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1―6

フィーネの母親であるローザングル公爵を助け、ドラゴンという目先の問題を解決したかと思いきや新たに出現した金銭的な問題。


その解決策を考えるのは、とりあえず後回しにして俺達はモンタージュの街に帰る事になった。


……のだが、街に到着して早々ローザングル公爵がやってくれた。


伝令が俺達の凱旋に先んじてドラゴン討伐の報を街に知らしめていたために、出迎えに出てきていた大勢の民の前で俺がやった事をまるで英雄譚のように大々的に宣伝したのだ。


しかも、勇者やドラゴンスレイヤーといった中二的表現を交えながら、更には民が曲解しやすい文言を至るところに散りばめて。


その結果、どうなるかというと。


「……本当にごめんなさい、でも母様も悪意があってした訳じゃないのよ?」


「うん……分かってる、分かってるけど……これはめんどくさい事になった」


腕試しに挑んで来る血気盛んなチンピラ冒険者達が大挙して押し寄せ、また俺はいつの間にかローザングル公爵家専属の冒険者として認識されていたのだ。


最もチンピラ冒険者達については俺がローザングル公爵家の後ろ楯を得ている、もしくはローザングル公爵家の者であるという事を意識させるためにか付き人のようにくっついていた公爵家の兵士が「あなた様が相手をするまでもありません」とか言って俺に替わってチンピラ冒険者を悉くボコボコにしていたので、俺が手を出すことは一度も無かったが。


「……その、私との事も嫌だったかしら?」


「……決して嫌な訳ではないけど、ちょっと性急すぎるかな」


「そ、そうよね。いくらなんでも性急すぎるわよね。でも……嫌じゃないのね……良かった」


しかも、ローザングル公爵の策略はそれで終わりでは無かった。


ドラゴンを倒し凱旋した日の夜に生還と戦勝を祝う宴を開いた公爵は断れないようにと俺を主賓として招き、そして給仕が“間違って”俺に渡した飲み物――口当たりが良く飲みやすいのだが極めてアルコール度数が高い酒で俺がべろんべろんに酔っ払って物事の判断が出来なくなっている事をいいことに宴の列席者の前でフィーネと俺の婚約を強引に結んでしまったのだ。


そして、その翌日に初めての二日酔いで最悪の目覚めを体験した俺が、一糸纏わぬあられもない姿でスヤスヤと隣で眠るフィーネを見て死ぬほど驚いたのは余談である。


ちなみにお互い全裸で床を共にしたようだが最後の一線は越えていない。


……越えていないったら越えていないのである。


まぁ、そんなこんなでローザングル公爵の思惑通り?金銭問題もうやむやになり、まんまとローザングル公爵家の一員として周囲に認識されてしまっている俺は成り行きのままに公爵家の城の一室に生活拠点を置いて異世界生活をそれなりに楽しんでいたのであった。


「さてと、まぁ……なんだ。街の見物は昨日兵士の人に付き添ってもらいながら見て回ったから、今日はちょっと腕試しにダンジョンへ行ってみるよ」


まぁ、街の見物って言ったってほとんど兵士の人がチンピラ冒険者をボコボコにしていた所しか見ていないんだけどな。


「あら、ダンジョンに行くの?だったら私も付いて行くわ。幸い今日は時間もある事だし」


「ん、分かった。じゃあ準備の事もあるだろうし1時間後に城の正門前で落ち合おう」


「えぇ、では1時間後に城の正門前に」


婚約の件からこの方、もう夫婦になっているかのように1日の大半を一緒に過ごしているフィーネと待ち合わせの約束をした俺は、そう言って部屋から出ていったフィーネを笑顔で見送った。


