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秘密のマイカちゃん  作者: 鈴波 潤
7/9

第7部

これは40年前の、高校生の物語です。

今と違い、テレビで普通におっぱいが出て来るのに、女性の下半身がどうなっているのかは、毛も含め謎だった時代。

主人公、朱雀還流ミナミメグルは、ようやく肥満児から脱出した童貞の男子高校生(被イジメ歴あり)。

少しだけ頑張って、ようやく入学した高校で、彼は運命の人と出会います。

彼女、桃澤マイカは、ごく普通の女子高校生。普通よりちょっと可愛く、普通よりちょっとおっぱいが大きくてとても形がいいだけの、普通の女子高生です。

彼は彼女と結構衝撃的な出会いをし、付き合う事になりますが…。


この時代まだ生まれていない若い方にも、

お父さん、お母さん(おじいちゃん、おばあちゃん?)の青春時代。

「携帯がなくて、女の子が普通にブルマで体育してた時代。」

の1970年代を楽しんでいただけたらと思い、この作品を書きました。

■マイカが水着に着替えたら■


こうして、2年の夏が来た。俺はマイカと約束した。

超能力を自分のために使わない事。

俺に向けても(主に復讐関連)使わない事(これは約束というよりお願い)。

みそのさんからは何の連絡もなかった。

温泉に浸かったスナフキンみたいな人だったが、田岡先生は真の天才肌で、研究は殆ど彼の頭脳に入ったまま、失われていた。みそのさんは、日頃の先生の言動とメモから、何とか仮説の証明に辿りつこうと苦闘しているのだろう。


この頃一度マイカの家で、お父さん(腹がおれにクリソツ)にあった事がある。

一代で会社を興し、そこそこの業績を上げている典型的なワンマン社長で、

「娘をよろしくな」

と言った目は、

「娘に手出したら、ただじゃおかん」

という凶器の光に溢れていた(狂気と書こうとしたが、この変換の方が合っている)。俺が帰った後、マイカに

「何だかお医者さんみたいな奴だなあ」

と言っていたとか。

「娘が欲しいなら、医学部位入ってみろ」

と言われている様で怖い(杉野先輩の例もあったし)。

3人兄妹の真ん中、マイカのファザコンは複雑にねじ曲げられており、

「父の生き方は許せない!」

と言ってみたり、小さい頃の数少ないお父さんに褒められた想い出を何度も語ったり(習字とか)、何とか俺が代わりに保護者になってやらなきゃ。と思ったが、現実は俺の方が頼りない事が多かった。まあマイカのファザコンが俺を選ばせたとも言えるので、

「お父さん、よくぞマイカをぞんざいに扱ってくれました」

と感謝したいところだが、父上としては、複雑だろう。

「よりにもよって、こんな腹がおれとおそろな男と…」


次に栄光のエロ計画に付いての進捗報告をさせていただきます。

と言っても、マイカが拒否する以上、何の進展もないに決まっている。

「女は押し倒しちゃえば良いんだよ」

と悪魔(末松という名の悪魔)が囁いたが、うちの場合そんな事したら、

「市中巻き戻しの刑」

あるいは

「電撃(痛!的な比喩)」

が待っているのは明らかである。

そんな訳で、マイカと二人で海に行った時も、あまり進展はなかった。

「夏休みに海に行こうよ」

マイカが言ったのは、付き合い始めて間もない頃だった。


海、

青い空、

白い入道雲、

降り注ぐ陽光、

特に水着がいい…。


断る訳が無かったが、夏休みまでに、あと1ヶ月ちょいしか無い。

その日から、俺の苦闘が始まった。肥満児は脱却したものの、このまま思春期を通り越して中年太りに移行してしまいそうだった俺は、朝晩の腹筋に加え甘いもの絶ち。購買のパンは買わず、弁当を忘れた日以外は食堂も行かない(1限後の放課に早弁。3限後放課にパン。そして昼は学食でランチ、が通と言われていた)。恐らく以前に比べると摂取カロリーは半分以下になった(それでも一般人レベルだったが)。


