第4話 ギルマスはみんなのアイドル
まるで――
「はいはい、もう用済みだから帰ってね〜」
と言われているかのように、ダンジョンでは何も起こらなかった。
転移トラップの魔法陣は跡形もなく消えてるし、あのゴーレムも影すら残ってねぇ。
床に残された傷跡すら見当たらない。まるで全部“なかったこと”になったみたいだ。
「…嫌な予感しかしねぇな」
フィノアを連れて出口に向かうと、眩しい光が目に刺さる。
外は――すっかり日が高くなっていた。
「昼か? いや、もうちょっと経ってるか?」
体感だと、3日は潜っていた。
フィノアに会うまでに丸一日。
それに鎖切りと空間トラップ突破で散々動いたんだ。疲れもバッチリ3日分だ。
外気に触れたフィノアが肩をすくませる。
「これが外の風…」
「おう、急ぐぞ。街に戻る」
そうして俺達は道を引き返した。
フィノアはまだ腕輪が外れていないから、ときどきカランと金属音が鳴る。
足音よりその音が妙に耳につく。
街につく頃には、腹が減って胃がきしんでいた。
♢
ギルドの扉を開けると、いつもの姐さんがカウンターからこっちを見た。
「あっ…ジルマドじゃないか。なにやってるんだい?」
「何って、ダンジョンから戻ってきたのさ」
「…アンタまだ酔ってるのかい? 仕事中にってのは感心しないね」
「姐さん、俺は素面だ。三日くらいは潜ってたはずだぜ?」
姐さんの眉がピクリと跳ねた。
「…アンタ、依頼を受注したのは昨日だよ」
「は!? 何言ってんだよ姐さん!」
「アンタ、今朝にはダンジョンにつくように出るって言ってたじゃないか」
…寒気が走った。
フィノアが俺の袖をそっと引っ張る。
「ん?」
見ると、“知ってる顔”をしている。
「ジルマド……」
いやな予感がするな、おい。
姐さんはフィノアにも目を向けてきた。
「その娘はどうしたんだい? …まさかアンタ」
「姐さん、マジでカンベンしてくれ…」
「いやいや、ほんとにどうしちまったんだい?」
ここで話しても埒があかない。
覚悟を決めるしかねえな。
「すまねぇ姐さん。…オヤジを呼んでくれ」
姐さんは固まった。
「呼ぶって…ここに?」
「いや、俺が行く。頼むよ」
「…聞いてくるから、待ってな」
受付の前で待つ俺とフィノア。
フィノアが小声で聞いてきた。
「…オヤジ? 父親ではないのだろう?」
「ここのギルドマスターの愛称だよ。だけどな…」
「なんだ?」
「本人の前で絶対言うんじゃねぇぞ」
フィノアはぽかんとしていたが、今理解する必要はない。
姐さんが奥から戻ってきて、「いいってさ」と頷いた。
俺とフィノアはギルド奥の廊下を進む。
奥の扉――ギルドマスターの部屋の向こうから、
パンッ! バシィ! と、何か叩く音と、微妙に悲鳴っぽい音が聞こえてくる。
…気のせいだろう。
扉の前で深呼吸し、ノックする。
「…アンナちゃん、俺だ。ジルマドだ」
「…入って頂戴」
その声に従って、俺は扉を開いた。
♢
扉を開けた瞬間、まず目に飛び込んできたのは——引き締まった長身の女の背中だった。
片側だけ刈り上げた髪。
黒いタンクトップに、無駄のない筋肉。
そして足元では、ギルドの新人らしきガキが正座し、肩を震わせていた。
(…うん、あの悲鳴はコイツか)
俺を見るなり、女は手に持っていた木刀を肩に担ぎ直し、満面の笑みで振り返った。
「あらぁ〜ジルマドじゃない。どうしたの?」
ギルドマスター、アンナちゃんだ。
見た目は完全に屈強な武闘派の姉ちゃん。
でも声と立ち振る舞いは、なんか妙に可愛い。
「アンナちゃん、それ何やってるんだ?」
俺が指さすと、アンナちゃんは頬をぷくっと膨らませた。
「ああこれ? この子ったらね、ルールを守らないの!」
「この場末ギルドの最低限のルールですら! ひどくない?」
木刀をコツコツと新人の頭に当てながら、誇らしげに言う。
「だから折檻してるの♡」
「まぁ……ほどほどにな」
新人は涙目で俺を見るが、知らん。
自業自得だ。
横ではフィノアが完全に状況を理解できず、
青い髪を揺らしながら目をぐるぐるさせている。
(まぁ……そうなるよな)
俺はフィノアの背中を軽く押す。
「アンナちゃん、紹介するぜ。こいつはフィノア」
「フィノア、ギルドマスターのアンナちゃんだ」
アンナちゃんは目を細めると、フィノアの顔を覗き込んだ。
「あら、あなた…妖精さんね?」
「わかるのか?」
「一度だけ会ったことあるのよ。昔ね」
フィノアはますます混乱して、俺の袖を握ってきた。
「……もう限界だジルマド! 教えてくれ! 訳が分からない!」
「フィノア落ち着け。アンナちゃん? 先に説明してもいいか?」
アンナちゃんは軽くウインクしてきた。
「いいわよ? 妖精さんなら仲良くしたいし、
なによりカワイイじゃないの♡」
フィノアが一層固まる。が、気にしてられん。
「いいかフィノア…俺たちのギルドマスター“アンディ”はな…大魔法使いなんだ」
アンナちゃんの目が吊り上がった。
「…おい、ジルマドぉ? てめぇ今なんつった? あ?」
「説明するぞって言っただろがクソオヤジ!」
「私は“みんなに愛されるギルドマスター、アンナちゃん”だろが!! このクソガキが!!!」
フィノアは青ざめたまま呟いた。
「…余計わからぬ…」
俺は深く息を吐き、諦めて全部言う。
「オヤジはな! 伝説級の五文字韻を踏んだ詠唱をして! 女になったんだよ!!」
アンナちゃんは胸に手を当ててニコッと笑った。
「ホントは七文字よ♡ 内緒だからねっ♪」
フィノアは口をぱくぱく開閉させる。
「…なんということだ…」
アンナちゃんは指を鳴らし、言葉を続けた。
「まぁ、ほとんど事故だけど…じゃあ、次はあなたの番よ?」
フィノアの青い髪が、ぞわっと逆立った。
俺は急いで割って入る。
「アンナちゃん、まずは顛末を聞いてくれ、ダンジョンで何があったか全部話す」
「はいはい、ジルマドの話は好きよ〜♡ フィノアちゃん、こっち来なさい?」
フィノアは一歩後ずさった。
(…だよな)
こうして俺とフィノアは、ダンジョンの出来事すべてをギルドマスター《アンナちゃん》に話し始めた。




