第八話「狂竜風の悲劇」
激しい竜巻が空へと舞い上がり、その竜巻に次々とアンデットたちが飛び込んでは舞い上げられていく。
「セティっ、竜巻に向かって炎を吐け」 ラビッシュはそう声を上げると、自分も炎の魔法を生成した。
白い色の竜巻は、アンデットを飲み込み色を黒に変え、さらに、ラビッシュとセティの炎を飲み込んで真っ赤に色を変える。
竜巻の去った後、気づけば全てのアンデットが黒い塊と化していた。
突然、小刻みに手を打ちつける音が聞こえてきた。
「お見事です。まさか、そのような方法でここにあった死骸を消し炭に変えるとは……」
黒い塊の後方から一人の男がこちらに向かって歩いてくる。
「! この気配……。以龍さん、この人――」
「ああ。てめぇが元凶の時人だな?」
「元凶? なんのことを言っておられるのか、存知かねますね?」
イリアが男を鋭い目で睨みつけている。
「あなたがここの人たちを掘り起こしたんですか?」 イリアが突然、『掘り起こした』と言う言葉を使った。
「おや? ……おやおや。いつの間にか幻術の効果が切れていましたね」
「幻術?」 以龍が辺りを見渡してみると――
さっきまで田園風景だったのに、いつの間にか、墓の荒らされた墓地の景色に変わっていた。
「なんだ、これは?」
「これが本来のこの場所の風景です。こんな風景では、あなたがたも立ち寄ってはいただけないでしょう? ですから、見栄えのよい景色へと変更させていただきました」
イリアが男に向けて、問答無用に雷の矢を放った。
だが、その雷は男の身体をすり抜けて、空の彼方に消えていった。
「怖いお嬢さんですねぇ。いきなりですか?」
「イリア?」 九龍の時と違い、怒りの感情を表に出しているイリアに以龍は少し困惑していた。
「わかりませんねぇ。彼らは皆、赤の他人でしょうに。しかも、とうの昔に亡くなられた方々なのですよ。どうして貴女が腹を立てる必要があるのですか?」
イリアは無言で男に雷を落とす。――だが、やはり雷は男の身体をすり抜ける。
「無駄ですよ。私の身体はこの世界の方々とは作りが違うんですよ。たとえるのなら、幽霊という存在に近いですね。ですから、あなた方の攻撃は一切当たりません」
「幽霊って……、何者なんだよ、アンタ?」
ラビッシュが男に何者かを問いた瞬間、男が驚きの表情を見せる。
「それはなんの冗談ですか、『ラーン』くん? 私の事はあなたが一番よく知っていると思いましたが?」
「おいらの名はラビッシュだ。なんで親父の名前を口にする?」
「……はぁ。そうですか、ラーンくんに息子さんが出来るほどに時が経過しておりましたか。――しかし、ラビッシュくんと言いましたか? 本当にラーンくんそっくりですね。あなたを見ていると、父親になったラーンくんの顔が見たくなりましたよ」
「――どけ、ラビ。こいつは俺が斬る」 竜封剣を抜き、光の刃を纏わせる。以龍の身体が蒼白い光を放つ。
「おやおや。あなたは先ほどの私の話を聞いておられなかったのですか? いったいどうやって私を斬ろうというのですか?」
以龍が低い体勢で駆け出し、男との間合いを一瞬で詰める。そして、その体勢から竜封剣を振り上げた。
以龍の剣もイリアの雷同様にすり抜けるものと思われていた。
以龍の刃が男の胸元をかすめ、皮膚を斬り裂いた。踏み込みが甘かったのか、大したダメージにはならなかったものの、男の表情を凍らせるには充分だった。
「どうやら俺の能力で斬れないものはないみたいだな?」
「透過物質さえも斬り裂く能力ですか……。なかなか面白い能力をお持ちのようで。さすがの私も少々恐怖を感じましたよ」 恐怖を感じた、男はそう言うものの、まだどこか余裕のあるようだった。
「俺の攻撃は当たるってことがわかったんだ。その余裕、いつまで保てる?」 以龍が剣を構え直し、男に刃を向ける。
「やれやれ。すみませんが、あなたの相手をするつもりはありません。――ラビッシュくん? ラーンくんは今、ガルラですか?」
「逃がすと思っているのか?」 以龍が男に斬りかかる。
その瞬間、男がその場から姿を消した。
「! 消えた? ――瞬間移動か?」
「違います、以龍さん。その人は姿を見えなくしただけです。まだその場にいます」
「ですが、もう見つけることは困難でしょう。――私は『グローニ』と申します。用があるのなら、私を追ってくるといいでしょう」 声だけが、辺りに響きわたる。
その声の直後、グローニの気配が消える。
