幕間
夜の帳が落ちて、俺の部屋にはほんのりとした明かりが灯っていた。
勉強机の上のスタンドライトを弱めにして、ベッド横の小さな間接照明だけにしてある。
そう、今日は――始めから「お泊まり会」前提の日だった。
「れー君、ほら、布団敷けたよ!」
杏奈が元気よく宣言する。
部屋に布団を三組敷くと、ほぼ全面が寝床で埋まってしまい、狭い部屋はさらに狭く感じる。
「川の字にして寝るんだよね?」
「もちろん。……でも今回は特別ルールねっ!」
「特別ルール?」
杏奈はにやりと笑い、俺の腕を掴んで布団の真ん中に押し込む。
いつもの事じゃないか。前もやったし……なんて思っていると、杏奈は予想通り予想外の事を言い出した。
「れー君が真ん中! 両隣はふわりちゃんとリンちゃんで、あたしは上からお布団かぶせに行く役!」
「え、なにその役?」
「……つまり囲まれるってことだねぇ。れーじくん、覚悟してねぇ~」
ふわりがほんわかした笑みを浮かべながら、ゆっくり布団に潜り込んできた。
柔らかい感触が腕に密着する。おっとり包容力の塊みたいな彼女に寄り添われると、体の力が抜けていく。
「レージ君、わ、私も……失礼しますっ」
リンちゃんもそろそろと潜り込んできた。
小柄だからなのか、すぐに俺の胸元あたりへくっついてきて――いや、くっつきすぎだろ。
顔が近すぎて、息遣いまで感じる。
「な、なにをドキドキしてるんですかっ。鈴音は……ただの、えっと、正室としての義務ですからね……うへへへ」
「いや笑い方が怪しい!」
ムッツリスケベめ。だがそれが可愛い。
「ね、れー君」
杏奈が、わざと真剣な顔をして言った。
「今日は特別でしょ? お泊まり記念。だから……“おやすみのキス”してあげる」
「ちょっ、まっ――」
言葉が終わるより先に、杏奈の柔らかい唇が頬に触れる。ほんの一瞬だけど、心臓が爆発した。
「……はい、零士のほっぺにマーキング。私の場所ね」
「なにその縄張り宣言!?」
俺がツッコむ間に、ふわりがのんびりと身を寄せてきた。
「ん……わたしも~」
そう言って、彼女は俺の額にそっと口づけた。
「これは……おまじない。いい夢見られるように、ね」
ふわりのキスは優しくて、体温がじんわり広がる感じがする。心がふわっと軽くなる。
そして――鈴音。
彼女は恥ずかしそうにモジモジして、でも急に顔を近づけてきて……俺の唇に、ちょんと触れた。
「っ――!?!?」
「……今のはマーキングです…ぐひ」
顔を真っ赤にして、でも笑いが漏れる。鈴音らしい。
……やばい。これはほんとにやばい。心臓の音で布団が震えてる気がする。
おかしいな。前回のお泊まりではこれよりもっと凄いディープな事をした筈なのに……。
初々しい皆の反応に、それ以上のトキめきとドキドキを感じてしまう。
そのまま三人は俺にくっついて目を閉じる。
杏奈は腕を絡めたまま「おやすみ、れー君」と囁き、
ふわりは優しい笑顔で「ん……れーじくん、あったかい……」と呟き、
鈴音は顔を布団に埋めて「えへへ……しあわせ……」と笑っている。
俺だけ、完全に眠れない。
三人の吐息が近すぎるし、密着感が強すぎるし、心臓が落ち着く暇がない。
でも、不思議と嫌じゃない。むしろ――最高に幸せで、安心していて。
「ああ……これが俺の日常なんだな」って、胸の奥から実感する。
王様ゲームで翻弄されて、ドタバタして、ギャグみたいに振り回されて。
それでも最後には、こうして三人と一緒に眠れる。
――そんな夜が、ずっと続けばいい。
そう思いながら、俺はようやく、瞼を閉じた。
◇◇◇
はい、そんな訳ないですよね!
寝れるわけねぇだろこんな状態でっ!
