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秘密のマイカちゃん  作者: 鈴波 潤
2/9

第2部

これは40年前の、高校生の物語です。

今と違い、テレビで普通におっぱいが出て来るのに、女性の下半身がどうなっているのかは、毛も含め謎だった時代。

主人公、朱雀還流ミナミメグルは、ようやく肥満児から脱出した童貞の男子高校生(被イジメ歴あり)。

少しだけ頑張って、ようやく入学した高校で、彼は運命の人と出会います。

彼女、桃澤マイカは、ごく普通の女子高校生。普通よりちょっと可愛く、普通よりちょっとおっぱいが大きくてとても形がいいだけの、普通の女子高生です。

彼は彼女と結構衝撃的な出会いをし、付き合う事になりますが…。


この時代まだ生まれていない若い方にも、

お父さん、お母さん(おじいちゃん、おばあちゃん?)の青春時代。

「携帯がなくて、女の子が普通にブルマで体育してた時代。」

の1970年代を楽しんでいただけたらと思い、この作品を書きました。

■わたしを映画に連れてって■


こんなに上手くいって良いのか?というほど、順調な滑り出しだった。しかし俺は決して楽観的にはなれなかった。ほら、よく言うではないか、

「人生曇る日もあれば、降る日もある」

だったっけか?まぁとにかく、

「生まれて初めて彼女が出来、それがとびきりの可愛い子」

という、もう所ジョージと西田敏行が束になって降って来る様な幸運。

このマンモスラッキージャンボを手放してはならじ…。

とまあ、彼女いない歴17年の俺は当然思い、思い切りじたばたする訳だ。それでいいのだ。


とにかく、付き合う事になったのだから、まずはデートしたいわけだ。

「戦後は終わった」

などと言われた時代だったから、流石に男女で街を歩いても、奇異に見られる事はなかった。我々はアメリカ製TVドラマ世代。つまりハイスコーのダンスパーリィに、彼氏が花束を持って迎えに来る。みたいなアメリカ文化を見て育った世代だったから、デートしよう!という気持ちは充分にある訳だ。有り余る程ある訳だ。しかし完全なスティディとして周囲に認めさせるまでは、デート現場を友人に目撃されるのは恥ずかしいと思う、なかなか屈折した世代だった。


次の日の昼休みにこっそり会って、俺は彼女(くぅーっ!いい響き!)とデートの相談をした。

「どんなデートがしたい?」

「ん~。やっぱり付き合うんだから、お互いの趣味とか話したり…」

なんかお見合いみたいだ…。そもそも馴初めが幼なじみとかクラスメイトじゃないので、それに近いかもしれないな。

「じゃぁまず、お互い趣味を言って、重なったとこがあったら、それに関係ありそうなデートをしようか?」

趣味は勉強、とか言われたら嫌だな、とか思いながら俺が提案。

「わたしは、映画が好き」

そうなんだ。俺は映画はあまり見なかった。最近見た映画と言えば、

「イージーライダー」

ステッペンウルフの”Born to Be wild”がかっこ良かった。あとはミケランジェロ・アントニオーニ監督の

「砂丘」

ピンクフロイドの曲が最高。でも話は良く判んなかった。桃澤さんは?

「ロミオとジュリエットとかイチゴ白書とか、ある愛の詩とか…」

洋画ファンか…。そこは重なるな。俺は邦画は、小学生の頃の、

「三大怪獣地球最大の決戦。同時上映エレキの若大将」

あたりから見てなかった。


「ミナミくんは、何が趣味なの?」

桃澤マイカさん!と言おうとしたが、ちょっと拙速に過ぎるので自重した。

「音楽聞く事かな?」

「どんな?アグネスチャンとか、麻丘めぐみとか?」

馬鹿にすんなよ。そういうのも、まあ好きだけどな。

「ロックが好きなんだ」

「タイガーズとか?小学校の頃好きだったわ」

それ、グループサウンズですから。まだ、日本にはロックというジャンルが確立していなかった。はっぴいえんどが、初めて日本語でロックやり始めた頃の話。

「洋楽だね。まあビートルズとか、ストーンズとか…」

俺は一般人が理解してくれそうな辺りから言った。

「あ!ビートルズはわたしも好き」

本当かよ!ちょっと嬉しい。ビートルズだよ桃澤さん、ずうとるびじゃないよ。

「ミナミくんの好きな音楽聞きたいな。まとめて聞けないかな?」

わいは放送部や!カセット編集させて貰いまっせ!と思ったが、それよりナイスなプロジェクトを思いついた。

「じゃ、そういう映画、見に行こうか?」


「ウッドストック」

は、俺たちロック好きの固定観念に、大きな風穴をあけた映画だった。圧倒的で多様なロックバンドが出演する、日本では考えられない規模の野外コンサートの記録映画。そして全米各地からつめかけたヒッピーな観客達。全てが感動、というより、漫画的表現で言えば、1tのハンマーで頭をぶん殴られた様な衝撃。ロック少年のバイブルの様な映画だった。

