20回目 その2
「れーじくん~、次はわたしの番ねぇ~♡」
ふわりがソファからすっと立ち上がると、195センチの影が部屋の真ん中をすっぽり包み込んだ。
両手には、小さなトレー。その上には、カラフルなマカロンと、泡がこんもりとのったミルクティー。
「“王宮カフェ・ふわわん支店”、ただいま開店しましたぁ~♡」
いつもの調子でゆるっとした声なのに、妙に特別感があった。
トレーをテーブルに置くと、ふわりはエプロンの紐をきゅっと結び直す。
ピンクのエプロンからのぞくワンピースの裾、長い手足がだらんと……いや、優雅に伸びる。
彼女が腰を落とすだけで、目線がすっぽり覆われる。
俺は思わずごくり、と喉を鳴らした。
「じゃあまずは~、おやつの“あーん”サービスからいくね♡」
ふわりは桃色のマカロンを摘まんで、俺の唇の前に差し出す。
「はい、あーん♡」
「……はい」
ぱくっ。外はサクッ、中はふんわり。甘酸っぱいクリームがとろりと広がる。
「どぉ?」
「……うまい」
「えへへ~♡ やったぁ~♡ ふわわん、れーじくんに“おいしい”って言ってもらうのが、いちばん幸せ~」
その笑顔が甘すぎて、マカロンの後味ごと心臓に残った。
「じゃあ次はねぇ~、“れーじくんラテアート”いくよ~」
ふわりは大きなスプーンを手に取り、カップのミルク泡をすくって、ちょん、ちょん。
丸を描いて、点を足して――
「できた♡ “れーじくんスマイル”」
俺の顔に似てるかどうかはともかく、確かに“笑顔”が浮かんでいる。
「飲んでみて~」
ひと口飲むと、泡が唇にくっついた。
「ついた?」
「……ついたな」
「ん~♡ わたしが取ってあげるね~」
ふわりが指で拭って、そのままぺろり。
「んふふ♡ やっぱり甘いねぇ~♡」
心臓が飛び跳ねる音が、自分の耳にまで響いた気がした。
「王様には、特別サービスで“肩もみ”付けちゃうよ~♡」
ふわりは俺の背後に回り、両手で肩を包み込む。
「おっきな手で、ぎゅ~って……ほら、これで安心するでしょ~?」
ぐっ、と重さがのったわけじゃないのに、じんわりと体がほぐれていく。
「どお? “ふわわんリラクゼーション”」
「最高だ」
「えへへ♡ れーじくん専用メニューだよぉ~」
彼女の体温が、背中越しにじわじわと広がる。肩だけじゃなく、心の奥まで溶かされていくみたいだった。
「じゃあ、閉店時間になりました~。お会計は……“ごちそうさまキス”でお願いします♡」
「なっ……」
「ほっぺに“ちゅっ”でいいからぁ~♡」
抵抗する間もなく、ふわりは背中から抱きつき、頬に軽いキスを落とす。
「んふふ♡ お支払い、完了しましたぁ~♡」
頬に残る温度が、甘さの領収書みたいに刻まれてしまう。
俺はただ、ため息と一緒に笑うしかなかった。
「ねぇねぇ、れーじくん。次は“追加オーダー”もあるんだよ~」
ふわりは自分の胸元をぽんと叩く。
「“ふわわん枕”っていうサービス。背中からぎゅーってして、そのままもたれていいの♡」
俺が言葉を失って固まっていると、ふわりは勝手に俺を抱き寄せ、長身の胸元に頭を預けさせる。
柔らかさとぬくもりが同時にのしかかってきて、心臓が理性を追い越した。
「どう? 今日の“追加メニュー”は♡」
「……反則だろ」
「反則~? でもね、れーじくんが笑ってるから、ふわりの勝ちなんだよ~♡」
その甘やかしが、確実に俺の体と心を支配していた。
「れーじくん~、こっち、こっち~♡」
ふわりがゆったりした動きで手招きしてくる。教室の窓際、陽の光が差し込んで、彼女の長い影が机の上まで伸びていた。
その影の真ん中に座らされる俺。気づけば後ろからふわりが、すっぽり俺を包む形になっていた。
「今日も、がんばりすぎてる顔してるよぉ~。……だから、“ふわわん休憩”の時間ねぇ♡」
俺の頭を大きな手で抱え、肩ごと胸に寄せる。
耳のすぐ近くで、ふわりの穏やかな鼓動が伝わってきた。
ああ、これは反則だ。安心しすぎて体から力が抜ける。
「れーじくんはねぇ~、ちゃんと甘やかされて元気出すタイプだからぁ♡」
背中を、ぽん、ぽんと二拍で叩かれる。
そのリズムが一定で、眠気みたいな安堵感を呼び込んでくる。
「……これ、完全に寝かしつけてるだろ」
「えへへ~♡ そう見えるだけでぇ、“甘やかし任務”だからねぇ~」
頬にかかるふわりの髪がくすぐったい。いい匂いと一緒に、心拍まで持っていかれそうになる。
その上、ふわりは小さな声で「よしよし~♡」なんてつぶやくから、俺の顔は火照る一方だ。
「れーじくん、はい、“おやつ作戦”~♡」
ポケットから、小さなクッキーを一枚取り出す。もちろん手作り。
俺が口を開ける前に、彼女がひょいと口元まで運んでくる。
「あーん、してぇ~♡」
「……あーん」
食べた瞬間、甘いバターとふわりの笑顔が同時に押し寄せてくる。
「どう? 美味しい?」
「……めちゃくちゃ美味い」
「ふふ~♡ それなら、ご褒美追加だねぇ~」
不意打ちで、額に軽いキスを落とされる。
柔らかい音がした気がして、俺の思考が一瞬止まる。
「れーじくんの“おいしい顔”、大好き~♡」
甘さで頭がぼんやりしていると、教室のドアから鈴音が控えめに顔を出した。
「……レージ君。そろそろ、鈴音にも番をいただけますか?」
少し赤い頬と、きちんと整えたポニテ。真面目なのに、声は期待を含んでいる。
「ふわわん枕で癒されたでしょ~? 次は“鈴音ナース”に交代だねぇ~♡」
ふわりが満足そうに俺の肩を軽く叩いて送り出す。
こうして、舞台は鈴音へと移っていく。