時計を見れば、まだ午前二時。外はしんと静まり返っている。
――なのに、なぜか俺の右手が、やけにあったかい。
「……ん……れー君……」
小さな寝息とともに、杏奈が腕にしっかり抱きついていた。
顔を近づけたら、すぐに唇が触れそうな距離。
頬がほんのり赤くて、夢の中でも笑ってる。
(おいおい、これ……反則だろ……)
息をのむ俺に、杏奈がむにゃっと唇を寄せてきた。
無意識のまま、俺の唇に柔らかく触れて――。
「っ……」
甘すぎる一瞬。けどすぐに彼女はまた夢の中に沈んでいった。
……寝てる間に、不意打ちでキスって。どんな姫様だよ。
今度は左側から。
「ん……れーじくん……」
ふわりが、もぞもぞと動いた。
彼女は俺の胸元にすっぽり顔を埋めて、耳元にふうっと熱い吐息をかけてくる。
「だいすき……れーじくん……」
かすれた寝言とともに、彼女も唇を寄せてくる。
額かと思ったら――狙い違わず、俺の口にやわらかく重なった。
ゆっくり、深く。ほんのり甘い味まで伝わってくるような、夢みたいなキス。
俺が反応する間もなく、ふわりはとろんとした顔でまた眠りについた。
(おいおい……こんな天使みたいな寝ぼけキス、反則すぎる……!)
最後に――寝相で枕元に移動していた鈴音。
「……れーじ君……おきてますか?」
小さな声。振り返ると、彼女だけはぱっちり目を覚ましていた。
顔を真っ赤にして、布団に潜り込みながら、じりじりと近寄ってくる。
「……さっきの二人、ずるいです……鈴音だって……」
そう呟いて、彼女は勇気を振り絞るように唇を寄せてきた。
一瞬ためらってから、ちゅ、と触れる。
「っ……あ、あぁぁ……した、しちゃった……! うへへへ……」
恥ずかしさに布団に顔を埋める鈴音。でも、耳まで真っ赤にして笑ってる。
(……やばい。本気で幸せすぎて、俺の理性がどっか行く……)
三人からのキスが立て続けに襲ってきて、俺の心臓はすでに限界を突破していた。
右、左、そして枕元――。唇に残る感触が、熱くて、甘くて、どうしようもなく俺を惑わせる。
(やばい……これ、眠れるわけねぇ(2回目)……!)
必死に寝返りを打つのを我慢していたら、布団の中で小さなざわめきが広がった。
「……んっ……れー君……もういっかい……」
杏奈だ。完全に寝ぼけているのか、俺の胸の上に腕を回して、子どもみたいにぎゅうっと抱きついてくる。
その拍子に、柔らかい感触が胸に押し当てられて、俺は思わず息を止めた。
「れー君の匂い……すき……」
顔をすりすりと俺の首筋に擦りつけてくる杏奈。
声は小さいけど、熱がこもっていて、まるで告白みたいに響く。
(杏奈……大胆すぎ……いや、かわいすぎるだろ……!)
「……れーじくん……」
今度はふわり。とろんとした目を半分だけ開けて、俺の顔を覗き込んでいる。
まぶたが重そうなのに、やわらかい笑みを浮かべて、そっと俺の頬に手を当ててきた。
「さっきの……ぜんぜん足りない……」
言うが早いか、ふわりは俺の唇を捕らえる。
今度はほんの一瞬じゃなくて、深く、長く――。
彼女のぬくもりと、甘い吐息と、やわらかな重みが、一度に流れ込んでくる。
「……ふふ。やっぱり……あったかいね、れーじくん……」
蕩けるような笑顔。
俺は心臓が爆発しそうで、まともに返事もできない。
柔らかい何かがニュムニュムと入りこんできて……(これ以上はディープ過ぎて表現できない……すまない)
「……レージ君……」
そして、鈴音。彼女だけは布団の中で目をぎゅっとつむり、震える肩を押さえている。
でも、俺の視線に気づくと、勢いでぱっと顔を寄せてきた。
「り、鈴音だって……れーじ君と、もっと……!」
――ちゅっ。
一瞬だけ触れて、すぐに離れる。
でもすぐにまた、恥ずかしそうに笑いながら、もう一度。
控えめで、でも必死なキス。
「うへへへ……や、やっちゃった……でも……すっごく、しあわせ……」
布団に潜って耳まで赤くしてるのに、笑いが止まらない鈴音。
その素直すぎる反応が、逆に俺の理性を試してくる。
右手に杏奈。左胸にふわり。枕元には鈴音。
三人の吐息が交じり合って、狭い布団の中はとんでもない熱気に包まれていた。
「れー君は……杏奈の……」
「れーじくんは……わたしの……」
「レージ君は……鈴音の……!」
三方向から同時に囁かれて、俺の脳みそはショート寸前。ついでに青春活火山はボルケーノ寸前。
(いや、待て……落ち着け零士……これ以上は……!)
