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15回目 その2

 午後いちのグラウンドって、午前よりも太陽がぐっと近い気がする。熱の粒がじりじりと肌を焼き、白線の粉が眩しく跳ね返る。視界の端がきらきら揺らぐたびに、頭の中まで熱気に侵されそうになる。


 最初の種目は先生リレー。うちの担任がアンカーに急きょ選ばれ、顔色がすっと引いている。

「土峰……無理なら断っても……」って。いや先生、それ逆ですから。断るのは俺じゃない。


「先生、ついて走ります。ペース、任せてください」

 口から出た瞬間、自分でも「格好つけすぎたな」と思った。でも笛が鳴った瞬間、体は迷わず前へ。


 半歩後ろを保ちながら、先生の呼吸と脚のリズムを探る。コーナー手前で「いち、に」と小さく指を折って合図を送ると、先生の肩の動きが整い、足が自然と伸びていくのが分かる。直線に入れば、ストライドが大きく開いていく。……いける、いける。ゴールを切った瞬間、先生は思わずドヤ顔。あー、絶対あとで照れるやつだ。教室に戻ったら、きっと微妙に居心地悪そうに笑って、クラス全員で空気が柔らかくなる未来が見える。そういうの、好きだ。


 戻ると、信号機トリオが待ち構えている。

 杏奈が頬にぺたりと指スタンプ。「れー君、優しさ加点~♡」声が甘い。

 ふわりが続いて「よーくできました~」と押しつける。声音はふわふわなのに、指先の圧は意外としっかり。

 鈴音は最後に「殿堂入り、です」と真顔で言って、くすぐったさを倍増させる。

 ……はい、午後もこの調子で行けってことね。了解。


◇◇◇


 昼休み。“王宮ピクニック”会場は、グラウンド脇の木陰。レジャーシートを広げると、不思議なことに空気の質が変わる。木漏れ日がシートに揺れ、風が一段涼しくなったように感じる。


 ふわり特製の塩おにぎりと唐揚げ。杏奈は彩り担当らしく、赤いイチゴを光らせて並べる。鈴音は凍らせた麦茶ボトルを差し出す所作まできっちり整っている。視線を配るだけで「この人たち、抜かりない」って分かる。


 当然、周囲には見物の列ができかける。近寄る足音と気配で察知する。

「入場整理札でーす♡」杏奈が紙切れを配るふりをしつつ、自然に壁を作る。

「申し訳ありません、本日は“関係者席”でして」鈴音が礼儀正しく一人ひとりを断る。表情も声も完璧に事務的。

 これ、もうプロのガードだな。俺は素直に“囲われてる”感覚を享受する。だって過保護って最高だ。


「れーじくん、唐揚げ“あーん”~」

「レージ君、梅おにぎり派ですか? 鮭派ですか?」

「どっちも最高」

 答えた瞬間、ふわりが肩にタオルをそっと乗せ、杏奈が帽子の角度を直し、鈴音が足元の砂を掃き取る。流れるような三段ケア。冷却・整頓・除砂、フルコンボ。心まで整備される感じだ。

 最後に三人が顔を見合わせ、小さく口だけで合図。

「「「王様れーじ君♡♡♡」」」

 音にしない“声”って、不思議と胸の真ん中にいちばん届く。鼓動が昼の青空に溶けていくのを、はっきり感じた。


◇◇◇


 午後の綱引き。綱のざらついた繊維が手のひらに食い込み、皮膚の下で脈と一緒にうずく。その感触、嫌いじゃない。相手チームの掛け声を待つ……いや、待たなくていいか。


「いくぞ――好きだ!」

 自分でも吹き出しそうになりながら叫んだ。味方が一斉に笑って、でも力は抜かずに引く。対抗心か、相手側も「好きだぁ!」と叫び返す。まさかの告白合戦。グラウンドに笑いが広がり、教頭が苦笑いしてるけど、止めない。ありがたい。


 白線を越えた瞬間、三人が同時に飛びついてくる。肩がずしりと沈む。

「れー君の“好き”、効く~♡」杏奈の声が心底嬉しそう。

「士気、最大値~」ふわりの総評は甘すぎる。

「勝因、“言葉の質”です」鈴音の分析は相変わらず具体的。

 なるほど、言葉の質。忘れないでおこう。


◇◇◇


 応援合戦は“匿名口上”。三人が色分けした小旗を持って登壇する。俺の名前は一度も出さない。けれど内容は、どう考えても俺宛て。胸の奥がむずむずする。でも、不思議と落ち着く。照れと安心が同時に溶け合う。


 そこへ保杉小丸が割り込もうとして、完成度に白旗。「本日は観客で学びます」と素直に下がった。ちょっと見直した。学んでけ。俺だって、三人に毎日学んでる。


 終わったあと、俺も返したくなる。“匿名の好き”。

「さっきの口上――“旗”“クッション”“星”。全部、俺の道しるべだ」

 口にすると、三人は同時に照れて、同時に得意げ。信号機が一斉に青になったみたいで、目が眩む。


◇◇◇


 午後の大詰め、クラス対抗リレー。俺は走らない。いや、走りたい。足がうずうずして仕方ない。でも今日は参謀の役目。走順の入れ替え、コーナーでの受け渡し角度、減速しない“置き渡し”――短時間でチューニングする。


 鈴音のフォームを横から見て、膝の入りだけひとつ指摘する。次の瞬間、タイムが一段跳ねるのが目に見えた。鳥肌が立つ。


「レージ君、助かりました。いけます」

 その一言だけで、俺の背筋が伸びる。スタート音が鳴り、作戦通りにバトンが流れる。コーナーの風すら味方につけているような走り。


 フィニッシュの瞬間、背中にぽん、ぽん、ぽん。

「れー君の作戦勝ち♡」杏奈の直球が気持ちいい。

「参謀殿~」ふわりの声は柔らかくて心地いい。

「功労者、です」鈴音の評価は具体的で確かだ。


 昼の熱が、夕方の安堵へとゆっくり色を変えていくのが分かる。空のグラデーションと胸のグラデーションが、だいたい一致している。この感覚なら、夕方の部にも踏み込める。


 ――よし、まだいける。三人が隣にいる限り、俺は真ん中に立てる。立たせてもらえる。その実感が、今日はやたら強い。

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