15回目 その3
夕方のグラウンドって、昼間の熱気が砂の中に少し残ってて、でも風はちゃんと秋なんだ。あの感じ、好きだな。太陽は角度を落として、白線の影も長くなる。で、全体種目のアナウンスが流れて――はい、フォークダンス。来ましたよ、手を順番に替えるやつ。
正直さ、これ毎年ちょっとだけ緊張するんだよ。相手を見て一礼して、くるくる回って、また手を取って――って流れ、頭では分かってるのに、音楽が鳴ると足が半拍速くなる。で、その半拍を、俺の左右と背後の“三色”がいつもきれいに整えてくれる。ありがたい。いや、ほんとに。
曲が始まって、一人目、二人目――と手を替えるたびに、視界の端で水色・桃色・黄色がぴたりと止まってるのが見えるの、ほんとずるい安心感だよ。向こうから見てる三人の目線がね、「はい、その調子」って無言で言ってる。たぶん口でも言ってる。杏奈なら普通に言う。
「れー君、はい、“右足から~”♡」
ほら言った。マイク通してないのに響くやつ。
「レージ君、ステップ幅、二割小さく」
鈴音の声は医師の処方箋みたいに的確。二割って具体。
「れーじくん、だいじょうぶ~。上手~」
ふわりの“ふわっふわ”な肯定が、最後の角を甘くしてくれる。
こういうの、ほんと助かる。俺、たぶん三人がいないと毎拍どっかでつまずいてる。
回転、回転、また回転。手を取って、離して、進んで、戻る。俺の向こうにいる誰かの笑顔をちゃんと見て、礼して、次へ。で、最後のターンが近づいたあたりで、列の密度がスッと変わるのが分かった。あ、これ三人がやってる。整理整頓の達人。
案の定、最後の入れ替わりで俺の左右が杏奈と鈴音、背後ぴったりにふわり。はい、いつもの配置。落ち着く。踊りなのに、急に“帰ってきた”感じがするの、なんだろうね。
曲がふっと溶けて、全員で一礼。俺が顔を上げると、三人が同時に“王宮敬礼”――額に指をちょこん、だ。これ、反則級に可愛い。しかも俺だけに向けてくるから、余計に心臓が忙しい。
「れー君、よくできました♡」
「レージ君、ステップ、合格です」
「れーじくん、満点~」
はい、表彰ありがとうございます。まだ表彰式前だけど、心は表彰台に乗りました。
フォークダンスが終わると、全体の空気がちょっとゆるむ。表彰までの労い時間ってやつに入って、各クラスで「おつかれ~」が飛び交う。で、うちのクラスはというと――三人が無言で俺の周囲に等間隔で立って、はい、始まりました“王宮ストレッチ”。
まず杏奈が肩の付け根に指を置いて、「ここ、息吸って――すー。吐いて――はー」。
タイミングの合図が上手い。呼吸が返事を覚えてる。
次にふわりが背中へ二拍ぽんぽん。このリズム、いつも同じなんだよな。二拍で安心、三拍で眠気、四拍で落ちる。今日は二拍の“起こし”バージョン。
鈴音は肩甲骨の下を軽く押さえて、「レージ君、力を抜いてください」。この一句の信頼感、すごい。言われた瞬間、溶ける。筋肉が「分かった」って言う。気がする。
そこに保健委員が通りかかって、「えっと、そのケア、公式アフターケアとして採用……」って言いかけるんだけど、三人が満面の笑みで同時に振り向く。
「王様専用です♡」
はい、終了。保健委員さん、笑って去っていった。俺は心の半分くらいで「この過保護、ずっと続いてほしい」って堂々と思う。だって、気持ちよすぎだもんよ。
「れー君、ふうってして?」
「ふう」
「はい合格~♡」
この“合格”、今日何回目だろ。数えるのやめた。全部、取っておく。
で、ここで空が一回だけいたずらしてくる。にわか雨。秋の雨って、音は柔らかいのに動線は一気に慌ただしくなる。
「緊急アナウンス入ります~」
案の定、放送室のマイクを握ったのは杏奈。声がまっすぐで、必要なことだけをきっちり言う。こういう時の杏奈、ほんと頼れる。“水色の旗”が高く上がる感じ。
「レージ君、第一出口が混雑します。第二ルートへ誘導します」
鈴音は人の流れを黄色い誘導灯みたいに整える。指示が簡潔、動きが速い。渋滞、発生せず。
「れーじくん、マット運ぶ~。すべり止めは下にしてね~」