必死に理性をつなぎとめながら、俺は三人の頭をぽんぽんと撫でる。
「……三人とも、もう十分だ。大好きだから……安心して、眠ってくれ」
俺の言葉に、三人は順番に甘い笑顔を見せた。
「えへへ……れー君に大好きって言われたら、もう寝れる……」
「……ん……れーじくんに包まれて……おやすみ、ね……」
「うへへへ……鈴音、ぜったい、いい夢みる……」
ぎゅっと、さらに密着してくる三人。
狭すぎる布団の中で、俺は完全にサンドイッチ状態。
でも――心臓の鼓動すら、幸せの証みたいに感じられた。
◇◇◇
目が覚めた瞬間、俺は全身がガッチリと固定されていることに気づいた。
いや、固定というより……拘束?
(……う、動けねぇ……!?)
右腕は杏奈にぎゅうっと抱きつかれ、左腕はふわりに完全ホールドされ、胸の上には鈴音がすやすやと乗っかっていた。
(お、おもっ……いや、軽いんだけど……息が、できねぇ……!)
まるで猫に埋もれるかのような幸せ地獄。だが俺の布団の中で繰り広げられているのは、猫ではなく――美少女3人の超密着。
何に密着しているか、あえて言わなくても分かるだろう?
「……んぁ……れー君、おはよ……♡」
最初に目を開けたのは杏奈だった。
寝癖でちょっと跳ねた髪が可愛すぎる。
それに加えて、無意識にすり寄ってきてるから、俺の腕に柔らかい感触が思いっきり押し付けられている。
「ちょ……杏奈、近い近い!」
「えへへ、朝かられー君の隣ゲットぉ~」
無邪気に笑う杏奈。こっちの心臓なんて知ったことじゃない。
「……ふわぁ……おはよう……れーじくん……」
続いて、ふわりが大きく伸びをしながら目を開ける。
その動作のたびに豊満な胸が押し当てられて、俺は息を飲んだ。
「んん……ぎゅうってしてたら、あったかくて……離したくなくなっちゃったぁ……」
まだ半分寝てる顔で、さらに強く俺の腕を抱きしめてくるふわり。
包容力の塊の笑顔で、完全に俺をぬいぐるみ扱いしている。
「ふ、ふわり……腕が……痺れてきた……!」
「えへへ……じゃあ、反対の腕も……ぎゅー……」
(ちょ、両腕ホールドやめて!? これもう逃げられないやつ!)
「……むにゃ……レージ君……えへへ……」
最後に、俺の胸の上で寝ていた鈴音が、目を覚ました。
顔を赤くしながら、恥ずかしそうに俺を見上げる。
「う、うわっ……きょ、今日も……鈴音、やっちゃった……の、のしかかってた……? えへへ……」
照れ笑いして誤魔化しているが、鈴音の小柄な身体は俺の胸の上にすっぽり収まっていて、寝息の時点からもう可愛すぎる。
「お、おはよう鈴音。……重くはないから大丈夫」
「ほ、本当にっ? ……えへへへ……レージ君のベッド、鈴音の指定席になっちゃうかも……」
またしても妙な宣言をして笑っている。
ほんと、このムッツリ……。
「よしっ! 朝のキスターイム!」
「えへへ……朝のれーじくんは、もっと甘やかしていいんだよね……」
「お、おはようのキス……鈴音も、したい……!」
まさかの全員が一斉に唇を狙ってきた。
四方八方から迫る三人の顔。
「ちょ、待て待て待て! 同時は無理だって!」
「せーのっ♡」
「せーの~♡」
「せーのっ……♡」
――ちゅっ♡♡♡
三方向同時の挨拶キス。
頬と唇と額にそれぞれの甘い感触が残って、俺はベッドの上で固まった。
(な、なんだこの幸せフルコースは……!? 朝から破壊力ありすぎだろ!)
「さらに~~~、ディープなおはようの~」
「き~すー♡」
「しちゃいますよー♡」
「ぬわぁああああ、んぐぅうううっ」
朝からとんでもない事して来やがって……。
◇◇◇
布団の中から全員でわちゃわちゃしながら、ようやく起き出すことになった。
けれど当然、洗面所も狭い。
「れー君、一緒に歯磨きしよっ」
「れーじくん、顔洗ってあげるねぇ」
「レージ君、タオル……鈴音が、ふきふきするっ!」
全員のテンションが非常におかしかった。
それは何故なのだろうか?
「……」
「……」
「……」
「きゅ、急に黙るなって……」
「えへへ、だって」
「ふにゃぁ、だってぇ、ねぇ?」
「うへへ、そ、そうですよ……」
その照れ笑いが意味するところは、敢えてご想像にお任せすることにしよう。
朝から三人に翻弄され続け、俺の一日はこうして幕を開けたのだった。




