10回目 その2
「ねぇねぇ、れー君♡ 覚えてる? ほら、前にこうやって――」
杏奈がにやっと笑って、上着をつまんでぴらり。
おへそがチラ見え。完全に“前科アリ”の挑発だ。
「こうやって見せたら、れー君すっごい顔真っ赤にして興奮してたよね~♡」
「お、覚えてるけど……!」
「れー君のスッケベ~♪ おへそ見ただけで赤くなっちゃって♡」
頬をふくらませながらも、声は甘くて楽しそう。俺をからかうのがもう恒例行事らしい。
「この~、くらい~、だったよね~」
ゆっくりとした口調になった杏奈が徐々に徐々に上着をめくっていく。
「お、……おお……」
「ア~ル~プ~ス~いちまんじゃーくー♪ 小槍のうーえーで♪ アルペン踊りを さぁ 踊りましょ」
子供の頃によく聞いたあの歌を歌いながら杏奈はシャツをめくり上げ、徐々にアルプス山脈の頂上にあるピンクの雪化粧の姿を……。
「はいここまで~~♪」
「ぐふぅっ⁉ またギリギリッ。おかわりを所望するっ! その歌は29番まであるのだっ!!」
「そんなの歌ってたらすっぽんぽんになっちゃうよー。れー君のスッケベ~♡」
「ぐぬぬ……」
「わたしも~♪ リンちゃん、背中に乗って~」
「はいはーい。あの時の再現ですね」
ふわりがのんびりと笑って、スカートをひらひらさせながら四つん這いに。
その上に鈴音がお馬さんごっこのように跨がった。
これはあの時の再現だな。
「ほら、こうしてリンちゃんと話してた隙に杏奈ちゃんと一緒になってのぞき込んでたでしょ~……れーじくんのスッケベ~♡」
彼女のスカートの奥が、またもやギリギリ見えそうで見えない。
「そして最後は……杏奈ちゃんの必殺技、ですね」
鈴音がすっと立ち上がり、わざわざ場を整える。
「さぁ、どうぞ♡」
「いっくよー! れー君、見ててね♡」
杏奈が脚を軽やかに上げる。
Y字バランス――さらにI字バランスまで完璧に決めてみせる。
「れー君の目が血走ってたの、ぜーんぶ見てたからね♡」
「ち、血走ってないわい! あれは驚いただけで!」
「え~? スッケベ顔してたもん♡ ね、ふわりちゃん、リンちゃんも見てたでしょ~?」
「うん~♪ れーじくん、あのとき息止めてたよね~♡」
「そうですそうです、レージ君。杏奈ちゃんの足の近さに、顔真っ赤にして……とてもわかりやすかったのです♡」
三人が声を揃えて笑い出す。
「ちょ、やめろー! あれは不可抗力だ! わざとじゃない!」
「れー君のスッケベ~♡」
杏奈がまたも決定打を放ってくる。
その声が妙に甘ったるくて、こっちの心臓はさらに跳ねる。
――結局、俺は過去の“黒歴史”を三人に再現され、甘い包囲網にがんじがらめにされる羽目になった。
「でもね~♪ れーじくんが赤くなるの、ほんっと可愛いんだもん♡」
ふわりが頬をとろんとさせながら俺に寄り添う。
「そうですよ、レージ君。鈴音たち、もっと見たいのです♡」
「だって、れー君のスッケベ顔、杏奈たちの宝物だもん♡」
杏奈は堂々と宣言してくる。
……俺の心臓はもう持ちそうにない。今日も青春活火山はボルケーノ寸前である。
「じゃあ、今から新しい命令ターイム♡」
杏奈がぴょんと立ち上がり、勝手に号令をかける。
「「「王様れーじ君♡♡♡」」」
また出た、このオリジナルのかけ声。三人が声をそろえるたびに、こっちは背筋がゾワッとする。
もう完全に「王様に奉仕する」為のくじ引きから、「王様を玩具にする」くじ引きに変わり果てていた。
「命令そのいち~♡ れー君は、おへそチラ見せされたら『可愛い♡』って言わなきゃいけません♪」
「命令そのにぃ~♡ れーじくんは、ふわりの“ギリギリスカート作戦”を見たら、素直に『ドキドキした♡』って認めること~♪」
「そして命令そのさん……レージ君は、Y字バランスを目の前で見ながら、正直な感想を言うのです♡」
「おい待て! それって完全に俺をいじる命令じゃないか!」
俺の抗議は三人の笑顔にかき消された。
杏奈がまた上着をめくり――「れー君、どう?♡」
「か、可愛い……♡」
言わされる俺。
ふわりがスカートをひらひら――「ドキドキした?♡」