「…………婚約か」


フィーネが居なくなってから俺は頬をだらしなく弛ませながら小さくポツリと呟く。


懸念や不安はあれど、地球であれば知り合う事も出来なかったであろうあんな美人と婚約している事に満更ではない俺がここに居た。


だから、1人になると思わずニヤニヤしてしまうのはしょうがないのである。


「さてと……練兵場の隅っこでも借りて武器の手入れをしておくか」


しばらくして、端から見れば気味の悪い笑みをようやく引っ込めた俺は、女性の準備に色々と時間が掛かるのは異世界であろうと同じである事をここ最近フィーネから学んでいたため、空いた時間を利用してダンジョン内で使う予定の武器の手入れを行う事にした。


「走れ走れ!!モタモタするな!!ケツを蹴っ飛ばされたいかっ!!」


「……あの、すいません。ちょっと場所を借りたいんですが、あの辺」


「うん?なん――あっ、ナガト様。どうぞどうぞ。あちらは誰も使いませんのでご自由にお使い下さい」


「ありがとうございます」


城の端にある練兵場に赴いた俺は、ちょうど新兵の訓練を行っていた部隊長の人に許可を得て場所を確保するとダンジョンで使用するであろう武器達を召喚し、その1つ1つを分解して整備を始めた。


最も召喚した直後の武器はまさに新品同様で整備の必要性はあまりないのだが、ミリタリーズのゲーム内ではある一定の確率で動作不良が発生するという細かい要素までが実装されていたので念には念を入れての整備だ。


命のやり取りをしている最中に整備不良が原因で弾詰まりなどしてはシャレにならないし、命を預ける相棒をベストコンディションに維持しておくのも万が一に備えるには必要な事である。


「よし、完璧」


「……見事な手際だな」


「うん?」


ドラゴンを倒した事で使えるようになったヘーネルStG44――第二次世界大戦中、ドイツ軍により量産され7.92x33mm弾が30発入る湾曲箱形弾倉を使用する軽量自動小銃で現代的なアサルトライフルの原形とみなされている銃の組み立てを終え、いよいよ試射に移ろうとしていた俺の前に意外な人物が現れた。


「あ、あの時の奴隷兵……何か用ですか?」


「確かにお前には用があるが、まず普通に喋ってくれ。命の恩人に敬語で喋られると流石に居心地が悪い」


最近(異世界に来てから)マシになってきたとはいえ、コミュ障をかじっている俺に無茶を言ってくれる。


「……………………じゃあ、普通に。何か用か?」


内心の葛藤を悟られまいと少し長めの間を開けてしまったが、俺は敬語を止め素で喋る事にした。


「うむ、実はお前に頼みがあってやって来たのだ」


ドラゴンの討伐の際に負傷し死にかけていた奴隷兵――死にかけていながらも瞳に力強い光を宿し、俺の回復薬で怪我が治ってからは何故助けたと突っ掛かって来た獣人の彼女はそう言ってニヤリと笑う。


正直言って嫌な予感しかしないのだが……。


「で、頼みって?」


嫌な予感をひしひと感じながら、俺は目の前の彼女に問い掛けた。


「あぁ、単刀直入に言おう。私を雇わないか?」


「雇う?どういうことだ?」


「実はな、ここのローザングル公爵様は他の貴族達と違って我々奴隷兵にも情けをかけてくれるのだ。例えば何らかの功績を上げたり、兵役を全うしたりすれば奴隷から解放するとかな」


