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秘密のマイカちゃん  作者: 鈴波 潤
4/9

第4部

これは40年前の、高校生の物語です。

今と違い、テレビで普通におっぱいが出て来るのに、女性の下半身がどうなっているのかは、毛も含め謎だった時代。

主人公、朱雀還流ミナミメグルは、ようやく肥満児から脱出した童貞の男子高校生(被イジメ歴あり)。

少しだけ頑張って、ようやく入学した高校で、彼は運命の人と出会います。

彼女、桃澤マイカは、ごく普通の女子高校生。普通よりちょっと可愛く、普通よりちょっとおっぱいが大きくてとても形がいいだけの、普通の女子高生です。

彼は彼女と結構衝撃的な出会いをし、付き合う事になりますが…。


この時代まだ生まれていない若い方にも、

お父さん、お母さん(おじいちゃん、おばあちゃん?)の青春時代。

「携帯がなくて、女の子が普通にブルマで体育してた時代。」

の1970年代を楽しんでいただけたらと思い、この作品を書きました。

■誰も知らない小さなエスパー■


マイカはその後も学校を休んだ。

今なら携帯メールで、

「大丈夫か?」

なんて打てば、一定の改善が見られるんだろうが、会いに行くのはもちろん、電話も気が重かった。逢いたい。声を聞きたい。でもマイカの声を聞くと、きっと悪い妄想をしてしまうから…。俺の心の中には、

「保留」

と言うポストイットが、沢山貼られていた。


初七日が過ぎた頃、マイカから電話があった。

「田岡先生の下宿に来て」

一週間ぶりに見たマイカは、先生の遺品を片付けていた。ちょっとやつれている。俺も黙って手伝った。なんか沈黙のまま時間が過ぎるので、耐えられなくなって俺から口を開いた。でもマイカと田岡先生の事は、聞く勇気がなかった。

「みそのさんは、大丈夫?」

「うん。私が、”先生の研究誰が引き継ぐの?”って言ったら、”そうだよね。”って言って、立ち直ったみたい。後を追わせてあげたかったけどね。それは駄目だから。それから、みそのさんと二人で、ちょっと旅行に行ってたの」

「そうか。先生の研究って…??」

マイカは俺の問いに答えずに、

「ミナミくん。先生の眼鏡取って」

先生が勉強していた机は塾から貰って来た、生徒用の奴だった。体裁を気にしない田岡先生らしい。その上に、先生の度の強い眼鏡が置いてあった。レンズが割れていた。事故にあった時のものか。

俺は立ち上がって、眼鏡を取ろうとした。


「ありがとう」

眼鏡をいとおしそうに持って、マイカは微笑んだ。

俺は机の傍で立ちすくんだ。

俺は立ち上がって、眼鏡を取ろうとしていた。


眼鏡はマイカが持っている。


どういう事だ?


「マイカ…。眼鏡を…。え?」

「ミナミくん。私は歩いて机まで行って、眼鏡を取って、またここに戻ったのよ」

俺の頭の記憶装置と演算回路が激しく点滅し、SF小説の記憶を呼びさます。

「もしかして、テレポーテーション?」

「違うの。時間を戻す事が出来るの」

幼稚園の頃、手塚治虫原作の漫画をNHKが

「ふしぎな少年」

というドラマにして、その中の決め台詞、

「時間よ、止まれ!」

と叫ぶのが園庭で流行った。言われると、みんなピタリと止まらなければならない遊び。それか…。

いや戻せるなら、もっと凄い能力だ。

「君はタイムトラベラーなのか?」

「時をかける少女(筒井康隆)」

は、やはりNHKでドラマ化されていた。

「そんな大それた能力はないの。過去にも未来にも行けない。出来るのはたった8分程、時計を巻き戻す事が出来るだけ」


この能力。強いて名付ければ、タイムリバース。マイカは小さいときからそんな事が出来たらしい。でも誰にでも出来ると思っていたので、気にも止めなかった。

小学校2年の夏、マイカは公園で変質者に襲われそうになった。

公衆トイレの中で服を脱がされそうになった彼女は、時間を巻き戻してマイカを連れ込もうとした男から逃れ、交番に逃げ込んで、

「変なおじさんにトイレに連れ込まれた」

と警官に告げた。すぐに変質者は逮捕された。男は、

「連れ込んでない」

と主張したが、未遂でも罪は罪。マイカは、恐ろしさのあまり何が起こったかを説明出来ず、小2の子なら無理もない事と、誰も細かくは聞かなかった。この事件がマイカのトラウマになり、その後、この能力の事をマイカは最近まで誰にも言わなかった。

