第五話「イリア」
「何度は言わん。俺の邪魔をするなっ」
「そか、名前は聞かせてもらわへんか。まぁええやろ。敵ボスの名前を知ることできへんゲームは多々あるわ」
「……お前、さっきから何を言っている? ゲームだのボスだの、何のつもりだ?」
「言葉通りの意味や。わいはただ、ゲームを楽しみたいだけなんや。理由わからんうちにこない世界に飛ばされて、気ぃ付きゃぁ、なんも覚えとらん状況からのスタートや」
「! 貴様も時人か!?」
「も、ちゅうことは、あんさんも時人かいな。……そういや、さっきの嬢ちゃんも能力使いおったな」
九龍を見つめ、先ほどのラビッシュの言葉を思い出す。
『時人を良く思っていない人間は多いんだよ。そもそも――』
「そうか。お前みたいな自分勝手な時人せいで、時人全体が白い目で見られる羽目になってるんだったな」
「そら、勝手にもなるわぁ。あんさんもそうやないのか? こんな夢幻のような世界、現実味がわかんやろ?」
「どうやらラビたちの救援に行くより先に、お前は斬っておいた方が良さそうだな?」
「ようやくやる気になってくれたか?」
以龍は頭上のセティに目を配らせ、九龍の背後に位置を取らせる。
「セティっ」
以龍が声を上げると、セティが九龍に向けて火球を吐いた。
九龍がその火球に気づき、回避行動に入ったところを、以龍が斬りかかる。
竜封剣を振り抜いた直後、九龍の血が宙に舞うが――
「ちぃ、浅いか」
竜封剣が斬り裂いたのは、九龍の胸元。だが、実際に斬ったのは、九龍の服の一部と、皮膚の部分だけ。
見事な不意打ちではあったが、致命傷どころが、大したダメージにもならなかった。
「……卑怯って言葉を言うつもりなら聞き流すぜ? 俺はお前の言うゲームなんてものをやっているつもりはない」
「安心せい、そないことは言わへんわ。相手の裏をかいての不意打ちも立派な戦術のひとつやからな」
九龍はセティを見上げる。
「しっかしあんさん、おもろいモン連れとるなぁ。――セティいうんか、そいつ?」
「それがどうした?」
「……」 九龍の返答はない。
九龍は無言で蒼白き光を身体に纏わせた。
「! 時人能力かっ」 以龍は身体を引き、得体の知れない能力に警戒する。
が、すぐに九龍の光は消える。
「なんの真似だ、貴様?」
「自分の手の内さらす人間がどこにおるん? ――今度はわいの手を打たせてもろうたで」
両手で鎌と分銅を構え、以龍に攻撃を仕掛けてくる。
以龍の顔面めがけて分銅を投擲し、以龍が回避行動を取る前に間合いを詰めて鎌で斬りかかってくる。
以龍は分銅を出来るだけ引きつけてから回避し、襲いかかる九龍に対し、竜封剣で斬りにいった。
「!」 以龍の攻撃の手が、九龍に命中する一歩手前のところで止まった。――いや、以龍が自ら攻撃の手を止めたのだ。
九龍をかばうかのように、九龍と以龍の間にセティの姿があった。
セティの目を見て、今のセティがただならぬ状態であることがわかる。
「やっぱ、あんさんでも自分の連れまでは斬れんかいな」
「貴様、セティになにをした?」
「これがわいの能力や。テットっちゅうんか? どうもわいはそのテットっちゅう生物を意のままに出けるようなんやわ」
「セティを、盾にするつもりか?」
「……考えが甘いなぁ、あんさんは。わいなら、盾やのうて剣として使かわせてもらうわ」
