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14回目 その1

「れー君、準備できてる?」

 杏奈がにやり。黒髪のハーフテールが、ぴょんって跳ねるたびに胸がズキンとする。なんでそんな反則みたいに可愛い動きするんだよ……。


「れーじくん、今日は“しっとり甘め”で行きたい気分~♡」

 ふわりは相変わらずマイペースな微笑み。影がデカい。いや、195センチってやっぱインパクトあるよな……このサイズ感で“しっとり”って言われたら心臓が耐えられないんだが。


「レージ君、鈴音は“任務:癒やし警護”で参ります!」

 鈴音が小さく敬礼。茶色ポニテがきゅっと結ばれて揺れてる。いや、任務って何だよ。護衛って俺何から守られる予定なの!?


 ベッド脇のラグに円陣組んで座って、杏奈が割り箸の束を掲げた。赤マーク入りの一本が混ざってる。

 この瞬間が毎回ドキドキするんだよなぁ。何本目にどんな爆弾が仕込まれてるか、毎回わからん。


「「「王様れーじ君♡♡♡」」」

 はい来た、例のやつ。心臓が律儀にドクンと跳ねる。もう条件反射。今日は何が起きるんだ俺……。


 四人同時に引いて――

「やったぁ♡」

 杏奈の手に赤印。今日の正室は杏奈から。いやこの人が正室引くときの勝ち誇った顔、いちいち破壊力高すぎる。


「では“正室・杏奈ちゃん”をお迎えします」

 鈴音が読み上げると、ふわりがぱちぱち拍手。俺の部屋なのに完全に式典みたいになってるぞ。


 杏奈は胸を張って、俺の正面に膝立ち。目がキラキラしてる。

「第14回のテーマは――王宮すごろく&劇場版っ! れー君がコマ。私達がマスを作るよ!」

「俺が……コマ?」

「うん♡ 一歩進むたびに、イベントが起きるの。ポイント制。危険なマスはなし、ぬくぬくオンリー!」

「それは助かる」

 いやマジで助かる。こないだの時は心臓が三回止まったからな。


 杏奈がノートに、手描きの“すごろく盤”をさらさらっと描く。

STARTベッド→ラグ→机→窓辺→クッション島→ゴール(ロイヤルソファ)》

 各マスに小さな絵と説明まで描き込み済み。準備よすぎだろ……。


 そういえば昼間に3人で何か話し合ってたな。

 


 ラグ:「深呼吸チャレンジ(みんなで3カウント)」

 机:「おやつ一口(ふわり手製のビスケット)」

 窓辺:「声に出して“好きなところ”一つずつ」

 クッション島:「ミニ朗読会」

 ロイヤルソファ:「王宮シアター開幕」


「王様、コマをどうぞ♡」

 杏奈が俺の両肩に手を添え、スタート地点のベッドから、そっとラグへ“ひとマス”動かす。押す手が優しくて、逆にドキッとするんだが。これゲームだよな? いやゲームだよな!?


 ラグの上に移動しただけなのに、胸の奥が妙に静かになる。

「はいはーい、“ラグ・マス”は深呼吸からね。杏奈ちゃんカウントしまーす♡」

 鈴音の司会が妙に板についてて笑いそうになる。いやこの子、絶対この役楽しんでる。


「せーの。いち、に、さん……吐く~。いち、に、さん」

 杏奈の声、ほんとちょうどいい高さなんだよな。無意識で肩が下がっていく。背後では、ふわりがラグの端をちょいちょいっと整えて、座りやすい角度を作ってくれる。細かいけど、こういう気遣いがいちばん効くんだよ……。