「みそのさんは大学院で物理を研究していて、田岡先生と一緒に時間理論の新しい仮説を証明しようとしていたの。たまたま私がその能力の事を話したら、とても興味を持って実験させて欲しいって」

そりゃそうだろう。身近に世紀の大発見が転がっていたのだから。

両親はマイカが姪の変な実験に付き合わされて、受験の大切な時期に影響が出る事を心配したが、先生が自分の講師してる塾で面倒を見るからって説得したという。

マイカ自身も塾は歓迎だった。マイカには行きたい高校があった。


マイカの家は俺たちの高校から歩いて15分の所にあり、小さいときから 体育祭や文化祭も見に来ていたので、大きくなったらあの”丘の上の学校”に行くと決めていたそうだ。2つ上の兄も同じ学校だった。1年の時お噂だけはお聞きしていたが、うちの学校始まって以来の秀才という3年生がマイカの兄だったのだ。今年は受験に失敗し、東京の予備校で東大を目指して勉強中。

2つ下の妹は地元の中三だが、俺たちが3年の時、本当に入学して来た。

マイカは結局少し内申が足らなくて、もう少し偏差値の低い他校普通科を担任に勧められたが、この学校に来たくてTクラスにしたそうだ。

マイカの父上はかなり厳格な人で、マイカの学力が上がらなかった事を理由に、みそのさんは出入り禁止になったとか…。


「私はこの能力が、他の人には無いらしいと判った時、死のうと思った。わたしは化物だ。父はこんな変な能力を決して認めてくれないと思うし」

俺は幼い少女が真っ暗な闇の中で、どんどん自分を追いつめて行った過去を想った。それは死にたくもなるさ。

「先生達は、もう決して他の人には喋っちゃいけないと言って、実験に協力してもらうのは、自分たちの仮説に裏付けをするためで、君の事は決して公表しないと約束してくれたの」

この能力の厄介なのは、誰も信じてくれないと言う事だ。時間が巻戻るので、本人以外その8分の記憶はほぼ上書きされてしまう訳だから。

さっき目の前で見せた奇跡は

1.”眼鏡取って”で、机の上の眼鏡を俺にはっきり印象づける。

2.ごめん、やっぱり自分で取る。と言ってマイカが取って元の場所に戻る。

3.トータルで8分(正確には472秒)経ったとき、時間を巻き戻す。

4.眼鏡をもったマイカが、”眼鏡取って”の直後に戻る。

という手順なわけだ。マイカ自身が肉体以外に運べる物(着ている洋服も含めて)には限度があり、例えば人間など生き物は無理の様だ。

戻った時には、そこにも例えば同じ眼鏡があるはずだが、マイカが戻ると眼鏡は手の中だけで、机の上からは消えている。未来のマイカが8分前のマイカに割り込んで、上書きされる感じだ。

「意識だけが戻るのではないと…」

その辺のタイムパラドクスの自動解決も含めて、マイカの能力のユニークさは田岡先生を熱くさせたと言う。

実験で472秒を測定した先生達は、マイカに472秒を計るタイマーを持たせ、繰り返しマイカにこの時間を覚えさせた。今ではプラスマイナス1秒の誤差で、巻き戻せると言う。


「あ…。あのボートで」

「そう。あの時は自分も落ちて慌てたから、水に触れる前にすぐに巻き戻したの。それから、もう一度わざと湖に落ちない程度にふらついて。もしかしてミナミ君の記憶、ちょっとおかしい事になってなかった?」

上書きされる前の記憶の、消えたはずの部分がデジャブの様に残る事がある事は、田岡先生も観測しており、重要な研究テーマになっていた。だから湖に落ちたような気がしたのか。

