幕間5/5 夢を勝ち取った日
全国制覇を何度も成し遂げてきた名門・西京学院。そのユニフォームがコートに並んだ瞬間、会場の空気がピリッと変わる。
「いよいよ来たな……」
相手のセンターは2メートルを超える巨体。ガードも切れ味鋭い。まさに“王者”の名にふさわしい布陣だ。
俺はチームメイトと円陣を組む。
「勝てるかじゃない。勝つんだ」
声に出すと、不思議と不安が消えていく。仲間の目が同じ方向を向いている。それが心強かった。
試合開始直後から、相手のディフェンスは鉄壁だった。
俺がボールを持つとすぐ二人、三人が寄せてくる。シュートコースは潰され、無理に放てばブロック。
(さすが西京……!)
だが、ここからが俺達の持ち味だ。
「いけ!」
引きつけた瞬間に味方へパス。シューターがスリーを沈める。
次は逆に俺がカットインしてゴール下へ。相手のファウルを誘ってフリースローを獲得。
点差は開かない。互角。
観客席からは三人の声。
「れー君! 強気でいけるっ♡」杏奈の声は鋭く背中を押す。
「れーじくん、呼吸を整えてねぇ~♡」ふわりの声は波みたいに落ち着きをくれる。
「レージ君、次は“速攻”が狙えます!」鈴音の分析はまさに戦術ノート。
前半終了。スコアは同点。息は切れているけど、不思議と心は静かだった。
第3クォーター。相手の高さに押され、リバウンドを奪えない。じわじわ点差が広がっていく。
(ここで崩れるわけには……!)
仲間が声を張る。
「零士先輩、まだ走れます!」
「任せろ!」
身体は悲鳴を上げているのに、声に応えたくて自然に脚が動く。
残り5分で7点差。苦しい。
だが観客席で三人が横断幕を掲げる。
《王様れーじ君♡ 全国頂点へ!》
その文字が、滲んで見えるほど胸を打った。
残り2分。点差は2。
ボールを持つ俺に再びダブルチーム。だが、仲間がスクリーンに入る。
「ナイス!」
切り込んで、ファウルを受けながらもシュートをねじ込んだ。会場が揺れる。
フリースローも沈めて逆転。
西京も黙ってない。残り30秒、1点ビハインドで彼らのボール。ゴール下に放り込まれる。
巨体センターのシュート――だが、仲間が渾身のブロック!
ボールが宙に弾かれる。俺がキャッチして走る。残り10秒。
(ここで決める!)
ディフェンスをかわし、3ポイントラインへ。
シュートを放った瞬間、時間が止まった気がした。
――ボールは綺麗な弧を描き、リングに吸い込まれる。
ブザーと同時に会場が爆発した。
「――高校――全国優勝!」
アナウンスが響き渡る。
仲間と抱き合って、涙が止まらなかった。
客席では杏奈・ふわり・鈴音がチア姿で跳びはね、声にならない叫びを上げている。
(俺は、ここまで戻って来られた……みんながいてくれたからだ)
トロフィーを掲げた瞬間、心の底から思った。
――もう、後悔なんて一つもない。
◇◇◇
表彰台の中央に立って、トロフィーを掲げる。
照明が反射して眩しいほど光っているのに、それ以上に胸の奥が熱かった。
(やっと――ここまで来たんだ)
「優勝おめでとうございます!」
アナウンスと共に、金色の紙吹雪が舞う。肩に、髪に、汗に貼りついて、実感を強制してくるみたいだ。
仲間たちの涙や笑顔が視界に広がる。誰もが全力で走りきった顔をしていた。
その真ん中に、自分がもう一度立てていることが、何より誇らしかった。
表彰式が終わり、コート脇に戻ると――。
「れー君っ!」
観客席から駆け降りてくる三人。
杏奈はチアポンポンを抱えたまま、髪が乱れるのも構わず飛びついてくる。
「全国優勝っ! 本物の王様だよ♡」
息が切れてるのに、その瞳は一切揺れてなかった。
ふわりは少し遅れて、長い手足で包み込むように抱きしめてくれる。
「れーじくん、ほんとに、ほんとにすごいねぇ~♡ 胸がいっぱいで、涙が止まんないよ~」
背中を撫でられると、試合中の緊張が全部ほぐれていくみたいだった。
