第3話 呼べば来るけど帰らない妖精たち
昼下がりの村は、朝の喧噪が嘘みたいに穏やかだった。
瓦礫の片づけは一段落し、子どもたちの笑い声が広場に響いている。
その真ん中で、サリーが輪になった子どもたちに囲まれていた。
「ほら、もう一回いくわよ?」
サリーが指を鳴らすと、花びらが風に舞い上がる。
それはくるくると宙を回り、光を帯びて子どもたちの頭上を照らした。
「わぁーっ!」
「すげー! 花が光ってる!」
歓声にサリーが微笑む。
妖精というより、ただの“楽しそうな女の子”に見えた。
僕は少し離れた場所でその光景を眺めていた。
あの金色の髪も、見慣れてくると不思議と自然だ。
まるで、ここにずっといたみたいに。
(……なんだかんだ、馴染んでるよな)
子どもたちの歓声に混じって、サリーの笑い声が響く。
それを聞いていると、不思議と胸の奥が温かくなった。
焦げ跡の残る家の壁にも、ようやく風が通っている。
“日常”という言葉が、ようやく戻ってきた気がした。
――その時、地面に、淡い光が滲んだ。
あれはなんだ?
光は瞬く間に広がり、サリーの足元で円を描く。
(…あれは、魔法陣?)
サリーが振り返る。
金の髪が、光に照らされて揺れた。
子どもたちがざわめく。
僕の背筋を、冷たい風が撫でていった。
光の中心から、甲冑の影が立ち上がる。
剣の鍔がきらりと光を反射した。
――現れたのは、一人の騎士だった。
♢
鎧の継ぎ目が鈍く光った。
現れたのは、長身の騎士。
銀灰色のマントを翻し、鋭い眼光であたりを見渡す。
その気配だけで、村の空気が変わった。
「――姫様!」
その声は、まるで雷鳴のように響いた。
子どもたちが一斉に後ずさる。
「急に召喚に応えるなど、おやめいただきたい!」
サリーは、頬をぷくりと膨らませていた。
「なによ、私は無事よ。だってほら」
彼女は僕の方を振り返ると、まるで何でもないように僕の手を取った。
「彼がいれば平気よ」
――え?
え、いやいやいや待って?
この状況、説明が追いつかない。
「ちょっ…サリー!?」
僕が慌てて手を引こうとするよりも早く、騎士の鋭い声が割って入った。
「貴様! 姫様を呼び捨てにするなど無礼にも程があるぞ!」
「ちがっ、サリーがそうしろって…」
「ま、また呼び捨てッ!?」
…うん。どう言い訳しても燃料にしかならなかった。
サリーはそんな騎士の怒号をまるで子守唄みたいに聞き流して、くすりと笑った。
「いいじゃない。彼は私の護衛よ」
「護衛……!? いつの間にそんな――!」
騎士が顔を真っ赤にする。
鎧の下からでもわかるほど肩が震えていた。
サリーはその肩に軽く触れた。
「ねぇ、落ち着いて。ちゃんと説明するわ」
その言葉だけで、騎士の動きが一瞬止まる。
彼は視線を落とし、小さく息を吐いた。
「…お戻りください。姫様が召喚に応えたと、大騒ぎになっております」
サリーは名残惜しそうに、僕の手を離した。
その指先が離れる瞬間、心臓がひとつ跳ねた。
「また会える?」
僕は思わずそう口にしていた。
サリーは振り向いて、にっこり笑った。
「また詠んでくれればね」
その一言で、胸の奥が再びほのかに熱くなった。
次の瞬間、サリーと騎士の足元に魔法陣が展開する。淡い光が二人を包み、空気が波打った。
光が収まった時――
そこには、もう誰もいなかった。
♢
村の静寂が戻ったのは、それからしばらくしてからだった。
焼け跡の片づけを終えた人々は、いつものように家に戻っていく。
さっきまでの光景が幻だったかのように。
けれど、胸の奥に残るあの言葉だけは、何度思い返しても消えなかった。
「また詠んでくれればね」
あれってつまり……“呼べる”ってことだよな?
まさかね、とは思う。
でも、サリーのあの目と声は、どうしても冗談に思えなかった。
僕はため息をひとつついて、家に戻った。
いつもの木の扉。
朝までは平穏の象徴だったのに、今はなんだかやけに狭く感じる。
薪をくべ、冷えた空気を追い出していると、
ドアをノックする音がした。
「どうぞー」
入ってきたのは村長だった。
大きな腹を揺らしながら、腰を下ろすなり愚痴を始めた。
「まったく山賊も参ったが、妖精様だと?」
「なんで俺が村長を継いだらこんなことが急に起こるんだセインツロウ!」
「僕に言われても…」
「ったく、運がいいのか悪いのか…いや、悪いな。妖精なんて面倒事の塊じゃねぇか」
村長は乱暴に湯呑を掴んで中身をせびる。
僕は苦笑しながら湯を注ぐ。
「…ばあさんが言ってた。妖精を呼べる者は、世界に明かりを灯すだろうって言い伝えがあるらしい」
「えー……」
「お前なぁ、えーじゃない! どの道、領主様には報告せにゃならん。明日街まで行って報告してこい」
「えー……」
「ぜったい行けよお前!」
村長は湯呑を置くと、ぶつぶつ文句を言いながら帰っていった。
扉が閉まると、家の中に静けさが戻る。
僕は深く息を吐いて、椅子に寄りかかった。
外では虫の声。
焚き火の火がゆらゆらと揺れている。
「……地に足つけてスローライフしたいだけなのになぁ」
「君が言うけえ都合がついたら行こうかなぁ」
そうつぶやいた、その瞬間だった。
床の木目が、淡く光り出す。
「…は?」
じわりと広がる魔法陣。
光が、まるで返事をするように波打つ。
(いやいやいや、詠唱じゃないし!? しかも子韻飛ばしていいとか、耳肥えすぎだろ!)
光が爆ぜた。
次の瞬間、僕の目の前に――
サリーと、あの騎士が立っていた。
♢
サリーは息を荒くし、頬が紅潮している。
対して騎士の肩は、ワナワナと震えていた。
「また詠んでくれたのね、セインツロウ…」
「サリー! これはその…!」
彼女はうっとりとした表情で僕を見つめる。
「ねぇ、全踏みじゃなくても頭韻で十三文字…私どうにかなっちゃうよ」
「キサマぁあああっ!」
騎士が叫ぶ。
どう見ても怒ってるのに、頬まで真っ赤だ。
「と、とりあえず! トラブルじゃないから!」
「帰ってもらって大丈夫デス!!」
サリーはにっこりと笑った。
「イヤよ」
「は?」
「呼び出しておいて帰れなんて酷すぎるわ」
(勝手に来たんじゃないか!)
「ねえセインツロウ。もう夜も遅いの。だから、泊めてちょうだい」
「姫様!?」
「あなたがいれば平気でしょう?」
「彼も一緒に泊まらせてくれる? セインツロウ」
僕は両手で顔を覆った。
(僕のスローライフ……)
焚き火の火が、ふっと揺れた。
静かな夜に、妖精の笑い声が混ざった。




