8回目 その3
……逃げられない。
気づけば、俺は三色の誘惑にすっかり取り囲まれていた。
水色の杏奈、ピンクのふわり、黄色の鈴音。
三人とも、俺を正面から囲んで、まるで「王様の取り合い」を舞台で演じているかのような迫力だ。
だが現実はラブコメのドタバタで、心臓は爆発寸前。
ついこの間、一線を越えかけたばかりだが、今日で越えてしまうのだろうか。
「れー君、次の命令はこれに決まりだよっ!」
杏奈がバッと手を挙げて宣言した。
「正室ご奉仕ルール第八回、杏奈の命令は――れー君を膝枕で癒してあげることっ!」
「……じゃあ、わたしは……れーじくんにあーんして食べさせてあげる係……」
ふわりが穏やかに追加ルールを乗せてくる。
「そ、それなら鈴音は……レージ君のお耳に……秘密のおささやき攻撃っ!」
鈴音までノリノリで手を挙げた。
いやちょっと待て! それ三人同時にやられたら絶対死ぬやつ!
「じゅ、順番な」
そうは言いつつも肉食獣のような目をしている3人には聞いてもらえそうもなかった。
血走る3人をなんとかなだめ、順番にご奉仕してもらうことになった。
まずは杏奈。
「れー君、こっち!」
杏奈がぱんぱんと自分の太ももを叩いて呼ぶ。
スカートをたくし上げて見せつけるようにするもんだから、俺の視線は自然と……いやいや、見ない! でも見ちゃう!
「れー君、杏奈の太もも……気持ちよさそうでしょ? 柔らかいんだからね、ほら~」
「み、見せなくていいから!」
「見せたいのっ! だってれー君に褒めてほしいんだもん!」
ぐいっと腕を引かれて、俺の頭はそのまま水色の太ももクッションへダイブ。
柔らかい。なのに張りがある。新体操仕込みの引き締めと、女の子特有の丸みが絶妙に混ざった反則級の感触だ。
「どお? 最高でしょ?」
「……最高です」
無意識に口から出てしまった。
「やったぁ♪ ほらほら、なでなで~」
杏奈が俺の髪を優しく撫でる。完全にペット扱いである。
つぎにふわり。
「……れーじくん、口あけて……」
ふわりが持ってきたのは、さっき教室で見た手作りのお弁当の残り。
彼女は箸で小さな卵焼きを摘まみ、にこにこと俺の口元へ。
「はい、あーん……」
「ちょ、ちょっと待て! この体勢だと――」
俺は今、杏奈の膝枕に完全固定されている。頭を動かすこともできず、逃げ場ゼロ。
「……ほら、食べて……おいしいから……」
ふわりの濃いピンクのブラがチラチラ視界に入りながら、箸が口元に迫る。
「……あーん」
「……あーん」
無限リピート。
「わ、わかった! 食べるから近づけすぎるなって!」
ぱくり。甘くてふわふわな卵焼き。
「……どう?」
「うまい!」
「えへへ……よかったぁ……」
ふわりの笑顔がさらに甘い。胸の重みが俺の腕にのしかかり、胃袋と同時に心臓まで圧迫してくる。
そして鈴音だ。
「……じゃ、じゃあ……鈴音の番……!」
鈴音がそろそろと俺の横へしゃがみ込み、耳元に顔を寄せる。
吐息がかかるたび、体がびくっと反応してしまう。
「レージ君……だいすき……だいすき……。うへへへ……聞こえてる……?」
「き、聞こえてるから! 近い近い!」
「もっと聞いて……。鈴音、ずっとレージ君にこうやって言いたかった……でも恥ずかしくて」
甘い囁き。息がかかる。背中をぞわぞわとしたものが走り、膝枕の上で体が勝手に震える。
なんだか今日の鈴音は変な笑い方ばかりする。もしかしてトリップしてるんだろうか。
「ほら鈴音、声がでかいって!」
「だってぇ……! レージ君の反応が……おもしろいんだもん……」
完全に楽しんでやがる!
「ねぇれー君、杏奈の膝枕が一番でしょ?」
「……れーじくん、わたしのごはん……おいしいでしょ?」
「レージ君……鈴音のささやき……気持ちいいでしょ……」
三方向から迫る問い詰め。
青・ピンク・黄色の三色が視界を埋め、耳を埋め、味覚までも占領している。
これもう、俺の五感は三人に完全支配されてるんじゃないか?
「れー君、答えは?」
「……れーじくん、ちゃんと教えて?」
「レージ君……黙ったら……許さない」
答えられるわけがない。
全部最高だ。全部好きだ。
でも一つに決めるなんてできない!
「お、俺は――」
「「「おっと、答えはまだ禁止っ!」」」
三人同時のストップコール。
「れー君が困る顔、もっと見たいからね♪」
「……焦らすのも、楽しいよね……」
「レージ君、いじめられるの……似合ってる……」
お、おい待て……俺はこれからどんな地獄を見ることになるんだ……!?
