第1話 鎖の妖精と底辺冒険者
頭がズキズキする。
目の奥で誰かが金槌を振り回してる感覚で目が覚めた。
「…あぁーくそ。酒、残ってんじゃねぇか」
昨日の夜、安酒場で飲みすぎたツケがこれだ。
口の中は砂漠みたいに乾いてるくせに、胃の中はまだ何か暴れてる。
ここは国のの端っこの街——そのまた端っこにある冒険者ギルドへ向かう。
朝の空気が冷たいのに、頭が全然冴えてこねえ。
歩きながら、酔い覚ましがてら、いつもの底辺人生を一応振り返ってみた。
先輩?
デカい依頼を求めて街を出て、そのまま帰ってこねぇ。
同期?
墓の下でゆっくり熟睡中だ。
後輩?
んなもん最初からいねぇ。
こんなギルドの端っこで生き残れる奴なんてそうそういねぇんだよ。
だからオレは——魔法も使わず、仲間も持たずに、ずっと一人で底辺を這いまわってきた。
ギルドの扉を押し開けると、見慣れた受付の姐さんが眉根を寄せた。
「ジルマド!…あんた、生きてたの?」
「ギリだ」
「死人みたいな顔して何しにきたのさ」
「金がねぇ」
一言で、姐さんの表情が諦め顔になる。
「またツケの相談?」
「違う。今日はいっちょ、真面目に依頼受けに来た」
姐さんは手を止めて、オレの顔をまじまじ覗き込んだ。
「…本気で言ってんの?」
「ああ。ちょっと金が入り用でな」
「アンタがそれ言うときって、だいたいロクでもないんだよねぇ」
図星すぎるけど、今は聞き流す。
姐さんが封筒をオレに渡してくる。
ギルドの封蝋が押された“指名依頼”。
内容は——未踏破ダンジョンの調査。
最奥の確認。
可能なら回収。
死ぬな。
死ぬな、って書くくらいには危険ってことだ。
報酬は…おぅ悪くない。
いや、むしろ今のオレには破格だ。
「行くか」
紙を渡すと、姐さんが顔をひきつらせた。
「やめときなよジルマド。あんた魔法使えないでしょ?」
「使えねぇよ」
「詠唱も知らないんでしょ?」
「知ってるさ。“声に出して韻踏まないと妖精に嫌われる”とかなんとか」
「それ“知ってる”って言わないよ…」
姐さんはため息を吐きながら依頼書に受諾の判を押す。
「…はい。好きにしな。遺品整理はしたくないから、生きて戻ってきな」
「努力はする」
努力でどうにかなる相手じゃなかったら、もう知らん。
装備を整えてギルドを出る。
この時のオレは、二日酔いの頭で「早く片付けて金にしよう」くらいのことしか考えてなかった。
♢
街外れの黒い山肌に、ぽっかりと洞窟が口を開けていた。
何で今まで見つかんなかったんだコレ。
「…まぁ、やるしかねぇか」
腰の剣を確認し、荷物を締め直して洞窟へ踏み込んだ。
未踏破ダンジョンって聞いてたが、たしかに荒らされた形跡はまるでない。
血の跡も、焦げた魔法痕も、武器の欠片も落ちてない。
マジでこれは完全な手つかず。
どこが危険だ、と思いたくなるほど静かだ。
壁側を歩きながら、注意深く進んでいく。
ほとんどの冒険者が死ぬ理由は、魔物に真面目に相手しすぎることだ。
オレみたいに避けてりゃ意外と死なない。
松明に火をつけると、ぱち、と乾いた音が響いた。
正直、魔法の灯りの方が便利だ。
だがオレには詠唱なんざ無理だ。
詠唱は——
“声に出す”
“韻を踏む”
その二つを満たさねぇと妖精が力を貸さないらしい。
「隠密性ゼロじゃねぇか…」
ぶつぶつ文句を言いながら、慎重に階段を降りていく。
何階層か下りたところで、空気の流れが止まった。
「…行き止まり?」
嫌な予感がして、オレは松明を高く掲げた。
そこで目に入ったのは、黒い魔法陣。
床一面に刻まれていて、中心から薄い煙のようなものが立ち上っている。
「…なんだこりゃ」
調べようと一歩近づいた瞬間——
ドンッ!
