「で、これが何の役に立つ?」とおっしゃるあなたは何の役に立つんですか?
私は幼い頃から“発明”が大好きだった。
「ルシア、今日はなにを作ったんだ?」
「えーとね、スプーンに長い耳をつけたウサギスプーン!」
スプーンの丸い部分に紙で作ったウサギの耳を張りつけた、私なりの発明品だ。
「なるほど、可愛らしいね。だけど、これじゃちょっと食べにくいかもしれないな」
「そっかぁ……」
父を始めとした家族は、みんな私の発明を笑って楽しんでくれた。
もし「変なものを作るな」なんて言われてたら、私の人生は全然違うものになっていたかもしれない。
家族には本当に感謝している。
十歳を迎える頃にはすっかり“発明少女”気取りをしており、そのまま社交界にデビューする。
波打つ栗色の髪を精一杯整え、慣れないドレス姿でさまざまな夜会に参加する。
しかし、私の発明癖は変わらず、子爵令嬢ルシア・リヴォールはいつしか“発明令嬢”と呼ばれるようになっていた。
そんなある日、私は伯爵令息クロード・ニューデル様と出会う。
クロード様は黒髪をオールバックにし、切れ長の眼を持つ、端正な顔立ちのお方だった。
出会ってデートを二、三度したらすぐに婚約を申し込まれ、私も了承する。
あの発明令嬢が伯爵令息を射止めたと、社交界ではほんの少し話題になった。
「君の発明品をぜひ見せて欲しいんだ」
クロード様がこうおっしゃるので、私は自宅にある発明品コレクションを見せることにした。
ところが――
「これは?」
「ここに泥水を入れると水がろ過されて、綺麗になって出てくる、というボトルです」
「ふうん……」
「水の専門家の方にも見てもらったんですけど、よくできてると褒めてもらえて……」
私はノリノリで説明したけど、クロード様の反応は冷ややかだ。
「で、これが何の役に立つ?」
思わぬ問いが来たので、私は咄嗟に答える。
「えぇと、泥水を安全に飲みたい時に……」
「そもそも泥水なんか飲まねえよ」
「は、はい……」
胸のあたりを、鋭利な刃物で刺されたような気分になった。
気を取り直して、次の発明品を紹介する。
「これはここを押すと歯車が動き、先端が回転して、土に穴を開けてくれる装置で……」
「で、これが何の役に立つ?」
「たとえば……土に種を埋める時に……」
「ガーデニングの趣味なんてないんだがな」
「す、すみません……」
クロード様が私に対して、急速に興味を失っているのが分かる。
「これは私が考えたオモチャです。てこの原理で、丸めた粘土を飛ばして……」
「で、これが何の役に立つ?」
「ええっと……子供が遊ぶと楽しいと思います……」
私もなんとか挽回しようとするけど――
「空気中の砂埃を感知して、色が変わる紙です」
「で、これが何の役に立つ?」
「砂埃を……調べたい時に……」
もう、どうしようもなかった。
クロード様は、棚の一角にあった私の発明品たちを、乱暴に拳で叩き落とした。
「ああっ! なにするんです!」
「なにが発明令嬢だ。とんだガラクタばかりじゃねえか」
「……!」
「てっきり石を黄金に変える装置とか、作物を一瞬で生長させる薬品とか、そんな発明を期待してたのに、とんだ期待外れだった」
ようやく分かった。
この人は私の評判を知って、発明品を独占するために、急いで婚約したんだ。
きっと今おっしゃったような魔法みたいな発明品の数々を想像していたんだろう。
「ルシア、お前との婚約……なかったことにしてもらう」
「……!」
「じゃあな。これからもせいぜい下らない発明してろ」
クロード様はそのまま部屋から立ち去った。
残された私は、しばらく立ち尽くすしかなかった。
後日、正式に書面にて婚約解消が成立する。
一方的な婚約破棄だったけど、クロード様は「発明にかまけていて、夫人として不適格」のような理屈をつけてきて、慰謝料の支払い等は発生しなかった。
――で、これが何の役に立つ?
