姉の部屋で読んだ女コミで乗り切るセバスチャン人生
『お嬢様を頼みます。』
目が覚めると知らない天井があった。
「おっ俺は?ここは?」
俺はなぜか汗だくでベッドに横たわっていた。ベッドから体を起こし周りを見てみると物が整然と置かれた部屋だった。目につくのはドレッサーにかかった燕尾服だろうか?それ以外は気になるものは特にない。空っぽの部屋だった。
重い体を持ち上げベッドから出てみる。気になったものがあったからだ。
姿鏡の前に立つ。
細い輪郭に鋭い目元。知性と冷静さを感じさせる表情。髪はオールバックで後ろに撫でつけ銀髪が光沢を放っている。
「セ、セバスチャン?」
そこには漫画やアニメで描かれるセバスチャンがいた。
俺はセバスチャンに転生してしまったのか。
茫然としていると部屋にノックの音が響く。こちらから返事をする間もなく扉は開かれ豪奢な服を着た美しい燃えるような赤髪を短く切り揃えた女性が入ってきた。
「何をしているのセバス、支度をなさい。パーティに間に合わないでしょ。」
その美貌にこんな綺麗な人見たことないなと惚けていたのだが、気になる点があった。
「セバスとは誰のこと?」
「はぁ~何をいつまでも惚けているのです!貴方以外にセバスはいないでしょ。さっさと支度をなさい。主人に起こされる執事がどこにいますか!」
扉をバタンと閉じると玄関で待つと言い残し女性は去って行った。
「執事のセバス・・・」
俺は執事でセバスらしい。困った。セバスチャンぽいと思っていたら本当にセバスでその感動もあるけども・・・。
「どうすりゃいいんだ?」
執事なんてやったことないぞ。全くわからん。姉の部屋に入って読んだ女コミに出てきたセバスくらいしか知らない。
とりあえず、ドレッサーにかかっていた黒の燕尾服に着替えた方がいいんだろうな。
寝間着を脱ぎ、白いシャツを着て、袖口を銀のカフスで留める。上から深い黒のベストを着用し、燕尾服に袖を通す。
鏡で自分の姿を見るが中々様になっているのではないだろうか。
俺は執事でセバス、俺は執事でセバス、俺は執事でセバス。
鏡を見ながら繰り返し呟く。セバスを俺に憑依されるのだ。この状況を切り抜けるにはこれしかない。
「まだなの!」
苛立った声が聞こえる。
部屋を飛び出し、声の方向に向けて歩き出す。背筋を伸ばし優雅に歩く、しかし速度は最速で。まるで白鳥のように上半身は優雅にしかし下半身はバタバタと。おっと足音は立てずに流れるような足運びを意識する。そして、目の前に赤髪で茶色の瞳の女性を捉えすかさず言う。
「お嬢様、お待たせいたしました。」
「ほんとよ、パーティに遅れたらどうすんのよ。行くわよ。」
お嬢様が歩き出す。屋敷の玄関扉の前まで来ると立ち止まった。
これは?扉開けるやーつ。
無言で扉を開けるとお嬢様が顎を少し上げすまし顔で通る。
当たりだ。危ない危ない。
屋敷を出ると無骨な馬車が停まっていた。これは馬車にエスコートしなければならないのだろう。どうやって?
頭の中で姉の部屋にあった女コミのセバスに問いかける。
1.お嬢様をお姫様抱っこして馬車に叩き込む
2.手を差し出してお嬢様に馬車の中まで歩いて貰う
どっちだ?
「何ぼさっとしてるのよ、エスコートなさい」
馬車の扉を開け、お嬢様をふわりと抱き上げると馬車の中に叩き込んだ。投げ入れる際には卵すら割れないくらいふんわりと着地させることも忘れない。我ながら完ぺきな所作だ。キャッという可愛い悲鳴をお嬢様が上げたが気にしない。照れているのだろう。
「貴方どういうつもり?」
「それではお嬢様、パーティをお楽しみください。」
そういって、馬車の扉を外から閉める。完ぺきだ。頭の中のセバスが喝采の宴を開いている。自分に酔いしれていると扉が開きお嬢様が顔を出した。お出かけのチュウだろうか?
