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02



 それから二日後。


 ライナルトは愛馬に跨り、夜の王城からこっそりと抜け出した。


 月明かりから隠すかのように、ライナルトは淡い茶色の髪の上から深々とローブを被った。あまり上質とも言えない使い古されたローブに、必要なものだけを詰め込んだ小さな鞄を馬の側部に括りつけ、ライナルトは静かに馬の腹を蹴った。


 民家からの音も聞こえないような夜中、ライナルトはあまり物音を立てないように街道を進んだ。


 目指す先はある元・騎士の屋敷。

 父と同じ「悩み」を共有する者だという、ハーヴェイ・クラーク伯爵の元へと、ライナルトは馬を走らせた。






 王都から少しだけ外れた街道の傍に建つ大きな屋敷。


 そのクラーク伯爵邸から、はまだ至るところから明かりが漏れていた。今夜、ライナルトが訪ねてくるということを知っているからだろう、門の前にも何人もの番をつけていた。


 ライナルトが門の前で、馬から降りると、門番たちがすっと寄って頭を下げてきた。無言で頭を下げる門番たちに、ライナルトは腰に差していた剣を見せた。


 ライナルトの格好は使い古されたローブに、あまり目立たない一般的な街の青年のような装いだった。白い綿で織られた飾り気の無いシャツに、紺色のズボン、騎馬隊時代から履いている乗馬ブーツといういでたちだ。

 そんな格好の中、腰から差した剣だけが異様な輝きを放っている。磨き抜かれた細かな装飾が美しい銀の剣。上等の絹の飾り紐、金や紅玉で装飾された鞘、そして剣の柄の部分に彫られているラベルト王家の紋章。

 曇り一つ無い、美しいその銀の剣に、門番たちはより一層、深く頭を下げ、そして慌てて門を開いた。




 屋敷へ入ると、すぐに主であるハーヴェイ・クラークがライナルトを出迎えた。


「お話は聞いております。ライナルト王太子殿下」


 ラベルト騎士隊で隊長も勤めたというだけあって、その所作に無駄は無く、騎士らしい美しい礼でもってハーヴェイはライナルトを迎え入れた。


「まだ王太子の位を継いでいないけどね」


 王太子、と呼ばれるには正式な手順を踏まなければならない。確約されている地位とは言え、ライナルトにとってはそれはまだ、自分のものでは無い。

 少し苦笑いを浮かべながら、ライナルトはハーヴェイの案内のまま、屋敷の客間へと歩を進めた。



 三年ほど前に惜しまれながらも騎士隊を引退したハーヴェイもまた、父・ヴェスアードと同じ「悩み」を共有しているのだと言う。

 その話を聞いてあきれ返った記憶がある。


 父も父だ。どうかしている。

 いい年して、初恋の人の様子が気になる?調べてきてくれ?何だそれは。

 一国の王がなんて事を息子に頼むんだ、と思ったことを覚えている。



 王位を継いでから20年。

 ヴェスアードはライナルトの目から見ても、良き王であり、良き父であり、良き夫であった。その父は、母と結婚する前に、一人の女性に出会ったそうだ。

 王位を継ぐ条件として、祖父が出したのは「結婚すること」だったそうで。どうも貴族のご令嬢はごてごてしていて好きになれない、そんな理由で、当時の父は、自分の為に開かれた夜会から逃げるのに必死だったらしい。


 そんなある日の夜会。

 いつものようにバルコニーで隠れていたという父の元に、泣きながらやってきた女性がいた。一瞬、妖精が現れたのかと思った。真顔で言う父に、ライナルトは思わず「はあ?」と口にしてしまっていた。


 その妖精は、好きな相手に振られたのだと泣いていたそうだ。失恋したという相手の心の隙をついて、口説こうとしたが…上手くいかなかったという。

 覚えておいて欲しいと約束した翌日、その女性の家を見つけ出して約束も取り付けずに押しかけたというのだ。

 ライナルトは自分の父ながら、ちょっと情けなくなった。


 誠意を見せる、と勢いのまま、後先考えずに結婚を申し込んだのだという。


 しかし、彼女の顔は浮かなかった。


 彼女は隣にいる自分を引き取ってくれたフェイル男爵のことが好きだったのだ。あ、ちなみに彼女はあのベリアルの王女だ。

 そう付け加えられ、ライナルトは笑いすらこみ上げてきた。ベリアルの王女?たまたま会ったのがベリアルの王女だって?なんて喜劇だ。祖父が滅ぼした国の元王女に恋をして、結婚まで申し込んだのか。


 だが、父の話では…別に彼女はベリアルが滅ぼされたことなんて気にも留めていなかったという。

 そんな王族いるのか?さっきから突っ込みどころが多すぎて、ライナルトはもう疲れきっていた。


 彼女は、そのフェイル男爵の家を潰さぬ為に父の申し入れを受けると言ったそうだ。それはもう悲痛な顔だったそうで。父の申し入れは一国の王太子の申し入れ…断れば、フェイル家を潰すことになる、と。


 最低だな、とあまり考えなく好き勝手振舞った父の行動にライナルトは呆れ返った。


 結果、フェイル男爵が職も家も爵位も何もかもを手放し、代わりに彼女を選んだというのだ。


 二人は手を取り合って去って行った。



 そこまで話し終えた父は薄っすらと涙を浮かべていた。情け無い、と繰り返しながら。



 まあ確かに情けない。

 人の恋路を邪魔した挙句、何も悪くないそのフェイル男爵の家も職も何もかもを奪ったというのだから。それをフェイル男爵の従兄弟にあたるクラーク卿も後悔しているのだと聞いていた。

 話によると、フェイル男爵家の為に、とクラーク卿は彼女をまあそれは言葉で追い詰め追い詰め、涙ながらに父の元へ嫁がせようとしたのだという。


 二人が手を取り合って、どこかへ去っていくのを、父同様、後悔しながら見ていたという。


 まあ確かにそうだ。人の恋路を邪魔して、色々奪った原因を作ったのだから。


 それにしても、大の大人が二人して、20年もの間、何をぐちぐちと悩んでいたんだ。

 


 ライナルトは最後に盛大な溜息をつき、あー分かった分かった。と投げやりに頼みを受けたという訳だ。




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