「王様のお顔、落ち着いてきた~♡」

「記録します。いまのは“落ち着き”ポイント、プラス一です」

 鈴音がまじめに丸を付けるから、思わず笑ってしまう。ポイント制って、なんでこんなに安心するんだろう。


「次は“机・マス”だよ~」

 ふわりがタッパーを開けると、ふわっとやさしい匂いが広がった。焼き色がほんのりのビスケット。

「れーじくん、はい。ほんのりバターと、少しだけレモン~。今日の“がんばり”に」

 一口かじる。ほろっと崩れて、酸味が喉をするり。

「……うまい」

 口に出た瞬間、自分の声が少し柔らかくなるのがわかる。

「よかったぁ~♡」

 ふわりの笑顔が、またデカくなる。


「このマス、“おいしい”ポイント一。さらに“作り手さんを褒めた”でボーナス入ります!」

 肩越しに覗き込んだ杏奈がにやっとして、俺の口から自然に言葉が出る。

「ふわり、最高」

「きゃ~、わたしも“うれしい”ポイント、ください~」

「はい。合計三です」

 鈴音の筆が、すっと止まる。手際良すぎて笑う。


 窓際に立つと、外は薄い藍。カーテンを少しだけ開けた“窓辺・マス”は、ゆるい夜の入口みたいだ。

「順番に“好きなところ”一個ずつ、いきます。トップバッター、杏奈ちゃん」

「はいっ♡」

 俺の正面に立った杏奈が、真っ直ぐこちらを見る。

「れー君の“スパッと言い切る時の目”。迷ってるときも多いけど、決めるときの目は、ちゃんと王様なんだよ♡」


 心臓が、ドクン。言葉が胸に直で落ちる感じだ。

「ありがとな」


 ふわりは、俺の隣で同じ景色を見るみたいに並ぶ。

「れーじくんの“ありがとう”の声。ふつうのトーンだけど、いつもほんとに心からでしょ。そのままが、いちばんすき~♡」

 そのまま、か。俺はうなずいて、視線で「今日もありがとう」と返した。


 鈴音は窓の影を踏まないように一歩出て、背筋を伸ばす。

「レージ君の“覚えている力”。嬉しかったことも、痛かったことも、みんなの分まで。……鈴音、救われたことが何度もあります」

「俺もだ。鈴音に、何度も助けられてる」

「……ふふ。では“言葉のぬくもり”ポイント、三です」

 メモにそっと書き足す音が、小さく心地いい。


 クッション島に腰を落とすと、杏奈が薄い童話を取り出した。

「“王様の昼寝”って短いやつ。交代で、一段落ずつ読も?」

「賛成」

「読み上げ、がんばります」

「うんうん~」


 ページの白に、みんなの声が少しずつ色を乗せていく。俺の順番が回ってくるたび、三人の呼吸が自然に合うのが分かる。言葉の拍が、四人の脈拍に寄っていく。――ただ読むだけなのに、胸の奥が妙に落ち着く。不思議だ。


 読み終わって、ふわりがぽつり。

「“王様がよく眠れる国”って、いいねぇ。ここも、そうだといいなぁ~」

「もう、そうだよ」

 俺が言うと、杏奈が満足そうに頷いて、鈴音が本を丁寧に閉じた。

「“安らぎ”ポイント、二。積み上がってきました」


 最後は“ロイヤルソファ・マス”。照明を少し落として、壁に小さな影。

「はい、王宮シアター開幕♡」

 杏奈がスマホのライトで手影を作る。ウサギ、鳥、王冠――ぶっちゃけ拙いのに、胸にやたら来るのはなぜだ。


 ナレーションは鈴音、台本はふわり。

 第一幕は“青い旗”が迷い道で先を示し、第二幕は“桃色のクッション”が王様の昼寝をそっと支え、第三幕は“黄色い星”が夜の道しるべになる。やさしい劇。俺は観客席の真ん中、三人が左右と後ろから、すこしだけ寄り添う位置にいる。


「王様、アンコールは?」

 杏奈が振り返る。

「第三・五幕。――“三人まとめて、となりに座る”」

「脚本、良きです!」

 鈴音が親指を立て、ふわりが俺の肩を“よしよし”みたいにぽん。

 この時点で、ポイントなんてもう数えてない。

 全員の顔を見れば分かる。今の時間、もう満点だ。


 俺は深く息を吸って、静かに吐いた。

 ――こうやって、ふざけて笑って、“好き”を言葉にして、また笑って。

 その繰り返しが、いちばん強い。

 三人が作ってくれる“真ん中”に、今日もちゃんと立てている。

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