幕間
「うーん、良い天気だ。ピクニック日和だな」
日差しは柔らかく、空気はまだ朝の余韻を残している。公園の芝生は一面に緑が広がり、木漏れ日が揺れるたびに風が頬をなでていった。休日の昼過ぎ、俺は四人で作るいつもの“小さな世界”への入り口に立っていた。
今日は料理ナンバーワンのふわりが手作りスイーツを作ってくれるとのことで、みんなでピクニックのために近所の公園に来ている。
杏奈は水色のワンピースに薄手のカーディガンを合わせ、胸元には同色の小さなリボン。彼女らしい爽やかさが全開だ。
ふわりは赤みのあるピンクのワンピースに、淡いピンクのエプロンを肩掛けにしていて、どこか母性的な柔らかさを漂わせている。
鈴音は黄色のパーカーにジーンズ、頭には小さな黄色いヘアピン。三人の色は、まるで小さな信号機みたいに調和している。
先日のエロプリの一件からよほど自分達の設定が気に入ったのか、この所は服の色や下着の色を、まるで示し合わせたかのようにそれぞれのイメージカラーで合わせてきている。
(今日の下着はどうなって……いやいや、何を考えているんだ俺は)
真っ昼間からベースケな事ばかり考えていては呆れられてしまう。
でもなぁ……見せてくるんだよなぁ、3人とも。
青春スプラッシュを野外でぶちかます訳にはいかない。今日こそは律しなければ。
「れー君、場所いいとこ見つけたよ!」
杏奈がはしゃいで敷物を広げる。彼女の声はいつだって晴れやかで、節度を飛び越えるときも、どこか愛嬌がある。
「ふわり、今日はどんなの作ってきたの?」
俺が訊くと、ふわりはちょっと得意げに、トートバッグからラップに包まれたケースを取り出した。中からはココアの香りと、焼き菓子独特の甘い匂いがふわりと立ち上る。
「ふわりの特製スコーンと、チョコムース。れーじくん、きっと気にいるよぉ」
ふわりはのんびりとした口調で笑う。それだけで、こっちまで優しい気持ちになってくる。
「鈴音もカットフルーツを準備してきました」
鈴音は手早く飲み物を取り出し、小さな三段の弁当箱には季節のフルーツを詰めていた。彼女はふだん敬語が抜けないが、この集まりになると小さな仕草や表情がどんどん崩れていくのがかわいい。今日は特に、目の端が時折キラッと光るのが俺は好きだった。
「いい匂い……」
杏奈がひとこと言う。その瞳は真剣で、まるで“美味しいものを共有する喜び”を全力で受け止めようとしている。俺は軽く笑って、みんなに手伝うふりをしてスコーンを割った。中はふわっと柔らかくて、バターの風味がじんわりと広がる。
日差しの下、食べ物を介してそれぞれの距離がするすると縮まっていった。杏奈は俺の隣にぴたりと座り、ふわりは背後に寄りかかるようにして腰を落とし、鈴音は膝まくら用の小さなクッションを取り出して「れーじ君、仮眠どうぞ」と笑う。
俺は四人でいることが、何よりも居心地よく感じられた。
◇◇◇
ピクニックは平和に進む……ふうに見えたが、そうは穏やかには終わらないのが杏奈クオリティ。彼女がいたずらを思いつくのは、いつだって唐突だ。
「ねぇれー君、クイズやろうよ。負けたらあーんしてね!」
彼女は手を叩いて喜ぶように言う。水色の袖口がちらりと揺れて、目がとろんとする。
「クイズって唐突に問題出されても困るんだが」
俺は苦笑いで返すが、その返しが余計に彼女を乗せる。
「簡単簡単! このスコーン、一口で食べられる?」
杏奈の問いに、ふわりは首を傾げながら「れーじくんが決めることだよぉ」とにこにこする。鈴音は、ちょっとはにかんでから「鈴音も参加します……!」と声をひそめた。
始まりはゲーム感覚の軽いものだ。だがルールが進化していくのも俺たちの常で、気づけば「あーん合戦」→「食べさせ合い」→「どさくさに紛れて密着チャレンジ」へと自然に進んでいく。
杏奈はてきぱきとスコーンを手に取り、わざと大きく割って二口分にしてから、「はい、れー君」と差し出してきた。
目の前に差し出されたものは、ただのスコーンではない。彼女の笑顔と、手の温度と、ちょっとしたスパイスの効いた仕草のすべてが甘味に加わる特別製だ。
「ん、じゃあ――あーん」
俺が言うと、杏奈は嬉しそうに口を開け、俺の差し出した一口のスコーンを受け取る。
ふわりが横から「次は~、私があーんしてあげるねぇ」と言いながら、控えめにムースの小さいスプーンを差し出してくる。
彼女の指先のぬくもりが、直接伝わる。鈴音はというと、遠慮がちに黄色い果実の一切れを持ち、手をちょっとだけ震わせながら「はい、どうぞ」と差し出す。