「知ってる。聞いた事ある。でももう公開終わったよね」

この街ではね。でも隣の街の名画座で、ちょうどリバイバル上映がある。俺が前に見に行った

「シネラマワイドスクリーン(懐かしい)」

の映画館じゃないけど、音は結構いい小屋だ(放送部員らしい言い方)。

「凄い!ミナミくんの好きな音楽、いっぱい聞けるのね」

彼女は、はしゃいでいる。

と、言う訳で初デートが決定した。俺にしては、やった方だと思う。


その日、桃澤さんと駅で待ち合わせした。

隣町へは、国鉄(JRじゃないよ)で1時間半ほど汽車(これも当時の言い方)にのる。俺たちの街より小さいけど、歴史が古く、

「小京都」

なんて各地で言われている街のひとつだった。

列車の座席では、二人とも結構緊張して、最初あまり言葉が出ない。

「あのこれ…。母が…」

桃澤母は、映画鑑賞には甘納豆と都昆布と主張して譲らなかったそうだ。確かに子供の頃、映画館の売店で売ってた気がする。甘納豆を食べながら、桃澤さんの知ってるビートルズの話を聞く。東京公演の時、従姉妹のお姉さんは、駅で先生に補導された。当時ビートルズなんかに熱狂して、東京まで駆けつける様な子は、とんでもない不良だった。中には切符も無しでかけつけて、文字通り体張ってでも公演を見ようとするファンもいたと言う(従姉妹のお姉さんは幸運にも切符を入手していたので、純潔は守られた)。

「先生、お願いします。一生のお願い。見逃して…」

お姉さんは、ほぼ一年分の小遣いとお年玉を全額つぎ込んで切符を入手していた。

その場に土下座して頼み込むお姉さんに、先生もついに折れ、

「まっつぐ行って、まっつぐ帰って来い。それから俺のところに出頭しろ。処分はそれからだ」

と見逃してくれたそうだ。後から半月の停学を喰らったそうだが。

桃澤さんはうち解けると、結構おしゃべりが好きな子だと言う事が判ったのも、この日の収穫だった。


映画館で指定席に座り(もちろん俺は前もって一度映画館へ出かけ、指定券を買っていた。チケットぴあなんてなかったからね。)、上映を待つ。名画座にしては、結構音量を上げてくれる。低音は流石にイマイチだったけど、一年の冬に年賀状配達のバイト(これだけは学校が許可)で買った俺のステレオよりは遥かにいい音。後で知ったが、当時の良い映画館の定番スピーカーは、オーディオマニアの憧れ、アルテックのA7だったらしい。桃澤さんは結構ノリノリで、次々登場するバンドを楽しんでいた。

俺は、なるべく自然に(内心ドキドキ)彼女の手に触れる。彼女はビクッとしたが、ちゃんと手を離さなかった。映画鑑賞デートの醍醐味ってやつだ。しばらくすると彼女が荷物をごそごそして、小声で、

「はい!」

と渡してくれたのは、都昆布だった。母の言いつけを守る良い子だ。二人で都昆布食べながら、ザ・フーの”サマータイムブルース”を聞く。かなり酸っぱい歌詞なので、シュールにマッチする。

コンサートは途中で大雨になり、中断する。その間、群衆は服を脱いで水浴びしたりする。若い男女が上半身裸(一部全裸のお方も)で、楽しそうに水を浴びているシーン。彼女は俺の手をぎゅっと握った。この間の事を思い出したのかな?


映画を見終わって、喫茶店に行く。喫茶店と言う所が、ようやく校則で禁じられなくなった時代の話。当時ファーストフードはなかったので、高校生のカップルは喫茶店しか行く所がなかった。

