9回目 その1
休日のピクニックを終えた俺たちは、いつものように俺の部屋に集まっていた。
窓のカーテンを閉め切ると、外の静けさとは別世界の、俺たちだけの秘密の空間になる。机の上にはスナック菓子とジュース。そして、毎度おなじみの割り箸。
……そう、俺たちの「絶対俺だけ王様ゲーム」第9回が、今まさに始まろうとしていた。
だが、その始まりは今夜のゲームが非常に長くなることを予測させる予想外の展開からだったのである。
◇◇◇
ガラガラ、と浴室のドアを開けると、もわっとした湯気が外に逃げていった。
ここは俺の家のお風呂。一般的な家庭用システムバスで、広さはごく普通……つまり、俺ひとりなら十分すぎるけど、ここに4人で入るとなれば、どう考えても手狭すぎる。
にもかかわらず――。
「「「王様れーじ君♡♡♡」」」
お決まりになりつつある掛け声が、浴室に響いた。
当然、今回も俺が王様。けれど、今までと違うのは舞台がお風呂だということだ。
しかも全員、水着着用。
杏奈は水色のフリル付きビキニ、ふわりはピンクのリボン付きワンピース、鈴音は黄色いスポーティータイプ。三人そろえば、まるで信号機のように色鮮やかで、浴室が一気に華やいで見える。
前回の統一されたビキニではなく、それぞれの個性に合った水着を着用してのお風呂タイムを相成ったのである。
……正直、我が家の浴室がこんなに眩しく見えたことなんて、人生初めてだ。
いや、子供の頃には皆で一緒にお風呂に入ったことはある。
しかしその頃に比べると家は改装されて新しくなっているし、若干広くもなっている。
だけど第二次性徴がほぼ終わり掛けている男女4人で入るには非常に狭い。
お泊まり会で始まった絶対俺だけ王様ゲームの第9回目。
正室を引き当てた杏奈がとんでもない事を言い出したのだ。
『お風呂でご奉仕大会~~♪』
鈴音のハイテンションに当てられてなのか、杏奈のテンションも爆上がり。
結果として再び水着を着用してのお風呂タイムが始まったのである。
しかも前回のふわり邸の広いお風呂とは違い、今回は一般家庭の普通の風呂だ。
「はいはーい! れー君の背中は杏奈が担当するね!」
「ふわりは~、れーじくんの腕を洗うねぇ」
「じゃあ、鈴音はレージ君の胸板、責任もって担当しますっ」
おい待て。
一人に三人で一斉に来るって、それはもう役割分担になってないだろ!?
「ちょ、ちょっと落ち着タマエ君たち! いっぺんに来られると――」
「大丈夫大丈夫、れー君は黙って身を任せてればいいのっ♡」
「そうだよぉ~、わたしたちが、ぜ~んぶやってあげるからぁ」
「鈴音も、全力でご奉仕しますから……あ、でもレージ君、変な声出さないでくださいねっ! 鈴音まで恥ずかしくなっちゃいますからっ!」
「誰が出すかっ、はふんっ」
やっぱり無理だ、こいつらに落ち着けなんて言っても意味がない!
