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14回目 その2

「せーの、で行くよ?」

 杏奈が唇だけで、けれどくっきりとした口の形で合図してきた。まるで舞台の幕が上がる直前のような緊張感が、空気を一瞬だけ凍らせる。俺は思わず喉の奥で小さな音を鳴らし、胸にこもった熱が呼吸になって漏れた。


 三人の肩が、まるで呼吸の波に合わせるように同時に上がって――


「「「だいすき!」」」


 完璧に重なった三つの声が、部屋の真ん中でひとつの花火になったように弾けた。ほんとに“ポン”って音がしたような錯覚さえ覚える。光もないのに、胸の奥に閃光が走る。眩しすぎて、思わず笑ってしまった。

「俺も――だいすきだ」


 その言葉を吐き出した瞬間、杏奈が「知ってる♡」という表情をして、長いまつ毛の影が俺の心臓を軽く叩く。ふわりは「えへへ~♡」と頬を緩ませ、周りの空気が柔らかい桃色に染まったように感じる。鈴音は耳の先まで真っ赤にして、しっかりとした声で「確認できて、安心です」と言う。その真面目さまで、たまらなく愛おしい。


「はい、次は“王宮新聞”の見出し会議ね!」

 杏奈がノートをパタンと開き、蛍光ペンで線を引いて、ペンを構える。その仕草すら一枚の写真みたいにきらめいていて、俺もつられて笑ってしまう。


「トップ見出し、鈴音からどうぞ~」

「えっ……では――“王宮、平穏。王様、笑顔。”」

「はい最高。バナー決定」


「れーじくんは~、“本日のスープは安心味”とかどうかなぁ~」

「ふわり、天才。フード面トップ」



「じゃあ、私のはこれ。『れー君、満点♡』」

「自己採点満点は反則では?」って鈴音が慌ててツッコむ。

 そんなやり取りが可愛すぎて、俺の番が回ってきた時、自然に笑顔になっていた。


「俺は……“四人で深呼吸。今夜も安定航路。”」


 口にした瞬間、妙に照れた。でも、三人は揃って――

「それがいちばん♡」

「うんうん~」

「記録します」

 優しく頷いてくれる。その顔を見たら、照れなんて吹っ飛んでしまう。


 杏奈が見出しを切り貼りして、「“王宮新聞 第14号”、発行~」。

 鈴音が丁寧に受け取って、「保存庫に綴じます」。

 ふわりが「れーじくんの将来の宝物~」と笑う。

「いや、今がもう宝物だろ」

 そう口にしたら、三人とも一瞬ぽかんとして、すぐに頬を染めて照れ笑い。

 ああ、この表情をずっと見ていたい。


 次は“王宮アルバム”の番だった。

 杏奈がぱたぱたと走ってきて、両腕いっぱいに色画用紙とマステ、ハサミやノリまで抱えている。彼女が壁に水色、桃色、黄色を順に並べて貼っていくと、部屋の一角があっという間に小さな舞台みたいに彩られる。真ん中には、金色に塗った王冠の切り抜きが堂々と鎮座し、淡い照明を受けてきらりと光った。


「信号機みたいで可愛い~」

 ふわりが小首をかしげながらライトの角度を微調整する。白いカーテン越しの光と重なり合って、まるで即席の写真館のセットが出来上がった。紙とマステの匂いに混じって、ほんのりと甘いお菓子の残り香が漂う。


 カメラのタイマーをセットして、一枚目は四人そろってピース。シャッター音が「カシャッ」と鳴るたびに、胸の奥が一瞬くすぐられる。

 二枚目は杏奈と鈴音が両脇に並び、背中からふわりがふわっと包み込む。その腕の重みと温かさが俺の背に伝わって、シャッターの瞬間に「安心」という言葉そのものが形になった気がした。

 三枚目は深呼吸のポーズ。みんなで息を吸って、吐いて、自然と笑う。ただそれだけなのに、胸の奥がやさしい熱で満たされ、レンズの奥にその温度ごと閉じ込められていく気がした。


 やがて灯りを少し落とすと、空気がゆっくり沈んで、静かな夜の色になる。杏奈が膝の上に本を開き、柔らかな声で詩を読み上げ始めた。

 右に杏奈、左に鈴音、背中にはふわり。いつもの並び。ページをめくる紙のかすかな音が重なり、三人の体温が呼吸とともに俺を包み込む。肌に触れる手のひらの温度までが心地よくて、肺の奥まで深く息が届いていく。


「れー君、今日の“好き”はたくさん言えた?」

 杏奈が覗き込むように問う。

「言えた。たぶん、今までで一番」

 驚くほど素直な声が出て、自分でも少し驚いた。


「れーじくん、じゃあ“ありがとう”も言お~」

「ありがとう。みんなに」

 その言葉は考えるより早く口をついて出ていた。心からだったから。


「レージ君……では“安心宣言”です」

 鈴音が耳元に顔を寄せ、吐息混じりの声で囁く。「明日も、明後日も。王様を護ります」

 その短い誓いが、刃物のように鋭くも温かく胸に刻まれる。

「頼もしすぎる」

 そう答えると、彼女はわずかに微笑み、赤く染まった耳が布団に沈んだ。


 杏奈が少し真面目な顔で言う。

「れー君。私達が“王宮の遊び”を大好きなのはね、全部――“れー君が真ん中にいる日常”を大事にするためなんだよ」


 胸の奥がじんと熱を帯び、痛いくらいに鼓動する。俺は三人の手を順に取り、小さく強く握った。

「俺も。真ん中にいる日常が、いちばん好きだ」


 その瞬間、空気がふわりと甘く満ちた。

 杏奈が右頬に、鈴音が左頬に、ふわりが額に。三方向から軽く、でも確かにキスが落ちてくる。唇の感触、吐息の温度、頬に残るやわらかさ。三人の呼吸が揃い、まるで子守唄のようにやさしい音が俺を包み込む。


 ――このまま目を閉じれば、きっとすぐ眠れるだろう。

 けれど、まだ少しだけ。三人の体温も、髪の香りも、今日交わした“好き”と“ありがとう”の余韻も、ぜんぶ胸の真ん中に抱いていたい。


 そう願える夜こそが、何よりの宝物だ。

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