幕間
チャイムが鳴り終わると同時に、教室の空気がゆるんだ。ノートを片付けながら、ふと前を見渡すと――俺の視界には三人の幼馴染みが順番に飛び込んでくる。
まずは杏奈。窓際の席に腰掛けて、黒髪のハーフテールをくるんと指に巻きつけながら、外を眺めている……のかと思ったら、突然こっちを振り返って、ニヤッと笑った。
「れー君、ボーッとしてたでしょ♪ 授業中にわたし見てたでしょ♡」
「見てねぇよ!」
即答したのに、クラスの何人かが「え~?」「またまた~」と茶々を入れてくる。杏奈はすかさず両手で大きなハートを作り、「れー君にラブ注入~♡」とか言い出すからもう最悪だ。
次にふわり。背の高い彼女は教室の後ろで立ち上がって、机に身を預けながら本を読んでいた……のだけど、立ち上がった瞬間にバランスを崩し、背中から「どすん!」と黒板にぶつかってしまった。
「きゃっ……えへへ、ちょっとよろけちゃったぁ~」
「いや、ちょっとどころじゃなかったろ!?」
俺が慌てて声をかけると、ふわりは胸のあたりを押さえてにっこり微笑む。
「でもね~、れーじくんが見ててくれたから、大丈夫だったよ♡」
……うん。確かに俺はずっと見てたけど、理由が理由なのでなんとも言えない。
クラスの男子の視線が刺さってくるのは気のせいじゃない。
そして鈴音。彼女は机の下で何やらゴソゴソやっていると思ったら、袋からポテチを取り出してむしゃむしゃ食べていた。
「おい鈴音、授業終わった途端にそれかよ!」
「れ、レージ君! これは……糖分と塩分の補給なんですです!」
必死に言い訳する鈴音。しかも袋を慌てて隠そうとした拍子に、机の上にポテチをばらまいてしまう。
「わー! 教科書の上に……あぁぁ!」
「あーあ……」
「……うへへへ。レージ君、拾ってくれますか? 鈴音、手がベトベトで……」
「お前なぁ!」
三人三様にやらかすもんだから、教室はちょっとしたお祭り騒ぎになった。周囲の女子は「キャー!」「幼馴染ってずるい!」と騒ぎ立て、男子は男子で「くそぉ!」「土峰爆発しろ!」と嫉妬混じりの叫び声を上げる。
俺は机に突っ伏しながら、心の中でため息をついた。
――これ、いつまで続くんだろう。いや、できれば一生続いてほしいけど。
◇◇◇
授業が終わり、休み時間になると同時に教室の空気がざわつき始めた。俺はただノートを閉じていただけなんだが――。
「きゃー! 土峰くーん! 次の体育祭、リレーも出るんでしょ!?」
「ノート貸して! 零士君の字って読みやすいんだもん♡」
「ねえねえ! 昨日のIH決勝の動画また見たんだけどさ! あの3P決めるとこ、マジ鳥肌立った!」
……うん、分かってる。こうなるのは分かってたんだ。全国でもトップレベルのバスケ部エースだった“元・俺”は、校内でもまだまだ人気が衰えていない。
だが今日は――幼馴染みトリオの監視がすぐ横にいる。
「ちょっとぉ? れー君は今、わたしとおしゃべり中なんだけど?」
杏奈がずいっと机に身を乗り出して、俺の肩をぐいぐい押しながら主張してきた。
「そうそう、割り込みはマナー違反だよ? れー君はわたし専属だから♡」
「杏奈ちゃん、それ独占禁止法違反ですよぉ~」
ふわりはおっとりした口調で言いながら、俺の反対側にすっと立つ。その身長195cm。まるで壁のような包囲網。しかもほんわかした微笑みを浮かべながら、手を俺の椅子の背もたれに回してくるもんだから、自然と俺は囚われの身だ。
「ふ、ふわわんも杏奈ちゃんも……! ず、ずるいです! レージ君は、鈴音とも休み時間を過ごすって約束しましたよね!?」
「いや、約束はしてないけど……」
「し、しました! 少なくとも鈴音の心の中ではしました!」
それは約束とは言わんぞ鈴音よ。
鈴音が赤面しながらも机に身を乗り出して、強気な敬語で迫ってくる。その頬まで真っ赤な必死さに、思わず返事が詰まってしまった。
そんな三人の攻防をよそに、教室の周囲は大盛り上がりだ。
「やばい! 今のトトカルチョ倍率上がるわ!」
「いや杏奈優勢だろ! 見ろよあの圧!」
「いやいや! ふわり先輩の守備範囲広すぎて勝負にならん!」
「鈴音ちゃんが一番堅実だって! “幼馴染みの恋路を見守る会”でアンケート取ったら結局三人同率だったんだぞ!」
俺の知らんところでまたオッズが動いてるらしい。やめろ。
極めつけは、廊下の向こうからわざわざ覗き込むように「キャー! 零士さーん!」と手を振る他クラスの女子達。中にはチア軍団の元メンバーらしき姿まである。……まだいたのかあの人達。
「……れー君、今の聞いた?」
杏奈がにこーっと笑いながら、背後から俺の耳元に顔を寄せて囁く。
「うちのクラスから、れー君取ろうとしてる子、まだいるんだねぇ?」
「ひぃ……」
「れーじくん、人気者だねぇ~♡ でもね? 人気があるのと、わたし達が大事にしてるのは別だから」