俺の青春活火山がボルケーノバーストしてしまいそうになる。
落ち着け。水着なら前回もっとヤバいの見たじゃないか。
大丈夫、まだ戦える。
「じゃ、まずは背中ね!」
杏奈がスポンジを泡立て、俺の背中にぺたぺたと押し当てる。
「うひゃっ!? つ、冷たっ」
「れー君、くすぐったいの? でも気持ちいいでしょ?」
ぐいぐいとスポンジを滑らせる杏奈。そのたびに水色のフリルがぷるん、と揺れて、視界の端に入る。
「……杏奈ちゃんばっかりズルいよ~。ふわりもする~」
ふわりは自分の手で直接俺の腕を包み、指の腹で優しくなぞりながら泡を広げていく。
「わぁ……れーじくんの腕、ガッチガチ♡ なんかドキドキしちゃうよぉ」
「そ、それなら鈴音だって……! えいっ!」
鈴音は俺の胸板にスポンジを押しつけて、ごしごしと磨き始めた。
が――勢いがありすぎて、まるで俺が車のワックスがけでもされてるような感覚に。
「イテッ⁉ おい鈴音! 磨きすぎだ、削れるっ!」
「へ、変なこと言わないでくださいっ! 鈴音は真面目にやってるんですからっ!」
顔を真っ赤にしながら、それでも手は止めない。ムッツリなりの全力らしい。
ただでさえ狭い浴室に、4人でひしめき合ってるんだ。
洗うというより、もはや全員が俺に密着している状態だ。
背中には杏奈の柔らかい感触が時折押し当てられ、
右腕にはふわりの巨体と胸の重量がずしりと乗っかり、
正面には鈴音が顔を真っ赤にしながらも胸板をこする。
――こんなの、男子高校生の理性が保てるわけがない。
「れー君、肩の力抜いていいんだよ~。ほら、杏奈がぜんぶ綺麗にしてあげるから」
「れーじくん……ふわりね、こうしてると、まるでお嫁さんみたいだなぁって思っちゃうの」
「れ、レージ君っ……あんまり見ないでくださいね! 鈴音、今すごく頑張ってるんですから……! ぐひ」
おい、最後笑ってごまかしたな鈴音。
「よーし、それじゃ次は……れー君の足ねっ!」
「手伝うよぉ~」
「鈴音も……ええい、ここは膝枕洗いです!」
杏奈が俺の足を持ち上げ、ふわりがふわっと抱きかかえるように洗い、鈴音はなぜか俺の足を自分の膝に乗せて洗い始めた。
ぷにっとした感触が気持ちいい。他の場所もすべからく気持ちいい。
いかん……鎮まれマイブラザー! まだはしゃぐような時間じゃないぞっ!
「ちょ、ちょっと! 俺、もう動けないんだけど!?」
「れー君、諦めて♡」
「うんうん、諦めるのが一番だよぉ」
「……ふふっ、今のレージ君、すごく無防備で……鈴音、ちょっと優越感です」
完全に包囲されている。
背中も腕も胸も足も……全方向から幼馴染みに奉仕されるなんて、俺はどんな拷問――いや、ご褒美を受けているんだ。
「じゃーん、最後は髪を洗っちゃいまーす!」
「れーじくんの髪、ふわふわにしてあげるねぇ」
「鈴音も……泡立て係、頑張りますっ!」
3人が同時に俺の頭にシャンプーをわしゃわしゃ。
両手だけじゃなく、腕や体ごと密着して、まるで全身で泡立てているような状態に。
「おいっ! 頭が! 俺の頭が三方向から潰れるぅ!」
「いいじゃんいいじゃん、楽しいんだもんっ!」
「ほわぁ……れーじくん、いい匂いになってきたぁ」
「うへへへ……鈴音、レージ君の匂いでちょっとくらくらしてきました……」
……浴室中に笑い声と泡が飛び交って、俺の理性はもはや風前の灯火だった。
こうして――
第9回 王様ゲームは、前代未聞(2回目)の「お風呂で全員ご奉仕回」となり、俺の家の浴室は戦場と化したのだった。
次の命令は一体どうなるのか……考えるだけで背筋がゾクゾクする。
ついでに別の場所もゾクゾク……いや、なんでもない。
ちなみにだが、3人の視線は妙に一点に集中しているのを気がついていた……が、そのことを指摘することはなかった。
マグマカーニバルは免れたが、爆発寸前の水着テントの山頂はバッチリとガン見されてしまったのである。
◇◇◇
ようやく、全身を泡まみれにされての“奉仕洗い”タイムが終わった。
浴槽のお湯で泡を流し、全員すっきり。……と言いたいところだが、俺の心臓はまだドクドクいっている。
もちろん別の場所もドクドクいっている。もう少しでドクドクしてしまいそうだった。
危なかったぜ。
――とにかく、浴室から脱出だ。
「ふぅ……狭かったぁ」
「でも楽しかったでしょ? れー君っ」
杏奈がタオルを広げ、俺の頭にぐいっとかぶせてきた。
「ちょ、まっ……! ぐえっ」
強引にわしゃわしゃと拭かれる俺の髪。
「うははっ、れー君、犬みたいになってるよっ」
横からふわりもタオルを広げ、今度は俺の背中にぱさっと掛ける。
「れーじくん、風邪ひいちゃダメだからねぇ。ママがぜ~んぶ拭いてあげるぅ」
唐突のママプレイ。しかしぴとぴとと背中に密着しながら、包み込むように拭き進める。
……おい、タオルより体温の方が伝わってきてるぞ!?
