幽荘物語
ゴールデンウィーク最終日。
朝から幽荘メンバー総出でアパート前に集まる。
縁の帰宅する日だ。
「また来るんじゃぞ、今度は隆二や里子も連れての」
狐音は優しく、両親と共に来いと言ってくれる。
始まりは狐音からだった。
ニコニコと可愛らしいネコメ、ツンツンしながら人を想うヘビメ。
ふんわりとしながらしっかり者スズメ、破天荒な美人モデルで誰よりも孤児を想うユウメ。
出会いがあってまた会いに来る、人間の縁は回数が決まっている。
ずっと幽荘に居られない。
だから、お別れをしてまた来るべきは来る。
人ならざる者達と人の付き合い方は悲しい、だからこそ輝きが強くなる。
縁は次世代にも繋げるよう幽荘の皆にお願いをした。
「僕もまた来た時は見ますけど……コレを蒔いてお任せしてても良いですかね」
縁はポケットから取り出した物を皆に見せた。
「これは……種?」
「ひまわりの種ね」
ネコメとヘビメはまじまじと見ている。
「うふふ、それじゃあ菜園近くにスペースあるので行きましょう」
スズメが歩き出し、皆が後を歩いていく。
「ひまわりは好きですわよ、でもどうしてですの?」
ユウメが聞いてくる。
「丁度今ぐらいに蒔ける種で夏に咲くじゃないですか、皆と過ごせた夏に。会えなくなっても思い出して欲しいなって……いや、すぐ死にませんよ?」
皆が笑う。
「わかっとるわ、だが儂等とお主では必ずお主から離れてしまう……それは神と人の変えられない線引きじゃ」
狐音はどこか遠くを見ながら、でも表情は明るく受け止めた表情で言う。
菜園側に使われていない農地があり、皆で種を蒔いていく。
花を咲かせ、また種を落として発芽して。
そうやって繋いでくれたらと縁は祈りを込めた。
後ろから見ていた狐音は微笑んで、そっと蒔いた種に結界を張っていく。
「そう言えばお主の実家に近い神社の神に報告せねばならんのじゃろ」
「あ、そう言えば……でも五百年後とか言ってましたよ?」
「何、そんなぐらいなら儂が預かってやるわい。お主はただ生きろ。」
「狐音さん……皆」
幽荘の皆が優しく笑い縁を見ている。
まだこれからも会えるのに、少し涙が出てくる。
「……僕はまた来ます、生きてる内は何度も」
「ああ、また来い待っとる」
縁は空を見てこの場所に戻る事を誓った。
——そして時は流れた。
「はい、お疲れ様」
二月冬の日とある地方の高校、とある教室。
授業が終わりHRが始まる。
「皆、今迄ありがとうな。私は区切りだが皆には未来がある。今はわからないかもだが繋ぐ人間として生きて欲しい……では卒業式を楽しみにしているよ」
幽荘にひまわりを植えた日、あれから四十年以上が経っていた。
紬 縁、六十五歳。
大学卒業後、歴史教員として東京の公立高校に配属。
不思議な体験に強い絆を糧に生き続けた。
そして定年退職を迎えようとしていた。
スマホがメールを受信している
(ん?……あら、ヘビメさんとユウメさんまた突然だな……)
縁は少し衰えた足で電車を乗り継ぎ新宿まで出た、指定されたビル内のBARに入り目的の者を見つける。
「お待たせしました」
「遅いわよ縁」
「うふふ、ダンディなお爺さんになりましたね〜」
薄暗いBARの中で、一際輝くオーラを放つ若い女性二人の真ん中に座らせられる。
「だっていきなりですよ……」
あの頃のままの二人。
今や謎の正体不明世界的アーティストのヘビメ。
今もトップクラスのショーに出ているユウメ。
二人共時間が経つといつも騒ぎになるので、容姿非公開だったり名前を変えたりで活動し続けている。
人じゃ無い事を知る人は縁だけだ。
「三年ぶりくらいかしら?アタシもユウメも世界出ちゃったから幽荘に帰れてないのよね」
ヘビメはグラスの酒を飲み一息。
「私はワールドツアー以外は帰れてますが、皆一緒にはなれないですわね〜」