中庭のベンチ("勝利者の玉座"と言われた、カップル専用ベンチ。廊下の窓から目撃されるポジションで、あえて高らかに青春を宣言する席である)に座り、甘ったるいテケップのDJを聞きながら、マイカとお弁当を食べていたとき。

「ミナミくん。アーン」

と箸につまんだソレをマイカが差し出した。

これは…。マイカ母の得意技、

「胡麻餡入り中華揚げ団子」

ではないか。中国茶を飲みながら、延々点心を食べ続けると言う、食の探求者には夢の様な飲茶の代表菓子…。普段なら、ひょいぱくと口中に消える所だが、

「ごめん、今日はやめとく」


みるみる元々規格外大粒サイズのマイカの眼は、更に倍位の水分量に膨張した。

「判っちゃった?初めて母に聞きながら自分で作ってみたんだけど…。やっぱり母みたいに上手に出来なくて…。ごめんね」

「ち違うんだ。今ダイエットしてて。海に行くのに、みっともない腹晒したくなくて…」

マイカは団子を置いて、後ろを向いてしまった。

「おー修羅場だ、修羅場だ、シュラダバダ…」

DJテケップが流す”男とフランシス・レイ”をBGMに3階辺りの窓から、ヒソヒソ話とも言えない音量の声が波紋の様に拡がる。

「マイカ?」

「別れるから…」

「え?」

俺って団子で振られるキャラなのか?

「メグルくんが痩せたら別れるから」

「恋人がみっともない三段腹で、恥ずかしくない?」

「メグルくん。マイカの胸のどこが好き?」

「そそりゃ、大っきくて、形良くて、ふかふかの所かな?」

「同じでしょ?」


やはり高畑マニア=デブ専なのか?マイカは俺とハグする時、真綿のお布団の様にふかふかした俺の皮下脂肪にうっとりすると言った。ちなみに俺は、その腹で感じるマイカの胸の圧力に昇天しそうになる。

腰みの一つつけて細いウエスト、たわわなおっぱいを揺すって踊るポリネシアの娘達は、ファイアーダンスの上手な、胸囲と胴囲が同じサイズの若者に恋心を抱くんだから、価値観というものは一つである必要はないんだ。

ワッタ ワンダホー ワールド!神様ありがとう!

「でも、わたしもちょっとダイエットしなきゃいけないかも。今年の水着、ビキニ買っちゃったから…」

マジですかぁ。もうボク待ちきれないよぉ。

「胸は痩せちゃだめだよ。あーん」

俺は幸せのオーラに幾重にも包まれ、マイカに胡麻餡入り中華揚げ団子を放り込んで貰った。

「さて、5限は化学か…。移動だ移動だ…。あほらし…」

窓から末松そっくりの声が聞こえる。


マイカが選んだ海水浴場は、ちょっと意外な所だった。

とある島。

釣り人が泊りで利用する事は多いが、俺たちの町からは片道3時間程かかるので、海水浴に行く人は少ない。

「日帰りだと、向こうに3時間位しか居られないよ?」

「いいの。お願い」

高校生カップルのお泊り旅行は考えられない時代だったので、俺のスーパービキニ鑑賞会は3時間限定が決定した。


電車で港まで、そこから30分程船に乗る。

2人で居れば退屈などするはずも無いので、結構楽しく時間が過ぎた。

「こっちだよ」

マイカは船を降りてスタスタ漁港から続く山道を登る。

「来た事あるんだ」

「うん」

田岡先生と?

