プロローグ3 スィンザ・スス
「もう帰らなきゃ。帰り道もどうせ襲われるから」
バーモの死骸を回収し終えた少女は、そう呟いて歩いて来た道を戻り始めた。
彼女の首には、黒と紅が入り混じった色をした認識票の二枚組が、ペンダントとしてかけられている。
この認識票は魔法合金によって作られており、二枚がぶつかり合っても何の音も発生しない。
認識票には、彼女の名前や、所属先、階級などの情報が刻印されている。
彼女の名は、スィンザ・スス。
十二歳で闘魔の刑を科され、バーモと戦うために「人の世界の最西端」に移送された。
十二歳の時からこの「黒い森」に通い続けて、早四年。刑を科した者たちの予想を覆し、彼女は今年で十六歳になった。
大人も怯える鋭い目つきも、人を遠ざけるのに役立った多すぎるピアスも、手の甲の烙印も、今となっては、スィンザにとって都合がよかった。
(一人でいい。どうせ死ぬ時はこの黒い森の中だ。今日これから死ぬかもしれない。だから、どうせ死ぬなら、いつの間にかいなくなってるくらいが、ちょうどいいよね。そういえば、あいつ最近見なくなったなぁ、くらいの軽さがいいな……)
スィンザはただ黙々と、黒い砂地を歩き続けた。
バーモの死骸を持って帰れば、居場所を与えてくれた人々に、僅かではあるが恩返しができる。
バーモと戦わなければ、出来る限りの自由を与えてくれた監視者が処罰されてしまう。
真剣に戦わなければ、ここまで生かしてくれた人たちの思いを踏みにじることになってしまう。
彼女の日常は、絶望するほど悪くはないが、希望を持って生きられるほど明るくはない。
やがて、珍しく何事もなく黒い森を抜けたスィンザの目の前に、あまりにも巨大な防壁の姿が見えた。
あの防壁の向こう側は、人の世界の最西端。
南北方向に、果てしなく続くその巨大防壁を人々は、「人の世界と魔物の世界の境界線」と呼ぶ。
スィンザの認識票に刻まれた彼女の等級の名は、黒紅色等級。
この等級は、世界の境界線を守る者たち、通称「境界の守護者」の階級を示している。
あの果てしなく続く巨大防壁には、ボーダーガーディアンたちの約二千年間続く、終わりなき戦いの歴史が刻み込まれている。
今日もスィンザは、たった一人で巨大防壁の向こう側にある人の世界に帰る。
そして明日もまた、たった一人で境界線を越えて、魔物の世界に踏みこんでは、今日と同じようにバーモと戦い続けるのだ。
黒い砂の上に残された彼女の足跡は、いつの間にか消え去っていた。この黒い砂の上に、約二千年間、人類は何も残すことができなかった。
闘魔の死刑囚として、四年間この黒い砂の上を歩き続けたスィンザは、自分の未来を理解している。
自分の墓とされる場所に、自分の死体が収まることはないとスィンザは思っていた。




