幕間
16回目の王様ゲームから数日。俺達の学校は、文化祭準備の真っ最中だった。
高校生活最後の文化祭――そう思うと、準備段階から空気がいつもより熱を帯びてる。
教室も廊下も、カッターの音やら絵の具の匂いやらで満ちていて、なんか“全校一致団結”感がすごい。
俺のクラスは喫茶店をやることになっていて、黒板には「Royal Café」の文字がチョークで大きく描かれていた。――あ、これ杏奈がノリで書いたやつだな。字の横に小さく王冠まで描かれてやがる。
「れー君、王冠マーク似合うでしょ♡」
「いやいや、俺が被る前提で描いたな?」
「当たり前だよ♪ うちのクラスのエースだし♡」
杏奈は水色のペンキがついた指先でウィンク。周りのクラスメイトが「また始まった」みたいに苦笑する。慣れっこすぎて、もう突っ込む気力もないんだろう。
「れーじくん~、こっちはパネルの補強お願いねぇ~」
ふわりが195センチの影を落としながら、長い腕で木材を支えてる。その横顔、すっかり“建設班の職人さん”だ。力持ちで丁寧だから、男子より頼りにされてる感ある。
「はいはい、じゃあビス留め俺がやるから」
「わぁ~、安心~♡ れーじくんの手元、いつ見ても器用だねぇ~」
その一言で俺の耳の後ろが熱くなるのを、絶対ふわりは分かってる。
「レージ君、備品リストはこちらです。あと、紙コップが残り42個足りません」
鈴音は眼鏡をかけて手帳をチェック。マスコットみたいに小さい体で、クラス全員を統率してる参謀。
「42個って、やけに具体的だな」
「在庫を三回数えました。誤差ゼロです」
「さすがだな……」
こうしてると、三人が自然と俺の近くに集まってくるから、クラスの女子達がざわざわするんだよな。
「土峰君……ほんとに、どっちと付き合ってるの……?」
「いや、“どっち”じゃなくて“三人”っぽくない?」
「はぁ!? そんなのアリ!?」
囁きが聞こえてきて、背中がムズムズする。やめてくれ、そんな実況中継。
「れー君は私のだよ♡」
杏奈がさらっと爆弾を投げ込む。
「いや、れーじくんは“わたしの安心”だもん~♡」
ふわりまで自然に言い切る。
「レージ君は……鈴音の“護衛対象”です!」
はい、トドメ。三人三様に宣言して、教室の空気が一瞬フリーズした。
「きゃーーーーーっ♡♡♡」
女子達から黄色い悲鳴。
「ふざけんな土峰ぇぇぇ!」
男子達から怨嗟の叫び。
……あーあ、完全に火がついた。
俺は机に顔を伏せながら、心の中でぼやく。
――文化祭準備より先に、俺の命が持つか心配だわ。
でも、ふと横を見ると三人とも楽しそうに笑ってるんだよな。
文化祭って、ただの行事だけど――この顔を見られるなら、最後の一回、ちゃんと全力で楽しもうって思える。
準備が佳境に入った放課後、教室の空気はもうお祭り前夜って感じだった。
カーテンはペンキの飛沫でカラフルだし、机は寄せられて作業台。段ボールの山からは「これ本当に使うの?」みたいな謎の小道具が顔を出している。
「れー君、こっちの看板どう?♡」
杏奈が水色のスプレーを指に飛ばしながら、星の形を切り抜いたパネルを掲げる。
「お、いいじゃん。外に置いたら目立つな」
「でしょ? れー君の“似合う”って言葉が欲しかったんだよね~♡」
また心臓を狙い撃ちにするセリフをサラッと……ほんと、狙撃兵かよ。
「れーじくん、ドーナツ形のクッションも完成~。休憩コーナーに置くと、みんな喜ぶと思うよぉ~」
ふわりが抱えてきたのは、信じられないくらい大きなクッション。直径1メートル超え。
「でけえな……いや、でもこれ、インパクトあるわ」
「ふふ、れーじくんが褒めてくれるなら、持ってきた甲斐あるなぁ~♡」
「レージ君、照明の配置図が完成しました。天井フックを使えば、入口から“光の小道”ができます」
鈴音が几帳面な字で描いた見取り図を差し出す。おいおい、これほぼプロ設計じゃん。
「マジか……文化祭レベル超えてるだろ」
「最後ですから。全力を尽くすべきです」
真剣な声なのに、頬が少し赤い。こういうときの鈴音、ぐっと胸にくる。
気付けば、教室は自然と杏奈・ふわり・鈴音の“王宮トリオ”を中心に回っていて、俺はその真ん中。……そりゃクラスメイトもざわざわするわな。
「土峰って……なんかもうクラスの中心っていうか……」
「いや“学校の中心”じゃない?」
「それを支えてるのが幼馴染み三人って……現実か?」
遠巻きに聞こえる囁き。もう慣れたけど、やっぱり背中がむず痒い。
◇◇◇
帰り道、俺の部屋に自然と集合するのは、もうルーティンだ。
「文化祭って、準備のときが一番楽しいよね♡」杏奈が足をぶらぶらさせながら漫画をぱらぱら。
「うん~。終わっちゃったら、ちょっと寂しいんだよねぇ~」ふわりは床にごろんと寝転んで、完成したクッションを抱えている。
「でも、明日は本番です。最高の思い出にしましょう」鈴音はきちんとノートを閉じて、手帳をトントン。
気付いたら三人がベッドに寄ってきて、俺を真ん中に座らせていた。
「れー君、文化祭終わったら――王様ゲーム、またしよ?」
杏奈の声が、ちょっと小さめで。
「れーじくん、わたしも……明日が楽しみだよぉ~。全部見ててほしいの」
ふわりが大きな手で、俺の肩をふわっと包む。
「レージ君、明日は“護衛任務・最重要日”。……一日中、隣にいます」
鈴音の瞳は真剣で、でも照れた笑みを隠しきれてない。
……あー、もう。ほんとに。
「おう。俺も最後まで、一緒にいる」
そう言ったら、三人同時に笑って、自然と寄り添ってきた。胸が甘く詰まる。
◇◇◇
翌朝。
鏡の前で制服を整えながら、妙に胸が高鳴る。普通の登校日のはずなのに、文化祭当日ってだけでこんなに違うのか。
駅前に出ると、案の定――もう三人が揃って待っていた。
「れー君! おっそーい♡」
「れーじくん、五分前行動できてないよぉ~」
「レージ君、鈴音達は集合三十分前から待機していました」
……なあ、それはもはや奇襲だから。
でも、待っててくれる顔を見たら、全部どうでもよくなる。
「じゃ、行くか。最後の文化祭」
「「「うんっ♡」」」
水色、桃色、黄色。三人の色が朝日に重なって、今日一日の始まりを告げていた。