晴れたった夏空に、一転黒い雨雲が湧いた気がした。

「この山の向こうに、小さい入り江があるの」

途中で、地元の老人とすれ違った。

「こんにちわ」

「あれっ?桃澤さんのお嬢じゃないかい?懐かしいねえ。お父さん元気かい?」

「はい。おかげさまで」


坂道を降り切ると、本当に入り江があった。小さい砂浜が付いていて、完全にプライベートビーチだ。

「へー、良い所だねえ。誰も居ないから、水着無しでも泳げるねえ」

「ハー、君はどうしてそっちの方に持ってくかなー」

海岸の外れに岩場があった。大きな岩の向こう側にマイカは歩いて行った。

「来たら殺すからね」

小さな花が散らされた薄緑基調のサマードレス(凄く似合う)を肩から脱ぎ、

最近サイズがUPして、可愛いのが無いとお嘆きのブラを外し、

乙女の純潔を護る最後の砦を足首から抜いて、マイカはビキニに着替えた(以上実況中継妄想でお送りしました)。

ボーイズライフ(惜しまれつつ廃刊していた)の小山ルミ折り込みピンナップにも決して見劣りしない、オレンジのビキニ。

生きてて良かった…。

俺は海パンをジーンズの下に穿いて来ていたので(小学生か)、

「Atom Heart Mother(牛柄)」

のTシャツとジーンズをその場で脱ぐ。ポーズを付けてゆっくり脱ぐと、マイカが

「ヒューヒュー」

とはやす。この頃のマイカはこういうノリが出来る程明るくなっていた。


「お兄ちゃんの高校受験まで、家族で毎年来てたの。お兄ちゃんは泳がずに海辺の生物採集ばっかりやってたので、地元の子から"陛下"って呼ばれてた。リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシの自由研究で県の最優秀取ったのよ」

ああ日本で一番長い名前の海草ね。これはマニアックなお兄様だこと。

「小さい妹はお母さんと一緒に、砂で100分の1、国宝姫路城を作っていたわ」

幼児がそんなものを?100分の1でも大きくないかい?

で、マイカは何してたの?

「お父さんに泳ぎを教えて貰ってた。嬉しかった。お父さんが泳ぐと、一緒に海の中に大っきな鯉が泳いで」

「鯉が海に?」

「うん、お父さんの背中に鯉の絵が描いてあるから」

そうか…。それで近場の海水浴場には行けなかったんだね。俺はいつもは絶対

「父、母」としか言わないマイカの、宝石の様な想い出を共有して、マイカを抱きしめたくなった、というか抱きしめた。それから、小さい子にするようなディープでないキスをした。


それから帰りの船が出るまで2時間程、泳いだり体を焼いたりして遊んだ。断っておくが、いくら何でも波打ち際を

「ほほほ、捉まえてごらんなさい」

「こいつぅ、よぅし待てぇー!」

なんてカラオケのイメージビデオの様に走るのは、いくら昭和の高校生でもしない。あれって、いつの時代なんだ?まあ俺は運動駄目なので、やったとしても追いつかないが。実際はこんな感じだった。

ようやくマイカの背の立つ浅瀬に二人で行って、ぎゅっと抱きしめてキス。そのまますぽんと潜って、ビキニのブラの紐を解こうとしたら、両手で思い切り頭を抑えつけられて、敢えなくぶくぶくぶく…。救助されてからの、砂浜での救命処置は万全だ。散々人工呼吸(もちろん諸君のご想像の法式だよ、ははは)をした後、

「埋めればエロい毒がぬけるかも…」

と、砂をかけられた。マイカさん、それふぐ中毒の時ですから。

マイカはキスしてハグしてれば、ご機嫌の様だった。


「よしよし、いい感じに育ってる」と西瓜生産者のように、砂浜で寝転がった俺のお腹をぽんぽんしながら(お約束で同じセリフで胸にお返しして、お約束のビンタを貰った事は言うまでもない)、俺はぼんやりこの子との将来を考えていた。

10年後には、俺たちの子供とここへ来たいな。

「な、マイカ。結婚しような」

「まだそんな事考えられない。高2だよ?」

「将来だよ」

「うーん。やっぱり今は考えられない」

男は夢想的なので、すぐ結婚を口にし、女は現実的なので、今は無理と言う。これが十代の結婚観らしい。全くそのとおりだった。身近に”十代できちゃった婚”の先輩がいるけど、”医者の卵と医者一族の一人娘”だからなあ。参考には出来ないし。


