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韻踏み評価SSSで勝手に姫を召喚した僕、妖精界にモテて困る(予定は未定)  作者: vincent_madder
スローライフを求めて

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第9話 ツンデレは風より速く

通りは、一連の騒ぎの余波でざわついていた。


人々が口々に何かを囁きながら、少しずつ輪になって距離を取る。


商人が店先の看板を引っ込め、屋台の親父が「またかよ」と頭を掻いた。


もうすっかり、見世物扱いだ。


その真ん中で、領主の息子が怒鳴り声を上げていた。


いかにも“貴族です”って感じの出で立ちだが、

声のトーンは完全に駄々っ子。


「魔法には魔法だろうが!」


(こいつ、まだやる気かよ…)


セインツロウはため息をついた。


さっきまでの騒ぎで懲りたかと思いきや、まさかの第二ラウンド。


「戦えって言っただけじゃないか」


「田舎者は様式というものを知らんと見える!」


(うわ、出た。“田舎者”とか言っちゃうやつ。絶対友達いないタイプだ)


どこまでもプライドだけは高い。

人の言葉を聞かない才能、ここまで来ると逆にすごい。


「ならば望み通りぶっ飛ばしてやる!」


護衛の騎士が前に出た。


鎧の金具が打ち鳴らされ、陽光を受けて鈍く光る。


通りに緊張が走り、ざわめきが波のように押し寄せた。


誰かが屋根から身を乗り出して、「おい、また始まるぞ!」と叫ぶ。


次の瞬間、群衆が半歩ずつ後ろへ引いた。

まるで舞台の幕が上がるように。



セインツロウの隣で、サリーが腕を組んだ。

その仕草だけで、空気が少し冷える。


「あら? 助太刀していいの?」


彼女の声には、少しだけ楽しげな響きが混じっていた。


視線だけで、レニーを呼ぶ。


「レニー? 相手してあげなさい」


「姫様の命とあらば」


レニーは静かに前に出た。

その動きに合わせて、銀色の髪が陽に反射してきらりと光る。


群衆の間から、小さな歓声が漏れた。


彼女の歩き方には、どこか凛とした気品があった。


セインツロウは苦笑して、その背を見つめた。


(いやいや、完全に見世物じゃないかこれ)


けれど――

レニーはふと振り返り、目を逸らすように言った。


「べ、べつにセインのためじゃないからなっ」


「……」


ああ、これは。

どこかで聞いたことのあるやつだ。


いや、異世界でも成立するのか“ツンデレ”って。


「…ツンデレって知ってる?」


レニーがきょとんとする。

サリーが首をかしげる。


「なんだそれは?」


「…まあいいや。じゃあ景気付けに――」


風が止まった。

街の喧騒が、急に遠ざかる。


屋根瓦の上で止まっていた猫が、耳をぴくりと動かした。


セインツロウは小さく息を吸い込んだ。

いつもよりゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「有象無象の小僧がどーのこーの言うとるのぉ」


たった二文字の韻。

けれど、それを七回重ねると、空気が揺れた。


足元の砂が、波紋のように震える。

光が屈折し、風が渦を巻く。


観客のざわめきが、驚嘆に変わる。


レニーがこちらを向いた。

その瞳が、瞬く間に熱を帯びる。


「嘘…セイン…私のために詠んでくれたのか…?」


(やばい。なんかスイッチ入ったぞ)


レニーの瞳が燃えるように光を帯びた。

街の光を映したわけじゃない。


まるで詠唱の残滓が、そのまま彼女の中に流れ込んでいくようだった。


銀の鎧がきらめき、背筋が伸びる。

風の向きが変わったのが、肌でわかる。


まるで彼女自身が“風を支配している”みたいだった。


「事情が変わった。詠唱に応え、其元の万難を排除しよう。名を名乗れ」


その声音は澄んでいて、それでいて重い。

周囲の空気がひりつき、誰も息を呑めない。


「いやそこまでやらんでも…」


セインツロウは思わず手を上げて止めようとしたが、レニーが小さく首を振った。


「セインの詠唱に応えちゃ、ダメ?」


その一言。

なんかもう、いろんな意味で反則だった。


(…これ、止められる雰囲気じゃないやつだ)