「二人っきりでくつろげる所に行きたいね」

などと、俺たちもよく話していたが、ラブホテルなんて所は、考えもしなかった。

「わたし、クロスビー、スティルス…」

「ナッシュ、&ヤング。CSN&Yって言えば良いよ。あれ好きだった?」

「うん、とても静かできれいな音楽…。あと小父さん達がロックンロールダンスやるの、面白かった」

シャナナだね?あんまりバリバリなハードロックは好きじゃないんだ…。

俺は2度目だが、今回もアルビン・リー(テン・イヤーズ・アフター)のギターに痺れていた。

「あとさ、大雨が降って…」

「あ!ちが…、別に、あれはそんな意味じゃ…」

彼女が挙動不審になった。その話じゃないんだけど。

「その雨のあとで、陽が照って来ると、コンガとティンバレスのイントロから、サンタナのソウル・サクリファイスが始まるとこ、かっこ良かったなあ」

「あ、そ、そうだね…。あれ良かった、うん。ミナミくん、レコード持ってる?」

彼女は慌てて取り繕う。こういう判り易いところが、この子のいいとこだな。

ライブ版はないけど、と言ってサンタナのファーストを貸す約束をした。LPレコードは当時2千円位したけど、俺の小遣いが一ヶ月千五百円だったので、結構がんばって(昼食代貰ってパン一個ですますとか)2ヶ月に1枚買っていた。サンタナ以外にはピンクフロイドが最近のお気に入りで、牛のジャケットの

「原子心母(Atom Heart Mother)」

の初回版赤いレコードは殆ど毎日聞いていた。次はCSN&Yを買おう(含下心)。

まあそんな話をしながら、汽車にのって帰った。


帰りに桃澤さんが、

「図書館寄ってもいい?迷惑だったら、わたしだけ行くけど」

と言った。迷惑なわきゃないじゃないですか。

本は音楽より更に好みが別れる趣味だし、館内私語禁止だから、どうしても二人で行動は難しい。気がつくと彼女がいなかった。俺はと言えば特に気になる本もなく…。当時図書館にはあんまりSFは無かった。当時の俺はボーイズライフ掲載の筒井康隆の短編からSF好きになり、まず火星シリーズ(桃澤マイカ様は武部画伯の描く火星のプリンセスに似ている。おっぱいも)、レンズマンとかそういう宇宙活劇、そこからヴォークトとかハインライン、アシモフと読みふけっていた時代だ。

「桃澤さん?」

退屈になったので、探しに行ったら、彼女はカウンターで、係のお姉さんに何かを尋ねていた。お姉さんが首を振った。


「あ!ミナミくん、お待たせ。もう用事すんだから、ミナミくんが良ければ、帰ろう」

彼女はちょっと焦った様に言って、さっさと図書館を出て行った。俺もついて出ようとすると、

「あ、ちょっと…」

俺は係のお姉さんに呼び止められた。

「君、あの子に気をつけてあげてね。おばさん余計な事言うけど」

まだ充分おばさんじゃないお姉さんは言った。

「なんですか?気をつけてって」

「あの子”自殺マニュアル置いてますか?”って聞いたのよ」

当時、ちょっと話題になった本だった。色々な自殺の方法を図解した文化人類学的な本で、怖いもの見たさ的な意味で、若者に人気の本だったが、中にはマジに死にたい人が読む場合もあったらしく、問題になっていた。もちろん図書館には在庫してない。

興味本位なのかな?とその時はあまり気にも止めなかったが、心には残っていた。


図書館の外で、彼女は待っていた。

「勝手に出て来てごめんなさい。そろそろわたし、門限なので」

門限という様な麗しい?魔法が効力を持っていた時代だった。

それから家まで送った。途中で俺は思い切って彼女の手を握った。彼女は、またちょっとビクッ!としたが、すぐ握り返してくれた。第一段階合格である。

しばらく手をつないで歩いた。”靴が鳴る”のお遊戯みたいに繋いだ手を振って、

「今日でまた仲良しになれたね。ありがとう」

と彼女は言う。俺は一言多いのが欠点だが、この時も痛恨のエラーをした。

「映画館で、俺の手握ってくれたから、俺から手をつなげた」

桃澤さんが、慌てて手を離した。明らかにまたテンパっている。しまった…。

「あ、あの…。仲良しだから正直に聞くけど、雨のシーンで、わたしを想いだした?」

顔が真っ赤だ。言わんとしている事は伝わって来る。今度は俺がテンパる。

「い、いや…。桃澤さんの方がずっと綺麗なお、いやあの…。綺麗だ!」

「馬鹿…」

彼女は笑ってくれた。良かった…。


家の前で、桃澤さんはぴょこりとお辞儀をし、

「今日は楽しかったです」

おれはどきっとした。仲人好きの母からの豆知識だが、この言い回しは、

「今日は」

に重点があり(明日は無いの意)、帰宅後仲人を通じて正式なお断りがあると言う決まり文句らしい。やっぱな…話がうま過ぎると思ったさ…(しょぼーん)。

「それから、桃澤さんって言われるのあんまり好きじゃないの。これからはマイカって呼んで」

どうも、帰宅後テケップあたりを通じ、正式なお断りがある訳ではなさそうだ。

ご覧、パレードが行くよ!”祝・初デート大成功!”の横断幕が脳裏を通り過ぎる。

「じゃ…、マ、、マイカ、、ちゃん?」

「ちゃん要らないから」

「じゃ俺もメグルって呼んでいいよ」

「ミナミくんは、ミナミくんだよ」

そうなのか?何故だ?

