ラウンド3:ルッキズムは悪か、自然か?
(スタジオの空気は、前のラウンドの知的な雰囲気から一転し、重く、緊張感を帯びている。各対談者の表情も真剣そのものだ。あすかが、やや硬い表情で口を開く)
あすか: 「ラウンド2、ありがとうございました。美の基準がいかに多様で、そして曖昧なものであるか、深く考えさせられました。しかし…その曖昧な基準によって、人が判断され、時には傷つけられる現実がある…。そこで、ラウンド3では、この問題の核心、倫理的な側面に踏み込みたいと思います。【ルッキズムは悪か、自然か?】…見た目で人を判断することは、道徳的に許されることなのでしょうか? それとも、抗いがたい人間の性なのでしょうか? …ソクラテス先生、まず、この問いについて、先生のお考えをお聞かせいただけますか?」
ソクラテス: (待っていたとばかりに、厳しい表情で語り始める。その声には強い怒気が含まれている)
「悪か、自然か、じゃと? 愚かな問いじゃ! 決まっておる、それは紛れもない『悪』であり、『不正義』じゃ!」
(拳で再びテーブルを叩く)
「考えてもみよ! 人間の本質はどこにある? その魂にじゃ! その知性に! その徳に! それを差し置いて、一時的な肉体の容貌…いわば、魂の容れ物に過ぎぬもので、人の価値を決めつけ、選別するなど! これ以上の『不正義』があるか!? それは、真実から目を背け、影ばかりを追いかける、理性を欠いた魂の病に他ならん!」
(他の対談者を睨みつけるように)
「わしが見てきたアテナイの市民たちもそうじゃった。弁舌の巧みさや家柄、そして見た目の良さで人を判断し、真の『善』を知ろうともせんかった! その結果、国はどうなったか! 衆愚政治に陥り、破滅へと向かったではないか! 見た目に惑わされることは、個人の魂を貶めるだけでなく、社会全体をも蝕む、断じて許されざる『悪』なのじゃ!」
フリーダ・カーロ: (ソクラテスの言葉を受け、自身の経験を重ねるように、震える声で話し始める)
「…悪、そうね…。でも、それはもっと…個人的で、生々しい『痛み』なのよ。」
(彼女の目は潤んでいるが、その奥には強い怒りの炎が宿っている)
「あなたたちは知らないでしょう!? ただ『普通』と違う、ただ社会が決めた『美しさ』の枠に収まらないというだけで、どれだけ冷たい視線に晒され、心無い言葉を投げつけられ、まるで存在しないかのように扱われるか! 事故で砕けた私の身体、男のような眉、ヒゲ…それらを人々は好奇の目で見て、笑いものにした!」
(クレオパトラとワイルドを交互に見ながら)
「あなたたちが言う『美しさ』や『スタイル』とやらのために、どれだけの人間が、私のように『醜い』というレッテルを貼られ、自分を否定され、心を殺されてきたと思っているの!? あなたがその『力』を振るう時、あなたがその『美学』を楽しむ時、その陰で押し潰されている人間の痛みを、考えたことがあるの!?」
(その言葉は、スタジオの空気を切り裂くように響く)
クレオパトラ: (フリーダの激しい言葉にも、表情をほとんど変えずに応じる。声はあくまで冷静だ)
「…カーロさん、あなたの経験された苦しみは、察するに余りありますわ。ですが…。」
(少し間を置いて)
「それが『現実』というものではないかしら? 人は、残念ながら、見た目で判断する生き物ですのよ。それは、良いか悪いかという以前に、避けがたい事実。虎が獲物を見定めるように、鳥が鮮やかな羽で求愛するように、人間もまた、無意識のうちに外見から多くの情報を読み取り、判断を下している。それを全て『悪』だと断じて、理想論だけを唱えていても、世の中は変わりませんわ。」
(ソクラテスに向き直り)
「哲学者、あなたが言う『魂の善』も結構ですけれど、まず相手にされなければ、その善を伝える機会すら得られないこともある。わたくしは、その『現実』の中で、国を守るために最善を尽くした。感傷に浸っている暇などなかったのですわ。」
オスカー・ワイルド: (やや芝居がかった憂いの表情で、しかし目は冷ややかに光っている)
「ああ、痛ましい…実に痛ましいお話だ、カーロさん。あなたの魂の叫びには、心を動かされますよ。…しかし、ね。」
(指を組み、ゆっくりと言葉を選ぶ)
「問題は、人々が見た目で判断すること、それ自体にあるのでしょうか? いや、むしろ問題なのは、彼らの判断基準が、あまりにも…『凡庸』で、『退屈』で、そして救いようのないほど『偽善的』であることではないかと、私は思うのです。」
(嘲るような笑みを浮かべる)
「口では『人は見た目じゃない』などと綺麗ごとを言いながら、実際には、雑誌の表紙を飾る画一的な美しさや、テレビで流される薄っぺらなイメージに、いとも簡単に心を奪われる。その矛盾! その自己欺瞞! それこそが、真の『悪』…というよりは、むしろ、滑稽で醜悪な『喜劇』ですな。」
(ソクラテスとフリーダを見て)
「だから、ソクラテス先生の言う『不正義』も、カーロさんの言う『痛み』も、結局は、この社会に蔓延る『悪しき趣味』と『偽善』の産物なのですよ。人々がもっと洗練された美意識と、正直さを持っていれば、事態はもう少しマシになるのかもしれませんがね…まあ、期待するだけ無駄でしょうな。」
ソクラテス: (ワイルドの言葉に、眉をさらに険しくする)
「悪しき趣味、じゃと? 偽善? 問題の本質を矮小化するな、作家! これは趣味の問題ではない! 正義と不正義の問題じゃ! 魂の尊厳に関わる問題なのじゃぞ!」
フリーダ・カーロ: (ワイルドに向かって、怒りを抑えきれない様子で)
「喜劇ですって!? あなたには、これが笑い話に見えるの!? 私たちの苦しみが、あなたの退屈しのぎの材料なの!? ふざけないで!」
クレオパトラ: (冷静に二人を制するように)
「まあまあ、お二人とも。熱くなるのはおよしなさいな。ワイルドさんの言うことにも、一理ありますわ。人々が口先だけで、本心では見た目を重視しているのは、昔も今も変わりませんことよ。」
あすか: (割って入るタイミングを計っていたが、意を決して)
「み、皆さん、少し落ち着きましょう! …非常に…非常に重く、そして重要な議論です。ソクラテス先生はルッキズムを断固たる『悪』『不正義』だと断じられました。フリーダさんは、その『悪』がもたらす具体的な『痛み』を生々しく告発されました。クレオパトラ様は、それを避けがたい『現実』であり、判断基準そのものが問題なのではなく、どう向き合うかが重要だとおっしゃいました。そしてワイルドさんは、問題の本質を『凡庸さ』と『偽善』に見出し、倫理的な問題ですら、ある種、美学的に批評されました…。」
(深く息をつく)
「…悪なのか、自然なのか。…許されることなのか、断罪されるべきなのか。…この問いに対する答えは、本当に…重いですね。皆さんの魂からの言葉が、スタジオに満ちています。」
(少し間を置いて、場の空気を変えようと)
「…さて、ここまでで最も白熱した議論となりました。少し…皆さまもクールダウンが必要かもしれません。ここで一度、短い休憩を挟みたいと思います。幕間です。」
(スタジオの照明が落ち、緊張感を和らげるような短い音楽が流れる)