「ごまかすためにキスしたわけ?」

「馬鹿。それは別」

マイカは真っ赤になった。

少なくとも世界一可愛いエスパーだ。

「でもさ、何で俺なんかに話す気になったの?」

「ミナミくんがいい人だからだよ」


でも…。

俺はマイカの考えは甘いと思った。俺が

「土井まさるのスーパージョッキー。奇人変人コーナー」

の賞品、白いギター欲しさに、マイカを売らないとどうして判る?そんなことより、金儲けに利用しないとどうして判る?田岡先生とみそのさんに話したのだって安易過ぎる。

「みそのさんにはね。小さい頃に話しちゃったの。警察沙汰になって、もう絶対誰にも本当の事を言っては駄目と、忠告してくれたのもみそのさんよ」

「でもいくらみそのさんの婚約者だと言っても、田岡先生にも話したんだろ?」

「それは大丈夫。田岡先生は私の初恋の人だから」

やっぱし。現恋人の前で、なんて事言うんだ。この女。

「大好きな従姉妹のみそのお姉さんの恋人じゃなきゃ、私が奪ってた」

おとなしくて、可愛くて、控えめで、物静かなマイカさ~ん。何処へ?


「今は同じ位。ううん、それ以上にミナミ君の事が大好きだからね」

「俺、マイカの事が全部判って嬉しいよ。俺も大好きです」

まあ、全部だと思う訳だ初心者は。女心はそんな単純じゃないけどね。

他ならぬ田岡先生の住まいで、こんな事は不謹慎だけど、俺たちは半月ぶりのキスをした。初めての日のキスがマグロの赤身だとすると、中トロ位は行ってたと思う。

マイカは俺の傍で、静かに、まるで眠っているかの様に、じっとしていた。

「良かった…。振られるかと思った」

ずいぶん悩み、考えて、今日を迎え、俺に告白したのだろう。そのための勇気は、体育館の階段で裸で体当たりした時よりも、富士山からダイブしたときよりも、自宅の門の前で待ってた時よりも、沢山振り絞らなければならなかったろう。激しいレースの後の陸上選手の(実際巻き戻しをした後は、半端じゃなく疲れると言う)クールダウンの様に、マイカは俺に寄り添って、じっとしていた。


「この子と、この誰も知らない小さなエスパーと、生きて行こう」

マイカの肩を抱きながら、俺は心に誓った。でも、俺みたいなもんが勝手に決めても本当にいいのかなぁ。返事が怖いけど聞いてみる。

「なんで俺なの?」

こんな素直な(真っ直ぐに恐いのも後で判ったが…。)美人で、可愛くて、エッチなバディで、しかも超能力者が、なんで俺みたいなかっこ良くもない凡人の恋人に?

マイカはもう一回キスをせがんだ後、答えになってない答えを小さくつぶやいた。

「だって大好きなんだもん」

いまいちはぐらかされた様で、まだちょっともやもやしていたが、凄く幸せだったので、つい気持ちを口に出してしまった。

「ま、いっか」

「それ小学校の時、散々言われた名前ギャグ」

「あ、ごめん、そんなつもりじゃ」

「わかってるよ。ミナミくんにも、そんなのあった?」

「うーんとね」

俺は指で目を一杯に開き、

「メグルの目、ぐーるぐる」

久しぶりにマイカの笑い声を聞いた。

「ねえ、これからメグルくんって呼んでいい?」

いいとも。初めて名前で呼ばれて、ちょっと感動した。


■B茄子■


マイカとはなるべく一緒に帰った。

俺は、自殺したい位のマイカの悩みの正体が判ったので、本当に高畑君になろうと思った。

駆け出しの超能力者マイカを正しい道に導かねば。と。

でも実際マイカに会うと、余りに可愛くて(今風に言えば萌えて)、そんな崇高な使命など忘れてしまうのだった。


放送部は追い出し放送をしなくてはならないので当番があったが、部長特権で、毎日これを買って出た。事情を知ってるヨッコは、

「さすがに部長はえらいねえ。私情を挟まず、犠牲的精神!」

と、冷やかしながら、さっさと帰って行った。下校時間になり、教師が見回って残ってる生徒を追い出す頃、校門で待っていると、新体操部を終えて、マイカが走って来た。

「待たせてごめんなさい」

と、可愛く笑う。

「生まれてきて良かった…」

そして俺にガムを渡す。

「生きてて良かった…」


マイカの家までは大通りを歩いてもいいのだが、わざと人通りのない一本外れた道を歩いた。交差点になるたび、人が来ないのを確認して、キスをした。

10m歩いてはキス。また10m歩いてキス。

マイカの家の前で、

「じゃあね、また明日」

と、お別れのキス。

そんなこんなで一学期がすぎていった。嘘だと思うだろうが、まだキスから進んでいなかった。あのときの美しいおっぱいは、いつも目に焼き付いていたが、やっぱり勇気がなかった。嫌われるの怖いもの。下手に焦ってトラウマが甦ったら、もう終わり。

校内試技会の時、運動場で演技するマイカの真っ赤なレオタードの胸を見て、

「ああ、美味しそうなトマトが2つ・・・」

と思った俺はアホだろうか?