「……渚さん。今はこの人たちを埋葬しなおしてあげましょう。この人たち、ただ静かに眠っていただけだというのに……」
村を後にし、以龍たちはギルテ山に入った。しばらく山道を進むと、以龍にとって、見覚えのある道に出た。
それは以龍がこの山で目覚めた後に、山を下りるときに通った道だ。
以龍を先頭に、四人は山道を進んでいく。
ただ、その間の四人には会話という会話はなかった。
グローニを追って、ガルラへとまっすぐ進んでいた。
山を抜けると、麓に廃墟の町――ギルテが見えてくる。
その廃墟を見つめながら以龍が足を止める。
廃墟から感じるのは、先ほどグローニが作ったアンデットたちの村に踏み入れた時と同じような妙な気配。
「……あの時人があそこにいますね?」 サレントが以龍に話しかけてくる。
「お前も感じたか、サレント? 奴の――グローニの気配を」
「はい。あの時人は、あの廃墟で私たちを待っているようです」
「どうするの、兄ちゃん? 多分――」
「罠、だろうな。だが、いくぞ。ここで、決着をつけてやる」
廃墟に向かって歩きだしたとき、ラビッシュの後方を浮遊していたセティが一瞬だけ動きを止めた。
セティの胸の鼓動が、一瞬だけ強く響いたのだ。
それはほんの一瞬の出来事だった。もう、セティにさっきの感覚は残っていない。
セティは慌ててラビッシュの背中を追っていく。
……これが、この後に起こる狂竜風の悲劇の前触れだということには、誰一人として気づくことはなかった。
ギルテの廃墟に入ると、グローニは以龍たちを待ち伏せるかのように、そこに立っていた。
「ガルラに行くんじゃなかったのかよ?」 以龍は竜封剣を抜く。
「いやね。ここでとても面白いものを見つけてしまいましてね。……あの時にでも気づいていれば、ラーンくんに敗北することもなかったのでしょうにね」
「親父に勝てるだぁ? なにを言い出すかと思えば――」
「笑っていただいでも結構ですよ、ラビッシュくん。それは自らで判断していただければいいだけのことですから」
「御託はいい。今度は逃げるなよ? ここで決着をつけてやる」 以龍の身体が蒼白き光に包まれていく。そして、光の刃が竜封剣を包み込む。
「逃げるな、ですか? それは無理な相談というものです。さすがの私でも、巻き込まれてはひとたまりもありませんからねぇ」 再び、グローニが姿を消していく。
「姿が消えても、お前はまだそこにいるんだろ? そのまま、空間ごとお前を斬ってやるっ」 以龍が駆けだし、グローニが立っていた場所に向かって剣を振るう。
と、次の瞬間、グローニのいた場所の地面の土が隆起し始める。
「……あなたたちの相手は――彼です。では、ご武運を」 またしても、声だけを残し、グローニの気配が消えていく。
以龍はとっさに後方へと飛び退き、隆起する地面から巻き込まれるのを回避したのだが、土の中から何かが姿を現し始める。
「! まさか……」 サレントが現れゆくその生物を見て、表情をこわばらせる。
「サレントちゃん? ――サレントちゃん、なにか知ってるの?」
「ここギルテで、あの時人がアンデットにする生物って言えば――かつて、ここで放牧されていたドラゴンしかいないっ」
「! ドラゴン、ゾンビか!?」 以龍の目の前の隆起した土が、次々を崩落していき、その生物が姿を現した。
現れたドラゴンゾンビは、先ほどのアンデットとは違い、たった一匹。だが、その大きさは、昨日に交戦した森の牙と比べても洒落にならない大きさをしている。
「このっ」 ラビッシュが炎の魔法カードを生成し、それを火球状にして打ち放った。
だがそれは、ドラゴンゾンビに命中した瞬間、まるで雪玉のように弾け飛んで消えてしまった。
「お、おいらの魔法か、まったく効かない?」
「ラビッシュっ、私の剣を炎で強化して。剣を刺して、内側から攻める」
「わかった」 ラビッシュが魔法カードをサレントに投げつける。
そのカードがサレントの剣に当たると、サレントの剣の刃が炎に包まれた。
燃え上がった剣を振り、ドラゴンゾンビに斬りかかる。――が、剣はドラゴンゾンビの皮膚とぶつかり、激しい金属音を響かせる。
「剣が、通らない?」 その感触は、皮膚を斬りつけた感触とは言えるような感触ではなかった。
「サレントちゃんっ、離れてっ」
サレントがイリアの声でドラゴンゾンビの反撃に気づいた時はすでに遅く、サレントはドラゴンゾンビの爪の一撃を受け、地面に叩きつけられる。
