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韻踏み評価SSSで勝手に姫を召喚した僕、妖精界にモテて困る(予定は未定)  作者: vincent_madder
転生娼女のやり直し

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第3話 心がシーソーゲーム

城の回廊を歩くたびに、まだ“夢の中”みたいな気がしてならなかった。


石畳は薄く光を反射し、外の庭園からは花の匂いが風に乗って流れ込んでくる。


どこを見ても眩しくて、息をするだけで胸の奥が少しくすぐったい。


娼館で見た世界とはまるで違う。


けれど、こんな場所にアタシがいていいのか、いまだに分からない。


そんなことを考えながら歩いていた時だった。


向こうの廊下の角を曲がって、まるで絵画から抜け出したような女性が現れた。


その後ろには侍女が五人、きっちり整列して歩いてくる。


空気が一段、澄んでいく。


白いドレスの裾が床を滑るたび、香のような匂いが漂った。


ザナ「あなたが人間の女?」


その声は、柔らかいのに冷たかった。

まるで温度を持たない光のような声。


一瞬で“立場”が理解できた。


(まーたキレイ娘が現れた)


美しい、の一言では足りない。

目元に意志があって、口元に自信がある。


見とれている間に、もう距離が詰まっていた。


「私の名前はザナ。レフの婚約者って言えば分かる?」


ああ、やっぱり。

この妖精界の“完璧ヒロイン”枠、きたな。


一瞬の隙も見逃さないようなバチバチの視線。

アタシも引くわけには、いかない。


「ルメイラよ、話は聞いてるわ」


と言いながらも、喉の奥がカラカラになっていく。だって彼女、怖いくらいに近いんだもの。


ザナがさらに一歩前に出た。


アタシの手を両手で包み込むように握る。


「レフから聞いたわ!なんて可哀想!ずっとここにいていいのよ!」


あまりの勢いに、思わず目を瞬いた。

(うそーん、めっちゃいい娘やん)


驚いた。

この美貌で、心まで綺麗とか、どうなってんのこの世界。


温かい掌の感触に、思わず身体の力が抜けた。

その瞬間、胸の奥で何かがほどけていく。


「信用してもいいのかも」と、ほんの少しだけ思えた。


侍女たちが小さく頭を下げる。

ザナが微笑むと、空気まで柔らかくなる。


この人がいるだけで、城全体の温度が変わるみたいだった。


――アタシみたいな人間でも、この場所で笑っていいの?


そんな小さな希望と、どうしようもない罪悪感が、胸の中で同時に揺れていた。



夜は、昼より静かで、昼より怖い。


そんな当たり前の感覚が、今になってやっと戻ってきた。


天蓋のカーテンを閉めても、外の月光がうっすら差し込んでくる。


蝋燭の炎がゆらゆらと揺れ、天井に金の影を作っていた。


昼間――ザナと出会った日の光景が、まだ脳裏に残っている。


あんな風に真正面から“気遣い”を受けたのは、生まれて初めてかもしれない。


いや、前の人生を合わせても、あんな風に手を握られた記憶はない。


それがどうしてか、胸の奥で重く疼いていた。

優しくされると、苦しくなる。


幸福の輪郭を触るたびに、痛い。

そして、卑しいアタシの下腹部は、欲望を満たせと、全て台無しにしてしまえと囁く。


夜が訪れるたび、どうにかなりそうだった。

その感覚が抜けないまま、扉がノックされた。


「どうぞ」と返すと、いつも通りの穏やかな顔でレフが入ってきた。


彼は相変わらず整った姿勢で、だけどどこか疲れているように見える。


きっと今日も、ザナの婚約者として公爵家長男として、まあ色々あったんだと思う。


「ねえレフ?」


呼びかけた声が少しだけ震えた。

沈黙が一拍置いてから、穏やかな声が返ってくる。


「どうした?」


「…ザナっていい娘ね。今日挨拶したの」


レフがわずかに目を細めた。

蝋燭の火が彼の瞳に映って、淡い光がゆらぐ。


「あぁ、私にはもったいないくらいのな」


「この城のみんなも一緒、とってもいい人、いや妖精ばっかり」


言葉にすると、胸の奥のもやもやが少しずつ溶けていく。


でも、それは同時に――自分だけが異物みたいな疎外感を際立たせた。


「ここにいるのが怖い」とは言えなかった。


でも、レフには伝わっていた気がする。

背を向けて立ち上がった彼の後ろ姿が、どうしようもなく遠く見えた。


気づけば、手が伸びていた。

レフの背中に、そっと腕を回して抱きつく。

温かかった。


それだけで涙が出そうになる。


「だから、レフ、その、溜まってるでしょ?」


唐突な言葉に、自分でも息を飲んだ。

何を言ってるのアタシ。でも止まらない。


「…何を言っている」


「いいのよ? アタシを使っても…」


自分の声が遠くに聞こえた。

羞恥と興奮、どっちか分からない熱が喉を這い上がってくる。


アタシ、手が震えていた。

“怖い”のと“嬉しい”の中間みたいな感情。


頭では止めたくても、身体が勝手に反応してしまう。


「他に恩の返し方知らないもの」


その瞬間、レフの手がアタシの手を掴んだ。

温度が一気に冷える。

静かに、けれど決定的な力で手を引き剥がされる。


「自分を安売りするな愚か者!」


怒鳴り声が、部屋の壁に反響した。

蝋燭の炎がびくりと揺れ、影が跳ねる。


アタシは息を呑んで固まってしまった。


怒られるのが怖い。

怒鳴られることがこんなに痛いのは、初めてだった。


涙が勝手にこぼれる。

目の奥が熱い。


「だってぇーどうしたらいいのか、わかんないんだもんー」


声が嗚咽に変わる。

レフがその肩を掴み、ゆっくり抱き寄せた。


「詠んでくれルメイラ。あの日と同じように」


あの日――初めてアタシがレフに「詠唱を美しい」と言われた夜。


彼が来たあの瞬間を、思い出した。


「キミの詠唱で私が惚れた時、キミを抱くと約束しよう?」


一瞬、言葉の意味が理解できなくて息が止まる。

次に、胸の奥から何かが溢れた。


「グズッ、婚約破棄しちゃうの?」


震える声。

レフが少しの間だけ沈黙した。

そして、静かに微笑んだ。


「…それはしない」


「…うわーん!」


優しい声だった。

でも、どこか哀しさが混じっていた。

アタシはそのまま、彼の胸の中で泣いた。


外では風が吹き、遠くの噴水が小さく歌っている。


あたたかいのに、切ない。


レフはアタシが泣き止むまで、ずっとそばにいてくれた。


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