質問コーナー
(休憩室からスタジオに戻った対談者たち。先ほどの幕間の穏やかさが少し残っているものの、再び討論の場としての緊張感が戻りつつある。照明も通常に戻り、あすかが中央でにこやかに立っている)
あすか:「さて皆さま、短い休憩を挟みましたが、議論の熱気はまだ冷めやらぬ、といったところでしょうか。最終ラウンドの前に、ここまでの白熱した議論の中で、特に印象的だったご発言や、もう少し詳しく伺いたいと感じた点について、わたくしからいくつか質問させていただきたいと思います。」
(対談者たちを見渡し)
「このコーナーで、皆さまのお考えをさらに深く理解させていただければ幸いです。よろしいでしょうか?」
(4人がそれぞれ頷くのを確認する)
あすか:「では、まず…オスカー・ワイルドさんにお伺いします。」
(ワイルドに向き直る)
「ワイルドさんは先ほど、ルッキズムの問題の本質を、人々の判断基準の『凡庸さ』や『偽善』にある、と大変辛辣に、しかし示唆的に語られました。また、『人生で大切なのは、スタイルだけだ』ともおっしゃっています。この『スタイル』とは、単なるお洒落や見かけの良さだけを指すのでしょうか?そして、その『スタイル』を持つことは、凡庸さや偽善から抜け出す鍵になるとお考えですか?」
オスカー・ワイルド:(待ってましたとばかりに、軽く指を鳴らす)
「良い質問だ、マドモアゼル。実に良い質問だ。…『スタイル』。ええ、それは単なる服装のことではありませんよ、もちろん。それは、生き方そのもの、思考の仕方、言葉の選び方、振る舞い…つまり、自己をいかに『表現』するか、その総体です。」
(少し考えるように宙を見つめ)
「そして、なぜ『スタイル』が重要か?それはね、凡庸さや偽善というのは、多くの場合、思考停止と、借り物の価値観にしがみつくことから生まれるからです。皆が同じような服を着て、同じようなことを考え、同じような『正しさ』を信じ込んでいる…これほど退屈で、醜悪な光景がありましょうか?」
(再びあすかを見て、にっこり笑う)
「『スタイル』を持つということは、自分自身の美意識を持ち、社会のくだらない規範に盲従せず、独自の価値判断で世界を見ること。それは、たとえ少数派であっても、自分自身の『真実』を貫く勇気を持つことです。だからこそ、真の『スタイル』を持つ人間は、凡庸な偽善とは無縁なのです。…まあ、そのせいで社会から爪弾きにされることも多いのですがね。」
(肩をすくめる)
あすか:「なるほど…『スタイル』とは、外見だけでなく、内面から滲み出る独自の価値観と、それを貫く生き方そのものである、と。深いお言葉、ありがとうございます。」
(次にソクラテスに向き直る)
「では、ソクラテス先生。先生は一貫して『魂こそが重要であり、外見で判断すべきではない』と主張されました。それは真理だと思いますが、現実問題として、私たちは日々、初めて会う人々と接しなければなりません。その際、私たちは相手の何を『手がかり』にして、その人を評価、あるいは理解しようと努めるべきなのでしょうか?見た目以外に、私たちが注目すべき点は何でしょうか?」
ソクラテス:(腕を組み、厳しい表情で、しかし言葉を選びながら)
「ふむ…難しい問いじゃな。じゃが、答えは単純じゃ。それは『言葉』と『行動』、そしてその奥にある『一貫性』じゃ。」
(あすかをまっすぐに見据え)
「初めて会う人間を、瞬時に理解することなど不可能じゃ。それは神ならぬ人間の限界よ。じゃからこそ、我々は焦って判断を下してはならん。まずは、相手の語る『言葉』に耳を傾ける。その言葉に、知性や誠実さ、あるいは虚飾や欺瞞が滲み出てはおらぬか?次に、その者の『行動』を見る。語る言葉と、実際の行いは一致しておるか?困難に直面した時、どのような選択をするか?」
(少し間を置いて)
「そして最も重要なのは、それらが長きにわたって『一貫』しておるかどうかじゃ。善き魂を持つ者は、その言葉と行動に、おのずと一貫した『徳』が現れてくるものじゃ。見かけの良さや弁舌の巧みさに惑わされず、時間をかけて、注意深く、相手の魂の『在り様』を見極めようと努めること。…それこそが、我々がすべきことではないかな。」