ふわりはにっこり、けれど椅子の背もたれをがっちり押さえたまま。逃げ道がない。
「レージ君! そんな……他の子に愛想振りまいたら……鈴音、本気で怒りますからね!」
鈴音はぷるぷる震えながら宣言し、机をばん!と叩く。頬を真っ赤に染めながら、目だけは必死に俺を見上げてくる。
俺は両手を挙げて、必死に取り繕った。
「ま、待て待て! 俺は別に何もしてないから! ただ普通に過ごしてるだけだから!」
しかし周囲のクラスメイトの視線はさらに熱を帯びる。
「羨ましすぎる……!」
「一度でいいから零士君に『ノート貸して♡』って言われたい!」
「いやむしろ俺に貸してくれ!」
「お前じゃねぇ!」
男子の罵声と女子の黄色い歓声に包まれながら、俺はただ机に突っ伏した。
――これ、休み時間なのに全然休めない。
俺が「何もしてないから!」と両手を挙げても、事態は収束するどころか加速していった。
「土峰くーん! 今度の文化祭、一緒に回ろうよ!」
「ノート貸して! 零士君の字って読みやすいんだもん♡」
「昨日のIH決勝の動画見返したけど、3Pシュート神がかってた!」
――おい、こっち見んな。
周りの女子達が次々と声をかけてくる中、杏奈は机をばん!と叩き、仁王立ちした。
「ちょーっと待ったぁ! れー君はわたしとおしゃべり中! 横取り禁止ーっ!」
「いやいや、杏奈ちゃん。それ独占禁止法に触れてますから~」
ふわりがのほほんとツッコミを入れるが、俺の肩にそっと手を置いて「でも、れーじくんはこっちだよねぇ♡」と笑顔。
「ふわわん! ずるいです! レージ君は……鈴音と過ごすって約束しました!」
「してないけどな!?」
「し、しました! 少なくとも鈴音の心の中ではっ!」
……いや、それは約束じゃない。
そんな修羅場に油を注ぐように、ふわりがぽわんとした口調で爆弾を落とした。
「でもね~、れーじくんって、ほんと優しいんだよ。ラブレターとかもらったの、全部ちゃんと読んで、大事に箱に入れて保管してあるんだよねぇ~♡」
「はあああああああ!?」
杏奈と鈴音の声がハモった。
杏奈がずいっと顔を近づける。
「ちょ、れー君!? 本当に!? 何それ!? わたし知らなかったんだけど!?」
「ちょ、ちょっと待て! 別に変な意味じゃなくて! 捨てられなかっただけだって!」
「だーめ! そんなの女の子みんな勘違いしちゃうじゃん!」
鈴音も顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。
「れ、レージ君……! も、もしかして……他の子からのも“宝物”って思ってるんですか……?」
「ち、違う違う! ただ気持ちを無下にできないから残してるだけで!」
「それってもう優男の極みじゃん!」とクラス中からツッコミが飛ぶ。
案の定、教室の隅では男子が叫んでいた。
「また好感度爆上げじゃねえか!」
「ラブレターコレクションとか少女漫画の王子様かよ!」
「爆発しろぉぉぉぉ!」
女子達は女子達で黄色い声を上げる。誰がコレクションしてるなんて言ったんだ。捨てられないだけだっつーの。
「やっぱり土峰くん素敵!」
「絶対いい人だよね!」
「推し確定♡」
……いやほんと、頼むから黙っててくれ。
その輪の中心で、杏奈はじとーっと俺を睨んでいる。
「れー君。わたしのラブレターは? ちゃんと一番上に保管してある?」
「いや杏奈からは直接もらったことは……」
「な、なによそれ! 直接言葉で言ってるから書いてないだけだし!」
それはラブレターというカテゴリには入らんだろうが……。
ただ、幼稚園の頃にお誕生日でもらった杏奈のメッセージカードはちゃんと押し入れの思い出ボックスにしまってあるのだが、それを言うとまた調子づきそうなので言わないでおく。
「レージ君! で、では! 今からでも鈴音が書いて渡します! 絶対に一番上にしまってくださいね!」
「れーじくん、わたしのは~、お菓子の包みに書いてあげるねぇ♡」
「やめろやめろやめろ!」
結局、女子達の黄色い声援と男子達の怨嗟の合唱の中、俺は三人に机の上で取り合われ、休み時間はドタバタ修羅場のまま終了した。
――なあ。俺、いつになったら落ち着いた休み時間を過ごせるんだろうな。
◇◇◇
女子達の黄色い声援が飛び交う教室。
「やっぱり保杉君イケメンだよね~」
「でもさ、中身スカしてない? 自慢話多いし」
「その点でいうと土峰君は違うよね~。全国準優勝なのに全然偉ぶらないし!」
――勝手に比べないでくれ。俺はただ静かに休み時間を過ごしたいだけだ。
そんなとき、教室の扉が勢いよく開いた。
「やあやあ諸君! 今日も俺、モテすぎちゃって困るんだよなぁ!」
現れたのは――保杉小丸、通称モテスギ君。ナルシスト丸出しの決めポーズで入ってくるなり、女子の一部から「きゃー!」と声が上がる。
隣のクラスまで何をしにきたんだコイツ?