じゃあまたね。と浅田美代子の様な挨拶をして、マイカは玄関に消えていった。妹さんの

「お姉ちゃん、どうだっ…、え?…、ほー…、きゃーっ!おかあさんおかあさん」

と言う声が聞こえた。今夜の桃澤家の肴は俺ってわけですね?


■ハニーフラッシュ■


繰り返す。俺とマイカの交際は順調だと思ってた。

しかし、その後すぐその道のりが決して平坦でない事がわかった。いわゆる一つの、ほらよく言うではないか、

「人生谷あれば沼有り」

なんかしっくり来ないなあ、ま、いいけど。


マイカは手紙が好きで、いっぱい手紙をくれた。今ならメールなのだろうが。

俺も頑張って返事を書いたが、彼女のパワーには敵わなかった。一日に3通来た時は俺もかなり驚いたが、母親は今風に言えば、

「グッジョブマイサン!」

て感じで大喜びだった。マイカによると、前の日に書いた手紙を学校に行く時ポストに入れ、学校で書いて帰りにポストに入れ、帰ってから書いた手紙をその夜ポストに入れたとの事で、それが郵政省の諸事情で、まとめて届いたらしい。

ニヤニヤ笑いながら手紙を渡す母から、”特に興味ないねえ”みたいな顔で3通の手紙を受け取り、居間を出てからダッシュで自分の部屋に行き、手紙を開ける訳やね。手紙の内容は、別にラブなレターではなく、日常の事や読んだ本の感想、デートに行きたい場所といった、ありきたりなものだったが、気になったのが1通目の手紙に、

「勉強しながらぼんやり、どうやったら楽に自殺出来るか考えています」

というところがあり、2通目の追伸には、

「前の手紙で、変なこと書いてごめん」

3通目には、

「本当に忘れて下さい。私馬鹿ですね」

とやっぱり追伸してあったこと。図書館を思いだして気になった。

ラブラブに付き合ってるのに、どうして死にたいの?


次のデートの時、そのことを聞いてみた。

「うーん…。時々そう思う事があるの」

「俺だって、辛くて堪んない時、死にたいと思った事、あったけどね」

「ミナミくんもそういう事あったの?」

うん。そうなんだ。俺は中学1年の冬、一言多い性格が災いし、友達だと思ってた奴ら全員に裏切られて不登校になった。ヨッコたちに支えられて、なんとか2年から登校出来る様になったけど、あの時は本当にきつかった。

「今でも騙されてんじゃないかと、不安になる時あるよ」

「そう…。なんだ…」

マイカの顔が曇った。


「マイカ!ハンカチ落としたよ」

「あ…。ごめんなさい」

一回りして来た鬼に気づかず、ポンと背中を叩かれた時みたいな顔で、マイカはハンカチを受け取った。

「マイカは何で死にたいの?俺と付き合ってても?」

その本当の理由を、その頃の俺は想像もできなかった。

「俺と付き合うの…、嫌になった?」

「違うの!絶対に違うから。もっと前からなの。ごめんなさい。失礼だよね。もう考えない事にする。ヨッコにもよく怒られるんだ」

ヨッコは小学生のとき、乗っていた観光バスが土砂くずれにあい、ヨッコの乗っていたバスは助かったが、すぐ前のバスが谷底に転落して沢山の方が亡くなった、という経験をしている。普段どんな冗談でも(猥談でも)うまく流すヨッコが、生き死にの話になるとシャレにならんぐらいマジになるのは、友達仲間では有名な話だ。


友達仲間では?


「マイカってさ。ヨッコと話したことあんの?」

「あ…。こないだのファッションショーで仲良くなって」

「こないだのファッションショーで仲良くなって?そんで、もう死にたいとか、そんなディープな相談してんの?」

マイカはただ首を振り続けるだけだった。

俺はしまった!と思った。

「これ以上追いつめちゃいけない、死にたいなんて考えてる子を…」

俺もマイカも無言で、マイカの家までの道を歩いた。家に入る前、マイカが小さな声で、

「騙してごめんなさい」とつぶやいた。


近くのタバコ屋に飛び込み、俺は手持ちの金を全て10円玉に両替してもらった。店の外の赤電話から、握りしめた10円玉を一つ一つ入れながら、俺はヨッコの家に電話した。

「マイカと友達って、どういうことだよ」

「アチャー、あいつしゃべっちゃったの?相変わらず正直もんだなあ」

「ふざけるな、2人で俺をはめたのか?中学ん時俺が騙され、裏切られてどんな目にあったか、一番知ってるヨッコがそんな事するのか!」

「本当にごめん。しかけたのはあちし。でもあれは事故だったんだよ」

「事故だぁ~。なんだか判んないぞ」

「順番に話すね。あちしとマイカは小学生のとき、ピアノ教室で知り合って友達になったの。あの子、ちょっと男の趣味がおかしい所があって、まそれで、メグが好きなんだけど」

