06
「なんだか…思っていた王族っていうのと違うのね。不思議だわ」
「そうだね。まあ、王太子の位になれば…ちょっとは制限されるだろうけど」
騎兵隊も辞めたのだから、これからは今までのようにはいかないだろう。様々な役割や義務が生じて、行動も制限されることが多くなる筈だ。
王太子になるのは自ら望んだことで、随分前から決まっていたことかもしれないが…ライナルトにとっては、少し寂しさを感じる部分もあった。
「王族も大変なのね」
「まあね。でも、王城に住んで、従者が何もかもやってくれて。美味しいものも食べれるところは…まあ、役得かと思う」
冗談っぽくライナルトが言うと、アイリーンがふふ、と小さな笑い声を漏らした。
「美味しいもの?それだけはちょっと羨ましいわ」
さっきからライナルトに火傷させてしまった責任を感じてか…難しい顔をしていたアイリーンが笑顔になったこと。ライナルトはそれが嬉しかったのと同時に、ふと、父やハーヴェイが言っていたことを思い出した。
アイリーンの母・シャレルは、かつて祖父が滅ぼした国の王女だったということを。
ベリアルが亡国となったことを全く恨んでもいなかったという、アイリーンの母。そんな話があるか、と思っていた。
祖国を滅ぼされたベリアル王族は、死の間際までラベルトを呪ったという話を耳にしたことがあった。
同じベリアルの王族なのに、何も思わないということは無いだろう。もしかしたら、アイリーンの心にもそんな思いがあるかもしれない。
ライナルトはタオルを手に、火傷を冷やしていたアイリーンの顔を覗き込むように近づいた。
「ベリアルが滅んで無ければ、アイリーンは王女様だったかもしれない。ラベルトを…恨む?」
何て答えが返ってくるか。
ライナルトは固唾を呑んで待った。
目の前のアイリーンはきょとんとした顔で、口を開いた。
「それは無いわ。ベリアルが滅んで無ければ、父と母は出会って無い。私は生まれてないのよ」
あっさりと返された答えに、ライナルトは拍子抜けしてしまった。
「じゃあ、男爵令嬢の位を奪う形にしてしまった…俺の父のことは?少しは恨んでるだろう?」
「恨んだりなんてしてない。ここでの暮らしは楽しくて幸せだもの。身分だけが全てじゃないでしょう?」
「そう…か」
「そうよ。どんな美味しいものも、自分が好きな人と一緒じゃないと、砂を噛んでいるのも同じだし、宝石や綺麗な服で着飾ることに何の意味も無いの。これ、お母さんの受け売りなんだけどね。その通りだと思うわ」
屈託無く笑うアイリーンを見て、ライナルトは理解した。アイリーンやその両親も、身分なんてものに囚われていない人達だということ。
本当に恨みなんて心の隅にも無くて、話に聞いていた通り…身分よりも、愛する人を選ぶのだということ。
そして、身分を振りかざしても…振り向いてくれないということ。
「…最大の武器が効かないってことだね」
王子という肩書きがあれば、どんな女性も頬を染めて近づいてきた。
アイリーンには全くそれが通じない。それが面白くて惹かれた。
でも、今になって知った。
それがどれほど手ごわいかということを。
「何か言った?」
「何でも無いよ。それより、もう十分冷やしたから、このタオル、どかしてくれないかな」
「そうね…」
アイリーンは少しぬるくなったタオルをライナルトから離した。十分冷やしたつもりだが、まだ少し湯を被った部分が赤い。
「…火傷の跡、まだ赤いわ」
「もう平気だって」
「ちょっと待ってて。薬を塗るわ」
アイリーンはタオルを机に置き、薬が置いてある棚の方へと駆けていった。
こんな風に自分を気にかけてくれると、勘違いしてしまいそうになる、とライナルトは思った。
別にアイリーンは自分に興味など抱いていないだろう。
こちらは無意識のうちにキスをしてしまうぐらい、惹かれているというのに。
どうしたものか、と考え込むライナルトの元に、アイリーンが薬の小さな瓶を持って戻ってきた。薬草を磨り潰したのであろう濃い緑色の塗り薬だ。
「ごめんなさい…ちょっと痛むかもしれないけど…」
「わざわざありがとう。塗り薬が染みるぐらいで騒がないよ」
「でも、痛かったら言ってね」
この薬は、効き目があるのだが、結構染みるのだ。
ライナルトは、染みる程度で騒がないというが…火傷を負わせた上に、痛みを伴うような薬を塗るのだから、何だか申し訳ない。痛いと言われれば、別の保湿クリームか何かと一緒に薄めて使おうと思いながら、アイリーンは瓶の中に指を入れ、塗り薬を絡め取った。
手の平にその薬を馴染ませた後、アイリーンはそっとライナルトの腹部に触れた。
「大丈夫?」
「…平気だけど」
アイリーンの手がライナルトの腹部を撫でるように、薬を塗っていく。
アイリーンに触れられた場所が熱い。
火傷のせいでは無いし、薬が染みる痛みのせいでも無い。
アイリーンに惹かれているのは自覚していた。無意識のうちにキスするぐらい、惹かれているのだから…そんなアイリーンに触られたら…その手首を掴んで、床に押し倒してしまいそうだ。
やばい、とライナルトはアイリーンの手を取った。
「自分でやる」
「…どうして?やっぱり痛いの?」
「違うよ」
「…薄めて使った方が良かった?」
「いや、違う。そんな理由じゃないよ」
しゅん、と落ち込むアイリーンに、ライナルトは苦笑を浮かべた。
本当のこと言えば、怒るだろうな。そう思いながらも、ライナルトはアイリーンがどんな反応をするのか…また知りたくなった。
少しでも自分に惹かれてくれているなら…と、賭けるような思いで、耳元で囁いた。
「あんまり触られると、興奮するから」
また怒るかな、と思いながら、ライナルトはアイリーンの顔を覗き込む。
アイリーンは顔を真っ赤にして、ぎゅっと唇を噛み締めていた。