11回目 その2
「……ふぅ♡ れーじくん、そろそろ限界かな?」
ふわりがゆっくり腕を解くと、俺はようやく解放されて深く息を吸った。
まるで大きな毛布に包まれて眠っていたみたいに、全身が心地よい熱に包まれている。
「ふわりちゃん、ずるいっ。れー君を独り占めしてっ!」
杏奈が頬をぷくっと膨らませて詰め寄る。
お前さっきまで応援してたろうが。
「杏奈ちゃんの手の平はドリルがついてるの~?」
なんて言い返すふわりに笑ってしまった。
その隣で、鈴音がそっと手を挙げた。
「……では、次は鈴音の番、ですよね?」
「え、あ、ああ……そうなるのか……」
俺が返すより早く、鈴音はポニーテールを揺らして一歩前に出る。
その姿は――さっきまでのふわりの大人っぽさとは真逆で、まるで元気な子犬みたいだ。
だが、その大きな瞳の奥に隠しきれない熱が宿っているのを、俺は見逃さなかった。
「レージ君」
「お、おう……鈴音」
呼ばれた瞬間、ぐいっと腕を掴まれて引き寄せられる。
驚くほど強い力だ。
そういえば、鈴音は元陸上部のエースだったんだよな。
「レージ君、しゃがんでください。……鈴音、小さいから、こうしないと届かないんです」
「えっ……いや、その、しゃがむって……」
抵抗する間もなく、ぐいっと腕を引かれ、俺は半ば強制的に鈴音の目の高さまで下げられた。
その瞬間、
「んっ♡」
不意打ちのキス。
唇が重なると同時に、俺の頭の中が真っ白になる。
「ぷはっ……♡ レージ君の唇、甘いです……♡ えへへ、やっぱり鈴音、レージ君大好きです……♡」
顔を真っ赤にして言う鈴音。
だがその口元は、抑えきれない笑みで緩んでいる。
「ちょ、ちょっと待て鈴音……!」
「んふふ……レージ君、顔真っ赤です。鈴音にされてドキドキしてるんですか?」
普段は恥ずかしがり屋のくせに、こういう時だけやたら攻めてくる。
そのギャップに俺の心臓は音を立てて跳ね続ける。
「レージ君のこういう反応、たまらないんですよね……♡」
鈴音はわざと俺の膝の上にちょこんと乗り、顔を近づけてきた。
小柄だから軽いはずなのに、俺の心にはとんでもない重圧だ。
「ん~……こうして座ると、鈴音、完全にマスコットですね♡ えへへ……」
「お、お前なぁ……!」
「でも、マスコットじゃなくて……鈴音は、レージ君の正室ですから♡」
顔を近づけ、ふにゃっと笑いながらもう一度唇を奪われた。
「……れーじ君」
「……なんだよ」
「鈴音、ちっちゃいから、からかわれるの嫌なんです。チビとか、そういうのも……」
急に真面目な声になった。
俺は思わず息を呑む。
ちなみに俺は鈴音にチビなんて言ったことは一度もない。
「でも……今日みたいに、れーじ君に抱きしめてもらえるなら……悪くないです。むしろ……うれしいです」
そう言って、鈴音は真っ赤な顔で「うへへへ♡」と照れ笑いを漏らした。
そのあまりの素直さとギャップに、俺は頭を抱えそうになる。
「……お前ってやつは、本当に反則だな」
「反則でも、正室ですから♡ いっぱい、いっぱい甘やかしてもらいますから♡」
再び膝の上で腕を回してくる鈴音。
俺は観念するしかなかった。
「はぁ~いっ! リンちゃん、時間オーバーっ!」
杏奈が割り箸をひょいっと掲げ、強引に区切りをつける。
「えっ、も、もうですか? 鈴音、まだ全然足りないんですけど……!」
「順番なんだから仕方ないのっ!」
名残惜しそうに俺にしがみついた鈴音を、ふわりが優しく引きはがす。
その目には「次は杏奈だよ」という合図が宿っていた。
俺はようやく息をついたが――
心臓のドキドキは、まだまだ止まりそうになかった。
「……まだ全然足りないんですけど」
鈴音はふわりに引きはがされた後も、ぽすん、と俺の胸にしがみついてくる。
ちょっと涙目になってるのは、きっと本気で名残惜しいんだろう。
「な、なぁ鈴音。そんなにくっついたら……」
「ダメです。鈴音、レージ君の正室ですから♡」
ぴとっと額を俺の胸に押し付け、すりすりと猫みたいに頬を擦り寄せてくる。
その仕草はマスコットそのものなのに――声は甘く、妙に色っぽい。
「……ほら、こうしてると……レージ君の心臓、聞こえます。ドクンドクンって……。鈴音のせいで、早くなってますね?」
「お、お前……っ」
「えへへ♡ 嬉しい……。鈴音、ちっちゃいけど……ちゃんと女の子なんですよ?」
耳元で囁かれ、ゾクリと背筋が震えた。
「ね、レージ君……」
鈴音は少し躊躇してから、意を決したように顔を上げる。
真っ赤な頬に、大きな瞳。
そこには普段の無邪気さよりも、ずっと強い決意が宿っていた。
「鈴音のこと……ギュッて抱きしめてください」
「え……」
「ずっと、みんなにマスコット扱いされてきたから……。レージ君には、ちゃんと女の子として見てほしいんです」
小さな身体をまっすぐ俺に預け、目を閉じる鈴音。
俺は自然に、その華奢な背中に腕を回していた。
「……あったけぇ」
「ん……♡ レージ君……大好きです」
鈴音は俺の胸の中で、ぽそぽそと呟く。
「もっと一緒にいたい」とか、「離れたくない」とか。
その一つ一つが胸に刺さって、俺の心臓はまた跳ね上がった。
「……あの、レージ君」
「ん?」
「今度……一緒にラーメン行ってくれませんか? 鈴音、めちゃくちゃ大盛り頼んじゃいますけど……」
急に顔を上げてそんなことを言うから、思わず吹き出してしまった。
その瞬間、鈴音の頬がぷくーっと膨れる。
「な、何で笑うんですか! 真剣なんですから!」
「いや、ごめんごめん……でも、鈴音らしいなって」
「……うぅ~。でも、そういうのも全部見てほしいんです。鈴音は鈴音だから」
そう言って、鈴音はまたぎゅっと抱きついてきた。
「最後に……もう一回だけ、いいですか?」
「……あぁ」
鈴音は背伸びして、俺の首に腕を回した。
背伸びしても届かない分、俺の頭をぐいっと下げて――
「ちゅっ♡」
小さな唇をそっと重ねてきた。
さっきより短いけれど、逆に真っ直ぐで、心に残るキスだった。
「……ありがと。これで……鈴音、しばらく頑張れます」
「……おう」
その笑顔は、いつもの無邪気さと、女の子としての強さを同時に感じさせるものだった。