アホだね。


その日は3年の進路懇談で、1、2年は2時頃で帰宅になった。 マイカに帰り道で、

「メグルくん、今日うちに寄ってく?」

と聞かれた。

マイカの家には一度も寄った事がない。送って行くと時々興味津々の妹(これがマイカより胸はないが背が高い)が出て来る事があり、和服に割烹着を着た、ボンカレーの看板みたいな母親に

「いつもマイカがお世話になっています」

と挨拶された事もある。 この間の電話の時も、この母上様から最後に

「いっぺん遊びにいらっしゃいね」

と言われたが、そんな社交辞令は

「ぶぶ漬け(京都のアレです)」

だと判っているので、真に受けるはずもない。


「え?まずいでしょ、急には」

と俺が言うと

「今日父は出張、母は妹と塾の面談で、帰りは夜なの」

やった!青春ドラマの定番、

「今日家に誰もいないの」

フラグじゃありませんか。ええ、俺が付いて行った事は言うまでもありませんとも。


いつも思っていたが、マイカの家は古い。なにしろ門の上にりっぱな松が下がっているようなでかい屋敷で、昭和初期か、ひょっとして大正か? マイカも

「小学校まではトイレもクミトリで」

と言っていた。

玄関を上がると、応接間があり、とりあえずそこに通された。親父さんのゴルフのトロフィーなんぞが飾ってある。

「わたしの部屋に来る?」

おおーーー!着実に一歩一歩進んでおりますよ。ベッドに2人で腰かけ、キスしながら押し倒す、と。


階段を上がると、予想もしなかった光景があった。ドア、ではなくガラス戸で区切られた部屋、その一つがマイカの部屋だった。きれいに片付いた畳敷きの6畳間で、隅に衣装ダンスと学習机、本棚があるだけ。

「布団敷いて貰うシチュエーションは無理があるか…(何妄想しとるんだ)」

代わりにマイカが座布団を出してくれた。

「今お茶もってくるね」

渋茶と羊羹かと思ったら、紅茶とケーキ。色々話をしているうちに、新体操部のことになり、マイカが

「今日ねえ新しいレオタード出来たんだよ。見たい?」

と三日月眼で聞いて来た。

「ははっ、そそりゃもう。拝見いたします」



「待っててね」マイカが部屋を出て行った。 どんなの持って来るかなあ。わくわく。

「お待たせ」

入って来たマイカは、何とレオタードを着て来たのだ。濃紺のレオタードに、学校の校章である橘の花が散っている。まあ、その時は模様どころじゃなかった訳だが。見事な2つの膨らみ。ぁぁぁぁぁぁああああああ! ぶ、ぶ、ブラの形がくっきりですよ。ええおい。

「どお?」

どお?じゃないでしょお嬢さん。動転した俺はトマトじゃなくてトマトじゃなくてと、そればかりで…。


「そ、そうだなあ。茄子って感じかな?」

マイカはマジで怒った。

「ひどい!わたしはそりゃ鳩胸だし、おしりも出てるし、紺色のレオタード着て、横から見れば、そりゃ茄子ですよっ」

「あ、ごめんごめん。そういう事じゃなくて」

座り込んで泣き始めたマイカに、あわてて近寄って肩に手をかけると、顔を上げたマイカの眼には涙はなかった。にっと笑って、

「引っかかった」

この子はこんなキャラじゃなかったはずだが。最近は何が起こっても驚かない事にしてる。


「許してあげるけど、そのかわり・・・」

「そのかわり?」

俺の喉がごくっと鳴った。

「膝にのっていい?」

えーーーっ?  いいよ。

レオタードの美少女が膝にのってますよ。

「わたしね。父の膝にも母の膝にものった記憶がないの」

大事な長男と、可愛い末娘に挟まれて、両親の膝はマイカの為にリザーブされていなかったらしい。


「メグルくんの膝、おっきいなあ」

マイカは安心しきっている。ちょっとキスをさせてくれただけで、後の俺の動きは封じられている。

おぬし、国民的柔道少女(漫画の方)か?