「なら……鈴音は、レージ君の胸を!」
勢いよく宣言して、黄色いタオルを突き出す鈴音。
ごしごし、と胸に押し付けながら、顔を真っ赤にして視線を泳がせる。
「れ、レージ君の胸板……やっぱり硬いです……。ハアハア、うへへへ」
「鈴音、変な笑い声やめろ!」
あと息遣いもなんかオヤジっぽいぞ。
「ちょっと杏奈ちゃん、れーじくんの頭ばっかり拭いてズルい!」
「えー? じゃあふわりちゃんは背中離してよ~」
「な、なら鈴音は……は、離しませんからねっ!」
俺の身体の各部位を、青・赤・黄のタオルが代わる代わる攻め立てる。
――これは拭かれてるというより、もうタオルリレーで弄ばれてる気がするんだが!?
っていうかタオルまで信号機仕様か。どこまでその設定引っ張る気だろうか。
「ちょっ、三人とも! 俺ひとりなんだから、順番に――」
「順番待てないっ」
「ふわりも~」
「鈴音だって……い、今がんばらないと……負けちゃうからっ!」
杏奈が即答し、ふわりが追従し、鈴音はしがみ付く。
俺は浴室の時以上に、全方向からの圧迫を感じていた。タオルで拭かれてるのに、全然さっぱりできない。むしろ心臓に悪すぎる。
タオル拭き合戦が続く中――。
「わっ」
バランスを崩した杏奈が、俺の胸にばたりと倒れ込む。
「ちょ、杏奈!?」
「……あ、あはは……れー君の、胸……近い」
顔を上げた杏奈の頬は真っ赤。
しかも、濡れた髪がしっとりと肌に張り付き、やけに色っぽい。
「……ずるい」
ふわりがじと目で杏奈を見つめる。
「わ~た~し~も~♡」
そのまま俺の背中にむぎゅっと抱きつき、胸で挟むように拭いてくる。
「……じゃ、じゃあ鈴音も!」
鈴音も焦ったように腰に抱きついてきて、黄色いタオルでごしごしと。
「ひゃああ!? 鈴音、どこ触ってんだ!」
「ち、違いますっ! 鈴音は腰を拭いてるだけです! ぐひひ……」
――完全にタオルの意味を見失った混戦だった。
やっと全身を拭き終わり、俺は脱衣所の椅子にへたり込む。
マラソンを完走しきった後みたいにグッタリ。
だが三人はまだ元気だった。
「れー君、ほら。ドライヤーしてあげるっ」
「わたしも手伝うよぉ~」
「鈴音は……風を当てる係しますっ!」
……今度は三方向からドライヤーの風がぶわぁっと。
やたら温かくて、耳元で三人の声が重なる。
「れー君、今日も一番に選んでね♡」
「れーじくん、ふわりのこと、見てくれてるかなぁ」
「れ、レージ君……鈴音も、絶対負けませんからっ!」
結局、風呂上がりですら、俺は三人に囲まれて翻弄され続けるのだった――。