「……」


無言のまま視線で話の続きを促すと獣人の彼女は頷いてから話を続ける。


「でだ、此度のドラゴン討伐の件で我々奴隷兵の内幾人かは肉の壁として多大なる働きをしたので、その功績により晴れて奴隷から解放されたのだ」


「……つまり、奴隷から解放されたはいいが行く宛がないと?」


「概ねその通りだ」


俺の言葉に我が意を得たりとばかりに彼女は灰色の毛が生えている獣耳をパタパタと動かしながら大きく頷いた。


「……悪いけど。俺には誰かを雇うような金銭的余裕なんかないぞ。よそを当たってくれ」


「あぁ、勘違いするな、私は別に金銭が目的ではない」


「?」


雇えと言っておきながら金銭が目的ではないと言われた俺は大きく首を傾げた。


「誇り高く義理堅い狼人族である私が命を救ってもらった大恩を返さずにいたとあっては一族の恥になる。だから、恩返しをさせてほしいのだ」


「……雇えというのは建前か?」


「そうだ」


何故か誇らしげにそう言って胸を張る彼女の姿に呆れにも似た感想を抱きながら俺はため息を吐く。


「悪いが、それでも駄目だ」


「何故だ?」


「……ちょっと前にな、友達だった奴に手酷く裏切られた事があるんだよ。それからかな、他人を信用することが出来ないんだ」


こちらを見ている彼女から顔を背けた俺は意識的に精一杯の哀愁を漂わせる。


裏切られた事は事実だがその実、もう気にしていない出来事を利用して嘘をでっち上げ、俺は彼女にお引き取りを願おうとしていた。


何故なら彼女からは面倒事の匂いがプンプンするからである。


「なんと!?そうか……そんな事があったのか。ならば確かに知らない者を側には置けぬな」


「あぁ、だから――」


「うむ、であるなら致し方ない。だったら私はお前の……いや、私は貴方様を主とする奴隷となりましょう。さすれば主様も裏切りを心配する必要がなくなります故」


「いやいやいやいやいやいやっ!?そういう話ではなくだな。というか奴隷になるって、なんでそんな話が出てくるんだ!?奴隷から解放されたんだろ!?」


「――我が名はマルダー・ティーゲル。奉るアハトの神の名の下に宣誓せり。健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、我が忠誠と我が魂を貴方様に捧げ、その御身を命ある限りお守りする事をここに誓います」


話の流れが怪しくなり、不味いと感じ始めていた俺を一方的に置き去りにすると彼女は片膝を立ててしゃがみ片方の拳を地につき頭を垂れながら、まるで結婚式の誓いの言葉のような文言を交えつつ、瞬く間に隷属の誓いを立ててしまった。


しかも、その一瞬の出来事に驚いた俺が呆然としている間に彼女は俺の右手を恭しく取って、手の甲にソッと口を付けた。


瞬間、チクリと針で刺されたような痛みが走る。


「イテッ、な、何を!?」


「フフッ、誓約と契約はここに為されました。我が主よ」


不意の痛みに右手の甲を左手で押さえながら、何をした!?と慌てる俺と対照的に彼女は満ち足りた笑みを浮かべていた。


……一体なんなんだ。


敵意の欠片もない笑みに毒気を抜かれた俺は釈然としないまま、手の甲に視線を向けた。


するとそこには幾何学的な紋様が浮かび上がっていた。


「なにこれ……刺青?」


「あぁ、それは私と主を繋ぐ契約の証です。害は無いのでご安心を」


「えっ?契約って……」


「? 主の奴隷となる事を誓約してそれを履行するという契約を結んだことで私はもう主の所有物――奴隷になったということです。いえ、奴隷とも少し違いますね。言うなれば主の使い魔兼奴隷になったと言った方が正確でしょうか」


