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生霊

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/01/01

 夜、そろそろ風呂に入ろうかと思った、そのときだった。床に置いていたスマホが震え、画面に見覚えのある名前が浮かび上がった。高校時代の友人だ。珍しいなと思いながら、おれは寝間着を床に置き、通話ボタンを押した。


「はい」


『うおっ』


「ははっ、“うおっ”てなんだよ」


『いや、おー……えー?』


「なんだよ、何の用? これから風呂入るとこなんだが」


『いや、お前……生きてるよな?』


「は?」


『え、やっぱり死んでるのか……?』


「お前、それはさすがに失礼すぎるだろ……」


『いや……じゃあ生きてるんだな?』


「当然だろうが」


『じゃあ、今ここにいるのはなんなんだ……』


「はあ?」


 妙な沈黙の後、堰を切ったように、友人は早口で状況を話し始めた。なんでも、突然、部屋の中に“おれ”が現れたらしい。虚ろな目で、ただ突っ立っているという。


「……で、幽霊だと思ったわけか」


『そう、なんか存在感薄くてさ。まあ、そこはお前も変わらないけど』


「おい」


『とにかく、一応確認しようと思って電話したら、お前は普通に出るし、生きてるって言うし……じゃあ、これは生霊ってやつか? いや、ドッペルゲンガー?』


「知らんよ。もう切るぞ。明日も忙しいんだ」


『待てって! 嘘じゃないんだって! 本当にここにいるんだよ……。なあ、何か喋ってみ……お? おお、うん……なあ、お前の口座の暗証番号って1172か?』


「えっ! は、なんで?」


 おれは思わず声を上げた。ぴったり数字が合っていたのだ。


『当たったらしいな。今、生霊のお前に聞いたんだよ』


「何聞いてんだよ……」


『まあいいじゃん。暗証番号だけじゃ、別に何もできないだろ』


「それはそうだが……てか、喋るのかよ、そいつ」


『へえ、高校の頃、――って子のことが好きだったのか。俺はその子知らないけど。ああ、後輩ね』


「え!」


『えっ、現国の授業中に屁こいたの、あれお前だったのかよ! 只野の寝屁ってことになってたじゃん。うわー』


「ちょ、何聞き出してんだよ! やめろよ!」


『いや、生霊のお前が勝手に喋るんだよ。え? マジ? はははは!』


「そっちで盛り上がってんじゃねえよ。返せよ、そいつ」


『いや、返せって言われても、どうすりゃいいのかわかんねえよ。そもそも、なんで俺のとこに来たんだろうな』


「まあ、それは確かに……」


『ああ、家を知ってる知り合いが俺くらいだからか。ふーん、専門学校の友達は? え? 一年で辞めたのか。じゃあ今は? バイト? え? それも辞めたの? はははは!』


「おい、笑うなよ。その辺はちょっと触れてほしくない話なんだよ……」


『悪い、悪い。じゃ、そろそろ切るな。明日も忙しいんだろ? ふっ』


「あ、おい!」


 通話はぷつりと途切れた。すぐにかけ直したが、向こうは出なかった。

 気にはなったものの、あいつの家の場所を正確には覚えておらず、今から向かう気にもなれず、結局おれは風呂に入り、そのまま布団で眠りについた。


 それから少し経った、ある日。街を歩いていると、前方から、友人とおれの生霊が並んで歩いてくるのが見えた。二人の周りには女の子たちがいて、楽しげに笑っていた。

 おれは咄嗟に物陰へ身を滑り込ませ、息を潜めた。生霊のおれは髪を染め、きちんとセットし、服も妙に垢抜けていた。


 おれはアパートの部屋へ帰ると、さっきの光景を思い返しながら、部屋を見回した。

 目に入るのはコンビニ弁当の空き容器、ペットボトル、菓子パンの袋――それだけだ。これといって大事なものは何もない。何も。


 ……おれは、本当に生きているのだろうか。

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