鈴音はポニテを揺らしながら、涙を拭く暇もなく敬礼。
「レージ君……約束、果たしましたね。全国優勝。本当に、おめでとうございます!」
声が震えていて、それでも必死にまっすぐ伝えてくる。
三人に囲まれて、俺は笑った。
「ありがとな。……俺一人じゃ、絶対ここまで来られなかった」
杏奈がすぐさま反論する。
「違うよ。れー君がいたから、みんなついてきたんだよ」
ふわりも頷く。
「そうだよぉ。れーじくんが真ん中にいたから、わたしたちも全力で応援できたんだよ~」
鈴音も小さく言葉を重ねる。
「はい。……私たちは、その証人です」
紙吹雪の中で、手を重ねる。
「これからも――一緒に歩いていこう。まだまだ、作れるだろ。俺たちの物語は」
三人が同時に頷く。
「「「うんっ♡」」」
会場の喧騒が遠ざかる。胸の真ん中に残ったのは、優勝の実感と、それ以上に大切な“これから”の約束だった。
◇◇◇
全国優勝から数日後――学校。
校門をくぐった瞬間から、視線が痛いくらい刺さってくる。
(……いや、“痛い”ってより“熱い”だな。視線が熱すぎる)
「キャー! 本物だ!」「全国優勝のキャプテン!」
「土峰先輩、握手してください!」
「サイン! ジャージに!」
廊下を歩くだけで、小規模なパレード状態。
俺、芸能人だったっけ?って錯覚するレベルだ。
そんな熱狂の中で――。
杏奈がすかさず前に出る。
「はいはいっ! れー君は私の王様なんで♡ ファン対応はここまででーす」
水色カーディガンを翻して、ファンの壁を軽く制御。さすがムードメーカー。
ふわりは後ろから“れーじくんガード”で両腕を広げる。195センチの壁は圧倒的。
「だめだよ~、れーじくんの“隙間”は、わたしたちの担当なんだからぁ~♡」
その一言で女の子たちが一斉に「きゃー!」って悲鳴。逆に熱狂ブースト入ったぞこれ。
鈴音は冷静に、クリアファイルを胸の高さで掲げて一言。
「はい、“接触制限エリア”設定しました。……以後、王様の護衛は強化体制です」
真顔で宣言するから余計に盛り上がるんだよなぁ。
教室に入ると拍手喝采。黒板には「祝 全国優勝!」のチョーク文字。
後輩たちがクラッカーを鳴らしてくれて、先生まで笑顔で拍手してる。
「土峰。よくやったな」
恩師の言葉は短いけど、どんな長文より響く。
(あの日、引退を撤回したのは間違いじゃなかった。……この景色を見るためだったんだろうな)
「先輩! あのアリウープ、神でした!」
「リバウンドのタイミング、教えてください!」
後輩たちが一斉に押し寄せる。
――引退を撤回した俺に最初戸惑ってたやつらが、今は素直に目を輝かせてくれる。
「あとで体育館で教えるよ」
そう返した瞬間、杏奈が横から割り込んでくる。
「れー君、放課後の予定はまず私達だよ♡ 王宮会議、忘れないでね」
「スケジュール管理は鈴音が行っています。……二重予約は禁止です」
「れーじくん、練習のサポートはわたしたちもセットだからねぇ~」
(……俺の放課後、完全に囲まれてるな)
昼休み、職員室前で体育科の先生に呼び止められる。
「土峰。お前のプレー、全国中継で見たぞ。……胸を張れ。お前はもう“天井に届かない大黒柱”なんかじゃない」
その言葉に、胸の奥の古傷が少しだけ温かく溶けていく。
(ああ。やっと“誇り”に変えられたんだな)
帰り道。三人と並んで歩く。
杏奈がにやり。
「れー君、今日の“主役感”やばかったね♡」
ふわりが頷く。
「れーじくん、全国優勝もいいけど、日常のれーじくんがいちばん安心するよ~」
鈴音は真剣に。
「はい。……優勝も誇りですが、鈴音にとっては“隣を歩けること”が一番です」
俺は笑って答える。
「ありがとな。全国一になった俺でも、結局は“お前らがいる日常”が、一番なんだ」
三人同時に「♡」って顔をする。
全国の歓声より、その表情が一番心に響いた。