「茄子かぁ」

「もう許してくれよ」

「茄子じゃそのまま食べられないものね。トマトなら」

え?なんでトマトの事?こいつテレパシーまで?あわてて

「マイカはまだ青いトマトだね」

とまた失言。

「もう充分熟してるよ」

へ?これって、GOサイン?


恐る恐る、レオタードの胸に手を伸ばす。

ブラを付けているとはいえ、ほとんどおっぱいの形が出てしまっている。

そぉっと手に包み込む。感激だ…。

「くすぐったいよー」

マイカは体をよじって逃げたが、膝から逃げたりしなかった。

ぱんぱんに熟したトマトにまたちょっと触れてみる。

「エッチ…」

マイカがやさしく俺の手を遠ざける。また手を伸ばす。の繰り返し…。そのうち、もちろんじかに触れたくなった。でも、どうやって脱がすの?ハイネックでしかも長袖のレオタードって。


「駄目だよぉ。それ以上は」

えー!そんな殺生な。

でも無理強いしてトラウマ出て来たら怖いし、巻き戻されても元も子もない。

最後にもう一度だけチャレンジした(懲りない俺)。諦めたら試合終了。実に清々しいスポーツマンらしい態度だ(?)。


!!こんな所にファスナーが…、下げますか?

・何気なく下げる(何気にという言い方は、当時まだなかった)。

・ゆっくり焦らして下げる。

・可及的速やかに下げる。


「こらこら!駄目だって。もうしないって言ったじゃない!」

いつ?

まあ、しょっちゅう言ってるか。でもやっぱり今日は言ってないぞ。

「ひょっとして、巻き戻した?」

「今日はしてないよ」


今日は?


「朱雀還流君を高畑君だと思った訳、教えてあげましょうか?」

マイカは膝を降り、俺の前にちょこんと座った。女の子特有の、お尻がぺたんと畳に着く座り方だ。


「聞きたいけど、なんか怖いな」

この間は教えてくれなかった、マイカが俺を信用してくれた本当の理由を聞いて、それがマイカの買いかぶりだと判ったら、俺はもうマイカのダーリンではいられない。


「わらわの目に狂いはない。安心するが良いぞ」

「へへ~。おおせのままに」

このころ2人の間だけでブームになってた

「姫様と家老」

ごっこモードになって、おれは正座してひれ伏す。

「メグルくんって正直者なんだよね」

へ?

俺は鉄の斧をいつ落としましたか?

考えに考えた挙げ句、突然ある可能性に思い当たり、じわじわじわじわじわと震えが来た。


やっぱりマイカはあの時の事、俺だと判ってる。


「ちょっと待ったぁっ!すみません。おっしゃりたい事、思い当たりますが、わたくしめに少しだけ、時間をください」

紅白歌合戦で、引退する都はるみに異例のアンコールを歌わせたい司会者の様に、俺は懇願する。

「何いってんの?」

「俺が正直な高畑君でいられる為には、俺から言わなきゃいけない事があります。少しだけ時間を」

マイカと田岡先生の噂事件と、突然の先生の死、それからマイカのエスパーカミングアウトで、すっかり

「置いといて」

になっていた、とても大切な事。

俺と言う人間が、スケベだけど卑怯者じゃないと証明しなきゃならない事。

これだけは例え振られても言わなきゃ。


必死で心を落ち着かせながら、俺は言葉をまとめた。

いっぺんまとめて、その中から、言い訳に聞こえる部分を極力削ぎ落とした。

気がついたら俺は兵隊さんになっていた。

「桃澤少尉殿。申しわけありません。自分は昭和マルマル年マル月マル日未明、マルマル寺宿坊において、熟睡しておられる少尉殿の胸を触り、あまつさえ、パジャマのズボンを脱がそうといたしました。自分は根っからのスケベでありますが、もう二度と合意なしにそのような行為に及んだりいたしません。悪くありましたっ!」


「合意なしに」

に、まだ今後に希望を繋ぐエクスキューズがあるが、俺の誠意は伝わったはずだ。

「脱がそうとしたぁ?」

マイカは眉をきっと上げ、ちょっと怖い顔をした。

へっ?本当は脱がしたの?

胸を触った辺りまでは現実だった気がするけど、それからはっきりした記憶がない。後は全部夢だと思っていた。

でもヨッコから、マイカの合宿での体験を聞かされて、自分に違いないと思った。

やっぱり巻き戻したんだね?