「くっ」 地面に叩きつけられたサレントは即座に体勢を立て直すが、そこにドラゴンゾンビの追撃が襲いかかってくる。
「サレントっ、消えろ!」
「!」 以龍の声を受け、サレントはとっさに瞬間移動能力を発動させる。
その場から消え、サレントはイリアの後方で姿を現した。
「イリア。サレントの治療を頼む。ラビとセティは俺を援護してくれ。俺の能力なら、奴の皮膚がどんなに堅かろうが、関係はない」
以龍がドラゴンゾンビに向かって突っ込んでいく。
(こいつは森の牙と違って、再生能力は無いはずだ。どてっぱらに大きな穴を空けてやりゃあ、あとはラビの魔法が効くはずだ)
以龍が竜封剣を下から振り上げると、サレントの剣を拒んだその皮膚に斬撃の斜線が刻まれる。
アンデットを斬りつけたところで、ダメージになっているのかはわからない。
だが、以龍は攻撃の手を止めない。さらに振り上げた剣を振り下ろし、ドラゴンゾンビの腹部に、巨大なバッテンを刻み込み。
以龍の意図を察してか、合図もなしにラビッシュとセティが一斉に火炎を放射する。
以龍はドラゴンゾンビの後方へと回り込み、さらにキズを増やそうと竜封剣を振り下ろす。
なにかが以龍の視界の隅で動いた。
それは、ドラゴンゾンビの尻尾だった。それに気づいた時にはもう、ドラゴンゾンビの尻尾が以龍の腹部を激しく打ちつける。
「ぐぁ」 以龍がその場に崩れ落ちる。
そこに再度尻尾が以龍に襲いかかる。
尻尾が以龍に命中し、今度は以龍の身体が弾き飛ばされる。
「兄ちゃんっ」 ラビッシュが攻撃の手を止めて、以龍の元に駆け寄っていく。
ラビッシュが攻撃を止めたため、現在ドラゴンゾンビを攻撃しているのは、セティのみとなってしまった。
当然、ドラゴンゾンビはセティに攻撃目標を定める。
ドラゴンゾンビが大きく息を吸う。そして、セティに向けて、業火を吐き出した。
ラビッシュが激しい業火の音を耳にして、以龍に駆け寄る途中で足を止める。
振り返ったラビッシュが見た光景は、まるでスローモーションの映像を見ているかのように、ゆっくりとラビッシュの瞳に流れるように映り込んでくる。
小さなセティの身体は、激しい業火に包まれて、ゆっくりと地面へ落下していく。
地面に落ちたセティはピクリとも動かない。
「――セティぃぃぃぃっ」
ドラゴンゾンビが、大声を上げたラビッシュの方にゆっくりと振り向く。
「てめぇっ」 ラビッシュはドラゴンゾンビを睨みつけ、拳を固めて向かっていく。
ドラゴンゾンビを殴りつけるが、それはラビッシュの拳の方を痛めつけるだけだった。
「やめろ、ラビ。そんなことをして何になる!?」
「うわぁぁぁぁ」 ラビッシュは攻撃を止めない。拳の皮膚が破れ、血がにじみだしていても。
イリアが倒れたセティの元に駆けつける。治療魔法のカードを生成し、セティの身体に当てるものの、治療の光はセティの身体を包み込まない。
「! そんな、効果がないの?」 イリアの治療魔法が効果ない……それが意味するものはただひとつ。――生命反応が無くなっているということだ。
ドラゴンゾンビが目の前で殴打を続けるラビッシュに向けて鋭い爪を振り下ろす。
ラビッシュの胸元が衣服ごと斬り裂かれるが、ラビッシュはその傷をものともしないでドラゴンゾンビを殴り続ける。
「てめぇは、ぜってぇゆるさねぇ」 ラビッシュが炎の魔法カードを固く握りしめた拳の中に生成する。
カードはすぐに握りつぶされ、炎はラビッシュの拳を包み込む。――だが、その炎はあまりのも強力で、術者であるラビッシュの拳さえも焦がしていく。
そして、燃えた拳でドラゴンゾンビに殴りかかる。さすがにこの攻撃は効果があるようだ。が――
「ラビッシュっ。その炎、すぐ消して! そんな攻撃続けたら、あなたの腕が使いものにならなくなるっ」
サレントの声はラビッシュに届かない。
ラビッシュを包む炎は、渦を巻きながら威力を増していく。
突然、イリアのいる場所からまばゆい光が放たれる。
光を放っているのはセティの身体だ。――今頃になって治療魔法が効いてきたのだろうか? それなら問題はないのだが、これは治療魔法の光ではない。
光とともに、セティのシルエットが徐々に巨大化していく。
「! イリアさんっ、その子から離れてっ」 サレントが声を上げる。
「サレント。なんなんだ、あれは?」
イリアがセティから離れた瞬間、セティの巨大化が加速し、ついにはドラゴンゾンビと同等の大きさとなった。