「まあその分こうして日本帰ったら縁捕まえてるけど」
「今回は二人タイミングがあったんですね、初めてじゃないですか?」
各々の活動中で日本に帰る事があれば連絡をくれる二人だ、交流は続いている。
「管理人さんは大丈夫でしたの?退職したんでしょう?」
「定年退職ですよ、ユウメさんにはわからない仕組みですが……人間は歳行くと社会から離れるもんなんです」
「あら〜私もそろそろ引退しようかしら、だいぶおかしな目で見られてるのですよ」
ユウメは名前を変えるとは言え百年以上モデルをやっている、それはもうおかしいだろう。
「アタシもそろそろ幽荘に戻ってネットだけにしようかしら、でも実物見たいし……」
ヘビメはヘビメで行動力の凄まじさと長さが噂になり、今や懸賞金のような物まで付いているとか。
「そりゃ四十年世界のあちこちで個展やってますもんね……誰も見た事ない姿にネットニュースとなってますよ」
「アタシは絵を出せたら良いだけなのにね、この容姿で出ても誰も信じないわよ」
ごもっともだ、四十年前のギャルのままなのだから。
「おっと、すいませんお久しぶりなのに時間が……」
「ああ、大丈夫よ。悪かったわね急に呼び出して」
「久しぶりにお顔見れて良かったですわよ〜奥・様・に・よ・ろ・し・く・ですわ」
二人と別れ、自宅に帰る。
「ただいま」
「あなた、……教師生活お疲れ様」
「ふふ、人の世界走り抜けられたかな?」
「あなたなら胸を張れるわ」
縁は大学在学中にお付き合いをした女性と結婚をし、添い続けている。
子も生まれ独立している、家族にだけは幽荘の存在を明かしており受け入れてもらえた。
不思議な話だと縁は改めて思い、理解してくれた妻に感謝をする。
「とりあえず時間は出来そうだが、どこか行こうか」
「そうね、落ち着いてからで良いわよ。まずはこの夏のお盆でしょ?」
「……そうだな、ありがとう」
お盆、鎮魂祭の時期だ。
出来る限り参加しているが近年は連続で出れなかった、今年から出る事が出来る。
それまでの間は妻とゆっくり過ごす事とした。
春、季節が変わり本格的に定年を迎えて時間が出来た縁は妻と過ごしたり、趣味になっている歴史考察をしたり穏やかに過ごしていた。
そんな中、妻が友達と旅行に行くとの事で一人になる時間が出来た。
これまでは仕事もあり離れられなかったが、もう良いだろうと車を動かした。
道を走り田舎に変わる風景が時代を進んでも変わらない。多少は四十年前より変化しても軸が変わらないのだ。
その変わらない空気の源じゃないかと思えるアパートが見える。
一度改装して綺麗になったが、大きくは変わらない。
縁は幽荘にやってきた。
車を停め、ゆっくり近づく。
誰の姿も見えない、ならばと温泉側に行く。
温泉に向かう道の途中で見知った女性を発見する。
「元気かいネコメちゃん」
「ひゃああ!!」
後ろからいきなり声を掛けられネコメは飛び上がる。
バッと振り向き縁を見る目をまんまるにしていく。
「お兄ちゃん!!」
ガバッと抱きつかれてしまう。
「え!?どうしているの!?来るって言ってた?」
「時間が出来たからね、驚かせに来たんだよ」
「わー!久しぶりー!三年ぶり?」
「そうだね、ネコメちゃんももう大人だね」
四十年前は幼さが残るあどけない顔立ち、引っ込み思案な少女が今は二十代中盤の見事なお姉さんになっている。
人ならざる者だが人に近い、四十年で十年分くらいの進みだろう。
「お兄ちゃんはお爺さんになってきたね!」
「ああ、それが普通だしね。管理人頑張ってるね」
「うん!今はヘビメちゃんユウメさん出てて四人だけど、たまに帰ってくるし丁度良いくらいかな?」
「そっか、良かった元気にやれてて。俺他の皆のとこにも行くね」
「あ、じゃあコレ」
ネコメは紙を丸めた玉を渡してきた。
「コレは?」
「スズメさんを呼べるよ!」