セティが以龍を睨みつける。
「破壊も鍔迫り合いもできへん剣や。これ以上の武器はそうそうないやろ? ――セティ。いてもうたれ」
九龍の合図にセティは大きく息を吸う。
セティの火球が以龍に直撃する。
船上に、以龍の悲鳴が響きわたった。
ラビッシュとサレントが交戦中の船首付近にも、風に乗って以龍の悲鳴が聞こえてくる。
「! 兄ちゃんっ」
「ラビッシュ、いまはこっちに集中してっ」
大量の鳥テットたちはまだ数が減る様子を見せない。
「――サレント、すこし一人で時間を稼いでくれ」
「なにをするつもりなの?」
「このままじゃキリがない。――あのデカブツを落とす。そうすりゃあ、雑魚たちは散るはずだ」
「落とすったって、並の攻撃じゃ、あの小さいのに邪魔されて届かないのよ?」
「だから並じゃないのをぶっ放す。――魔法を生成する間、おいらは無防備になるから頼むんだ」
「わかった。ただ、あんまり長くはもたないから」
以龍は左手で右肩を押さえていた。
操られたセティの火球は、以龍の右肩を焦がしたのだ。
「あんさん、それで終わりっちゅうことはないやろ?」
九龍の言うとおり、以龍はまだ終わってはいない。右肩にダメージを受けたものの、まだ剣を振るう力は残っている。……問題は、いかにしてセティを傷つけずに九龍に斬りかかるかなのだ。
以龍は九龍とセティの両方に目を配り、隙をうかがう。
(チャンスは一度。奴が一瞬でも俺から目を離した時が勝負だ)
その時だった。船の船首方向で轟音とともに巨大な火柱が天を貫いた。
「! なんや、あれは? まさか、あのボンが――」
九龍が火柱に気を取られた隙を以龍は逃さなかった。
「――許せ、セティ」
以龍はセティの首を掴むと、船の船室へと続く階段の方にセティを投げ込んだ。
そしてそのまま九龍に斬りかかる。
「! セティ、わいを――」 セティに九龍の声は届かない。
「無駄だっ」 竜封剣は確実に九龍の首を捕らえている。
九龍が鎌と分銅をそれぞれ逆方向に引き、鎖を張らせる。
鎖は以龍の斬撃を止める。が、以龍は竜封剣を両手で持ち、鎖ごと九龍を斬りにかかる。
「うおぉぉぉぉぉ――」
以龍の叫びとともに、九龍の鎖が断ち切れた。
鎖を貫き、竜封剣が九龍の首を切り落とそうとしたとき、以龍の臑に激痛が走る。
その直後、鎖の切れた分銅が船の床板を転がった。
臑の激痛により体勢を崩した以龍は、その場に膝をつき崩れ落ちる。
「今のは惜しかったでぇ。けど、もうこないチャンスはあらへんで」
膝をついた以龍に対し、九龍が顔面に蹴りを入れる。
今度は以龍が床板に転がった。
「これで終いかいな?」
セティが階段口から飛び上がってくる。
そして、倒れた以龍を虚ろな目で見つめる。
「……セティ。とどめを刺したりぃな」
セティが以龍に向けて大きく息を吸い込んだ。
セティが大きく口を開けた時、その口に向けて、一枚のカードが回転しながら飛来してくる。
そのカードがセティの口に入ると、浮遊していたセティがそのまま床板に落下し、動かなくなった。
よくよく耳を澄ますと、セティは寝息をたてて眠っていた。
「……思うてたより早よう駆けつけてきたなぁ?」 九龍がカードの飛んできた方向に目を向ける。
そこには、ラビッシュとサレントの姿があった。
