幕間:休憩室にて
(舞台はスタジオ隣の休憩室。壁の一部には古代エジプトのパピルス風の装飾とギリシャの柱頭のレリーフが施され、別の壁にはヴィクトリア朝風の深紅のベルベットが掛けられ、アステカ模様の鮮やかな織物がアクセントとして飾られている。部屋の中央には簡素な木のテーブルと椅子、窓際には緑のビロード張りの肘掛け椅子が置かれ、メキシコのサボテンが窓からの柔らかな光を受けている。コーヒーや紅茶、水、果物などが用意されている)
(ラウンド3の激論の熱気を引きずりながらも、どこか解放された様子で、4人が休憩室に入ってくる。案内人のあすかは、そっとドアを閉め、彼らだけの空間を作る)
フリーダ・カーロ: (ソファにどっかりと腰を下ろし、大きく息をつく。額の汗を手の甲で拭う)
「…はぁ…疲れた…。あんなに叫んだのは久しぶりよ…。」
オスカー・ワイルド: (優雅に肘掛け椅子に身を沈め、用意されていた紅茶を手に取る。フリーダを見て、ふっと口元を緩める)
「おやおや、カーロさん。実に情熱的な独白でしたな。あの哲学者先生でさえ、少し気圧されていたご様子。舞台女優も顔負けの迫力でしたよ。」
フリーダ・カーロ: (ワイルドを睨むが、その目には先ほどの怒りはなく、疲労の色が濃い)
「…舞台じゃないわよ、オスカル。あれが私の人生なの。」
ソクラテス: (木の椅子に腰掛け、水差しから杯に水を注ぎながら、フリーダの言葉に静かに頷く)
「…ふむ。言葉は荒かったが…その魂の叫びには、偽りはなかったな。カーロとやら。…見かけによらず、芯の強い女じゃ。」
フリーダ・カーロ: (少し驚いたようにソクラテスを見る)
「…あら、哲学者先生に褒められるなんて、槍でも降るんじゃないかしら。」
クレオパトラ: (窓の外を眺めていたが、ゆっくりと振り返る。彼女もどこか疲れた表情を見せている)
「…わたくしも、少し言い過ぎたかもしれませんわね。カーロさん。あなたの痛みを、頭では理解できても、本当の意味では…。」
(言葉を切り、フリーダから視線を逸らす)
「…国を背負うというのは、時に心を麻痺させなければやっていけませんの。感傷は、為政者にとっては贅沢品ですから。」
オスカー・ワイルド: (紅茶を一口すすり)
「為政者の感傷ねぇ…。しかし、我々芸術家にとっては、感傷こそが創作の蜜となり得る。矛盾していますな、世の中というものは。」
(フリーダに向かって)
「しかし、カーロさん。あなたのあの言葉…『誰が決めた物差しなのか』。あれには、私も心の底から同意しますよ。くだらない基準に、人々がいかに縛られていることか!」
フリーダ・カーロ: (少し表情を和らげ)
「…あなたも? あなたは、その基準を楽しんでいるように見えたけど。」
オスカー・ワイルド: 「楽しむ、ですと? とんでもない! 私は、その基準の馬鹿馬鹿しさを笑い飛ばし、挑発し、そして…利用していただけですよ。まあ、そのせいで酷い目に遭いましたがね。」
(自嘲気味に笑う)
「結局、私も、あなたと同じように…世間の『物差し』に裁かれた人間なのですよ。美を追求した罪でね。」
ソクラテス: (ワイルドの言葉に、ふむ、と考え込む)
「…なるほどのう。そなたもか、作家先生。わしも、『若者を堕落させた』とか、『国家の信じる神々を信じなかった』とか…全く身に覚えのない罪で、毒杯を呷ることになったからのう。」
クレオパトラ: (静かに頷く)
「…わたくしも同じですわ。ローマの民衆は、わたくしを『ナイルの魔女』と呼び、あらゆる悪徳の象徴のように語りました。彼らは、本当のわたくしを見ようともせず、ただ都合の良い物語を作り上げたのです。」
フリーダ・カーロ: (4人の顔を順に見渡し、ふっと息を吐く)
「…そうね。女王も、哲学者も、作家も…そして私も。みんな、本当の自分とは違うレッテルを貼られて、誤解されて、そして…時には、それで破滅させられたりもした。」
(少し寂しげに笑う)
「なんだか…変な感じね。舞台の上ではあんなにいがみ合っていたのに。休憩室に来てみたら、私たち、意外と似た者同士なのかもしれないわね。」
オスカー・ワイルド: 「ふふ、実に皮肉な共通点ですな。『理解されない』という一点において、我々は固く結ばれている、と。」
ソクラテス: 「理解されぬことは、必ずしも不幸ではない。己の信じる道を歩む者にとっては、むしろ当然のことやもしれん。じゃが…やはり、寂しいものよのう。」
(珍しく、少し感傷的な響きが声に混じる)
クレオパトラ: (カップに注がれた水を一口飲む)
「ええ…本当に。どれほど強くあろうとしても、心のどこかで、真実の自分を分かってほしいと願ってしまう…それが人間というものなのかもしれませんわね。」
(しばし、穏やかな沈黙が流れる。激しい討論の後、互いの意外な共通点を見つけ、わずかな安らぎと共感が休憩室を満たしている。窓の外のサボテンが、静かに彼らを見守っているかのようだ)




