23回目 その2
「はいはーい♡ 次のお題は私が決めるよ!」
布団の中、杏奈がごそごそと身を起こす。
毛布を肩まで引き寄せながら、上体をくいっと反らせる仕草が、まるでこの場の主導権を握ってると言わんばかりだ。
視線が俺を射抜く。にやりと笑う唇が、次の“嵐”を呼び込む前触れにしか見えなかった。
「題して、“おやすみポーズ選手権”♡」
その瞬間、布団の中の空気がざわっと変わる。
胸の奥にひやりと冷たい緊張が走るのに、同時に背中をぞわぞわ這い上がるような熱さもある。
「……なにそれ?」
呆れた声を出したつもりなのに、喉の奥がひりついていて、自分でも頼りない。
杏奈はわざとらしく唇をつんと尖らせて、俺に体を傾ける。
距離がほんの少し縮んだだけで、布団の熱気がぐっと濃くなった気がした。
「簡単だよ♪ れー君の隣で“こうやって寝たい♡”ってポーズを実演するの。で、どれが一番“眠れる幸せ”を感じられるか、れー君がジャッジ♡」
言葉のひとつひとつが甘くて挑発的で、耳にまとわりつく。
俺の視線は無意識に揺れる。
布団の中で三人に囲まれ、ぬくもりと吐息に包囲されているこの状況――まさに逃げ場ゼロ。
分かってる。どうせ俺が“標的”にされる流れだ。
でも拒否の言葉を探そうとしても、舌が重くて回らない。
「……要するにまた俺を真ん中にして遊ぶゲームだな」
乾いた笑い声で取り繕うが、心臓は裏腹に、ばくばくと暴れている。
思わず喉の奥で小さくため息を吐いた。
それでも胸の奥では、別の鼓動が「来るぞ、来るぞ」と前のめりで叫んでいる。
逃げたい気持ちと、期待に足を絡め取られる気持ち。
両方がせめぎ合って、顔の奥がもう火照りっぱなしだった。
――まさに、思春期の俺の理性は「崩壊準備中」だ。
最初に動いたのは、やっぱりふわりだった。
布団の後ろ側から、するりと影が伸びてきて――気づいたら俺はすっぽりと抱き込まれていた。
「れーじくん……こうやって眠ったら、夢の中でもずっと一緒~♡」
背中に広がるのは、彼女の大きな腕と、ふわっとした体温。
まるで分厚い布団をもう一枚重ねられたみたいに、全身がぬくもりで包まれる。
布団の中なのに、さらに別の“毛布”に巻かれた感覚。
その心地よさが逆に落ち着かなくて、心臓だけが無駄に暴れていた。
「ちょ、ふわり……近すぎる……!」
声は出せたけど、腕を押し返す力は不思議となかった。
むしろ背中越しに感じる心拍を、彼女に聞かれてしまうんじゃないかって焦りの方が大きい。
「えへへ~♡ れーじくんの背中、あったかい……。落ち着くねぇ」
耳のすぐ後ろで、ふわりの声が低く響く。
囁きじゃないのに、布団の中で聞くと胸の奥にじんと刺さってくる。
やばい。落ち着け俺。これはただの“おやすみポーズ選手権”。遊びの一環だ。
……そう言い聞かせても、耳元にふわりの吐息がかかるたびに、理性がぐらりと傾く。
「れーじくん、もう眠くなってきたでしょ? わたしがこうしてたら、絶対いい夢見れるよ~♡」
ふわりの大きな手が肩を軽くトントン、とリズムを刻む。まるで子どもを寝かしつけるみたいに。
「……っ、反則だろ、それ……」
声が掠れた。悔しいのに、安心と恥ずかしさがごちゃまぜになって、胸の奥が爆発しそうだった。
次に動いたのは、鈴音だった。
布団の中で姿勢を正すように膝をそろえ、きゅっと拳を握ってから、意を決したように俺の正面に回り込んでくる。
「……失礼します」
小さな声とともに、鈴音はそっと俺の胸元に額を当てた。
ほんの軽い接触なのに、心臓のすぐ近くを直撃されたみたいに鼓動が跳ね上がる。
布団越しでもはっきり分かる熱の伝わり方。俺の鼓動が強すぎて、彼女に丸聞こえなんじゃないかと不安になる。
「レージ君……こうすると、鼓動が聞こえます。……安心できます」
真面目で、真剣で、そして少し震えた声。
その言葉に、胸の奥がじわっと熱を帯びた。
「……おい。そんなこと言われたら、余計に眠れなくなるだろ」
なんとか抵抗してみたけど、自分の声が掠れているのが分かる。強がりに聞こえない。
「……っ♡ す、すみません!」
鈴音は慌てて目を伏せ、耳まで真っ赤になった。
でも額はまだ胸に預けたままで、離れる気配がない。
謝るなよ。余計に可愛い。
理性では「ここで止めろ」って叫んでいるのに、身体の奥底では「もっとこのままでいい」と願っている。
胸の奥の高鳴りはもう隠せなかった。
思春期らしい羞恥に全身を赤くしながらも、俺はただ、その温度を受け止めるしかなかった。
最後は杏奈。
俺の右腕をするっと奪い取って、そのまま布団の中でぎゅっと抱き寄せてきた。
「れー君は私の腕まくらが似合うの♡ 毎日こうして眠ったら、私が一番“正室”ってことでしょ?」
挑発的に見上げる瞳。けど、その奥にはどこか照れが混ざっていて、俺の心臓はまたしても跳ね上がる。
腕にかかる重み。布団越しに伝わる体温。ほんのり混じるシャンプーの匂い。
意識すればするほど、喉がひりついて呼吸が浅くなる。
「……あー、ダメだ。選べねえ」
観念してそう言った途端、杏奈はにやりと笑って、勝ち誇ったみたいに囁いた。
「ふふ♡ それでいいの。だって、どれもぜーんぶれー君のもんだから♪」
結果は「全員優勝」。
その瞬間、三人が同時に寄り添ってきて、俺は完全に布団の中で団子状態に。
肩や胸元、背中に押し寄せるぬくもり。髪がふわりと頬をかすめ、吐息がこそばゆく耳にかかる。
どれが誰のものなのか、もう判別できない。ただ全部が甘すぎて、逃げ道はなかった。
「じゃあお祝いに、“おやすみキス”ね♡」杏奈が即決。
「わたしも~♡」ふわりが楽しそうに追随。
「レージ君……承知しました」鈴音まで真剣な顔で頷く。
次の瞬間――額、頬、唇の端。三方向から一斉に軽いキスが落ちてきた。
「っ……!」
思わず変な声が漏れる。軽いはずなのに、触れられた場所全部が熱を帯びて、じんじん残る。
羞恥で顔を隠したいのに、三人の体温とぬくもりに塞がれて、どこにも逃げ場はない。
「れー君、今の顔……最高にかわいい♡」杏奈がにやりと囁く。
「れーじくん、息、はやいよ~♡」ふわりが背後から嬉しそうに笑う。
「レージ君……抵抗は、もう無意味です」鈴音が真顔でトドメを刺す。
頭の中が真っ白になる。羞恥と甘さと、抑えられない鼓動。
思春期の俺の理性なんて、こうして簡単に崩れていくんだって思い知らされる。
眠れるはずがない。
でも――この夜くらい、眠れなくてもいいか。そう思ってしまう自分がいた。
布団の中の「23回目のゲーム」、第二ラウンドはそんなふうに進んでいった。