「余計なお世話だよ。あとメグ言うな」


「ごめん。マイカとは小中は別だったけど、同じ高校に合格して喜んでたんだよ。そしたら入学式の日、あの子があちしに、 ”ヨッコぉ~。高畑君見つけちゃった。”って言うじゃない。誰だって良く聞いたら、なんとメグルの事だって」

「高畑って、まさか?」

「そう”エスパー魔美”の高畑君だよ。あんなに可愛いのに、なんでそんな趣味なんだろ」

それで”ミナミくん”なのか…。

「俺、あんなに太ってないよ」

「良く似たもんだよ。そんで、あの子全然メグルに近づけなくて、じゃ放送部入れば?っていったんだけど、新体操部入っちゃうし」

「言ってくれれば、モノクロの1年間が天然色だったのに」

「マイカは妙に固いとこがあって、男とつきあった事なかったんだよ。 そんであの子が今度のファッションショーの音響担当になったんで、んじゃまかせろって、ちょっと仕掛けをしたのよ」

「んだと~っ」

「まま、冷静に。あちしの描いた絵はさ。上手のジャンパ線一本抜いて、”メグル~、助けて~”って下から呼べばさ。あんたスケベだから、モデルの着替見られるし、すっ飛んでくると思ったからさ」

「そうだよ、おれはどうせスケベだよ。ホント結構なもの沢山見せてもらった。ありがとな」


「そんで、メグルがかっこ良くジャンパ線直して、マイカが感謝、見つめ合う二人。二人はラブラブ・・・って計画だった訳」

「ふむぅ・・・良く出来ている」

「息子がやけに反抗的な食通のおっさんか、あんた。ところが計画通りいかなくてさ、ジャンパ線抜く前にテープは巻き込んじゃうし、なんだかマイカは突然モデルにさせられて、居なくなっちゃうし…。そうこうしている間に、勝手にあんたたちが出会っちゃった訳」

「話としては解った。でも結局俺ははめられたんだろ?なんか割り切れない気持ちだよ。悔しいよ」

「今のメグルにはマイカが必要だって思って、あちしが強引にすすめちゃったからさ。悪かったと思ってるよ。本当にごめん」

珍しくちょっと泣きそうな声だった。ヨッコは、俺がいつまでもヨッコへの気持ちを引きずっている事に気づいていたのだろう。

「でもさ、あのスタッフジャンパー、あの子が全部縫ったんだよ。またミナミ君に会えます様にって、想いを込めて」

滅茶苦茶嬉しかったが、でもモヤモヤは晴れなかった。

「ともかく、もう一度本人に聞いてみるよ」

「早い方がいいよ。きっとマイカはメグルを待ってると思う」

俺はタバコ屋の軒下を飛び出し、走ってマイカの家に戻った。


マイカは本当に門の外で待っていた。今思えば、ヨッコが電話してくれたのかも知れないが、その時は運命だと思った。

「ヨッコに概ね聞いた…」

「騙してごめんなさい。全部話すから、許せなかったらそう言ってね」

近くの小さな神社の境内で、俺はマイカから詳しい事を聞いた。


あの日お祖母さんが危篤という先輩の代役モデルになったマイカは、次の衣装がどれかも判らなくて、それこそおっぱい丸出しでうろうろしてたらしい。 そしたら俺が走って調整室に帰ろうとしてるのが見えたので、衝動的に体当たりしてしまったそうだ。