「! ……セ、ティ」 ラビッシュが攻撃の手を止める。
どうやらラビッシュとサレントにはなにが起きたのかは理解出来ているようだ。
巨大化したセティが大きく息を吸う。
と、ラビッシュが慌ててドラゴンゾンビから離れる。
セティが巨大な火球を吐き出した。
その火球がドラゴンゾンビに命中すると、天をも貫く勢いで火柱が上がっていく。
それは、ラビッシュの魔法とは比べものにならないほどの威力だった。
……これで、ドラゴンゾンビは終わりだろう。
以龍、イリア、サレントが一ヶ所に集まった。
だが、ラビッシュは巨大化したセティと目を合わせたまま、その場から動かないでいた。
「ラビ、どうした?」
「……兄ちゃん。悪いんだけど、三人で先に行っててもらえるかな? ――おいら、ちょっとやることがあるんだ」
「やること?」
「ほら、セティを元の姿に戻してあげないと、連れて歩くこと出来ないでしょ?」
「たしかにそうだな。……でも、そんなこと出来るのか?」
「……」 ラビッシュは以龍のその問いには答えなかった。
と、サレントが声を上げる。
「以龍さん、行きましょう。今はあの時人を早く追わないと――」 なぜかサレントは、早くこの場から以龍を遠ざけたがっているようにも見える。
「あ、ああ。――ラビ。終わったらなるべく早く追いついてこいよ? セティを連れてな」
サレントが走り出すと、それを追うように以龍とイリアが駆け出した。
三人は、ラビッシュとセティを残してギルテの廃墟を後にした。
「ありがとな、サレント。……そして、兄ちゃん――」
去りゆく以龍の背中を見つめながら、最後に一言呟いた。
ごめんな、と
それは、ギルテの廃墟を出た直後のことだった。
耳をつんざく爆発音とともに、以龍の後方から空が赤く染まってきた。
「! ラビっ――」 以龍がギルテの廃墟の振り返ろうとするが――
「振り返らないでっ!!」 サレントが必死な声で以龍を制止する。
「サレント……」
「サレント、ちゃん?」
「これが、この世界でドラゴンを連れて歩いた代償なんです。――成竜化したドラゴンを元に戻そうだなんて、大人を子供に戻そうと言っているのと同じ。そんな方法なんてあるわけありません。成竜化したあの子は、しばらくしたら狂竜風の呪いを受けて、自我を無くし暴れ出すでしょう」
「それじゃあ、ラビくんは――」
「ラビッシュは最初からこの時が来たら、あの子を消すつもりでいたのでしょう。恐らく、自らの命をかけてでも」
「……先を、急ごう」 そういう以龍の声は震えていた。
「渚さん……」
燃え盛るギルテの廃墟を背に、以龍は歩きだした。……決して、振り返ることなく。
ガルラ城下町、南門前。町の玄関口となっているこの巨大な門も、その先に見えているガルラの城下町も、数日前に訪れた時とはまるで違い、不気味なほどまでに静まり返っていた。
「……本当にここはガルラなのか? 本当に俺が数日前に旅立った、あのガルラなのか?」
「これのあの時人の仕業なんでしょうか、以龍さん?」
「……入ればわかることだ。多分、奴は――」
ガルラの南門をくぐり抜けた瞬間、あの墓地の時と同じ妙な感覚に襲われる。
「いるんだろ? グローニっ!!」 町中に響きわたるような声でグローニを名を叫ぶ。
すると、目の前にグローニの姿が現れる。
以龍は無言で剣を抜く。そして、蒼白き光に包まれながら、光の刃の能力を発動させる。
「おやおや。また、随分と殺気だっていらっしゃいますね? ……そういえば、ラビッシュくんがいらっしゃいませんね? 彼はどうされたんですか?」
以龍がグローニの身体を一瞬で斬り裂いた。
だがそれは、陽炎のように剣圧で揺れて、霧のように空気に混ざって消えていった。――幻影だ。
「なるほど。だからあなたはそんなに気が立っているのですね。――あなたがた、彼を犠牲にしてあの廃墟から逃げ出してきましたね?」 また、グローニの声だけが周囲に響きわたる。
「あなたにラビッシュのなにがわかるって――」
「挑発に乗るな、サレント。こんなことでラビの死を軽くするんじゃない」 いままでに聞いたことがないくらいに、以龍の声は重く冷たい感じの声だった。
「そこから城が見えているでしょう? あの城まで来ていただけますか? 私はそこで待たせてもらいます」 この声の直後、グローニの気配が消えた。
「グローニ……」 以龍は無意識のうちに竜封剣を強く握りしめていた。