「ど、ドキドキした……♡」
言わされる俺。
鈴音が真剣に実況しながら――「レージ君、実は鈴音もできるんですよ、Y字バランス♡ 鈴音の、どうですか?」
グイッと持ち上げた足を天井近くもまで持ち上げる鈴音。
流石にフェアリースプリンターと呼ばれた元陸上部エース。
体の柔らかさは新体操部だった杏奈に負けていない。
「す、すごい綺麗で……か、可愛い……♡」
完全に観念した俺。
三人が同時にぱぁっと笑う。
「やった~♪ れー君、素直に言えたじゃん♡」
「ふふふ~♪ れーじくん、真っ赤だねぇ~♡」
「レージ君、合格です♡ ご褒美として――」
ご褒美? と思った瞬間。
三人が同時に顔を近づけてきて――
「「「ちゅっ♡」」」
頬や額、そして唇に。
柔らかな感触が一気に押し寄せてきた。
「れー君、大好き♡」
「れーじくん、えへへ~♪」
「レージ君……うへへへ♡」
三人に囲まれて、俺の心臓は爆発寸前。
もう、誰も俺を助けてはくれない。
◇◇◇
「「「王様れーじ君♡♡♡」」」
――と、また三人の声が響き渡る。
……が、俺はちょっと待ったをかけた。
「なあ、そろそろ普通の『王様だーれだ』方式に戻さないか? 俺ばっかり王様だと……なんか申し訳ないし」
すると三人は同時に「えぇ~っ!」と抗議の声。
「れー君が王様じゃないと意味ないじゃん♡」
杏奈が頬をぷくーっとふくらませる。
「わたしも~♪ れーじくんに命令されたいのに~」
ふわりが腕をぶんぶん振る。ついでに別の場所もぶるんぶるん。
「レージ君が命令される顔を見たいのに……」
鈴音はむしろそっちかよ。
完全に最初のコンセプトが迷子になっちまってるじゃないか。
「いやいやいや! 俺だって普通の命令してみたいんだよ!」
「むぅ~……じゃあ、今回はちょっとだけ普通ルールね♪」
杏奈が割り箸を取り出し、シャッフルして配る。
俺が引いたのは……「2」。
杏奈が「3」。
ふわりが「4」。
鈴音が――「赤い先っぽ」。
「はーい。王様は鈴音ですよー。うーん、どんな命令にしましょうかねぇ」
「ほらほら~リンちゃん、考えて考えて~♡」
「プレッシャーですねぇ~♪」
鈴音はしばらく考え込み、やっとのことで口を開いた。
「命令! 2番の人は――3番に……はい、あーん♡ってしてあげてください!」
「うおっ、2番、俺じゃん!」
「やったー♪ れー君のあーんいただきっ♡」
杏奈がスプーンを構えてニコニコしてる。くっ、これでは変わらないじゃないか。
「してもらうのもハズいが、するのも中々の恥ずかしさだな」
「命令は絶対♡」
分かってますとも。
杏奈が口をあーんと開ける。
……仕方なく俺は、机に置いてあったお菓子を摘んで杏奈の口へ。
「ほい……あーん」
「んっ♡ んふふ♡ れー君から食べさせてもらっちゃったぁ♪」
……その瞬間、ふわりと鈴音のジト目ビームが俺に突き刺さった。
「……れーじくん、不公平だよ~♪」
「レージ君……杏奈ちゃんだけズルいのです」
「いやいや、俺のせいじゃねえから! 命令したの鈴音だから!」
「よーし、それならば~!」
次の瞬間、鈴音は平気でルールを破って命令を続ける。
「じゃあ、次の命令っ! ふわわんにあーんしてあげてください!」
「……また俺!?」
「やったぁ~♡ れーじくん、あーん♡」
……そしてふわりが口をあーん。
また俺が食べさせるはめに。
「んふふ~♡ れーじくんの手から食べると、甘さ三倍だよぉ~♪」
またまた鈴音の期待をする目。今度は自分の番だといわんばかりだ。
「レージ君……」
「いやだから、俺のせいじゃねえ!」
……結局、最後には鈴音が「鈴音にもあーんしてください!」と自分で命令を下し、ちゃっかり俺に食べさせてもらって、
三人そろって幸せそうに「れー君おいしい~♡」と頬を緩ませる始末だった。
結論。
王様ゲームが普通ルールに戻っても、結局俺が一番振り回される。
「れー君の“あーんラッシュ”ごちそうさま♡」
「ふふふ~♪ 次は『あーんしてちゅー♡』って命令しちゃおうかなぁ~」
「れ、レージ君……それは……えへへへ♡」
……ああ、こりゃまだまだ終わりそうにない。




