8 白い羽根のピアス
スィンザは、人より早い時間に就寝するため、起床時間も早い。
まだ日も登っていない時間に起床すると、部屋着を脱いで洗浄魔法で全身を清める。洗浄魔法は、衣類も短時間で洗浄することができる。
スィンザは服を着ながら、さっきまで着ていた部屋着や、ベッドシーツなどを洗浄魔法空間に投げ込んだ。
次に髪と頭部の羽根に回復魔法をかけながら、櫛で梳かした。回復魔法は、スィンザの灰色の髪や、羽根に艶としなやかさを与えた。
櫛には、心地よい香りが髪につく「香り付け魔法」がかけられていた。
この櫛のような魔法を宿した物を「魔法道具」と呼んだ。
この櫛は、剣術の師匠の奥さんから譲り受けた物だった。
櫛によって付与された香りは、黒い森の中で緊張した時に、リラックス効果を与えてくれるありがたいものだった。
スィンザは、人を遠ざけるために身だしなみを整えていた。
彼女は、頭髪のケアや、外見の清潔感を保たないと、なぜか人に声をかけられることが増えてしまう経験をしていた。
おそらく、闘魔の死刑囚という立場もあって、悲惨な生活をしていると誤解されたのだろうと、スィンザは考察した。
「優しい人ばっかりだ。私はバーモと戦う道具。武器の一つ。ボロボロになるまで使ってくれたら、それでいいのに」
人を極力避けて生活しているスィンザは、人々に「人間として」同情されることも避けなければならなかった。
この街には、至る所に心の温かい人たちがいる。
不幸をもたらす存在である自分の側に、心の温かい人はいてほしくないとスィンザは思っていた。
実際に、彼女に剣術を教え、育て親を引き受けてくれた心優しき人物がいた。
その人は、バーモとの戦いの中でスィンザを庇い、左足と右手を失う大怪我をした。その大怪我が原因で、スィンザの師はボーダーガーディアンを引退することになってしまった。
(一人でちゃんと生きなきゃ。こんな生活させてもらえている時点で、私は恵まれている)
「……私は自分の家族も、大切な人たちの人生も壊してしまった、闘魔の死刑囚。償いと恩返しのために、死ぬまで必死に生きなきゃいけないんだ」
スィンザは、朝の支度の最後にピアスを付けた。
ピアスは、心が傷つく度に穴を増やした。彼女にとってピアスは、心の傷の封印のようなものだ。
それでもピアスのデザイン自体は、どれも気に入っている。
スィンザは、この街に来てから私服を買ったことがない。そんな彼女でも、ピアスを選んでいる時間だけは、本当の自分でいられるような気がしていた。
その中でも、お気に入りのピアスは、耳たぶにつける白い羽根のピアスである。
スィンザは、幼い頃に父親と共にバーモに襲われ、その窮地を「英雄」に助けられたことがあった。
その英雄は、白い翼を持つ鳥人だった。
まだ幼かったスィンザは、彼の強さに憧れを抱き、彼のように強くなろうと志した。
だが、彼に憧れ、人々を助けるために強くなろうとした日々は、ある日突然幕を閉じた。そして一度閉じたその幕は、どれだけあがいても、もう開くことはなかった。
他の鳥人たちと同じように空を飛べない、灰色の翼を得た時。
特殊体質に目覚めしまったことで、毎日練習していた魔弾銃を撃てなくなった時。
空戦銃士にも、軍人にもなれないと理解してしまった時。
そして、闘魔の刑を言い渡された時。
数々の絶望に、スィンザは何度も心が折れた。
父が買ってくれた宝物の魔弾銃も、白い翼への憧れも、全て手放してしまった。何度絶望しても、何度も立ち直らせてくれた大好きな家族は、自分の愚かな行いによって壊してしまった。
家族たちとは、もう二度と会うことはできないだろう。
そうして犯罪者の烙印を押されたスィンザだが、心まで悪に染まらないように、ギリギリのところで耐え忍んでいた。
その心を支えてくれている存在の内一つが、お気に入りの白い羽根のピアスだった。
手放しはしたが、忘れることはなかった、かつての英雄へ憧れがスィンザの心を支えていた。
――そして、スィンザはバーモと戦う準備を整えて、自室の扉へ向かった。