あすか:「言葉と行動、そしてその一貫性…時間をかけて相手の魂を見極める努力が必要なのですね。ありがとうございます、先生。」
(次にフリーダに向き直る)
「フリーダさん。あなたはご自身の経験と作品を通して、社会が押し付ける美の基準に抵抗し、『真実の私』を描き続けることの重要性を語ってくださいました。その『真実の私を描く』という行為は、ルッキズムという社会の病に対して、どのような力を持つとお考えですか?それは、あなたご自身の解放であると同時に、他の人々へのメッセージでもあるのでしょうか?」
フリーダ・カーロ:(力強く頷く)
「ええ、その通りよ。私が自分自身を描くこと…それはまず、何よりも私自身の闘いなの。」
(自身の胸に手を当てる)
「事故で砕けた身体、消えない痛み、そして社会からの『普通じゃない』という視線…。それら全てが私の一部よ。それを隠したり、無理に『美しく』見せようとしたりすることは、自分自身を否定することになる。だから私は、ありのままの…傷ついた身体も、繋がった眉も、心の痛みも、全てキャンバスに叩きつけるの。」
(目に力がこもる)
「それは、私という存在の肯定よ。『これが私だ!文句があるか!』っていう叫びなの。そして、それは同時に、同じように社会の『普通』や『美しさ』の枠からはみ出して、苦しんでいる全ての人々へのメッセージでもあるわ。『あなたも、あなたのままでいいんだよ』と。『あなたの痛みも、あなたの醜さも、全てあなた自身の一部であり、そこにこそ真実の美しさがあるんだ』と。」
「ルッキズムなんていうくだらない病に、魂まで蝕まれる必要はないのよ。自分自身でいること、それこそが一番の抵抗であり、解放なの。」
あすか:(フリーダの言葉に深く頷き)
「ありのままの自分を肯定し、表現すること自体が、ルッキズムへの抵抗であり、他者へのエンパワーメントにもなる…力強いメッセージ、ありがとうございます。」
(最後にクレオパトラに向き直る)
「クレオパトラ様。あなたは、美貌を『力』として戦略的に用いることの重要性を説かれました。その一方で、先ほどの幕間では、真実の自分を理解されない苦悩も吐露されましたね。…少し立ち入った質問かもしれませんが、もし、時間を遡れるとしたら…ご自身の美貌が、それほどまでに注目されなかったとしたら、あなたの人生は、より幸福だったと思われますか?その『力』と引き換えに失ったものもあると、お感じになりますか?」
クレオパトラ:(一瞬、遠い目をして何かを思い出すような表情を見せるが、すぐに毅然とした女王の顔に戻る)
「…もしも、の話は好みませんわ。歴史に『もし』はありませんから。」
(静かに、しかしはっきりとした口調で続ける)
「ですが…そうね、もしわたくしが、ただの…平凡な容姿の王女であったなら。ローマの英雄たちが、見向きもしなかったかもしれない。エジプトは、もっと早くにローマに併合されていたやもしれません。わたくしは、あるいは穏やかな人生を送れたかもしれないけれど、国は…民は…どうなっていたか。」
(あすかを見つめる)
「失ったもの…それは、名もなき女性として生きる平穏な時間だったかもしれない。けれど、わたくしは女王として生まれ、女王として生きる道を選んだ。そのために、与えられた全ての札…知性も、財力も、そして…この容貌も、全て使う必要があった。後悔はありませんわ。それが、わたくしの果たさねばならぬ運命でしたから。」
(わずかに寂しげな笑みを浮かべる)
「ただ…時折、思うことはありますわ。わたくしの言葉や知恵だけが、純粋に評価される世界であったなら…と。けれど、それは叶わぬ夢。わたくしは、与えられたこの世界で、最善を尽くした。それだけですわ。」
あすか:(クレオパトラの言葉を静かに受け止める)
「…女王としての覚悟と、その裏にある複雑な想い…お話しいただき、ありがとうございます。皆さま、貴重な補足をいただき、議論がさらに深まったように感じます。」
(全体を見渡し、穏やかな表情で)
「さて、名残惜しいですが、そろそろお開きの時間が近づいてまいりました。最後に、皆さまから一言ずつ、この『歴史バトルロワイヤル』を締めくくるお言葉を頂戴したいと思います。」
(エンディングへと向かう、静かで余韻のある音楽が微かに流れ始める)