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翌日。
朝早くにライナルトは、ハドリーが手配していたという数人の騎士や、作業を手伝う従者と共に城を出た。
馬車が二台、荷馬車が二台、騎乗している騎士が二名。
あまり仰々しくならないよう、街から街への移動馬車のような一般的な馬車が用意されていた。
それでも、こうして馬車や荷馬車が連なって田舎町を進むと、目だって仕方が無い。
「街の人たちは何事かと思って見てくるね」
馬車の横を併走する騎士の一人に話しかければ、「そうですね」という苦笑が返ってきた。
窓の外に流れる街の景色を見ながら、ライナルトはアイリーンのことを思っていた。
忘れないで、と言って別れたのは昨日だ。
昨日の今日で会いに行けば、アイリーンは驚くだろう。
遊びじゃない、その思いを伝える為に毎日だって通うつもりだ。
それでも良いとは思うが、それ以上に良い考えがある。
男爵令嬢になるのだから、とアイリーンに王城で少しの間、行儀見習いをすることを勧めた。
それを軽く断られてしまったが、ライナルトはまだ諦めていなかった。
いきなりだと、アイリーンは嫌がる。
なら、少しずつ、アイリーンが承諾してくれる距離から攻めて行けば良い。
徐々にアイリーンの元に近づいていく。
その景色を眺めながら、ライナルトは口角を上げた。
湖畔のフェイル家では、アイリーンと母・シャレルが引越しの準備を進めていた。
アイリーンには上に三人の姉や兄たちがいたのだが、皆、もうこの家には住んでいなかった。
一番上の兄は、船乗りになって、ここからは離れた港町で暮らしている。
二番目の兄は、つい数ヶ月前に結婚し、妻の家で婿養子として暮らしている。
アイリーンの三つ上の姉も、昨年、結婚して家を出ていた。
アイリーンは、母と共に畑を耕したり、たまに街の衣装店の縫製を手伝ったり、団体客が入った時の宿屋の料理や接客も手伝っていた。
平凡だけれど、穏やかで楽しい毎日。
兄姉がいなくなって、少し寂しいとは思ったが…今の生活に何の不満も無い。
だから、急な「爵位と屋敷の返還」は、戸惑い以外の何でも無かった。
はあ、と溜息をつきながら、アイリーンは引越しの準備を進めていた。
ライナルトからは、早急に準備を進めるとの話だったらしい。
すぐにでも準備を進めなければ、とアイリーンは母と一緒に小さな木箱に必要な物を詰め込んでいた。
「お母さん、お兄ちゃんやお姉ちゃんたちは…爵位と屋敷の返還のこと、知ってるの?」
「昨日、手紙を出したけどね。まだ知らないでしょうね。引越し後に知ることになるかもしれないわ」
「そんなので良いのかな…」
「問題無いわ。どこであっても、私たちが暮らす場所があの子たちの家だもの」
それに、あの子たちなら気にしないでしょう、とシャレルが続けた。
兄たちや姉の性格からすれば、確かにそうかもしれない。
だからこそ、ここを出て行かずに済む理由が見つからないのだ。
アイリーンは慣れ親しんだ街と家を離れるのが、やっぱり寂しいのだ。
どうにか理由を探そうとするが…結局は見つからない。
それに、屋敷に帰れるのが嬉しい、と言っていたシャレルの手前、はっきりと嫌だとは言えなかった。
「新しい場所には、良いことが待ってるかもしれないわよ。だから、そう不安そうな顔しなくても大丈夫」
自分がどんな表情をしていたのかは分からないが、シャレルに頭を撫でられ、アイリーンは慌てて首を横に振った。
「不安じゃない、大丈夫…!」
「そう?」
「うん、心配しないで」
新しい場所には、良いことが待っている。
アイリーンはその言葉にようやく笑顔を見せることが出来た。
寂しさ以上の良いことが待っている、そう思うと少しだけ楽しくなってくる。
アイリーンは木箱に次々と服や本を詰め込んでいった。
二人で黙々と作業を進め…そろそろ昼時になるという頃だった。
家の外が少し騒がしくなり始めた。
馬の鳴き声、車輪の音、人の話し声。
「何かしら」
アイリーンが耳を澄まし、外の様子を聞く。
人の足音、話し声が徐々に近づいてくる。
その中に、聞きなれた声の人物がいた。
「…まさか」
アイリーンは慌てて立ち上がり、玄関へと走った。
「アイリーン?!」
突然、玄関へと走り出した娘の様子に、シャレルは目を見開いて暫く呆然としていた。