私の中でクロード様の言葉がいつまでもいつまでも鳴り響いた。
***
婚約破棄の一件から、私は発明の手を止めていた。
そんな私に、温和な顔立ちの父が話しかける。
「ルシア、最近発明はどうした?」
「お父様……。私の発明、何の役に立つのかなぁと思うと、アイディアも出てこなくて……」
「役には立っているさ」
「え……?」
「私は君がどんな発明をするか楽しみでしょうがなくてね。他の家族だってそうだ。みんな、『ルシアは今にすごい発明家になる』なんて言ってた」
「お父様……」
「君が作ったウサギのスプーン、まだ持ってるよ。どんなに忙しくても、あのスプーンを見ると、私は元気が湧いてくるんだ」
「……!」
ここで父は思いがけない提案をしてきた。
「ルシア、展示会をやってみないか?」
「展示会?」
「私の友人が、王都に小さな家屋を持ってるんだが、今借り手がいなくてね。なにか有効活用できないかなぁなんて言っていたんだ。そこに君の発明品を展示してみるというのはどうだろう?」
「でも、リヴォール家の恥になったら……」
「恥になんかなるものか。君は私の誇り、発明令嬢なのだから」
父にこうまで言われると、なんだか勇気が湧いてきた。
「うん、やってみる!」
上手くいくかは分からないけどやってみる、というのは発明において最も大切なことだ。
私は発明令嬢に戻る決心をした。
***
王都の空き家屋を整備して、私の展示会が開かれる。
あの発明令嬢による初展示ということで、会場は意外にも盛り上がった。
「かゆいところにも手が届く伸縮アームだって」
「倒すと音が出るドミノかぁ」
「すげー、色んな発想があるんだなぁ」
バラエティに富んだ私の発明品の数々を、訪れた人はみんな面白がってくれる。
おかげで婚約破棄によって生じた心の傷もだいぶ癒された。
展示会を開いてよかった。心からそう思えた。
そんな中、一人の青年が異質な雰囲気をまとっていた。
そよ風になびきそうな金髪、空色の瞳、背は高く、白いコートを着こなす理知的な人だった。
やけに真剣な表情で、発明品の数々を見つめている。
邪魔しちゃ悪いかな、と思ったけど、私はつい声をかけてしまう。
「いかがですか? 私の発明は?」
「……! これらの発明品は、君が作ったのか」
「は、はい」
青年は私をまっすぐ見つめてくる。
「ここにあるのは宝の山だ」
「えっ……!」
「たとえばこのボトル。水をろ過する装置自体はすでにいくつもあるが、これほどの性能を誇るものを今まで見たことがない」
「そ、そうなんですか?」
「他の発明品もそうだ。この穴掘りの器具……これをもっと大型にすれば、地下資源の採掘などは一気に楽になるだろう」
次々に発明品を褒めてもらえて、時には思いもよらぬ用途を提案されて、私としては嬉しさよりも戸惑いが勝ってしまう。
「ええっと……失礼ですが、あなたは?」
「おっとこれは失敬。私はエクレシス・エアーフィンドという」
「……!」
貴族であれば、誰もが名を知る名門公爵家のお方だ。雲の上の人といってもいい。
まさか、そんな方が私なんかの展示会に来るとは思わなかった。
「このところは領地経営に目を向けていて、社交の場にはあまり顔を出さなかったが、君のような令嬢が現れていたとはね。ぜひもっと話をしたいところだが、君ほどの女性であれば、おそらくすでに誰かからアプローチを受けているだろう?」
確かにアプローチは受けた。過去形だけど。
私は正直に事情を打ち明けることにする。
「それが――」
私が話し終えると、エクレシス様は驚いた顔をなさった。
「婚約を……破棄された!?」
「はい……。お恥ずかしい話ですが……」
「聞く限り、君に非は全くないだろう。それにしても愚かな男がいたものだ」
短くため息をつくと、エクレシス様は私を見据える。
吸い込まれそうになるほど、美しい瞳だった。
「ならば私と組まないか?」
「え?」
「君の発明の力は素晴らしい。ただし、今まではその力を存分に発揮できる場に恵まれなかったようだ。私なら、君のその力をより引き出すことができると思う。どうだろう?」
熱のこもった誘いに、私の胸も高鳴る。
私の発明がなにかの役に立つのなら、それは願ってもないことだ。
「……ぜひ!」
「決まりだね」
私はエクレシス様と握手を交わした。
***
エクレシス様のおかげで、私の発明品たちはめざましい活躍をした。
私の作った泥水をろ過するボトルは、エアーフィンド家によって量産される。
辺境ではまだまだ井戸の開発などが整っておらず、日々の飲み水にも苦労している住民が大勢いるという。
そういったところで私のボトルは重宝され、辺境を治める領主たちは私を救世主とまでおっしゃってくれた。
穴を掘る装置は、私の考案した原理をそのまま生かす形で、大型化される。
鉱物や貴金属などの地下資源の採掘に大いに役に立った。
時には温泉を掘り出してしまい、そこは有名な温泉地として発展していく。
