23回目 その1
布団の中は、熱と柔らかい匂いで満ちていた。
三人に挟まれて横になると、自分の体温なんてもう調整する必要もなくて、ただでさえ早い鼓動が余計に浮き彫りになる。
互いの寝息が混じり合うほど近い距離。頬にかかる髪、指先がたまに触れ合う、その全部に神経が過敏になって、息が浅くなる。
――このまま、寝落ちしてしまえばいい。そう思った、その瞬間。
「ねぇ、れー君」
耳元に、杏奈の声。
小声のはずなのに、寝息のリズムに混じると、やけにくっきり耳の奥をくすぐってきた。
反射的に肩がぴくっと震える。
「ん……?」
「やっぱり、眠れない。……だから、ゲームしよっか♡」
顔を横に向けると、暗がりの中で杏奈の瞳が光を拾っていた。
ツリーのイルミネーションが窓から漏れ、瞳の奥で小さく揺れる。
その光に照らされて、彼女が完全に「遊びたいモード」になっているのが分かる。
「おいおい……今から?」
「うんっ。お泊まり会なんだもん。夜だからこそできる“秘密の王様ゲーム”。これがないと始まんないでしょ♡」
彼女は布団から半分身を乗り出して、ポンっと手を叩く。
ふわりがむにゃっと目をこすりながら、髪を乱したまま顔を出した。
「ん~……杏奈ちゃん、元気だねぇ。でも……“夜遊び”って響き、いいなぁ~♡」
大きな声じゃないのに、その低いトーンが胸にじんと響いてくる。
鈴音も、小さな欠伸を堪えて、背筋を伸ばして起き上がった。
「レージ君。眠気はありましたが、杏奈ちゃんの提案は有効です。夜だからこそ成立するゲーム……“王宮夜会”。ふさわしい名です」
……全員、完全に目が覚めてる。
俺だけが「寝かせろよ……」なんて弱音を飲み込むしかない。結局、流される未来しか見えなかった。
「分かった分かった。じゃあ、始めるか」
俺が観念して布団から腕を出すと――
「「「王様れーじ君♡♡♡」」」
三人の声が同時に重なった。
布団の中で響いた瞬間、夜の空気が一気に甘くて特別なものに変わる。
眠気なんて、完全に吹き飛んでしまった。
◇◇◇
「じゃあ……最初のお題は、私が決めるね♡」
杏奈が小さく手を上げた。暗がりでも分かる、にやりとした笑顔。
「“布団の中で一番甘い言葉を囁ける人が勝ち”。……どう?」
「わぁ~♡ れーじくんにささやくの、ぜったい楽しい~」
ふわりが枕に頬を押し付けたまま、目だけ輝かせる。
「……耳、赤くして困ってる顔、もう想像できちゃう~♡」
「レージ君。これは実力勝負ですね。……王様を蕩けさせてみせます」
鈴音はきりっとした横顔で、拳をぎゅっと握っている。
完全に俺は“的”だ。
三方向から狙われてる、布団の真ん中。どうあがいても逃げられない。
息苦しいのに、息を吸うたびに三人の匂いが肺に入り込んで、余計に落ち着かなくなる。
◇◇◇
最初に仕掛けてきたのは杏奈。
するりと俺の耳元に顔を寄せる。髪が頬に触れただけで心臓がドクンと暴れた。
「れー君……今日ね、いちばん会えて嬉しかったの、私だよ♡ ……内緒だけどね♪」
鼓膜がじわっと熱を持つ。吐息が耳の奥に直接届いて、呼吸が乱れる。
肩がびくっと跳ね、声が裏返りそうになる。
「ず、ずるいぞ、それ……」
「ふふっ、効いてる効いてる♡」
次にふわり。背中側からすっぽりと覆いかぶさるように寄ってきて、大きな手で肩をそっと包んだ。
耳のすぐ後ろに唇が触れて、柔らかい声が降ってくる。
「れーじくん……おやすみの前に、ぎゅ~ってしたら……夢の中でも一緒だよ♡」
背中から伝わる体温と重み。息が甘すぎて、胸が苦しいのに安心感が同居する。
「……反則級に安心するな」
声が震える。笑いに変換しようとしても、喉が乾いてできない。
最後に鈴音。正面からじっと俺を見上げてくる。瞳は真剣で、でもほんのり震える声。
「レージ君。……今日も、明日も、ずっと、鈴音の王様でいてください」
真正面から言われると、目を逸らせない。
胸の奥に、すとん、とその言葉が落ちて、心臓が跳ね上がる。
顔が一気に熱くなるのが分かった。
「……ああ。約束する」
絞り出した声に、鈴音は小さく頷いて、耳まで真っ赤に。
◇◇◇
「じゃあ、判定は――れー君本人に♡」
杏奈がにやにやと審判を押し付けてくる。
「いや無理だろ……全員、強すぎるって」
「ふふっ、じゃあ同点だね♪」
「そうそう~♡ “王宮夜会”は全員優勝だよぉ」
「記録します。“全員優勝”。……妥当な結果です」
三人が同時に布団の中で身を寄せてきて、俺の身体は完全に真ん中で包囲される。
右から、左から、そして正面から。柔らかい髪が頬や首筋に触れるたび、汗ばんだ皮膚に細かな電流が走る。
心臓はもう“鼓動”じゃなく、“暴れる”って表現の方が近い。布団の静けさの中で、自分の胸の音だけが大きすぎて、隠せない。
――まだ耳には、さっきの囁きの余韻が残っていた。
「いちばん会えて嬉しかったのは私だよ」
「夢の中でも一緒だよ」
「ずっと王様でいてください」
その言葉が、体の奥でリフレインする。もう、それだけで十分に眠れないのに。
そこに重なるように、今度は唇が降ってきた。
頬に――ちゅっ。
額に――ちゅっ。
顎の下に――ちゅっ。
ひとつひとつは軽い音。ほんの一瞬の触れ合い。
なのに、されるたびに心臓が跳ね上がり、顔から耳まで一気に熱が広がっていく。
唇が触れた場所が全部“焼き印”みたいに意識に残って、消えない。
「おいおい……こんなんじゃ寝られるわけねーだろ……」
声に出した瞬間、自分の喉がかすれていることに気づく。緊張と熱で、言葉すらまともに整わない。
杏奈が小さく笑って、わざと耳元に顔を寄せてくる。
「ふふっ♡ それが“夜限定ルール”なんだよ」
吐息がかかる。耳たぶが一気に熱くなって、思わず顔を背けた。けど、その先には鈴音がいて、まっすぐに見上げられてしまう。
「レージ君……逃げ場はありません」
小声なのに、刺さるように真っ直ぐ。
横からふわりがのんびりした声で重ねる。
「れーじくん、ほら……あったかいでしょ~。ずっとこのままでいいよ~♡」
甘い声が三方向から重なる。
頭が熱い。胸も苦しい。
理性が「やめろ」って叫んでるのに、身体はどんどん力が抜けていく。
赤面と羞恥と、どうしようもない心地よさの波に呑まれて、もはや反論する余裕なんてなかった。
布団の中。
甘さと熱とドキドキでいっぱいになって、どこまでが自分の鼓動で、どこからが三人の体温なのか分からない。
――眠れるわけがない夜の、本当の始まりだった。