「やっておしまいなさい、レニー」


サリーがすかさず横から茶化してくる。

腕を組んで、まるで舞台の観客みたいな顔だ。


「あと、お二人ともイチャついてないかしら?」


「そんなことないよ、サリー」


セインツロウが慌てて否定する。


レニーがちらりとこちらを見た。

頬が少しだけ赤い。

でも、その口元には戦士の自信が宿っていた。



「…任せておけ」


風が鳴る。

鎧の金属がわずかに擦れる音。


レニーが一歩、前へ踏み出した瞬間――


領主息子の怒鳴り声が、空気を裂いた。


「さっきからふざけやがって!」


声の調子は怒りよりも焦りに近い。

顔が真っ赤で、唇が震えている。


その後ろでは護衛の騎士が剣を抜き、

群衆のざわめきが高まっていく。


「また始まったぞ……」

「あっちのあいつ、やばいって」

通りのあちこちからそんな声が漏れた。


レニーは静かに一歩踏み出した。

まっすぐに、恐れもなく。

騎士としての気配が全身から溢れ出していた。


「ふざけている? それはお前だ」


その声が響いた瞬間、空気が一段重くなった。


まるで言葉自体が、魔力を帯びているかのように。


護衛の騎士が慌てて前に出る。


「おのれ、騎士風情が――」


その言葉が終わるより早く、何かが空を切る音がした。


いや、“音がしなかった”。


次の瞬間、護衛の体が吹き飛ぶ。


重い鎧が地面にぶつかり、剣が弧を描いて石畳を転がった。


「…え? いつ剣抜いてたん?」


セインツロウが目を瞬かせる。

隣でサリーが口元を押さえて笑っていた。


「もう終わっている」


レニーはそう言って、剣を鞘に戻した。

その動作が、あまりにも静かで美しかった。


誰もが息を飲んで立ち尽くす。

風すら止まったかのような、完璧な静寂。


その中でただ一人、顔面蒼白の領主息子だけが、

小刻みに震えていた。


レニーの目がゆっくりと彼に向く。

冷たくも、どこか慈悲を残した眼差し。


「次は…お前か?」


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!」


情けない悲鳴を上げて、領主息子は踵を返した。


マントを踏んで転びかけながら、そのまま全速力で通りの奥へと逃げていった。


砂煙が残り、誰かの靴が転がった。

一拍置いて――通りが爆笑に包まれた。


「ざまぁみろ!」「やったぞ!」

拍手が鳴り、笑い声が響く。

さっきまでの緊張が嘘のように溶けていく。


セインツロウは額に手を当てて、ぼそりと呟いた。


「…また厄介事を増やした気がするなぁ」


拍手と笑い声がいつまでも鳴り止まなかった。


子どもが「すげぇ!」「あの騎士強ぇ!」と叫び、屋台の親父まで手を叩いている。


通りのど真ん中で、レニーが剣を下ろしたまま立っていた。


陽光を受けて、鎧がきらめく。

その凛とした立ち姿に、誰もが見惚れていた。


サリーがため息をつきながら、口元を緩めた。


「…はぁ、終わったみたいね」


「終わった、っていうか…終わらせた、だね」


セインツロウは肩をすくめる。


レニーの剣筋は見えなかった。

気づいたときには敵が倒れていた。


“魔法”どころか、呼吸の隙すら見えない。

あれはもはや芸術だ。


「もう帰ろう」


呟くと、レニーがこちらを向いた。


戦闘の気配はすっかり消えていて、代わりにほんの少しだけ、照れくさそうな笑顔を浮かべている。


「…セイン、ありがとう。私…嬉しかった」


「いや、ありがとう言うのは僕の方だよ。助かったし」


「…ッ」


レニーが一瞬、言葉を飲み込む。


その仕草が妙に初々しくて、セインツロウは少し目を逸らした。


(まさかこの世界で“ツンデレ”が進行形で見られるとは…)


そんなことを思っていると、サリーがすっと二人の間に入ってきた。


「ねぇ、仲良しなのは結構だけど、通りの真ん中よ?」


「…ハハハ」


見渡せば、群衆がまだ彼らを取り囲んでいた。

拍手してる人もいれば、うっとりしてる人もいる。


屋台のおっさんなんて、すでに“英雄誕生”みたいな顔をしている。


「…とっとと村に帰ろ」


セインツロウが呟くと、サリーが頬をふくらませた。


「もう帰るの? 私、まだ街を散策してないわよ」


「別の街でちゃんと穴埋めするから、ね?」


「ほんとぉ?」


「ほんとほんと」


サリーは渋々納得したように腕を組み、レニーはその横で真顔に戻っていた。


「…セイン、またどこかで詠唱する気だろう?」


「いや、もうこりごりだよ。詠唱=面倒ごとって学んだし」


「いい心がけだ」


レニーが軽く頷く。

でも、その口元は笑っていた。


街の喧騒が少しずつ戻り、屋台の笛の音がどこからか聞こえてくる。


焼きパンの匂い。馬の蹄の音。

風が通りを抜けて、埃と笑い声を運んでいく。


セインツロウはふと、空を見上げた。


雲の隙間から光が降り注いで、街全体が淡い金色に染まる。


「どうしてこう落ち着かないんだろうなぁ」


サリーが笑って言う。


「あなたが落ち着かせないからでしょ?」


「それは…否定できないな」


レニーが横で静かに笑った。

サリーが髪をかきあげ、太陽を見上げる。


三人の影が、ゆっくりと通りに伸びていく。


セインツロウはもう一度、ため息をついた。


「スローライフって、どこに売ってるんだろう…」


そう呟く声を、

街の喧騒と夕暮れの風が、やわらかくさらっていった。

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