帰りの船で、マイカは俺の肩にもたれて、ぐっすり寝ていた。

「こんなに信頼されちゃ、何にも出来ないよ」

と思った。まあ島でいろいろやりたおしたけどね。

帰りの電車の中ではマイカは起きていて、しゃべったり、トランプをやったりした。前の席の幼稚園くらいの女の子が、シートの上から時々覗く。手をふったり、変な顔をしてみせると、けたけた笑う。別席の母親は、

「済みませんねえ。駄目でしょ、お邪魔よ(意味深な笑い)」

と注意するが一向に止めない。あげくの果てに俺がトイレから戻ると、シートを反転させ、ボックスシートにされていた。これではラブラブできないではないか。まあ島でいろいろ(以下略)。仕方ないので、3人で遊んだ。

「子供に優しい人…。こんな人と所帯を持ちたい…」

とマイカが思ってくれないか?という打算がなかったと言えば、大嘘になる。


相変わらずデートの詳細報告を求めるヨッコに、この幸せを報告した。

ヨッコはO野(仮名:氏ねばいいのに)とのデートの話はしないくせに、とにかく分単位でやった事を知りたがる(まあヨッコたちの爛れ切った情欲話を聞かされるのも業腹だが)。

「あんたの生腹見ても怯まんとは、マイカはつくづくアブノーマルだなあ」

ヨッコは失礼な奴だ。俺の鍛え抜いた、鋼鉄の皮下脂肪を馬鹿にするな!

「まああちしもどうしてもデブと結婚しなきゃ駄目なら、メグにするけどね」

デブ限定の縁談って…。

この辺の微妙な距離感が、ヨッコとの友達付き合いの秘訣らしい。

■蝉時雨■


マイカはあまりテレビを見ない子なので、昨日見たテレビの話題はできるだけ振らない様にしていた。近所のお金持ちの家に、みんなでテレビを見に行ったり、家にテレビが来て、踊り回って喜んだ経験を持つ最後の世代である我々には、珍しい子だった。なんでテレビ見ないの?と聞いたら、

「ごはん、食べて。その後兄は勉強しに行く。妹は父の膝に乗る。私は居るとこないから、台所で母を手伝って食器を洗う」

淡々と桃澤家の風景を描写する。なんか泣きそうになって来た。

そんなマイカが唯一熱心に見ていたと言うのが、

「早く人間になりた~い」

の妖怪人間ベムだった。超能力を使って魔物を倒して善行を積み、やがては人間になりたいと願う三匹の妖怪人間が、人間に受け容れられずに彷徨うという、哀しい物語。どうしても自分の境遇が重なるマイカは、布団の中でこっそり

「ウガンダー!」

と呟いていたと言う。駄目だ、俺そういうの弱い。布団の中の小ちゃいマイカに、

「負けるな!俺がついてる!」

とエールを送りたくなる。所詮届かない事は判っているが。


その後例の

「エスパー魔美」

に出会ったらしい。まだアニメになってなかったこの作品が話題になったのは、やはりヒロインの魔美が、画家のお父さんの為にヌードモデルになるシーン。このころは巨匠と言われる作家でも、結構エッチなシーンを書いていた。子供が本能的にエッチな事を好み、それは成長にとって大事だと言う事を、先生方はご存知だったのだろう。最近の状況を考えると隔世の感がある。その他藤子先生には、ご存知しずかちゃん入浴シーンがあり、手塚先生の”不思議なメルモ”なんかも、かなりエッチだ。

ある日、みそのが魔美の単行本を持って来て、

「これ面白いから…」

と置いてったそうだ。マイカの能力はみそのだけが知っていたので、みそのは彼女なりに、マイカのメンタルケアをしたつもりだったのだろう。結果、マイカは、

「わたしにも高畑君がいてくれたら…」

と願う様になり、ヨッコに言わせると、

「男の趣味が変」

に。結果的に俺に出会うのだから、俺の恩人はみそのさんと言う事になる。


マイカはようやく自分を化物と思わなくなったが、その代わり、どうしたらこの能力を役立てられるか、真剣に考え始めていた。俺は超能力など使えなくてもいいと思っていたが、それは彼女のアイデンティティを否定する事なので、黙っていた。

