしれません。
僕の研究は秘密にしていたのですが、当事者の君達と僕以外に知っている人が
一人居ます。マイカくんには誠に申し訳ないが、従姉妹のみそのさんです。
彼女は僕の同級生ですが、最初から僕の研究にただ乗りしたい、あわよくば
横取りしたいという黒い意図を感じました。にも関わらず婚約までしてしまった
のは、僕の不徳の致す所。彼女の美貌とセクスィなあれやこれやに、完全にKO
されたからです。30歳まで童貞だった僕を許して下さい。
彼女は研究を、アメリカかソ連の機関に売ろうとしています。
僕は卒論ゼミのレポートを教授に借用され、彼が学会で賞賛されてから、
発表直前まで、論文を頭の中にしまって置く事にしています。
被験者Mの実験記録のある、やばい日誌は処分しました。
彼女が目に出来る唯一の研究メモは、僕がマイカくんに会う前、
「時間移動は絶対に存在しない」
というテーマで論文をまとめていた時期に残したメモで、今回の様な事が起こる
用心に、あえて放置したものです。
したがってあのメモの内容を専門家がいかに釈迦力に検証しても、
「時間移動は絶対に存在しない」
という結論しか出ません。
マイカくんに会って、僕は研究の方法論を全く変えました。問題ありません。
アメリカもソ連も僕の事は薄々気づいていた様ですが、みそのさんの事は全く
信用していないでしょう。
みそのさんの行動だけに注意してください。
みそのさんが、僕の愛車の回りを時々うろついている事は気づいています。
運転前には十全な点検をして、万一に備えることにします。
19●●年 ●月●日(↑事故の5日前の日付だった)
田岡亮二
(ここから便せん2枚目)
マイカくんについては、君がしっかり守って、彼女の愛を引き受けて
くれれば、世界は平和です。
大げさではありません。
彼女は実験段階で、約8分(472秒)という結果をコンスタントに出したので、
それだけしか巻き戻せない。という暗示を、あえてかけておきました。
実は彼女の時間移動能力は測りしれません。
君は中学3年の冬、マイカくんに破廉恥な事をしたでしょう?
すみません。巻き戻しの過去例として、みそのさんのいない所で、詳細まで
聞いてしまいました。
・君がマイカくんの胸にけしからん行いをし、
・パジャマのズボンを膝まで降ろし、
(彼女は優しいので、君には言ってないそうですが)実はパンツまで
脱がしかけ、
・半ケツ状態の彼女に起きられて、あわててズボンとパンツを戻し、
・土下座して誠心誠意謝った。
これだけの時間が8分な訳がない事は、火を見るよりも明らかです。
彼女は気づいていませんが、男の僕には君がエロな行為に、いかに時間を
かけたか共感できます。
しかもチキンな君の事だから、迷いながらでしょう?
彼女はその気になれば、おそらくかなり長い時間を巻き戻せます。
彼女の時間移動能力は測りしれません(大事な事なので二度言いました)。
もしかしたら、本当のタイムトラベラーになるかもしれない逸材です。
この事が大国に知れると、彼らはマイカくんを手っ取り早い時間兵器に
仕立てる可能性があります。が、彼らは何も解っていない。
暴走した時間のひずみがもたらすエネルギーは、僕の計算では、地球どころか
この島宇宙を軽く消し去る程のポテンシャルがありますから、世界の
いや宇宙の危機なのです。
少なくとも冷戦が終わるまでは、彼女の事は誰にも知られてはなりません。
彼女には今までどおりの事を信じ込ませ、君の愛の力で、なんとか
これ以上巻き戻しをしない様(↑赤ペンで二重傍線)、監視してください。
宇宙の平和のためです。
まだ実機はないはずですが、時間のひずみを検出できる計器を開発出来ると
思われる天才科学者が、アメリカとソ連に一人ずついます。
彼らに気づかれてはなりません。
この手紙の2枚目は、必ず読み終わったら燃やして下さい。
1枚目はマイカくんに見せて、安心させて下さい。
佐竹君にはもう話しましたか?
彼は塾の生徒ではありませんが、母校で去年夏に高校生むけ講座をやった時、
宇宙と時間について熱心に語り合いました。
彼なら僕にもしもの事があっても、僕の時間仮説を完成出来るかもしれない。
マイカくんが重荷になったら、彼に預けても良いでしょう。
研究者と被験者のカップルは、情実が混じるので、あまり好ましく
ありませんが、判断の的確さと情緒の安定は、君より彼の方が上でしょうから。
はい、朱雀君にも暗示をかけました(頑張れ!)。
みそのさんに殺されるのではないかと、気になっていますが、これは
仕方のない事です。
僕は彼女の腹黒い性格を恐れていますが、それだけでない優しさを
愛しています。
まして彼女の美貌とセクスィなあれやこれやについては、ぞっこん。です。
マイカくんを愛し続ければ、君も多分何べんか命の危険を感じる
でしょう。
相手は彼女の秘密を奪おうとする敵かもしれないし、彼女自身かも
(くれぐれも浮気はしない様に。彼女のジェラシーも測りしれません)。
物理学者の僕にも仮説は立証出来ませんが、
愛とは、殺されてもいい。と思う程の感情の有り様だと思います。
19●●年 ●月●日 田岡亮二
「いやぁすまなかったね。あいゃぁ!なんだその灰皿の火は!ミナミ君、いつから煙草を吸う様になったんかね?からだに悪いからやめたまえ」
両切りのピース缶を2日で吸い尽くす塾長が叫んだ。
「相談は解決しました」
と言うと、塾長はきょとんとしていたが、思えばこの後警察に会う塾長に、
「マイカが危ない」
なんて言う話をしなくて良かった。と後から思う。
「そうか…。マイカ君を大切にな。ちゃんと君が守ってやるんだよ」
この人は的外れの様で、いつも核心をついてくる。まだ何かいいたげな塾長に別れを告げて、俺はマイカの家を尋ねた。
マイカは30分程泣き、それから二人は、一枚目の手紙を庭で燃やした。
佐竹には教えてやらんもんね。
(第8部終了)
あと1話だけで完結です。