01
かつてこの大陸では、国境の金山を巡り、ラベルト王国とベリアル王国との間で長い争いがあった。
長い争いの果て、ラベルト王国はイシュメル国王の指揮の下、ベリアル王国に勝利した。
ベリアル王国は亡国となり、その地は全てラベルト王国の領土となった。
ラベルト王国はさらに国力を豊かにし、より一層栄え、この大陸一の大国になった。
――――それから30年の月日が流れた。
磨き上げられた大理石の廊下に足音が響く。
真剣な面持ちで足早に王城の廊下を進むのは、ラベルト王国の第一王子、ライナルト・ラベルト。
先月までラベルト王国の騎馬隊に所属していたライナルトがこの王城に戻ったのはつい七日程前だ。
今年で18になったライナルトは、自分が王城へ呼び戻された理由も、そして、今日、父に改めて呼ばれた理由も分かっていた。
第一王子であるライナルトには、四つ下と六つ下の弟たちがいる。未だに次期国王の座が確約されている「王太子」の位は空白のままだが、周囲も、ライナルト自身も、弟たちもいずれはライナルトがその位につくことは分かっていた。ライナルトが騎馬隊に所属することになったのも、祖父・イシュメル元国王が王太子に相応しい教育を、と提案したというのだ。
そして父・ヴェスアード国王により騎兵隊の任を解かれ、改まって話があると今日、呼び出された。王太子の位を授けられることになるのだろう、とライナルトは緊張した面持ちで父がいる書斎の扉の前に立った。
一つ息を大きく吸ってから…分厚い木で出来た豪奢な彫刻が施されている扉を、ライナルトはゆっくりとノックした。
「父上、ライナルトです」
ライナルトがそう告げると、中から「入りなさい」という声が聞こえてきた。失礼します、と言い、ライナルトは扉を開いた。
中で待っていた父・ヴェスアード国王からの話は、やはりライナルトが予想した通りのものだった。
四年間の騎馬隊生活を労われ、心身共に強く成長してくれたことを喜ばしく思う、という言葉から始まり、この国を任せるに相応しい人物へと成長してくれたことと思う、と告げられた。
「ライナルト、お前を王太子に就かせる」
ヴェスアード国王の宣告は、公式な手順を踏んではいないものの、数日の後にはライナルトが王太子となることが決まったも同然だった。それを聞いたライナルトは、父の言葉に恭しく頭を下げた。
「国の為、そして父上のご期待に添えるよう、今後も努めて参ります」
すっかり逞しく成長した息子の姿に、ヴェスアードは目を細めて薄っすらと微笑を浮かべた。しかし、ライナルトが顔を上げた後、その微笑は次第にどこか悲しさを含むものになっていった。
少しずつ崩れていく父の表情に、ライナルトは困惑した。
何かを思いつめたような、そんな父をただ、ライナルトは黙って見ていることしか出来なかった。
先ほどまで微笑みを作りだしていた父の唇が震えながら開かれ、ライナルトは覚悟を決めた。父が何かを決心し、それを自分に告げようとしている。
それは何かは分からないが、自分もそれ相応の覚悟を持って父の言葉を受け止めなくてはならないのだろう、と。
王太子になるにあたって、それ相応の覚悟を決めなければならない、ということだろうか。ライナルトは父の言葉を瞬き一つせずに、ただじっと待った。
「…ライナルト、王太子になるにあたって、一つ頼みがある」
父の、少し震えた声。
ライナルトは改まって何の頼みなのだろうか、と身構えた。
だが…父の頼みは予想外のもので、拍子抜けするものでもあった。
それは、ラベルト国王になる前からずっと気に病んできたこと、だそうだ。ライナルトや弟たちの母でもあり、ヴェスアード唯一の妻であるリシリー王妃にもずっと秘密にしてきた「悩み」だったという。
「初恋の女性の様子が気になるので…見てきて欲しい」
父の頼みにライナルトは緊張で強張っていた全身の力が一気に抜けてしまった。
王太子になるにあたって、ということは…この馬鹿げていると思える頼みごとも任務を遂行する気持ちでもって、聞かなくてはならないだろう。
頼みごとを聞かなくても、王太子にはなれるだろう。
だが…そう言えば、父から何かを頼まれたのは初めてだ。
ライナルトはそのことに気付き、この拍子抜けするような頼みごとを受けることにした。