「何してるのよ。あんたも行くんでしょうが!さっさと乗りなさい!」
「かしこまりました。お嬢様。」
俺と離れるのが寂しいらしい。可愛らしいお嬢様だ。馬車が石畳の上を進む。舗装されているとはいえ、かなり揺れる。お嬢様のたわわな果実も揺れる。あれは執事たるもの支えた方がいいのでは?と真剣に検討に検討を重ねていると揺れが止まった。会場に着いたらしい。
仕事の時間だ。馬車の扉を開け、お嬢様をお姫様抱っこして外に降ろす。気を付けなければ腰をやりそうだ。
「ちょ、あんたこんなとこでもやるんじゃないわよ。」
紅く染まった頬が麗しい。人目を集めてしまったようだ。完ぺきな仕事に人は惚れるものだ。致し方あるまい。
「執事ですので。」
「そんな執事がどこにいるのよ。全く。」
お嬢様はプリプリ怒るとパーティ会場に一人でズカズカ入っていった。斜め後ろのポジションをキープする。執事たるもの斜め後ろに控えるべし。完ぺきだ。そして、お嬢様は後ろ姿も美しい。腰から臀部にかける曲線が艶めかしい。執事冥利に尽きる。
真っ赤な薔薇のようなドレスを身にまとっているお嬢様は淡い色のドレスを身にまとう他のご令嬢とは打って変わって超目立っていた。草原に一本薔薇が生えているようなものだ。
そんなお嬢様を見てはひそひそと喋るご令嬢方。これは、お嬢様が悪目立ちをしているのでは?
お嬢様はそんな声に耳を貸すことなく凛とされているが心中複雑なのでは?就活で服装自由と書いてあるから私服で行ったら皆スーツで絶望している状態なのでは?
これは執事たる私がなんとかせねばなるまい。
1.白のマントで体を隠して一瞬のうちに着替えさせる
2.白いふわっとした布を肩にかける
3.自分が着ている背広をそっと肩にかける
うむ。私はお嬢様にそっと黒の燕尾服を肩にかけた。
「セバスこれはどういう意味かしら?」
あれ?ダメだった?もしかして執事に服を着てられるのって試合中にタオル投げられるような意味だったりするのか?
「お嬢様の燃えるような赤のドレスには黒が映えるかと思いまして。」
「そう、遠慮するわ。」
燕尾服を投げて返された。違ったか。お嬢様は次から次へと立派な佇まいの殿方と話していく。大抵の男どもはお嬢様のたわわな果実を収穫したい欲求と戦っていた。私だって収穫したい。
「碌な男がいないわね。もういいわ、帰りましょうセバス。」
「は、かしこまりましたお嬢様。」
それっぽく一礼してみる。台詞といい容姿といい実に執事らしい。完ぺきだ。
留まっている場所の前まで来ると優雅に気品を忘れずしかし素早く馬車の扉を開ける。
そして、お嬢様を。
「それはいいわ!」
ズカズカとお一人で馬車に入ってしまうお嬢様。反抗期だろうか?もうとっくに過ぎていておかしくない年頃に見えるのに。
執事たるもの空気にならねばならない。馬車の中で気配を消し息をひそめる。獲物を狙うハンターのごとし。完ぺきだ。
お屋敷に着くなりお嬢様はスタスタと立ち去ってしまった。
今日のミッションは無事終了した。自室の戻り燕尾服を脱ぎ、桶に汲んだ水を布で湿らせ体を拭く。執事たるもの清潔感は大事である。良い仕事をした日は良く眠れる。
「さっさと起きなさいセバス!」
翌朝鳥のさえずりではなくお嬢様の金切り声で目を覚ました。
「さっさと支度して!」
支度をしながら話を聞くと今日は王妃様のお茶会に招かれているのだとか。今日も黒の燕尾服をビシッと着込み。鏡の前で、執事のセバスと復唱する。私は執事のセバスだ。
馬車に乗り込み。目指すは王城。因みに乗り込むときはお嬢様が手を差し出してくるから握ったら怪訝な顔をされた。解せぬ。
馬車を降りるときも手を差し出してきたから手置きが欲しいのかと下に手を添えたら満足気な表情で馬車を降りていった。正解だったらしい。
王城に着くとすぐに案内役が来て、お嬢様と私は案内役についていく。
お嬢様の斜め後ろをキープし、キリっとした顔で歩く。この表情がポイントだ。実に仕事をしている気分が味わえる。
整備され色とりどりの花が咲き誇る庭園の真ん中に机と椅子が用意されており、ここが今回の茶会の舞台らしい。