ネコメと別れ幽荘の開けた所に縁は移動した、安全そうな場所でさっきネコメから貰った玉に火を点ける。
次第にカラフルな色が付いた煙が上がる。
「これでよし、後は気付くだけと」
近くにある菜園とひまわり畑が目に入る。
しっかり手入れされていて変わらない佇まいのままだ。
五月の時期なので目立った野菜は無いが、これから夏に向けて最盛期になるだろう。
ひまわり畑も同じく、種を蒔いた時から夏の名物と言っていい風景となる。
(四十年か……あっという間だったな)
縁は黄昏ていると首筋に冷たい物を感じ……
「ひゃあ!」と声を上げてしまった。
「えへへ、さっきのお返し!」
犯人はネコメだった、お茶のペットボトルを当ててきたのだ。
そして去っていってしまった。
「うふふ、お変わりないようで嬉しいです〜」
今度は真後ろから柔らかい物が抱きついてくる。
「あ!スズメさん!」
抱きついた犯人はスズメだった。
スズメの容姿は何も変わらない、ほわほわと優しくおっとりしたままで安心する。
「お久しぶりですね〜縁さん、煙玉なんて何事かと思いましたわ〜」
「まだ煙玉使ってたんですね」
「ええ、スマホだと狩り中音が鳴るのはまずいので」
言われてみれば確かにだ。大昔の知らせる手段が理に叶ってる。
「しかし、いきなりどうしたんですか?寂しくなりましたか?」
そう言いながら抱き締めようとしてくるので、スズメを制す。
「いやいや、僕はもう妻が居ますから……」
「あら素敵な旦那様ですわ〜」
わかっててやったであろうが、マイペースなスズメらしい。
「今、皆に会ってるんですよ。少し前にヘビメさんとユウメさんには呼び出されましたが」
「あのお二人もお元気でしたか?なかなか帰って来れないから心配ですもの」
「いつも通り、スズメさんも含めて変わらないですね」
四十年経って本当に変わらない存在だと思える。
「縁さんは……変わったとか老いたじゃないですよ、成長したんですよ」
「成長……だと良いですがね」
二人で笑い合う、そこに近づいてきた影……
「縁の兄ちゃんか?なにしてるんだ」
背の高い青年から声を掛けられた。
「あら、トラメ君おはようございます〜縁さんがサプライズで来たんですよ〜」
トラメ、幽導孤児院で少年期を過ごして今十代後半の青年になっている。
ネコメと同じく神の系譜ながら人に近しい為、遅い老いがあった。
「来るなら連絡してよ、寝坊しちゃったよ」
「遅くまでゲームしてるからですよ〜」
スズメの口ぶりから遊び倒してるようだ。
「うふふ、あ、縁さん来てるならお食事用意しなきゃ〜」
鼻歌歌いながら調理場へスズメは向かっていった。
「トラメ君、幽荘何年ぐらいだっけ?」
「えーっと……三十、いや三十五年になるかな?」
縁が幽荘を出て空いた二〇二号室がトラメの部屋になった。
リュウメ院長が幽導孤児院に、トラメが幽荘でと孤児達のサポートを続けている。
ヘビメの父、ジャノメの率いる職人に交じり仕事もしている。
「トラメ君も大きくなったよなぁ」
「縁兄ちゃんが爺ちゃんになっただけだって」
「温泉は大丈夫かい?」
「いやぁ……ユウメ姉ちゃんが外出てたら大丈夫だけど……二人揃ったらなぁ」
やはり男、同じ悩みはあるようだ。
今だに男風呂に乱入してくるのだろう。
「その元凶に会いに行くよ」
「今爆睡してるからそっと入りなよ」
トラメから情報を貰い一〇一号室に向かった。
ぐーぐーと寝息が聞こえる、一応ノックはしたが情報通りに爆睡だ。
「狐音さん、とりあえず人間社会で区切りまで来ましたよ……」
縁は眠る狐音の横で笑いつつ言葉を紡ぐ。
「ここに来たのが四十年ちょい前ですか、浪人ニートやって皆と出会って……狐音さんの言う通り人は一瞬でした」
縁は飾られていた皆で撮った写真を眺める。
「人生は折り返したけど皆は生き続けるし、幽荘も残っていくでしょう。これでも歴史の先生になって四十年やりましたからなんとなく分かります」
