幕間
翌日、教室に入った瞬間――
「あっ、土峰だ」「昨日の放課後、また喜多川達と一緒だったろ」「なんであんなに囲まれてんだよ」
……はい、さっそく男子共からの刺すような視線。いや、もう慣れっこなんだけどな。
この間までお祭り騒ぎみたいな賑やかしだったのに、熱が冷めると嫉妬の嵐。
昔から慣れっこだとはいえ、呪詛すら籠もる視線を送ってくるヤツはいるから始末に負えない。
「れー君、おはよ♡」
水色のハーフテールを揺らして杏奈が手を振ってくる。その横でふわりが「おはよぉ~♡」とマイペースに笑って、鈴音は律儀に「おはようございます、レージ君」と敬語。
三人同時に声かけられると、そりゃ教室中がざわつくわけで。
「また土峰くんかよ……」「王様待遇すぎんだろ」
「絶対、何かあるよね」
後ろの席の女子たちがヒソヒソ言ってるのも、耳に入っちゃう。
絶対何かあるよねってさ。もう分かってるだろうに。いや、彼女達が想像しているのはもっとその先にあることなのかもしれない。
実際それに近い事が起こっているわけで…。言い返す事もできないのが辛い所だ。
まあ言い訳なんてする気はないけど。
「れー君、今日のお弁当は“王宮お弁当セット”ね♡」
「れーじくん、デザートはわたしが持ってきたよぉ~」
「レージ君、飲み物は鈴音が担当です」
三人の分担が完璧すぎて、もはや給食係の域。机を並べて弁当広げた瞬間、男子たちから怨嗟の声が飛ぶ。
「くそぉ……!」「なにその分業制……!」
「完全にハーレムだろ……」
俺? もちろん心臓バクバクだけど、表情はなんとか普通を装ってる。……つもり。
「れー君、顔真っ赤だよ~♡」
杏奈に突っ込まれて、女子席から「キャー♡」と黄色い声援。なんだこれ。俺はいつから観賞物になったんだ。
けど三人はどこ吹く風。
「れー君は私達のお妃様王様だからね♡」
「れーじくん、わたし達でちゃんと護るからぁ~」
「レージ君は鈴音の“真ん中”です。心配は無用です」
甘々なセリフを当たり前みたいに飛ばすもんだから、男子達が机に突っ伏す音が同時に響いた。
……いやほんと、ごめんな。俺も制御できてねぇんだ。
◇◇◇
そしてお昼の時間がやってきた。
机を三つくっつけて、見事な「王宮ランチテーブル」が完成。
俺の前に並ぶのは――ふわり特製の愛情弁当、杏奈がデコった「れー君専用♡フラッグ」、鈴音が持参した飲み物三種(お茶・スポドリ・オレンジジュース)。
「どれ飲む? れー君♡」
「れーじくん、どれから食べる~? はい、“唐揚げあーん”だよぉ~♡」
「レージ君、食後はデザートに冷凍みかんを用意しました」
三人の声が同時に飛んでくる。……いやいや、どんな給仕体制だよ。俺、なんか偉い人か?
教室の端では、男子が頭抱えて机バンバン叩いてる。
「ちょっと待って、唐揚げは俺が食べたい!」
「いや、デザートまで完璧に準備されてるとか……もはや新婚か!?」
「くそっ、リア充め……いやハーレム充か……!」
俺は視線の集中砲火を浴びつつ、必死に平常心を装う。が、唐揚げを杏奈が差し出してきて、ふわりはスプーンで卵焼きを構え、鈴音はストローをストンとジュースに差し込む――。
……どこに顔を向けても選択肢がある。完全に逃げ場ゼロ。
「れー君、唐揚げ♡ はい、あーん♡」
「あー……」反射で口を開いた俺。次の瞬間。
「はい、卵焼きもどうぞ~♡」ふわりのスプーンが横から参戦。
「飲み物で流し込んでください」鈴音が当然のようにストローを押し出す。
「お、お前ら! タイミングずらせ!」
「ずらさなくてもいいじゃん♡ 全部れー君のだから」杏奈が勝ち誇る顔。
「れーじくん、三方向同時に受け止める特訓だよぉ~♡」ふわりはにっこり。
「レージ君、同時処理スキル、今後必須です」鈴音は真面目に記録帳を広げてる。
――結果。俺の口の中、味の祭典。唐揚げ+卵焼き+オレンジジュース。
うん、美味い。けど味覚のキャパを超えてる。
「おいおい、あれ“トリプルあーん”だぞ!」
「俺だってあーんされたいのに!」
「土峰爆発しろ!」
「むしろミンチになれ」
男子の怨嗟、さらにヒートアップ。女子の「キャー♡」も比例して響く。完全に俺の席周辺だけ文化祭だ。
そこに影が差す。俺の担任だ。
「土峰……お前んとこ、昼休みだけ異世界になってないか?」
「せ、先生、これは……」
「机三つ占拠しての“王宮ランチ”は初めて見たぞ。しかも三人から給仕って……」
クラス全員、爆笑。三人は堂々としている。
「れー君は王様ですから♡」杏奈。
「れーじくんは守られる存在だからねぇ~♡」ふわり。
「レージ君は鈴音の真ん中です。問題ありません」鈴音。
「……問題しかねぇわ!」先生のツッコミが炸裂。
教室の天井まで響くすさまじい声だった。
「そーかそーか土峰~。お前はそんなに推薦を取り消されたいんだな。独身の俺に対する当てつけをするとは良い度胸だクソがっ」
「私情で推薦取り消さないでっ」
黒板の前に立つその顔は、完全に「もうオレの手には負えません」ってやつだ。眉間のシワが三重くらいになってる。教科書を抱えたまま、俺たちの机の光景に目をやって――深い、深ぁ~いため息。
俺はっていうと、冷や汗が背中をつつーっと。
「やば……完全に職員室でネタにされるやつだ……」
心の声は出してないつもりだけど、クラス全員の爆笑でかき消されてるからセーフ……か?
「先生! れー君は王様なんです♡」
杏奈が胸を張って堂々と宣言。机の上のオレンジジュースをグラスみたいに掲げるな。
「そうそう、れーじくんは守られる存在だからねぇ~♡」
ふわりは唐揚げを箸で持ち上げて、目の前でキラキラさせてる。広告か。
「レージ君は鈴音の真ん中にいるので、問題ありません」
鈴音は涼しい顔でノートに丸を書き足す。何の採点してんだよ……。
先生、しばし沈黙。
額に手を当てて天井を仰ぐ。まるで「神様、俺に教育者としての忍耐をもう少しください」って祈ってるみたいだ。
「……問題しかねぇわ!」
二回目のツッコミが炸裂。
◇◇◇
周りのクラスメイトはもう爆笑の渦。
「やば、王様ランチw」
「三人に仕えられてんの、土峰お前だけだぞww」
「先生の顔www」
机を叩いて笑うやつ、涙拭いてるやつ、スマホをこっそり構えようとするやつ(杏奈に速攻で睨まれて撃沈)。
俺は机に突っ伏したい衝動と戦いながら、ただただ心の中で叫んでた。
「なぁ神様、これって青春ですか、それとも罰ゲームですか……?」
先生が最後に肩をすくめて、諦めたみたいに一言。
「もう好きにしろ……ただし、あとで職員室に顔出せよ土峰」
……はい、完全に説教フラグ立ちました。
けど三人の得意げな顔と、クラス全員の爆笑と、先生の魂抜けたみたいな表情を前に――
俺はもう笑うしかなかった。