「セティを盾に、兄ちゃんに随分と好き勝手なことをしてくれたなっ」 ラビッシュが九龍に対し怒りの表情を見せる。
「わいの能力をどないして使おうと、文句言われる筋合いはないわ」
「その割に、ご自慢の武器が破壊されているようだけど?」
「嬢ちゃんになにがわかるって言うんや? ……まぁ、ボンらの兄貴分は結構楽しめたで。ほな、今度は約束通りボンらと遊んだる――」
突如、九龍の胸元から剣の刃の先端部分が現れる。
九龍の背後には以龍の姿。そして、以龍の竜封剣が九龍の背中を貫いていた。
「楽しめた、だ? 勝手に終わらせんなっ」
貫いた竜封剣を抜くと、九龍の背中から血が吹き出した。
九龍はそのまま前方にうつ伏せに倒れ込んだ。
その直後、セティや九龍から受けたダメージにより、以龍は片膝をついた。
「兄ちゃんっ」
ラビッシュが以龍に駆け寄ろうとしたときだった。
「! ラビッシュ、ダメっ」 サレントがラビッシュを制止する声を上げる。
「え?」 サレントの声にラビッシュは足を止めたが――
何者かがラビッシュをその場から弾き飛ばした。
弾き飛ばされたラビッシュは船の帆柱に身体を打ちつける。
「ラビッシュっ」 サレントがラビッシュに駆け寄る。
ラビッシュを弾き飛ばしたのは、先ほどの鳥テットの親玉だ。――ラビッシュの火柱で撃退したと思っていたのだが。
大型鳥テットは、ラビッシュを弾き飛ばした後、一度上空で旋回し、再度突撃してくる。
今度の標的は、以龍と九龍だ。
その両足で倒れた九龍とうずくまる以龍を鷲掴み、再度上昇する。
サレントが大型鳥テットの頭上に姿を現した。――瞬間移動能力だ。
鳥テットの脳天をサレントの剣が貫く。
断末魔の悲鳴とともに、掴んでいた以龍と九龍の身体を離す。
二人はそのまま海へと落下していった。
以龍の周囲の青い光景が、次第に濃く色づいていく。
以龍の身体は徐々に海底へと向かっていく。
(……まずいな。早く海面に上がらないと)
身体に走る激痛に堪え、足を交互に動かし、海面に向けて浮上していく。
突如、以龍の周りが赤く濁り始める。そこに、銀色に光る刃物が現れる。
そこにいたのは、鎌を構え、以龍の首を狩ろうとしている九龍だった。
(! 九龍。……しまった。今から剣を抜いても――)
海中で動きが鈍くなってはいるものの、九龍は確実に以龍の首に向けて鎌を振るっている。
剣を抜こうにも、剣に手をのばす前に九龍の鎌が以龍の首に刺さるだろう。
(ダメだ、やられる)
以龍がそう思った直後、以龍の身体が蒼白い光に包まれる。
以龍の右手に光で出来た剣が現れる。
その剣は現れると同時に、九龍の腹部を貫いた。
腹部と胸部、二カ所に致命傷を受け、九龍は力なく海底へと沈んでいく。
以龍の周囲はさらに赤く黒ずんでいく。
沈みゆく九龍が、血に誘われてやってきた巨大な鮫テットに飲み込まれていく光景が見えた。
(……自業自得の末路だな。それより、早く上がらないと、息が続かない。――!)
その時、海流が以龍を襲った。
以龍の身体は海流により激しく回転させられながら、海底に向かって流されていく。
気づけば、光の届かない深さに運ばれていた。
そして、激しい回転が以龍の三半規管を狂わせ、以龍は前後左右の感覚どころか、上下の感覚さえ失っていた。
(! 海面は、どっちだ?)