ふわりは力持ちをふんわりやる。195センチの安心感は伊達じゃない。マットが羽みたいに軽く見える。
体育館へ切り替わるまで、ほぼ混乱ゼロ。三人が本気出すと、学校一棟まるっと“王宮”になる。
で、体育館の天井は思ったより高いんだけど、俺はなぜかマイク係に捕まって、「以上、王様でした」って言い間違えた。ええ、やりましたとも。教員席がざわつく。
でも三人がステージ脇でケラケラ笑ってんの。つられて笑うよ、そりゃ。
「“天井に届かない大黒柱”さん、今日も立派です」
鈴音の言い方が優しい称号コールで、胸にじんわりくる。届かないって言われるほど、届かせたくなるもんだな。天井、高いけど。まあ、今日の俺の天井は、三人の笑顔で充分だ。
雨が上がるころ、表彰がまとまって、会場が拍手で温まる。空気が「よくがんばったね」で満ちる時間、いいよね。で、終わり際に三人が小声で「ちょっと来て」と俺の袖を引く。
体育館の脇――人の流れが途切れた影で、三人が水色・桃色・黄色の紙テープをシュパパッと取り出す。早い早い。なにその早業。
「れー君、即位式します♡」
「冠を、急造します」
「サイズはあとで調整~」
紙テープを三色交互にねじって輪っかにするんだけど、まあ当然まだ乾いてないから、俺の頭に載せた瞬間にずりっと落ちるわけ。
「おっと」
落ちる前に、背後からふわりの大きな手がそっと支える。桃色の支柱。安心の手。
杏奈が前髪の角度をちょこっと直して、「れー君、即位おめでとう♡」って笑う。
鈴音は胸の高さで手を合わせて、小さな拍手。「本日の王冠は、非公開展示です」
写真係が近づきかけるけど、三人が自然な動きで視線を遮ってくれる。うん、これでいい。四人だけの記念は、心の展示室に飾るのがいちばん強い。
「れー君、サイズ直しは任せて」
「レージ君、来年は耐水仕様に」
「れーじくん、ラメ足してもかわいい~」
わいわい言いながら、紙の王冠を鞄にしまって、俺はなんだか頭の上まであったかい気がした。王冠、乗ってなくても乗ってる感じ。分かるかな、これ。
解散のアナウンスが流れる。グラウンドも体育館も、空気が一気に帰り支度に変わる時間。みんなの声が少し小さくなって、足音がちょっと速くなる。
その端っこ――観覧席の影で、四人だけの小さな円陣。これは毎度の儀式だ。俺たちの**“おしまいの、つづき”**。
「せーの、は要らないよな」って顔を見合わせるだけで分かるやつ。
息を合わせて、**声に出さない口形**で――
「「「王様れーじ君♡♡♡」」」
ね、音なんてなくても、ちゃんと届く。胸の真ん中で、同じリズムで鳴る。
俺も同じように口パクで“ありがとう”。
三人が口パクで“だいすき”。
秋の風だけが、その合図を知ってる。たぶん白線も。さっきまで俺たちの足を受け止めてた砂も。
帰り道、空は夕焼けを半分こぼして、色が抜けはじめてる。街灯が順に点いて、水色→桃色→黄色の順に、なんて都合よく並びはしないけど、俺の視界にはちゃんと並んで見える。だって、隣にいるから。
「れー君、今日は“見ててね♡”成功だった?」
「成功。というか、ずっと見守られてた」
「れーじくん、じゃあ“明日もとなり”成功だね~」
「レージ君、護衛任務、継続します」
はい、頼もしすぎ。俺は笑ってうなずく。胸の中で、深呼吸がひとつ、自然に入る。
俺は今日、真ん中に立ってた。立たせてもらってた。それをたぶん、一生忘れない。忘れちゃいけない。
だから、バスケットのときみたいに、もう一回だけ深呼吸する。
いち・に・さんで吸って、いち・に・さんで吐く。
秋の夜が近づいてきて、空気が少しだけ甘くなる。三人の笑い声が、その甘さをちゃんと形にしてくれる。
――よし。今日の“ありがとう”、ちゃんと置けた。
明日も、置く。明後日も、置く。俺の真ん中は、四人で作る“王宮”の床だ。何度でも踏み直せる、丈夫な床。
そう思ったら、歩幅が半歩分、軽くなった。帰り道、いつもの角が、いつもよりちょっとだけ好きになった。
~ゲーム15回目 終了~