「うおっ!?」
背中を何かに押された。
振り返れば岩のような腕が見えた。
ゴーレムだ。
避ける余裕もなく、その一撃でオレは魔法陣の中央に叩き込まれ——世界が、ひっくり返った。
光と影が一瞬反転し、吐き気と耳鳴りが混ざって、足元の感覚が消えた。
そして——
「…どこだよ、ここは」
目を開けると、
そこはもう、さっきのダンジョンじゃなかった。
♢
転移先は、さっきよりもさらに深い闇の中だった。
「……マジかよ。転移トラップってやつか?」
松明の火がかすかに揺れて、薄い石壁を照らす。
風は吹かず、音もない。
完全に閉じられた空間だ。
とりあえず現状確認だ。
荷袋は無事、剣もある。松明は…これだけ。
だからオレは、松明頼りで歩くしかない。
「…っと」
通路を慎重に進むと、急に視界が開けた。
広間だ。
丸い天井、広い床、四方の壁。
そして——広間の中央。
松明の光が、その“なにか”を照らした瞬間、オレは足を止めた。
「…なんだ、あれ?」
鎖。
太い銀の鎖が床と天井から伸びて、中央に“誰か”を繋ぎとめている。
近づくと、それは——
透き通る青髪に、白い肌。
ぼろぼろの衣。
細い腕足に、重く光る鎖。
信じられないくらい綺麗な女だった。
でも、まるで死んだように動かない。
「…こりゃあなんだ? 生贄か?」
その瞬間——
「…ここは牢獄だよ、私専用の」
「うおっ!? しゃ、しゃべった!?」
女が顔を上げた。
人形みたいな顔立ちのくせに、声はよく通る。
「失礼な言い分じゃないか」
「い、いやすまない…となるとオレはこの場所に転移されたのか」
「そのようだね。ここには出口なんてないよ、残念だけど」
「…はぁ? マジかよ」
床と壁を軽く蹴ってみる。
触れば触るほど嫌な気配しかしない。
「お前は…一体」
「そんなこと、もう忘れてしまったよ」
いやあんた歳いくつだってんだよ。
鎖に一度触れてみたが——
「硬っ…なんだこの素材。なんとかすればいいのか?」
「やめときな。どんな武器だって砕けないよ」
オレは舌打ちし、松明の影で彼女の顔をもう一度見る。
松明の火に照らされて浮かび上がったその姿は…息が止まるほど整っていた。
「お前…ちゃんと見ると、とんでもなく美人じゃないか。まさか妖精さんかい?」
妖精って、ギルドで聞いた話だと、気まぐれで、強くて、ろくでもない存在——のはずだが。
「褒めたってなにも出やしないよ」
肩をすくめるその仕草まで妙に絵になる。
そして、オレの脳裏に酒場で聞いた噂話がよぎった。
「前に酒場で聞いたことがある。妖精と契約する一族がいるってな」
女は目だけこちらに向けてくる。
「妖精と契約すると魔法が使えるって噂だぜ。どうなんだよ?」
女の瞳が揺れた。
「まさかお主…」
オレは不敵に笑って言った。
「そのまさかだよ。俺と契約しろ。一緒に助かろうぜ?」
沈黙。
女は、まるで胸の奥を掴まれたような顔で小さく震え——
「なんで…!? …私は極悪人かもしれないのだぞ…?」
そこで、オレは決めた。
こいつはたぶんヤベェやつだ。
普通の男なら即逃げるだろう。
だが——
「残念だったな」
「???」
「俺は、ロリババアが大好きだ!」
広間に声が反響する。
女の目が、きょとん、と丸く開いた。