「ほう、お主は夢をもう終いにするのか?」
不意の声にビクリとする縁、見れば狐音がこっちを見ている。
いつの間にか起きて独白を聞かれたようで、恥ずかしい。
「全く、乙女の寝込みを襲いおって」
「襲ってません、ノック反応しなかったからですよ」
「ふふ、しかし突然じゃのう。今年は盆の鎮魂祭に来るんじゃろ?隆・二・と・里・子・に・会・い・に・」
縁は微笑み返し答えた「もちろん」と。
——季節は過ぎて、盆になる。
鎮魂祭が始まる。
縁は妻を伴い幽荘を訪れた。
三年ぶりの鎮魂祭参加には訳があった。
「皆に挨拶していこうか」
縁は妻と一緒に鎮魂祭準備をする、幽荘住人達と挨拶をしていく。
「ほれ、持っていけ。特別扱いじゃ」
狐音に菊の花束を渡された。
「狐音さん……」
「儂等は毎日行けるが、お主らはそうもいかん。それも人じゃ、鎮魂の儀までに済ませてこい」
「はい」
幽荘から少し歩いて小さく見える程度の小高い場所、そこに一つの墓石がある。
幽荘を遠くに見られて、以前は村だった辺り。遥か昔村長の家だった所らしい。
(幽導村乃墓)
墓石にはそう刻まれている、側面にはタカ、隆二、里子と。
タカは二十年くらい前に天寿を全うした。
戦争孤児となり流れ着いた幽荘に辿り着いて、意図せず神の力の影響を受けたが見事に人として寿命を迎えたのだ。
遺言には幽荘が見える場所で眠りたいとあり、この場所に墓が建った。
そしてそれを聞いた生前の両親も縁に伝えていた。
「墓はあそこが良い、俺達の生まれた幽導村でな」
そこから数年で隆二が亡くなり、後を追うように翌年里子が亡くなった。
それが三年前、二人とも大往生だった。
葬儀や喪に服す期間の関係で、今日やっと鎮魂祭に参加する事になったのだ。
この時点で縁も六十五歳、世間的にはまだ時間はあるが人生的には折り返している。
一般的な人間としては普通に過ごせている。
「あなた、見て」
妻が墓石の横を指す。
「……なんだ、今日来るの知ってたのか?」
墓石の側で綺麗な花が三輪咲いている、縁は笑い摘まずに置いといた。
「じゃあ、また来るよタカさん、父さん母さん」
——「鎮魂の儀を始める」
幽荘に戻った縁夫妻は離れて儀式を見守る。
狐音から綺麗な金色の尻尾が現れ、全身に淡い光を纏わせる。
狐音からユウメに、スズメに、ヘビメに、ネコメにと光が伝わり全員が神聖な光を放つ。
側でみている妻とトラメも息を飲む。
光は地面に移り儀式の場所そのものが光に包まれ、地面に溶けるよう収まっていった……
「……これにて鎮魂の儀を終了とする」
狐音は静かに息を吐き一礼、皆も倣い一礼を行う。
狐音達は毎年こうしてお盆に儀式を行ってくれている。
仕事の都合がある時も優先して毎年だ。
元々は幽導村地域の孤児の為だった、今はそこにタカや両親も加わり命を全うした人へも優しく慰霊されている。
(親父達は幸せだろうな、捨てたとは言え生まれ故郷でずっと見てくれた神がこの先まで見てくれるなんて)
世の中は大きく早く変わる、それでも大事に残されている物がある。守るのは人じゃないのかも知れないが忘れちゃいけない。
繋ぐのは人、もしかしたら見てるだけの神様達が気まぐれを起こすかもしれない。
それが何百、何千年の中の一瞬かもしれない。
その時に恥じない伝承をしていたい。
縁は心の底から思った。
幽荘は続く、縁には見れて後三十年ぐらいだろう。
幽荘の住人、神達からすれば縁と過ごした付き合いは一時の時間感覚。
人と神は生きる時間が違う、だからこそ幽荘を通じて同じ時を経たのだ。
「おーい、縁や。呑もうぞ」
「車だって狐音さん」
「泊まれば良いじゃないかのう」
「あなた、私は構わないわよ?」
「……全く、神様のマイペースは変わらないな」
——幽荘物語 完




