第5話 宿に戻ろう!
俺とアンナちゃんことギルマス(アンディ)は、お互いにソファの対面に座っている。
ちょうど一通り説明したところだ。
フィノア?
アンナちゃんの膝の上だよ。
「ジルマドが私に嘘なんてつけないし、こうやってフィノアちゃんもいるし…信じるしかないわね」
フィノアは完全に固まっていた。
膝の上が似合いすぎるせいで余計にカオスだ。
「ダンジョンの件は、フィノア? なんか知ってるんだろ?」
俺が問いかけると、フィノアは腕輪をいじりながら答えた。
「おそらくだが…私のいた場所は、時間が止まってたんだと思う」
「なるほどね、それだったら説明つくわね」
アンナちゃんが軽く顎を撫でる。
「時間って止まるのか? よくわからねえな」
「概念的な話よ。でもあなたも魔法が使えるようになったのなら、少なくとも理解する努力は必要ね」
相変わらず話が飛ぶヤツだ。わからん。
その一方で、フィノアは別の不安に囚われているようだった。
「だが…本当に契約できたのだろうか?」
「何言っているんだ、魔法使えたじゃねーか」
「契約した者同士には、同じ場所に契約紋があるはずなのだ…」
俺は思わず自分の腕、胸、首元を見回した。
「たしかに、パッと見では、ないよな」
そこへ、アンナちゃんが呆れた声で割り込んでくる。
「あなた達、何言ってるの?」
「ん?」
「あるじゃないの、瞳の中に」
「……嘘だろマジで」
フィノアがびくんと震えた。
「ほあぁ」
アンナちゃんが眉をひそめる。
「ちょっと! フィノアちゃんがとろけてるんだけど」
フィノアは手で自分の頬を押さえ、うっとりしながら呟く。
「瞳に紋…絵本と同じ…ほあぁ」
「こーなっちまうともうダメだ、しばらくかかるぞ」
俺が肩をすくめると、アンナちゃんは大きくため息をついた。
「今日はもういいわ。あなた達、3日も潜ってたってことでしょ? 休みなさい」
「クッタクタだぜほんとによ。ほらフィノア帰るぞ」
「ほあぁ」
「じゃあねフィノアちゃん♪ あ、ジルマド」
「あんだよ?」
「てめぇは今度折檻確定だからな、逃げるなよ」
「心までアンナちゃんにしてやろうか?なあ?」
「クソガキが☆」
アンナちゃんの手を振る声を背にして、俺はフィノアを連れて部屋を後にした。
♢
ギルドマスターの部屋を出て、ロビーへ戻ると——空気がざわついていた。
受付の姐さんと、何やら言い争ってる男がいる。
ああ、見覚えしかない。俺が苦手なタイプだ。
実力は底辺、態度は天井。どこのギルドにも湧いてるんだろうけどさ、苦手だわぁ。
そいつが俺を見つけた瞬間、ニヤァ…っと口角を吊り上げながら近づいてくる。
「おうおうジルマドじゃねえか! ダンジョンはどうした?」
「もう踏破してきたよ、てめぇと違ってな」
「嘘くせえ! そこの女を買い付けに行ってただけじゃねんのか? なあ皆?」
ざわっと周囲が揺れる。
こういうときだけ人が集まるの、ほんと嫌いだ。
俺は低くため息をついて言ってやる。
「…静かにしねえとオヤジが出てくるぞ? 俺は知らねえからな」
「アンナちゃんは関係ねえだろが! オレとお前の問題だ!」
「なんも問題なんてねえだろうがよ」
「いやあるね! お前がこーんな美女を買う金あるわけねえだろが!」
「いや買ってねえし」
「じゃあ盗んできたのか! 冒険者にあるまじき! いかんなあ!」
…こいつマジで殴られたくてしゃべってんのか?
俺が呆れていると、そいつはフィノアに手を伸ばし——腕輪を、乱暴に引っ張った。
「痛っ…」
脳が一瞬、真っ赤に染まった。
俺はゆっくりと、そいつに視線を向ける。
「なにやってんだ、おい…」
「お前には勿体ないから、俺が使ってやろうと思ってなぁ」
「ああ!!?」
瞬間、衝撃波が走った。
雷鳴みたいな爆裂音とともに、そいつの身体が宙を舞い——ギルドの外まで一直線に吹っ飛んでいった。
ドッッッッガァァァァン!
「フィノアは俺のだ!触んな!」
静まり返るギルド。
受付の姐さんが呆然とした顔で俺を見る。
「今のは…魔法…? 本当にジルマドが使えるように…?」
誰も息をしてないんじゃねえかと思うくらい、空気が固まっていた。
俺はフィノアの手を取り、短く言う。
「…帰ろう。行くぞ、フィノア」
フィノアはまだ腕輪を押さえながら、こくりと頷いた。
俺たちは無言のまま、ギルドを後にした。
♢
宿に戻る道すがら、フィノアはずっと周囲を見回していた。
初めての街の空気を吸い込むように、胸いっぱい呼吸している。
宿の扉を開けた瞬間、フィノアの耳がぴくりと揺れた。
「これが、宿…木の匂いがする…」
静かな感想。
あのダンジョンから出てまだ数時間なのに、もう世界を吸い込むみたいに目を輝かせている。
部屋へ入ると、フィノアはベッドを見るなり——
「これが、ベッド?…やわらかぁい…」
ぽふ、と沈み込む音がして、フィノアはそのまま頬を押しつけていた。
見てると和むが、同時に妙な気まずさも湧いてくる。
俺は腕を組み、改めて切り出した。
「なあフィノア、さっきのはお前がやったのか?」
ギルドでの“衝撃波”。
俺はてっきり、フィノアがイラついて魔法を放ったのかと思っていた。
フィノアは振り返って即答した。
「できるわけないだろう。腕輪がこのままだ」
「だよなあ」
一応ホッとする。
とはいえ、俺の魔法暴発の線が確定したんだけども。
フィノアはベッドから身を起こし、まっすぐ俺を見る。
「嬉しくないのか?」
「ただの制御できてない暴発じゃねーか。こえーよ」
「所有欲の暴発?」
「いや魔法だろ、何言ってんだ」
フィノアはくすっと笑った。
からかってるのか、真剣なのか判断できねぇ。
「そればかりは練習して慣れるしかないだろう」
「そうだよなぁ」
落ち着いた空気になるかと思いきや——
フィノアがベッドの上で正座し、ほんのり頬を染めて言った。
「それよりも!」
「なんだよ?」
フィノアは上目遣いで、まっすぐ俺を見つめて言った。
「…初夜なんですけど?」
……は?
脳が一瞬停止。
(このロリババア…! 人が我慢してるってのに…!)
フィノアは期待に満ちた瞳でこちらを覗き込む。
俺はため息を吐き、手で顔を覆う。
「…バカ言ってんじゃねえ。クタクタなんだから、ほらベッド使え」
フィノアがきょとんとする。
「ジルマドは?」
床にゴロンと転がる俺。
「俺はここでいい、さっさと寝ろ」
フィノアは唇を尖らせながらも、そっと布団をかぶった。
「むぅ…おやすみ」
「あぁ」
二人の距離は近くて遠い。
奇妙な緊張を残したまま、ゆっくり夜が更けていった。
…寝れるわけねえだろが!