だが同時に、別の女子達がひそひそ。
「顔はいいけど……また来たよ、スカし君」
「土峰君と比べると……やっぱり中身がね」
「分かる~! やっぱ土峰君の方がいい!」
教室の空気が真っ二つに割れるのを感じた。
そして最悪のタイミングで杏奈が声を上げた。
「あー、そういえば! わたし、この人に告白されたんだっけ」
小丸の目が輝く。
杏奈はけろっとした顔で続ける。
「でもね、顔も名前も覚えてなかったから、最初“誰?”って思ったんだよね~」
「ぐはぁぁぁ!」小丸、撃沈。
さらにふわりがにっこり笑って追撃。
「れーじくんはね~、女の子からいっぱいお手紙もらっても、全部ちゃんと大事にしてるんだよ♡ そういうところが素敵なんだよねぇ~」
「ぐっ……誠実ポイント!? 俺に一番足りないやつぅぅ!」
自覚してんのかよ……。
鈴音も顔を真っ赤にして机をばんっと叩く。
「レージ君は……表面だけじゃなくて、ちゃんと中身でモテてるんです! だから……鈴音、誇らしいんです!」
「ぐふっ」
もはや小丸はその場に崩れ落ち、女子達の視線は完全に俺へ集中していた。
「やっぱり土峰君ってすごい!」
「誠実で優しいし、全国準優勝のエースなのに謙虚!」
「杏奈ちゃん達が羨ましい!」
「……ふふん♡ だって、れー君はわたし達の王様だからね~♪」
杏奈が胸を張ると、ふわりも穏やかに寄り添う。
「そうそう、れーじくんはわたしたちにとって特別だよ♡」
鈴音も小さく拳を握り、真剣に。
「レージ君は……わたしたちが絶対守ります!」
……結果。
保杉小丸の悪あがきは完全に裏目に出て、俺はまたもや教室の中心で大騒ぎに巻き込まれることになった。
「……俺はただ、静かに過ごしたいだけなんだけどなぁ……」
哀れモテスギ君。でも杏奈ってガチでクラスメートの顔すら次の日の忘れるから、思い出しただけで奇蹟だぞ。
「れーじくん、杏奈ちゃん容赦ないねぇ~」
ふわりは口元を押さえてくすくす笑う。
鈴音は真剣な表情で頷いた。
「杏奈ちゃん……正しいです。レージ君に比べたら、モテスギ君なんて……」
男子達からも野次が飛ぶ。
「小丸、負けてんぞ!」
「外見だけじゃダメだってこったな!」
「零士の株、さらに爆上がりだな!」
「お、おのれぇぇ……!」とモテスギ君は頭を抱え、女子達の黄色い声援の中で退散していった。
杏奈は勝ち誇ったように俺の肩に腕を回す。
「ほらね、れー君♡ やっぱりみんな、れー君が一番だって」
ふわりもそっと俺の反対側から寄り添い、長身で包み込むように笑う。
「そうそう。れーじくんは優しいから、みんな惹かれちゃうんだよ♡」
鈴音は机に手を置いて、真っ赤になりながらも強い声を出した。
「レージ君は……わ、わたしたちが絶対に守りますから! 他の誰にも渡しません!」
俺は――教室中の視線が突き刺さる中、ただ机に突っ伏して心の中で叫んだ。
――頼むからもう、俺を話題の中心にしないでくれ。