ただ、佐竹ならどうするだろう。とはいつも考えていた。佐竹は尋ねると、いつも短いが役に立つ助言をくれる。しかしマイカの事だけは相談する訳には行かなかった(秘密保持的にも、おれのチキンハート的にも)。


この能力は、8分間と限定されているので、使い道があまり思いつかない。

例えばホームから転落した酔っぱらいがいたとして、マイカが8分前に行って落ちない様にフォローしようとしても、その人は、

「何すんでい、こら」と怒るだけだろう。かといって、電車が来る直前に線路に飛び降りて、その人を救おうにも、タイマーは本人にしか効かない。線路に飛び降り、その人が轢かれない様に突き飛ばして、自分は電車に轢かれる前に8分前に戻る。でもその8分前に別の電車が来ていたら?

まてよ、突き飛ばしたとして直後にマイカが巻き戻すと、結局酔っぱらいは8分後にまた落ちるのか?それとも電車に轢かれる、嫌ーな偽記憶だけが残るのか?謎だな。


田岡先生は、起こってしまう事件を巻き戻して取り消す事で起こる時間の歪み、つまり未来が枝分かれしていく危険性も心配していた。こう言うタイムパラドクスは当時のSF好きの少年には容易に理解出来る概念だったので、俺は出来るだけマイカに超能力を使わせたくなかった。

実は田岡先生も、実験の時以外は能力を使わない様にと、マイカに命じていたと言う。ボートの時は緊急事態なので、止むなく使ったが、それでも報告を受けた先生は、

「マイカくんが危険な目に合うよりは、水に濡れた方が良かった」

と、珍しくマイカを責める様な言い方をしたと言う。巻き戻しは、溺れそうになる以上に危険があるのか?


「マイカが能力を持ってるからって、俺は変に思わないし、それで別れようなんて絶対言わない」

「うん」

「マイカがこれからこの力のせいで、辛いめにあったら、俺が絶対守る」

「うん」

「マイカはこの能力を何かに使おうなんて、考えなくてもいいと思う。別に使う使わないで、マイカの価値は変わらない」

「ん…。メグルくんわたしねえ」

「なに?」

「小さいときから、何にも取り柄がない子だった。お兄ちゃんみたいに賢くないし、妹みたいに可愛くないし」

「マイカは充分可愛いじゃないか。俺には世界一可愛い」

お世辞でもなんでもない。が、次の年入学して来た久しぶりに見るきららちゃんを見て、思わず

「これは……」

と思ってしまった事実は白状しよう。いやでも、やっぱりマイカが最高だ。


「わたしね。お母さんが近所のおばさんに”マイカも無事丘の上の高校に入れました。T組ですけど。”と言ってるの聞いちゃって、ちょっと部屋で泣いた。わたし馬鹿なんだって」