◇◇◇
……もう何度目の心臓爆発かわからない。
8回目の王様ゲーム。正室と側室のノリで「ご奉仕合戦」になってから、俺の精神ゲージは常時レッドゾーンだ。
俺の膝の上に座り込んでいるのは杏奈。青色のキャミワンピっぽい下着がチラチラして、柔らかな太ももが俺の足に密着している。
その背後からは、ふわりが真っ赤なレースブラの上にわざと制服をゆるく羽織って、俺の肩越しに抱きついてくる。大きな柔らかさが、もう、背中から主張しまくりだ。
さらに真正面からは鈴音。黄色いリボンつきの下着が、ちらちらスカートの隙間から覗いて……って、わざとだよなコレ!
「れー君♪ 杏奈が正室だから、一番最初にぎゅーってするね!」
「れーじくん、ふわりも側室としては負けられないよ~。ぎゅ~ってして、ほっぺにちゅーもしちゃおうかなぁ~」
「レージ君……鈴音も、負けません……! さ、さっきから見てましたよね? わざとじゃないですからねっ、スカートの中……っ!」
おい鈴音、バレバレにわざとだろ。しかも笑い方が完全にアウトなんだよ!
杏奈は俺の顔を両手で挟み込み、青い瞳(じゃなくて青イメージのヘアピンだ)をきらきらさせてにじり寄ってくる。
ふわりはのんびりした声で「れーじくん、あ~んしてぇ~」なんて、俺の口に自分の指を突っ込もうとしてきたりする。
鈴音は鈴音で「正室ご奉仕ルールに従い、肩もみを……」とか言いながら、わざわざ俺の太ももにまたがって肩をもんでくる始末。
……誰か助けてくれ。いや助けないでくれ。この幸せ地獄、誰にも壊されたくない。
「ねえれー君、杏奈の膝枕もご奉仕に入れていいでしょ?」
「ずるいよ杏奈ちゃん~。ふわりも~、れーじくんをおっぱい枕してあげる~」
「……お、おっぱい枕……! そ、それは正室にしか許されない権利では……? ……でも……鈴音も……やります!」
杏奈の太ももに頭を乗せた瞬間、甘いシャンプーの匂いと、やわらかな感触に理性が飛びそうになる。
そこへふわりが背中側からぎゅーっと抱きついてきて、後頭部を胸で包み込んで……どっちが枕かわからなくなってきた。
鈴音は鈴音で「見ててくださいレージ君っ」と言いながら、自分の制服の胸元をぐいっと下げて、ちょっと谷間を見せつけてくるし!
「おい鈴音、それはアウト……!」
「ひ、ひぃぃぃっ……やっぱり鈴音には無理でしたぁぁぁっ! ……でも見てくれましたよね?」
何このムッツリ全開の反応。ツッコミが追いつかねぇ!
「じゃあ私も~」
杏奈は青色のブラストラップをわざと見せながら、俺の首筋に頬をすりすり。
「れー君専用の青色なんだよ? ほら、王様色ってことで♡」
ふわりは赤いレースの下着をチラチラ覗かせつつ、ほんわか笑顔で「赤って情熱の色だよねぇ~。ふわりの全部、れーじくんにあげちゃうからぁ~」と甘い声を出す。
鈴音は黄色のショーツのリボンをわざと直しながら、「き、きき、黄色は元気の色です! ……その……レージ君を……元気にしたいから……うへへ」と変な方向に気合を入れてくる。
……信号機か! 三色で誘惑されてる俺の心臓、もう持ちません。
「れー君、杏奈のこと一番に選んでねっ」
「だめぇ~、ふわりが一番でしょぉ~」
「ちょ、ちょっと……正室は順番制ですからね! 今日は鈴音の日ですっ!」
三人同時に迫ってきて、俺はベッドに押し倒される。
杏奈は顔を近づけ、ふわりは頬にちゅーしそうな距離、鈴音は手をぎゅっと握って汗まで確かめてくる。
理性が崩壊しそうな瞬間、俺は叫んだ。
「……っ! お前ら三人とも大好きなんだってばぁぁぁぁぁっ!」
沈黙。
次の瞬間――
「やったぁぁぁっ! やっぱりれー君は杏奈のこと大好きなんだねっ!」
「ふふ~ん、ふわりも~。れーじくんの“好き”はふわり専用だもんねぇ~」
「レージ君……ついに鈴音のことも好きって……言いましたね……! 正室権は鈴音のものに……!」
いや違う。全員に言ったんだってば!
最終的に、三人に抱きしめられたまま俺は降参する。
杏奈の青、ふわりの赤、鈴音の黄。三色の甘い香りと温もりに包まれて、頭が真っ白になっていく。
「……ねえ、れー君」
「これからもずっと、ふわり達だけの王様ゲームしよ~」
「よ、よよよ……よろしくお願いしますっ、レージ君」
ああもう、逃げ場なんてどこにもない。
だけど――この閉じた空間で、この三人に翻弄され続けるなら。
悪くない。いや、最高だ。
やっぱりそうだ……。今日のゲームの趣旨は「誰が一番か決めるゲーム」
つまり3人のノリそのものがゲームのコンセプトだったんだ。
だって彼女達は言った。あの日曜日の夜に野獣の目をして言ったんだ。
こうして第8回、絶対俺だけ王様ゲームは、誰も勝者を決められないまま「4人だけの秘密の遊び」として幕を閉じた。
~ゲーム8回目 終了~