丸めた粘土を飛ばすオモチャは、これまた大型化され、驚異的な命中率を誇る新型投石機が完成する。
外敵にとってこれほど恐ろしい存在もなく、この投石機は国の守りの要となっていく。
砂埃によって色が変わる紙は、鉱山内の粉塵濃度測定に使われた。
鉱山の環境改善や、坑夫の健康管理に大きく寄与してくれた。
仮に私が発明が得意だとするなら、エクレシス様はその発明を生かす天才だった。
心地よい刺激を受け、私も次々に新しい発明品を生み出す。
時には失敗することもあるけど――
「表情が変わるお面を作ってみたんですけど、これ怖すぎますよね……?」
「いいじゃないか。これはホラー系のアトラクションに使えるんじゃないかな?」
「あ、それいいですね!」
私のどんな発明でも、エクレシス様は受け入れてくれた。
「で、これが何の役に立つ?」なんて決して言わなかった。
いくつもの事業をこなすうち、私たちの間で愛が育まれていた。
「私は君が発明品を持ってきた時のあの笑顔が好きでね。もし叶うなら、今後は夫としてあの笑顔を見たい。ルシア……私と結婚してくれ」
「はい……よろしくお願いいたします」
私の家族は祝福してくれたし、エアーフィンド家の方々も「君ほどの女性なら大歓迎だ」と温かく迎え入れてくれた。
私たちは無事、婚約した。
***
私はともかく、エクレシス様は公爵家の跡取りで、王国にとっても非常に重要なお方だ。
世間の声に押される形で、王都のホールにて婚約発表会を開く。
会場には、大勢の貴族や記者が集まった。
着飾った私とエクレシス様が、さまざまな問いに答える。
緊張はしたけど、大勢の前でエクレシス様と一緒に仕事ができて、とても楽しいひと時だった。
だけど、そこに予想だにしない来客が現れた。
「よぉ、ルシア」
「クロード様……!」
かつての婚約者、クロード・ニューデル様。
端正な顔立ちが、以前よりも険しくなっているようにも見える。
風の便りでは、私がエクレシス様によってその才能を見出されたことで、「あんな金の卵を産む鶏をみすみす逃がすとは」と家での立場が危うくなっているらしい。クロード様としては、どうにかその評価を挽回しようと必死に違いない。
「婚約おめでとう」
「ありがとう、ございます……」
クロード様は続ける。
「まさか、お前がここまでの金の生る木だったとはな。正直驚いたよ」
「……」
「だが、お前がここまでの発明家になれたのは俺のおかげ、そうは思わないか?」
「何をおっしゃるのです?」
「俺に発明を酷評されたから、その悔しさでお前はここまで大きくなれた。つまり、俺もお前が得た利益の一部を譲り受ける権利がある。そう言ってるんだよ」
最初何を言っているのか分からなかった。
この人は私がここまで成功できたのは自分のおかげだと本気で思っている。
だからおこぼれをよこせと、そう迫ってくる。
私にあんなひどいことをしておいて、よくこんなことを言えたものだ。
……だったら私も言ってやろう。
私は心の中で深呼吸をして、この人にずっと言いたかったことを言ってやることにした。
「あなたは私の発明品について『で、これが何の役に立つ?』と何度もおっしゃいましたね」
「それがなんだ」
「そんなあなたは何の役に立つんですか?」
「……ッ! な、なんだとォ!?」
クロード様が目の血走った形相で私に詰め寄る。
次の瞬間、エクレシス様が動き、クロード様の右腕を掴んだ。
「いだっ!」
エクレシス様の右手には革製のグローブがはめられている。
「このグローブはルシアの発明品だ。掌の部分に突起があり、体をマッサージするのに使うというものだが、こうして強く握り締めると暴漢退治にも効果があるようだ」
「いだだぁ……!」
クロード様の顔が苦痛に歪み、しゃがみ込んでしまう。
「お前が答えられないなら、私が代わりに答えてやろう。お前は何の役にも立たない。せいぜい、淑女の扱いも知らぬ貴族はこうなると、皆の反面教師になるぐらいだ。私はエアーフィンド家次期当主として、婚約者ルシアを侮辱したお前について、強く抗議するつもりだ。覚悟しておくんだな」
「う、ううっ……!」
クロード様は泣き崩れた。
自力では立てないほど意気消沈し、両腕を抱えられ、兵士たちに連行される。
元婚約者を堂々と迎え撃った私と、退治してみせたエクレシス様は賞賛を受け、盛大な拍手を浴びた。
発表会は無事閉会し、私とエクレシス様はホール内の通路を歩く。
「とんだ婚約発表会になってしまったね」
「そうですね。ですが……先ほどのクロード様を見ていて、一つ作ってみたい発明品を思いつきました」
「え、どんな?」
「どんな大粒の涙もすぐに拭き取れるハンカチ、というのはどうでしょう?」
私のアイディアを聞いたエクレシス様は微笑む。
「それはいい。彼もなかなか役に立つじゃないか」
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