「もうこれ逃したら、卒業までチャンスがない様な気がして…」

同じクラスのテケップが、いつも、

「恋は体当たりよ」

と皆に言っているのを思い出し、今しかない!と思ったそうだ。

「テケップに、思い切りぶつかりなさい。と言われたのでぶつかったんだけど」

という公園での発言は、富士山からの事ではなかった訳だ。


「わたしって、ふしだらな娘だわ(彼女は時々表現が時代錯誤だった)」

マイカは顔を覆って泣き出してしまった。

「ふしだらって…。上裸なの、忘れてたんだろ?」

やっぱり俺は一言多いことが欠点だ。ここは聞き流すべきだろ?普通。

「気づいてた。でも服着る時間無かったし…、ううん違う、違うの…」

マイカはまた泣き出した。俺はそれ以上話しかけなかった。しばらくして、ようやくマイカは話し始めた。

「もう、ミナミくんに、嘘付くの苦しいから、正直に言います。あの時、ミナミくんに私の事、覚えてて欲しかったから…。今なら顔だけじゃなく、わたしのむ…、胸も見て、忘れないでいてくれるかな?って…。咄嗟に思ったの…。ふしだらだよね?わたし」

マイカは声を上げて泣く。

「信じられないよ」

「こんなふしだらな女、信用できないよね、さようなら」

マイカは泣きながら、帰ろうとする。俺はマイカの腕を掴む。

「違うんだ。こんな俺なんかのために、すごく恥ずかしいのに、そんな想い一つで裸で飛び込んで来てくれて。俺、信じられないくらい幸せだよ」

「ビダビぐん、ごべんだだ~い」

大泣きしながら、マイカが俺の胸に飛び込んで来た。

柔らかい、いい匂いの小さな女の子を抱きしめながら、俺はマイカの心に一歩近づいた様な気がした。もうTシャツの胸はマイカの涙でびしょびしょだったが、十七年間生きて来て、こんなにも可愛い生き物を抱きしめたのは初めてだった。地が固まるための大雨が、俺の胸に降った訳だ。


でも同時に、ちょっと女を恐ろしく感じた。

「スパイ大作戦」

みたいに、用意周到なヨッコの罠。

マイカが咄嗟に仕掛けたハニートラップ。

「俺って結局、お釈迦様の手の上の孫悟空なんじゃないかなあ」

でも捕まっちゃってこんなに幸せな罠なら、マイカの手の上のピグミーマーモセットでもいいのかもな?

俺の腕の中で、まだくすんくすん言っているマイカを抱きしめながら、そんな事を考えていた。


■天国と地獄■


マイカは、街中が嫌いな子だった。デートで繁華街に行った覚えはほとんどない。街には映画を見に行っただけで、買い物につきあわされたり、

「あそこの何とかが食べたい」

なんていう事も無縁だった。

T組には珍しく、普段着も派手ではなく、なんかふわふわしたものを着ていた印象が強い。制服はもとより、デートの間もスカート姿しか見た事がない。俺はこの頃178cmあったのだが、彼女は自称153cmで、俺と歩くと肩位までしかなかった。

「今度、ここ行こうよ」

と、彼女は近郊のハイキングコースとか、景色のいい観光地に行きたがった。結果屋外の、ひと気の少ないとこでデートが多かったから、ファーストキスのチャンスは意外と早く来たわけだ。


2回目のデートの時、彼女の妙な癖に気がついた。

ガムをかむのだ。

くちゃくちゃ音をたててガムをかむのは嫌だが、彼女は

「もぐもぐ」

と言う感じで、リスかなんかの様で可愛かった。でも、ガムをかむのは口寂しいからで、

「実は普段煙草を吸っているのではないか?」

と、つい疑ってしまった。

当時たばこを吸うのは結構普通で、クラスでも半分位の男子が親に隠れて吸っていたと思う。女子も意外な子が吸っていた。

「マイカはタバコ吸う人、どう思う?」

「好きじゃない。父は吸わないから、タバコの匂い気持ち悪くなる。ミナミくんは吸わないよね。匂いしないもん」

匂いがわかるまでに、接近出来る様になったって事です。

「俺は何の匂い?」

「うーん…。しっかり日向に干した日の、おふとんの匂い」

母さん、いつも洗濯物干してくれて、ありがとう。

このガムのことについて、ヨッコにも相談してみた。

「ばかだねメグルは。女の子がガムかむって、どういう意味かわかんないの?」

「なんだそれ。ガムに何の意味があるんだよ」


なんだか判らんうちに、次のデートがやって来た。

電車を3回乗り換えて(最後のは”よくこんな電車が残ってたなあ”というような、古い車両だった)、山奥のダム湖にデートに行った。

湖には貸しボートがあって、マイカの作ってくれた弁当を食べてから、午後一杯ボートに乗って遊んでいた。俺は後ろを向いて漕ぐ。ボートが揺れると頑張ってミニスカートはいてきたマイカの足がひらいて、気になってしかたなかった。縞か・・・。