金髪に緩くウェーブがかかった髪に青い瞳、豊満な肉体を持つナイスミセスが王妃様らしい。他にも5人ほど令嬢が集まりテーブルを囲む。
後ろで控えて佇む。執事は空気にならなければならない。目線が煩いということもないだろうと目線だけあちこちを探索する。様々な二つの峰を眺めていると大自然の叡智を身近に感じる。
そんな感じで完ぺきに空気になっていたところ、何やら空気がおかしい。お嬢様が侮辱されているっぽい。婉曲な表現だからわかりづらいが流行りも知らない田舎娘と言われているみたいだ。
これはどうにかせねばなるまい。
観察していたから知っている次の飲み物はコーヒーだ。ならば。
給仕していた可愛らしいお嬢さんにセバススマイルをお見舞いして、王妃様へ給仕するコーヒーを奪う。ミルクを足し、そして、可愛らしい猫を描く。カフェアートである。給仕にコーヒーを渡し王妃様へ届けて貰う。
「まあ、可愛らしい猫ちゃん!」
「なんですの?」
やいのやいのと盛り上がっている。
「私のコーヒーにもしてもらいたいです。」
「私も私も。」
給仕係のところに行き、追加のカフェアートも仕上げていく。
その様子を王妃様方が興味深く観察されていて、少し緊張して手元を狂いそうになるが気合いで完成させた。
「鳥よ!」
「うさぎだわ!」
新作も好評のようで何より。誰の執事かという話になりお嬢様の執事であるということがわかるとお嬢様を田舎臭いと言っていたものが押し黙る。
「私、流行は作るものだと思っているので。」
お嬢様が気丈にそう答えるとそうねそうねと盛り上がっていた。
無事お茶会が終わり、帰り道の馬車の中でお嬢様になぜあんなことができたのかと問われた。
「執事の嗜みでございます。」
言ってみたい執事の台詞ナンバー1を言ってしまった。今日も完ぺきな仕事をした。
「いつの間に練習したのよ?」
「それは秘密です。」
「アンタ雇い主舐めてんの?」
「いえいえ、滅相もございません。」
「まあいいわ、さっきは助かったわ。」
「執事ですので。」
あれ? 素直にお礼とか言うんだ。うーん、我が家のお嬢様が最高かもしれない。
帰路の馬車で一息ついた。馬車の中は静かで、赤いドレスが淡い光を反射していた。
しかし、突如として馬車がガタリと揺れ、止まった。
「…何か音が?」
お嬢様の声に、すぐさま耳を澄ます。
街道の闇に、影がゆらりと動く。次の瞬間、黒装束の男たちが馬車を囲んだ。
「お嬢様、危険でございます!」
瞬時に状況を把握する。闇に紛れた数は五、いや七か――全てを見通すかのように視界を巡らせる。
「扉は任せてください、お嬢様」
燕尾服の裾を翻し、音を立てず馬車の扉を開ける。背後からお嬢様を守るべく、すっと一歩前に出る。夜盗たちの一歩一歩の足音まで、まるで指先で触れるかのように把握していた。
男たちが襲いかかってくる。一切動揺せず、腕を翻して最初の男を払いのける。腕の反動で、まるで踊るかのように次の男へと移る。燕尾服の裾が夜風に揺れた。
一撃ごとに男たちは倒れ、バタリと地面に崩れる。しかし、自分の動きは優雅そのもの。血の匂いひとつ残さず、そして常にお嬢様の安全を確認していた。
「セバス、すごい…。」
お嬢様が息を呑む。
「安心なさってください。執事でございますから」
淡々とした声。しかし、その冷静さが余計に頼もしさを増す。
最後の一人が馬車に手をかけた瞬間、すっと距離を詰め、軽く押し倒す。男は動けなくなった。
「お嬢様、お片付けが済みました。」
馬車が再び動き出すと、お嬢様は少し震えながらも安心した顔で微笑む。
「ありがとう、セバス…本当に助かったわ。」
静かに頷き、いつも通りに燕尾服の裾を整える。
「執事でございますので。」
闇夜を切り裂くように馬車は進む。
ふぅ~焦ったがこの体動く動く、なんとかなったわ~執事らしい仕事も出来たし今日はいい一日だった。
「さっさと起きなさいセバス!」
今日も麗しいお嬢様の声で目を覚ます。素晴らしい朝だ。
「毎度毎度、雇い主に起こされる執事がどこにいるのよ。」
「これが楽しみですので。」
ぼそりと呟く。
「さっさと支度しなさい!」
うーん、セバス、天職かもしれない。
お読みいただきありがとうございます(*'ω'*)