「……」


「これから末永く可愛がって下さいませ、あ・る・じ・さ・ま♪」


面倒事を回避出来ず、落ち込む俺にマルダーはニンマリと笑って恭しく頭を下げた。


こうして異世界に来て僅か1週間で俺は否応なしにマルダー・ティーゲルという奴隷を手に入れたのだった。


――で、終わればまだ良かったのだが。


「あ、居た!!って、やっぱり隊長抜け駆けしてる!!みんな〜!!隊長見つけたよ〜!!こっち、こっち!!」


「ぬ、もう見付かったか」


「えっ、何?まだ何かあんの?」


マルダーの姿を見るや否や大声を上げる人物と、その声に引き寄せられたように集まってくる十数人の姿。


そして声を上げた人物の元に集合した彼、彼女らは一団となって殺気にも似た尋常ならざるオーラを纏いながら、こちらに駆けて来る。


そんな光景を目の当たりにして俺は思わず後退る。


「それがですね、主。今回奴隷から解放された者達は皆、貴方様に命を救って頂いているのです」


だが後退る俺の背後に回ったマルダーが逃がすまいと肩を掴んできた。


俺は肩に置かれた手を振り払い逃げようとするが、絶妙な力加減で肩を押さえられ逃げ出す事が出来なかった。


「……つまり?」


「つまり、主に恩返しがしたいのは私だけではありません」


「……ということは?」


「“我ら一同”どうかよろしくお願い致します。主」


迫り来る運命に抗うことを諦め大人しくなった俺の耳元でマルダーが死刑宣告にも似た言葉を囁いたのだった。




 

 

 

 








 

 

 

 


―――――――――――――――




フィーネとの待ち合わせ場所である城の正門前で俺は1人佇んでいた。


「――ダンジョンに挑むのは久しぶりです。しかし、訓練は常日頃から積んでおりましたし何度も戦場には出ていましたので腕や勘は鈍っていません。ですからご安心を」


「……」


周囲に侍るマルダー達の事など俺は知らない。


「……。主ー?」


「……」


「むうう、まだ怒っていらっしゃるのですか?主」


「……」


「主ぃぃ……」


「えぇい、鬱陶しい!!なんだ!?」


さすがに無視を続ける事が出来なくなった俺はちょっかいを出してくるマルダーに向き直った。


「可愛い使い魔の事を無視するなんて酷いですよ、主」


「使い魔になったのはお前らの勝手だろうが……」


総勢20名。


それが俺の使い魔兼奴隷兼部下となった者達の数である。


というか、20名もの者達が俺の使い魔となったために、俺の右手から右腕の間には契約の紋様が隙間なくびっしりと並び、さながらヤクザ者の腕のようになってしまっていた。


今は長袖の服を着て手袋を着けることで刺青のようになっている紋様を完全に隠しているが、これから先の私生活に問題が出ないか心配である。


「そう邪険に為さらないで下さい。お役には立ちますから。それにご命令とあらば夜の方も……」


そう言いつつマルダーは両腕で豊満な胸を寄せ上げ、元からたわわに実っている巨乳をより一層強調させると着ていた服の襟を引っ張り、胸元を俺の視線にわざと晒す。


だが俺はマルダーの胸に視線を向けず、彼女の頭の天辺から足の先まで満遍なく視線を這わせ彼女の評価を始めた。


「な、なんですか?主。そんなにまじまじと見詰められると流石に恥ずかしいのですが……」


人とは違い顔の横ではなく頭の上に生えている獣耳。


髪の毛は短く切り揃えられ、色は獣耳に生えている毛と同じで灰色。


そして、野性味溢れる整った顔立ちに獣欲を誘うようなスタイル抜群の体。


プリッとしたお尻の辺りからはモサモサの毛に包まれた尻尾が顔を覗かせ、ゆらゆらと揺れていた。


結論、何かの間違いで虜囚となれば男達の食い物にされ、凄惨な末路が待ち受けていること間違いなしの美女であった。


「ハッ……」


しかし、今現在赤く頬を染めて恥じらいを見せているマルダーに容姿の評価を伝えると調子に乗りそうだったので、俺は口をへの字に曲げてこんなもんかと言わんばかりに鼻で笑った。


「なっ!?あ、主!!今、鼻で私の事を笑いませんでしたか!?」


「いや?……ハッ……」


「ま、また!?私のどこを見て笑っているのですか!!」


さっきとは違う意味で顔を真っ赤にしたマルダーが詰め寄って来る。


「なんの話かなぁ〜?」


「誤魔化さないで下さい、主!!」


ガックンガックンと肩を揺らされながらも、俺は意趣返しと言わんばかりにマルダーをからかい続けたのだった。

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