「ミナミ君もガムかむ?」

「うん、ありがと」

スペアミントガムだった。子供の頃、辛くてこれ喰えなかったなあ…。そのうち、さすがに話題も尽きてしまい、二人、ただ黙ってガムをかんでいた。突然マイカが言った。

「疲れたでしょ?こぐの替わってあげようか?」

いいよと断ったのだが、いいからと、彼女はボートの上で立ち上がり、前に替わろうとする。俺も腰を浮かして移動しようとしたとたん、ボートが大きく揺れた。俺は外に投げ出され、止めようとしたマイカも一緒に湖に落ち、


いや、落ちそうになった。


「きゃっ!」

と短い悲鳴を上げて、ボートに尻餅をついた俺の上に、彼女が倒れ込んで来た。普段は胸の辺りにあるマイカの顔が、俺と同じ高さにある。

俺はここしかチャンスはないと思い。しっかりマイカを抱きしめる。女の子って、なんでこんなに柔らかいんだろ。マイカは、なにか愛しい子犬でも抱く様に、俺の頭を抱きしめ、

そして、始めてのキスをした。唇と唇が触れ合う、幼いキスだった。

マイカがガムをかんだのは、いつキスされても良い様に準備していたのだと、その時やっと気付いた。(当時お口のエチケット用品は、せいぜい仁丹。)マイカは俺の肩に頭を乗せたまま、ちょっと疲れたのかしばらくじっとしていた。


ボートを返し、帰りに駅に向かう山道には誰も他にいなかった。

「マイカ?」

「ん?」

「もいっかいキスして良い?」

彼女は立ち止まって、つま先立ちになって、腕をおれの首に巻き付けた。 唇がふれあった後、俺は思い切って舌を差し込んでみた。少し、抵抗があった唇は開き、俺の舌はマイカの歯にあたる。しばらく俺の舌先はマイカの歯を行ったり来たりした。

これだけでこんなに気持ちがいいのか・・・。


「ああ、今日はここまでで充分幸せだ」

と思ったとき、

「んんん・・」

とマイカが小さな声をあげ、歯がゆっくり開いた。そしてマイカの舌が、おずおずと俺の口に入って来る。2匹の動物の様に、俺たちの舌はめまぐるしく場所を変え、巻き付き…。俺たちは時間が経つのも忘れて、舌を絡め合った。痺れる様な快感。


俺は思い切ってマイカの胸に手を伸ばし、ブラウスのボタンをゆっくり外す。純白のブラに包まれた、マイカの白い胸が飛び出した。


最近なら初キスの後、これ位はいきなりやるんだろうが(右2行サービス妄想シーンでした。)、当時は案外

「ABC」

という段階を守っていたような気がする。まして俺はマイカの裸の胸を見てしまっていただけに、まるで既得権みたいに、彼女の体に触るのは嫌だった。

「ファーストキス…。嬉しいよ」

「私も。はぁ…。恥ずかしい」

その日は、帰りまでもうキスはしてくれなかった。

うちまで送って、マイカの家の前で、軽いお別れのキスはしたけど。

でもその日からいつも、マイカは黙ってガムをくれる。

それがキスの合図だった。


当時の女子高生は制服はもちろん、私服でもはっきりわかる化粧はしていなかった。T組はファッションショーがあるため一年中化粧は研究しており、テケップ辺りは和裁のおばあちゃん先生に怒られない程度のメイクはいつもしていた様だが、とにかく今時の女子高生の付けまつげが風を起こす様なメイクのセーラー服は、当時は女学生キャバレーにしかいなかった。特にマイカはデートの時もスッピンに近い。T組に入ってからは授業もあり、それなりに基礎的なメイクはしてたらしいが、根が目立つのを嫌う性格なので、派手さは全くない。グラビアモデルの様なテケップに比べると、マイカは

「デビッド・ハミルトンの少女写真」

みたいな紗の掛かった美少女だった。

当時はモデル体型が全盛、長身でスレンダーな美女がもてはやされていたが、150cmそこそこの身長で、しかも胸が大健闘な子は、ある意味永遠の男の理想ではないだろうか?(彼女はいつも体型が目立たない服を好んだが、熟練した男達の眼はごまかせない。)その上頬がピンクの子はそんなにいない。