もう、息は限界のようだ。
以龍の意識は次第に薄れ始めていた。
ラビッシュが痛みを堪えて立ち上がり、ふらつきながら帆柱から欄干の方へと歩いていく。
欄干から海をのぞくと、船の進行方向に赤く染まった海面を発見する。
船がその赤い海面の地点を通り過ぎようとしたとき、ラビッシュが欄干に足をかけて乗り越えようとした。
「ラビッシュっ。貴方、そんな身体で飛び込んだら――」
サレントがラビッシュの身体を掴み、それを阻止する。
「はなせよっ。このままじゃ、兄ちゃんが――」
「今の貴方が飛び込んで何が出来るの!? ……今はあのドラゴンの子供があいつの支配から解放されたかを確認しないと」
「兄ちゃん……」
ラビッシュは欄干を乗り越えるのをやめて海面を眺めた。
船は進み、あの赤い海面は徐々に遠ざかっていった。
夕闇の波打ち際。少女は海岸線沿いの街道を歩いていた。
彼女の名前は『イリア』。以龍の夢にも出てきた、かつて以龍が光の彼方に葬り去ったあの少女だ。
と、イリアが浜辺に倒れている人影を発見する。
イリアは慌てて人影に駆け寄っていく。
その人物の顔を見た瞬間、彼女の意志とは関係なしに、イリアはその人物の名前を呟いた。
「渚、さん?」
以龍が目を覚ますと、橙色の炎の光に照らされた岩壁が目に映った。
「ここは?」
「あ、気付かれましたか、渚さん?」
「!」 突然耳に入ってきた少女の声に動揺してか、以龍は飛び起きた。
それと同時に、身体中に痛みが走る。
「いけませんよ、そんな急に動いたら。渚さんは酷い怪我を負って倒れていたんですから」
と、少女――イリアは一枚のカードを生成し、以龍が痛みを訴えた部分にそのカードを当てた。
「これは?」
「癒しの魔法です。とりあえずはこれで少しは楽になると思いますよ、渚さん」
「……なぁ、一つ聞いていいか?」
「あ、はい。なんですか?」
「その『渚さん』ってのはなんだ?」
「え? もしかして、渚さんではないのですか?」
「いや、たしかに俺の名は『以龍 渚』なんだが……、俺、名乗ったか?」
「あ、すみません、つい……」
「ついって何なんだ?」
「おかしな話ですけど、笑わないでくださいね? ……夢を見たんです」
「ゆ、め」 イリアの夢という言葉に、以龍は何かを思い出しそうになる。
船で見た以龍の夢。目を覚ました直後に忘れてしまった夢だったのだが、その夢の一部が脳裏に浮かぶ。
『あ。名乗りもせず失礼でしたよね? 私はイリアと申します。……』
「イリ、ア?」 その名前を口にした途端、以龍は言いようのない胸の苦しみに襲われた。
月明かりに照らされた、岩に囲まれた入り組んだ海岸に大きな鮫のテットが現れる。
「――もうええでぇ」
鮫テットが大きく口を開ける。その口の中から出てきたのは、九龍だった。
鮫テットの体内で治癒でもしたのか、致命傷だった胸部と腹部の傷は塞がっている。
「まさか、あない場面で能力見せるとはなぁ。これでわいもゲームオーバーって奴なんかいなぁ。……納得いくわけないやろっ! コンティニュー、させてもらうで」
そして、夜はふけて、朝を迎える。
以龍がこの世界で目覚めてから、三日目を迎えた。
魚介類を焼いたようなにおいで、以龍は目を覚ます。
「? イリアは?」
炎を挟んで眠っていたイリアの姿が、消えた炎の向こう側になかった。
以龍は軽く服をはたき、寝床にしていたほらあなから外に出る。
外に出ると、浜辺で大量の魚を焼いているイリアの姿を見つける。
「あ。おはようございます、渚さん」
「おはようございますって……、なんなんだ、この大量の焼き魚は?」
「なにって、朝ご飯ですよ朝ご飯。――がんばって渚さんの分も釣りましたから、一緒に食べませんか?」
「がんばったって、がんばりすぎだろこれは……」
「え? そうなんですか? ――すみません、男の人の食事を用意するなんて初めてでしたから……」
「まあいい。せっかくだからいただこうか」
「はい。――渚さん。食事の後で少しお話があるのですが、よろしいですか?」
「話? だったら食べながらでもいいだろう?」
「すみません。少し大事なお話なので……」
アルテシアから早朝に出航した船は、太陽の位置が高くなるころ、ガルラ列島北の都グランに到着する。
船から下りてくる乗客の中に、ラビッシュとサレント、それにセティの姿があった。
「ねぇ、ラビッシュ。本当にあの人はこっちの方にいるの?」
「……少なくとも、あの時の海の流れはグランに向かって流れていた。兄ちゃんがあの時人を倒した後、海流に流されたとしたら、兄ちゃんはアルテシア側より、グランの方に流された可能性が高い」
「でも、可能性が高いってだけで……、それに、これからどうするの? アルテシアから折り返したのは仕方なしにしても、どこに流されたかなんてはわかりはしないよ?」
「聞いてまわるさ。海岸線沿いに聞いてまわれば、なにかしらの情報が入るはずさ。……それに、おいらについてきたってことはサレント、お前も兄ちゃんに何かしらの用があるってことなんだろ?」
「……私はまだ、あの人――以龍さんがどうして竜封剣を手にしているかを聞いていない」
「そっか、そういえばそうだったな。あの鎖野郎のせいで兄ちゃんと話すことができなかったんだ」
「けど、あなたが言うように、悪い人ではないのはわかりました。――だからこそ、あの人にきちんと話を聞きたいのです。……もしかすると、私が探している人のことを知っているのかもしれませんし」
ガルラの城の屋上から、リネクは城下町を眺めていた。
ただ、以龍のいた昨日に比べて、町は静まりかえっているのは気のせいだろうか?
