20回目 その3
「レージ君。お待たせしました……今度は鈴音の番です」
ドアを開けて入ってきた鈴音は、背筋をピンと伸ばしていて、まるで入場式みたいに緊張した空気をまとっていた。茶色のポニーテールが肩越しに揺れ、頬には淡い赤み。視線を合わせてくる瞬間、瞳の奥が揺れて、俺の胸も同じリズムでざわつく。
「ふわわんから“癒やしバトン”を引き継ぎましたので……鈴音は“お世話係”を務めます」
机の上に並べられたのは、きちんと畳まれたハンドタオルと、冷えたペットボトル。まるで臨時のナースステーション。
「お、お世話係って……そんな役割まであんのか」
「あります。鈴音が、決めました」
真顔で言い切るその姿に、思わず笑いそうになる。でも胸の奥では「本気なんだ」って伝わって、笑えなかった。
「レージ君、少し汗をかいていらっしゃいますね。失礼します」
差し出されたタオルが、額にそっと押し当てられる。冷たさよりも、布の柔らかさよりも――その奥にある鈴音の震える指先の熱が、直接伝わってくる。
「……こうして拭かせていただくと、鈴音も安心します」
小さな声でそう言うけど、その目は揺るがない。俺をちゃんと見つめていて、逃げ場をなくしてくる。
「鈴音……そんなに気を遣わなくても」
「いえ。気を遣っているのではなく……気持ちなんです」
呼吸を整えるみたいに一度瞬きをしてから、真剣な声で続ける。
「レージ君を守りたい。支えたい。だから……させてください」
胸の奥にじんと響く。俺の方が「守らなきゃ」って思ってるのに、彼女の言葉は真っ直ぐで、強くて。――逆に守られてるのは俺の方じゃないか。
「はい、水分補給をどうぞ。……鈴音がキャップを開けますね」
彼女は律儀にペットボトルを差し出してくれる。俺が口をつけると、その瞬間に小さく微笑んだ。
「……よかった。ちゃんと飲んでくださいました」
「当たり前だろ。ありがとな」
「その“ありがとう”だけで、鈴音は幸せです」
声の終わりが震えて、視線が泳ぐ。恥ずかしさを抑えきれていない。なのに、その仕草ひとつで、俺の方が胸を掴まれて動けなくなる。
「……では。ご褒美は、鈴音から差し上げてもよろしいですか?」
息を詰め、頬を真っ赤にして、ほんの一瞬目を閉じてから――俺の頬に、軽くキス。
「っ……!」
心臓が跳ね上がり、呼吸が乱れる。
「だ、ダメでしたか?」
「ダメじゃない。むしろ……嬉しい」
「……よかった。ふふっ」
安堵と照れ笑いが混ざる声。耳まで真っ赤なのに、それでも勇気を出して俺に触れてくる。その必死さが愛しくて、心の奥がじんわりと熱を帯びた。
「……あ、あの……そろそろ杏奈ちゃんやふわわんが、黙っていないかと」
言い終わるより早く、背後のドアが派手な音を立てて開いた。
「れー君、鈴音だけズルい~♡」
杏奈が飛び込んでくる。瞳がいたずらっ子みたいに光っていて、もう次の展開を決めている顔。
「れーじくん、ふわわんも“お世話係”やりた~い♡」
ふわりが大きな影を揺らして近づいてきて、空気が一気に甘く濃くなる。
「えっ、ま、待ってください! これは鈴音の正室ターンで――」
「もう交代っ♡」杏奈の即断。
「れーじくんは“三人同時奉仕”ってやつね~♡」ふわりの断言。
「レージ君……逃げ道はありません」鈴音まで赤い顔で言い切る。
次の瞬間、右に杏奈、左に鈴音、背後にふわり。――定番の完全包囲。
「れー君、“あーん♡”」杏奈がクッキーを差し出し、
「れーじくん、“よしよし~♡”」ふわりが背中を二拍で叩き、
「レージ君、“汗拭きます”」鈴音がハンドタオルで額を押さえる。
――同時進行。
右から甘やかし、左から尽くされ、背後から包み込まれて。脳が同時処理を諦める。呼吸が速くなり、鼓動が勝手に跳ねる。
「ちょ、待て! 同時は無理だ!」
「じゃあ、ご褒美は同時でいいね♡」
杏奈が宣言し、息を呑む俺の目の前で笑う。
「ほっぺ右、ふわわん」
「ほっぺ左、鈴音」
「真ん中は、私ね♡」
「え、ちょ――」
「「「んちゅっ♡」」」
両頬と唇に同時キス。視界が一瞬で白くはじけ、頭の奥で花火が乱れ打ちになる。理性がきしみ、全身が甘さにとろけていく。
「れー君、顔真っ赤♡」杏奈の勝ち誇った声。
「れーじくん、まだまだ~♡」ふわりがさらに抱きつき、背中を熱で満たす。
「レージ君……もう少しだけ、耐えてください」鈴音がタオルを握る指先を震わせながらも続行宣言。
三人の熱が、同時に、真っ直ぐに俺へ押し寄せてくる。理性はとっくに悲鳴。息をするだけで胸が破裂しそうだった。
「ちょ、待て! 終わり! 一旦終了っ!」
両手を上げて降参ポーズ。声も震えて裏返る。
三人は顔を見合わせ、「えぇ~~♡」と同時に不満の声。
「まだ全然これからなのに~♡」杏奈。
「れーじくん、もう一戦~♡」ふわり。
「レージ君……続行申請です」鈴音。
「だーめ! これ以上は俺がもたない!」
必死に制止する俺の声に、三人は一瞬ぽかんとしたあと――同時に吹き出した。
「じゃ、続きはまた次のゲームに持ち越しだね♡」杏奈が指を鳴らす。
「“王様降参エンド”、可愛い~♡」ふわりが背後から抱きしめ直す。
「レージ君……本当にお疲れさまでした」鈴音が小さく頭を下げる。
――こうして、“三人同時カオス奉仕”は、俺の全力降参で幕を閉じた。けど胸の奥はまだドキドキしっぱなしで、甘さの余韻は終わらなかった。
~ゲーム20回目 終了~