俺(元肥満児。現在体重=身長マイナス100)が彼女と歩いていると、男性からの

「なんでお前がビーム」

をいやと言う程浴びるし、女性からは、

「信じられない。(ありえないという言葉は当時まだ無かった)」

というヒソヒソが聞こえた。


人間信じられない事が起こると、 なんとか合理的な結論を得ようとする。この場合、大方の逃げ込む結論は、

「残念な兄ちゃんと、可愛い妹さん」

というところだろうか?だがしかしマイカの仕草は、完膚無きまでにそういった仮説を叩きのめす。例えば俺が通り過ぎる人をぼんやり見ているとする。

「なに見てるの?」

「いや別に」

「今歩いてった人綺麗だったね、すらっと背が高くて…」

「そ、そうだっけ?」

「ふぅん…。ミナミ君、ああいう人がタイプなんだ…」

マイカは明らかに機嫌が悪い。

「見てません。私はマイカ様しか見てないです」

なぜか俺は敬語になる。

マイカは背伸びして俺の顔をこっちに向けさせ、真剣な顔で

「心配なんだからね」

大丈夫です。マニアは貴女だけ。俺はマイカのこういう嫉妬が、可愛くてたまらなかった(まだこの頃は)。

車内でちゅーをするような高校生はまだ当時はいなかったので、ラブラブ度としては、これが当時MAXの破壊力だったろう。これを見せつけられては反論の余地はなかったはずだ。


とにかく当時の俺は、情けない程びくびくしてた。

これは今も変わらないと思うが、幸運にも、自分には不釣り合いなほど可愛い彼女が出来ちゃった男は、随分に用心深くなるものなのだ。

「チキン」

と言われるなら仕方が無いが、別にこんなところで、

「ビーフ」

ぶりを発揮しなくてもいいと思った。むしろ長嶋茂雄氏の様に、堂々と

「I'm a chicken!」

と宣言したい位の気持ちだった(機内食の種類を問われ、こう答えたという長嶋伝説)。


学校の帰りに歩いている時、なんかの道順の話をしていて、

「こっちの方にさ」

と指差したとき、マイカが急に身を乗り出したので、偶然俺の人差し指が、マイカの胸の頂上を、”ぷにゅ”っと指してしまった事がある。

「あ…。ご、ごめん!わーっ」

俺は完全にパニックだった。いつもぎゅっとハグして、マイカの完璧な胸を俺の完璧なははは…で感じているのに、手はまた別だった。心は土下座モード。

「いいよ…。偶然だから…。大丈夫…。野犬に噛まれたと思えば…」

冗談なのは判るが、マイカさん、それは言い過ぎじゃ…。


とにかく順調に大人の階段を登っていく感じなので、ヨッコにも中間報告した。

「お前のおせっかいには困ったもんだけど、今回は結果オーライだな。とりあえず世話になった。ありがとう」

「なんか自身満々だね。あの子昔のトラウマがちょっとあったから、あんまり調子に乗って、エッチな事しちゃ駄目だよ」

「えっ?どんな?」

この指が覚えてゐる…。俺は自分の人差し指をじっと見つめる。

「はっきり言わないけど、なんかいやらしい事された事があったみたい」

「小さいときに?」

「聞いても、はっきりは言わないけど…。そう言えば、あんたも通ってた塾さ」

「うん」

「あの子グリーン教室だったんだけど、合宿の時もへんな事あったとか…」

「え…」

俺たちの塾(ヨッコが誘ってくれた)は、学区別にいくつかの教室があり、色分けされていた。俺たちはオレンジ教室。

「合宿で痴漢にあった?」

「いやそれはよく判んないけど。あの子、男をそそるええ乳しとるからね(ヨッコの同性評論はおっさん)。しかし、あの塾にそんな最低な変態がいたとはね。今からでも犯人捜せないかな?」

「いや、もうその人も反省してるんじゃ…」

「甘いねメグは。そういう奴は懲りないんだよ」

合宿での話題は、もうヨッコに振る事が出来なくなってしまった。


合宿の時のへんな体験。痴漢のトラウマ。小柄な女の子。大きな胸。

「やっぱり俺か?」

なんで気づかなかったのだろう?

マイカは俺があの時の変態だと、判っているのだろうか?

マイカはいつも、俺とのスキンシップを望み、キスをせがむ。判っていたら、今の俺にそんな接し方はしないと思う。第一そんな奴と、つき合いたいとは思わないだろう。

うん、気づいてないんだよな。


ダマッテイタホウガイイ。


あんな絵に描いた様な状況で、誘惑に負けてしまった俺は弱いが、後悔はしていない。でもあの子が(おそらく)マイカだと判ってしまった今、それを正直にマイカに謝らずに、何事もなかったかの様につきあえるか?


でも言ったら、間違いなくマイカは幻滅するだろう。


ダマッテイタホウガイイ。


それでお前は平気か?

チキンと卑怯は違うんじゃないか?


ダマッテイタホウガイイ。


本当にそれでいいのか?言わずに真っ直ぐマイカを見つめられるか?


心が痛い。心が張り裂けそうだった。


(第2部終了)

あと3回分?くらいあるかと思います。

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