リネクは懐からなにやら水晶のようなものを取り出した。
「リネクさん、ここにおられましたか」 と、ラーンが屋上に現れる。
「おや? リネクさん、それはもしかして封印水晶ですか? それにしては少々大きい気がしますが……」
普通、封印水晶と呼ばれるものは、武具に加工して埋め込むことが出来るように、指でつまめる程度の大きさである。
が、リネクの持つ水晶は掌サイズ。
「違う。こいつは記憶の宝珠だ。名前くらいは聞いたことがあるだろ?」
「記憶の宝珠、ですか? たしか、失われた時人の記憶を取り戻せるという物ですよね? どうしてリネクさんがそのような物を?」
「なに、昔のツレに押しつけられただけだ」
「ツレ? ……ティナさん、ですか?」
「いいや。この場合は悪友と書いてツレと読む方だ。……なんでも見透かしたような顔をした、気に食わねぇ奴さ」
「……でも、その方はなんでリネクさんにそんな物を渡したのでしょう? たしかリネクさんはすでに記憶を取り戻しているとお聞きしましたが?」
「……俺のための宝珠じゃねぇよ、これは」
「どういうことですか?」
「言っただろ? 何でも見透かしたような奴だって。……奴いわく、いずれ必要になるんだとよ。――以龍に」
食事を終え、以龍とイリアは洞穴に戻った。
以龍は、昨日火がたいてあった場所に再度火をたき、洞穴を炎で照らす。
「で、話ってのは?」
「……話って言うのは、他でもなく私のことなんです」
「イリアのこと?」
「はい。……実は、私には今続けている旅をしている以前の記憶がないのです」
「記憶が、ない!? ――まさか、時人なのか?」
「いえ、そうではないみたいなんです。私は魔法が使えますから」
「時人には魔法は使えないからな」
「それで渚さん、なにか私についてご存じないですか?」
「……悪い、俺はまだこの世界で目覚めてから数日しか経過していないんだ。イリアのことどころか、自分のことすらわからないことが多すぎる」
「! もしかして渚さんは時人なのですか?」
「ああ、そうらしい。――この世界では時人は嫌われているらしいな? 俺が時人だと知って嫌いにでもなったか?」
「い、いえ。そういうつもりで聞いたのではないんです。……渚さんは『記憶の宝珠』という物をご存じですか?」
「記憶の、宝珠?」
「はい。なんでも、時人が持っているという品物で、失われた記憶を取り戻すことの出来る物だそうです」
「……悪い、全く知らない」
「そうですか……。やはり、時人全てが所持しているわけではないんですね。いえ、私も話に聞いただけでしたから、詳しいことはなにも知らないんですよ」
「しかし、記憶の宝珠か……。それがあれば、俺の記憶も――いや、べつにいいか」
「べつにいいって、渚さんは気にならないんですか?」
「気にするもなにも、ここ数日が今の俺の全てだからな。――! そうだ、あいつを探さないと」
「誰か、お探ししてたんですか?」
「……海に放り出された時に、仲間とはぐれたんだ。だから、早く合流しないとな」