俺が知らなくて、マイカだけが知ってる、俺の行動があるんだね?

俺はせっかく削ぎ落とした言い訳を、しどろもどろで付け加えた。


「もういいよ」

マイカは言った。その後の言葉が、

「別れるから」

じゃありません様に。俺は神に祈った。

短いが、俺には五劫の擦り切れぐらいに感じられた沈黙の後で、マイカは言った。

「あの時、謝って貰ったから」

俺は確かにマイカのズボンを脱がせたらしい。膝まで。その時マイカは目を覚まして、俺を見た。俺は慌ててズボンを元に戻し、”本当にごめん。おれスケベだから、誘惑に負けた。先生に言って貰って構わない。”と土下座したそうだ。


マイカは、あの変質者おじさんに謝って欲しかった。俺が真剣に謝るのを見て、なんかトラウマが消えた気がしたそうだ(そんなに簡単なものでもないだろうが)。

急いで時間を巻戻す。丁度胸触られた直後に戻った。俺は半分寝ながら事に及んでいたので、布団から抜け出すのは簡単だったそうだ。

「そうか、でもなんでパンツが?」

「あ、それはね。幸せそうにわたしを脱がす夢をみている寝顔を見てたら、そんなにこれが欲しかったの?って思って、正直な子には三日遅れのサンタさんが来ますよって」

部屋に戻って、替えのパンツ(未着用)を取って来て、寝ている俺の枕もとに、そっと…。

マイカさん。俺の欲しかったプレゼントは、パンツじゃなくてその中身な訳で。


もう一度、真剣に謝って俺は本当に許して貰った。


代償にハグを俺にオーダーし、マイカがつぶやく。

「でも同じ事他の子にしたら、メグルくん殺しちゃうかも」

顔は見えないが、冗談でないのは判る(怖)。

マイカにはとても不安定なところがある。

もしマイカを極限まで追いつめたり、怒らせたり、恨ませたりしたら、マイカは能力をどんどん悪い事に使う様になるだろう。何度人を殺しても巻き戻せるのは、精神衛生上あまりよくない気がする。そうなって行く自分を自己嫌悪して、死を選ぶかもしれない。

「ねえ、何考えてるの?」

自分でも怖い事言っちゃったと思ったらしく、マイカが不安げに聞く。今にも泣きそうだ。

「俺がついてる。もう二度と自殺したいなんて考えないで」

カラスが泣く前に笑って、こくんとうなずいた。

「メグル君、ギュッてして…」

くぅっ!可愛いすぎる。

腕の中のこの子が生きてく為に、マイカの能力を解った上で、悪用したり、騙されたりしない様に見守って、助言して、支えになる、

「高畑君」

が必要なんだ。


マイカは、無心に俺のお腹を押している。

「ぷにぷにして、気持ちがいいんだよねえ」

どうぞお遊び下さい。いつもの俺なら、

「お返し!」

とか言って、胸に手が行く所だが、考えるのに忙しくて、されるがままになっていた。


俺はスケベで。チキンで、運動音痴で、一言多い。

つまりどこにでもいる平凡な人間なわけで、マイカみたいな美少女に惚れられているってだけで、もういつ化けの皮が剥がれて、

「なんであんなデブ、好きだったんだろう」

と幻滅されんじゃないかと、いつもハラハラドキドキしてる。


「もう一回お膝乗っていい?」

貴女の為の指定席でございます。マイカが猫だったら、完全に喉ゴロゴロ言わせてるな。でもこれって、彼氏を求めてるのかなあ?親の愛情を求めてるのかなあ?

だんだんマイカの理想の彼氏になる自信がぐらついて来た。


そんな俺の悩みを知ってか知らずか、マイカは俺の膝の上でニコニコしている。

「ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」

と俺。

「えーとね…。あとね…」

相変わらずマイカは解り易い。

立ち上がって通学鞄から取り出したガムを一枚自分の口に放りこむ。それから、小さい子がお菓子くれるみたいにしゃがんで、

「はいっ、ミナミ君にも。あれっ?」

差し出したガムは、もう緑色の包装紙だけだった。マイカはくすっと笑う。

「ごめんね。じゃ」

そのまま膝立ちになり俺の首に手をからめ、キスをする。

マイカの噛みかけのガムが、俺の口にするりと入って来る。


どうだ、羨ましいか。未来の照屋君。


(第4部終了)

まだまだ続きます

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