幕間
12月。
朝の通学路は刺すように冷えて、吐いた息が真っ白に残る。
「さむっ……」と思わず漏らした俺の隣で、杏奈がにやりと笑った。
「れー君、今日は“サンタスペシャル”なんだから、もっとしゃきっとしてよ♡」
そう言って、カーディガンの下からひらりと覗かせたのは――赤と白のサンタカラーのリボン。
「お前……学校にサンタ仕込みで来るなよ!」
「えへへ♡ 文化祭で着た衣装のリメイクだもん♪ こういうの、気分アゲてかないと!」
その言葉と一緒に、俺の体温も勝手に上がる。寒いのに、首筋まで熱い。
通りすがりの生徒がちらっと視線を寄せてくるたびに、「いや違うんだ」って心の中で必死に弁明してた。
教室に入ると、ふわりがすでにどーんと待ち構えていた。
195センチの影が黒板まで伸びてるから迫力満点。
「れーじくん~。今日のお弁当は“クリスマス弁当”~♡」
蓋を少しだけ開けてくれた瞬間、中から現れたのは――サンタ型のおにぎり、ブロッコリーで作ったツリー、卵の雪だるま。
「……うわ、これ、美術館かよ」
「見せびらかすの、楽しみ~♡」
隣の女子たちが「かわいい!」と歓声をあげ、男子の視線が突き刺さる。
俺の心の平穏ゲージはすでに赤点滅。
そこに、鈴音が小走りで登場。
茶色のポニテが弾み、黄色いマフラーをくるっと巻いた姿は小動物みたいだ。
「レージ君っ! これ、見てください!」
差し出されたのは、小さなサンタ帽をちょこんとかぶったクマのマスコット。
「サンタ・ベアです♡ 今日のために夜なべして作りました」
「手作り!?」
「はい。“レージ君の机の守護者”として、配置完了です」
机にちょこんと座った瞬間、クラス中から「きゃー!」と黄色い声。
男子たちの視線は一瞬で氷点下。
「おい土峰! サンタガール三人に囲まれて机にクマ!? どんだけモテるんだ!」
「俺らにだってサンタ来いよ!」
「お前だけ毎日クリスマスじゃねーか!!」
背中に怨嗟の火の玉を浴びつつ、俺は机に突っ伏して白旗を揚げるしかなかった。
そして極めつけは休み時間の“聖夜物量攻撃”。
「れー君、クリスマスカード交換しよ♡」杏奈はハート模様のカードを差し出し、
「れーじくんには特製“ジンジャークッキー”~♡」ふわりが大袋をどんと置き、
「レージ君、こちら“聖夜スケジュール”。放課後デート計画です」鈴音はA4プリントを渡してくる。
「やめろ! 一度に渡すな! 机が崩壊する!」
結果――俺の机は“サンタの贈り物山盛りコーナー”に。
クラスメイトは大爆笑。
「うわー、零士君んちサンタ渋滞してるー!」
「どのサンタに甘やかされるんだろな!」
男子たちは「爆発しろ」コール、女子たちは「素敵ー!」と歓声。
俺は机に額を押しつけて小声でつぶやいた。
「これが……聖夜カオス……」
放課後。
チャイムが鳴った瞬間、杏奈が勢いよく振り返る。
「れー君っ♡ じゃ、放課後は“サンタデート”いくよ!」
「おい、当然のように決定事項にするな!」
「異議なし~♡」ふわりが手をぱたぱた。
「レージ君、行程表は昼に配布済みです」鈴音は真顔。
俺の逃げ道は最初から存在しなかった。
三人が並んだ瞬間、完全にサンタ仕様。
杏奈は赤のコートに白マフラー。「サンタ風♡」と得意げに胸を張り、
ふわりはピンクワンピに赤白のトート。「サンタのお手伝い~♡」と肩を揺らし、
鈴音は黄色いニットにサンタ帽。「小道具は必須です」と真剣。
街を歩けば通行人の視線が集中砲火。
俺は両手を三人に塞がれ、「モテ自慢歩行広告塔」状態。
通りすがりの男子中高生から「爆発しろ」のささやきが聞こえる。頼むから聞こえないふりさせてくれ。
屋台の匂いが広がる。ホットワイン、シナモン、焼きソーセージ。
「れー君、ターキー食べよ♡」杏奈が肉を差し出し、
「れーじくん、チーズもおすすめ~♡」ふわりが笑顔で押し込み、
「デザートは鈴音にご一任を」鈴音は紙袋を掲げる。
机に並ぶのは完全にフルコース。
「……これ誰が片づけるんだ」
「れー君でしょ♡」「れーじくんだよ~♡」「レージ君の任務です」
三方向から異論ゼロの圧。サンタってこんなに圧政的だったか?
クライマックスは――大きなクリスマスツリーの前だった。
街の中心にそびえるイルミネーションは、まるで雪が空から降り注いでいるみたいに瞬いていて、通りすがりの人たちが足を止めては写真を撮っている。
その光の下に、俺は三人にぐるりと囲まれて立たされていた。
「れー君……プレゼント、まだ渡してないよね♡」
杏奈が、にやりと唇を上げて一歩前へ。
次の瞬間――俺の頬に、軽いけど音の残る「ちゅっ」。
「――っっ!?」
顔が一瞬で燃える。頬に残る感触が熱すぎて、呼吸が止まる。
「れー君へのプレゼント♡」
杏奈は勝ち誇ったように囁いて、視線で「どう? ね?」と畳みかけてくる。心臓が抗議の太鼓を鳴らすみたいに暴れていた。
「じゃあ、わたしからも~♡」
ふわりがゆったりと背伸びをして、俺の額に「ちゅ」。
大きな影がふわっと覆いかぶさるように落ちてきて、ほんのり甘いシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
「……夢の中でも一緒ってことだよぉ♡」
耳元に重ねられた声。無邪気さと包み込むような温かさが混ざって、理性の壁がきしむ。
そして最後に、鈴音。
きゅっと唇を結んで、真剣な顔のまま一歩前に。
「レージ君には……特別です」
その言葉と同時に、唇に――「ちゅっ」。
「~~~~っっっ!?」
全身に電流が走った。ほんの一瞬の触れ合いなのに、意識が真っ白に飛んで、足の力が抜けそうになる。
しかも鈴音は耳まで真っ赤にしながらも、勇気を振り絞ったみたいに俺の目をまっすぐ見てきて。
その視線に、もう逃げられなかった。
周囲から「きゃーっ!」と歓声と拍手が上がる。
完全に注目の的。通りすがりの家族連れもカップルも、みんな笑顔で見ている。
俺はもう限界で、顔を覆って叫ぶしかなかった。
「公っ……公開処刑だろこれぇえええ!」
叫んだ俺を見て、杏奈がケラケラ笑い、ふわりは「かわいい~♡」と背中を軽く叩き、鈴音は恥ずかしそうにそれでも誇らしげに頷く。
三人は視線を合わせて――声を揃える。
「「「メリークリスマス♡」」」
光の海の中で笑う三人の顔は、ツリーの電飾よりもまぶしくて、俺の理性は一瞬でホワイトアウトした。