四人で食べるということは、味わう以上の何かがある。視線、息づかい、指先の触れ合い、ひざがたまたま重なった瞬間に伝わる温度。それらが、いつのまにか日常を特別にしていた。
食後は芝生で転がって昼寝をしよう、ということで、俺たちは寝転がった。雲はゆっくり流れ、木陰が時折顔を作る。ふわりはいつも通り大らかに背伸びをすると、俺の肩に優しく腕を掛けてきた。彼女の体温はふわっとして、安心感が伝わる。
「れーじくん、ここでお昼寝するの、気持ちいいねぇ」
ふわりが柔らかいため息をつく。ふわりの胸があたたかくて、思わず俺の呼吸が浅くなる。
杏奈は、俺の頭の横に顔を寄せてニヤリと笑い、「れー君、今日もいっぱい甘えてね」と小声で言う。その言葉はまるで呪文のように、俺の全神経を静かに攫っていく。
寝そべっているだけで、時間が穏やかに溶けていく。四人でいると、不思議なくらい安心して、世界は小さくて優しい。だがその安心の最中、ふとした瞬間に足先や手先が触れ合う。それが無邪気な接触なのか、それとも少し踏み込んだ密着なのか――境界は薄く、でも確かにそこにある。
午後の穏やかな時間は、時に破裂するほどの笑いに変わる。
杏奈が唐突に「じゃあ、れー君を動物に例えると何?」とふざけて問いかけた。
ふわりは「うーん、れーじくんはたぶん……子犬かなぁ」と優しく言う。
鈴音は小首をかしげて「鈴音は猫だと思うです」と微妙におかしな答えをする。三人の答えに、俺は苦笑いしながら「いや子犬って……」と小さな突っ込みをいれていた。
「ん~、んふふふ……えいっ!」
「ぐえっ⁉」
その矢先、杏奈がぴょんと俺の胸元に飛び乗り、俺をベタベタ甘え始めた。
(おうっふ……や、やわらけぇ)
軽いじゃれ合いから、本気の甘えへと移行するのはいつものことで、俺はその流れに身を任せる自分を見つける。ふわりはにこにことして腕を回し、鈴音はやけに照れながらも腕を絡めてくる。四人でいると、世界はいつもこの温度だ。
ふわりがふわりとした指で俺の髪をくしゃくしゃと撫で、杏奈が小悪魔みたいに耳元で囁く。鈴音は小さく息を漏らして、時々「うへへへ」と笑う。その笑いは慌てて取り繕うようでもあり、でもどこか嬉しそうでもある。俺はそのすべてを胸に抱え込むようにして、重ねる。
こんな非日常の空間が何よりも幸せに感じてしまう。
幼馴染みだから、ずっと一緒にいた俺達。同じような事はこれまで何度もしてきたはずなのに、気持を伝えるだけでこんなに特別に感じるんだと、なんとも言えない幸せな気持にさせられた。
◇◇◇
帰り道、夕闇が深まってきて空気がひんやりしてきた。俺たちは公園のベンチに腰掛けて、手をつないだり、肩を寄せ合ったりしながらゆっくり歩く。
「れー君、今日は楽しかった?」
杏奈が美しい瞳で俺を見つめる。彼女の顔はまだ子供みたいに無邪気だけど、そこに秘めた思いやりがある。
「ああ。ふわりのお菓子も美味しかったし、鈴音のデザートもよかった。何より、みんなと過ごせたのが一番……幸せだったなぁ」
俺は素直に答えた。
鈴音は少し照れながら、「鈴音も楽しかったです……うへへ」とまた同じ癖の笑いをこぼす。ふわりは手をぎゅっと握り返して、「また来ようねぇ」と呟く。
そして杏奈が、ふとした表情で言った。
「ねえ、れー君。夜、みんなでまた集まらない? 今度はれー君の部屋でお泊まり会しながら、王様ゲームまたやろうよ。外だとちょっと恥ずかしいこともするけど、室内だったら……ね?」
彼女の笑顔はうそっぽくない。真剣な、でもおちゃめな目をしている。
俺は一瞬息をのみ、いい答えを探した。胸の奥がじんわりと熱くなっていくのを感じながら、ゆっくりと頷いた。
その世界は、誰にも邪魔されない。王様ゲームだって、ふざけた命令だって、甘やかな密着も、全部“内輪の遊び”だ。外の世界から見ればきっとくだらない。けれど俺にとっては、宝物みたいな時間だ。
今日のピクニックは、いつもよりも鮮やかに記憶に刻まれた。杏奈のはしゃぎ、ふわりのゆったりした包容、鈴音の照れ笑い。全部が信号機の三色のようにバランスを取り合って、俺はその中心で幸せを受け止めている。
夜、部屋に集まったときの空気は今から想像できる。少しだけ緊張して、でも確かな期待を胸にして――四人で戻るその約束が、俺の足を軽くする。次の王様ゲームの鐘は、もうすぐ鳴るだろう。
休日は明日も続く。女の子それぞれが母親に「お泊まり」の連絡を入れている場面は、俺の心臓を否応なしに早めるのだった。