「俺たち普通科より、T組の方が輝いて見えるけどな」

「うん、今では入学して良かったと思ってるよ。綸子やテケップ達、クラスのみんなに会えて本当に良かった」

「そうだね。高畑君にも会えて良かった?」

「それ一番だよ。メグルくんがいるから、マイカは生きて行けます」

マイカが俺の腕をぎゅっとつかむ。

「でもね。マイカに自慢出来る何かがあったら、もっと生きてて良かった。と思うんじゃないかと。あー田岡先生が生きてたらなあ…」

俺はマイカの手から腕を離して立ち止まる。

「やっぱり…今でも好きなの?」

「違うの。メグルくんを大好きだからなの。田岡先生が生きてたら、メグルくんにあの力の事言わないで済んだ。メグルくんにこんな気苦労させないで済んだ」

それはそのとおりだ。先生が生きてたら、マイカも、もっと普通のボーイフレンドとして、俺と付き合えたのかも知れない。

俺は先生から、

「マイカの守り手」

という立場を引き継いだ自分に、まだ自信がなかった。

でもメグルがやらねば、誰がやる…。

「マイカ、俺はマイカと苦労がしたいんだよ」

「ありがとう…。大好き」

もう一度マイカが俺の腕をぎゅっとつかんで体を預ける。と言う様な、

「今回は電撃はなし、ビバ!ラブラブ回!」

感覚溢ふるる中、くそ暑い8月のある日、俺たちは田岡先生の新盆のため、墓参りに行った。墓に着くと、誰かがうずくまっていた。みそのさんだ。

「泣いてるのかな?」

「しーっ」

とマイカに叱られた。近づくとみそのさんはゆっくり立ち上がり、

「あなたたち。もうここには来ない方がいいわ」と小さな声で言った。

「田岡君の研究メモが出て来ないの。盗まれたのかもしれない。あれには被験者Mと言う名で、特殊な能力を持った協力者が居た事が書かれているはず。田岡君の周辺でイニシャルMなんて探って行けば、すぐたどり着けるわ」


最初何を言っているのか判らなかったが、時間の研究は少しでも解明出来れば、莫大な富を生み出し、世界を支配する事だって出来ると言う。

「使い道、ないよねえ」

と呑気に考えていたマイカの能力は、普通なら大変な集中力と体力を必要とするので、一回使うと半日は使えなかったが、何らかの方法で強制的にチャージ出来れば、8分ごとに例えば100回の飛び石的な巻き戻しだって考えられる。800分。約13時間20分戻れれば、かなりの事が出来てしまうだろう。

ただしそんなブーストをかければ、被験者の体と心はぼろぼろになり、もう修復不可能な怪物になってしまうだろうけど。と、みそのさんは淡々と語る。

どちらかと言うと、田岡先生より、言い方が科学者然としていて客観的に過ぎ、冷たい様に感じた。


田岡先生は、だからこそマイカの能力を、もっと先の遠い時間仮説の証明だけに使おうとしていたのだが、そんな悠長な事を考えない人々もいるのだと、みそのさんは言い、

「田岡君の死だって、事故だったんだか」

と最後にみそのさんは吐き捨てる様に言った。

科学者と言うものは、恋人の死までこんなに冷静に疑うものなのか…。


「好きな人と引き離されて、死んじゃうってどういう気持ちかな?」

セックスしたい、子孫を残したいというアブラゼミの絶叫の中、麦わら帽子をかぶった

「夏の妹(主演:栗田ひろみ、監督:大島渚、主題歌:井上陽水”夢の中へ”)」

みたいなマイカは、ゆっくり歩きながら俺に聞いた。

「メグルくんは中学時代の変態行為をわたしに白状して、もし振られたら死んでた?」

本当には許してないな?こいつ。

「死んだとは思わない。マイカのおっぱいに会えなくなるのは悲しいけど」

「あーどうして毎度そういうぶちこわしな事を言うかなあ」

マイカは苦笑して続ける。

「わたしは、あの力の事を告白して、ミナミくんに化物だって振られたら、今度こそ死んでたと思う。メグルくんなしでは生きて行けないから」

嬉しい事言ってくれるじゃないの。

「メグルくんの、お腹のお布団なしでは」

ぶちこわしだよ。


そのうち、前に見たウッドストックの話になって、ジミ・ヘンドリックスは凄かったけど、もう死んじゃってる。俺たちは映画の中で生きてる凄いプレイを見て

「ジミヘン格好いい!」

て賞賛するけど、その賞賛は生きてたジミヘンには届かない。それでもジミヘンは生きてる頃からスターだったけど、ビンセント・ヴァン・ゴッホなんて、生涯たった一枚しか絵が売れず、死んでから一枚何億円の値が付いている。そんな名声、ゴッホは欲しいのだろうか?

「幸せな時が生きてる間に来るだけ、わたしたちはいいのかもね」

マイカが立ち止まり背伸びして手を俺の首に回す。俺は夏の妹に口づける。

リバースタイマーらしく時間と死の問題を語りながら、ラブラブな俺たちは、とぼとぼと帰宅した。


家に帰ってシャワーを浴びたら、海の分と、今日の分と、

全身の皮が一気にぼろぼろ剥けた。


そしてその日の夜。

みそのさんは失踪した。

みそのさんもイニシャルが

「M」

なことに、僕たちは後から気づいた。


(第7部終了)

あと2回っす

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