25回目 その1
新年の空気って、どうしてこう澄み切ってるんだろうな。吐く息が白いのも当たり前なのに、それだけじゃなくて街全体がピカピカに“更新”されたみたいで。
鳥居の前、参道の人混みの中で待っていると、背筋が自然と伸びてしまう。初詣ってだけで緊張感があるのに――。
「れー君っ、お待たせ♡ 明けましておめでとう!」
ぱっと視界が開けた。そこにいたのは水色の振袖に銀の刺繍が散った杏奈。
肩口から袖にかけて、細かい雪の結晶が舞っているみたいで、ライトに反射するたびにきらきら光る。
普段から“華やか担当”の杏奈だけど、今日はもう……完全に“姫”。髪もいつものハーフテールじゃなくて、簪でまとめられてて、妙に大人っぽい。
笑顔はいつも通りなのに、心臓がいつも通りじゃ済まなかった。
「どう? 似合ってる? 今年も一番は、私でしょ♡」なんて言うから、俺は即答するしかない。
「……似合ってる。めちゃくちゃ」
「れーじくん~、明けましておめでとぉ~♡」
続いたのは桃色の振袖をまとったふわり。
古典柄の花模様がふわっと広がって、背の高さもあってまるで絵巻から抜けてきたみたいだ。
195センチのシルエットが振袖を揺らすと、人波の上に大きな桜の枝が咲いたみたいで、通行人までも振り返ってる。
「布はちょっと重いのに、心が軽くなるんだよねぇ~♡」なんて言って、すごく嬉しそうに笑う。
俺は思わず「すげぇ似合ってる」ってつぶやいた。ふわりは「えへへ~♡」と、両手で袖をひらひら。街のライトがまるごと桃色に見えた。
「レージ君……明けましておめでとうございます」
最後に来たのは、黄色の地に桜模様を散らした鈴音。
帯締めもきっちり整えていて、立ち姿だけで新春の空気を引き締めるくらい。
でも、耳まで赤くなって「お、おかしくないでしょうか……?」と聞いてくるその仕草は、いつもの鈴音らしくて。
「おかしいわけあるか。すげぇ綺麗だ」
そう言ったら、鈴音はぎゅっと口を結んでから、小さく「……ありがとうございます」と。声は小さいのに、そのまっすぐな感情は胸に直で届いた。
三人が同時に振袖姿で立ち並ぶと、参道のイルミネーションよりも眩しかった。
ああ、やっぱりこいつらは俺の“真ん中”なんだな――。そう思った瞬間、胸があったかくなる。
「じゃあ改めて!」
三人が同時に俺を囲む。
「「「れー君、今年もよろしく♡」」」
耳に届くハーモニーが、花火みたいに心に弾けた。
◇◇◇
境内に足を踏み入れると、夜気の中で白い吐息がひらひら舞い上がった。参道は人でいっぱいなのに、不思議と圧迫感はなくて、灯籠の明かりと屋台の匂いがやさしく混じり合っている。
三人の振袖姿がすでに参拝客の視線をさらっているのは間違いない。杏奈の水色、ふわりの桃色、鈴音の黄色。三つ並ぶと、自然と“信号機カラー”になって、道行く人が「あれ、綺麗だね」なんて囁く声が聞こえるくらいだった。
俺はその真ん中に立ちながら、ちょっと胸を張って歩く。だって――こんなに自慢したい光景、ないからな。
「れー君、ほら見て。夜店、りんご飴♡」
杏奈が袖をひらりと翻しながら屋台に駆け寄る。振袖姿なのに全力で弾んでるところが、やっぱ杏奈らしい。
「れーじくん~、わたし、甘酒の匂いに吸い寄せられそうだよぉ~♡」
ふわりは屋台を眺めて、もう目がとろんとしてる。大人しそうに見えて、食べ物センサーは全開なんだよな。
「レージ君、まずは参拝が優先です。……縁起物の矢や熊手は、そのあとにしましょう」
鈴音は袖を押さえて、しっかり進行役。こういうときの参謀ポジションが本当にありがたい。
拝殿の前に並ぶと、背筋が自然と伸びる。柏手を打つ音が、冬の空に吸い込まれていく。
杏奈はぎゅっと目を閉じて、唇をきゅっと結んでいた。
(お願い事、何かな。……多分俺絡みなんだろうな)と勝手に思って、ちょっと照れる。
ふわりは目を細めて、柔らかい微笑みのまま手を合わせていた。
(あー……“みんなが平和でいられますように”とか考えてそうだな)って、これもまた想像がつく。
鈴音は真剣そのもので、まるで試合前のルーティンみたいな静けさをまとっていた。
(間違いなく“王様を守る”とか言ってそう。俺のことばっかで……ほんと、ありがと)
俺も手を合わせた。
「今年も、ちゃんと三人の真ん中にいられますように」
心の中でそうつぶやいたら、不思議と胸が軽くなった。
鈴を鳴らして、参拝を終える。
「れー君、何お願いしたの?」
杏奈が身を寄せて、いたずらっぽく聞いてくる。
「内緒だ」
そう言ったら、「もー♡」って唇尖らせてくる。可愛すぎるだろ、それ。
「れーじくんが元気でいてくれるなら、わたし満点~♡」
ふわりは袖で口を隠しながら、にっこり。あざといのに自然だから、ずるい。
「……レージ君が言わないなら、鈴音も言いません。でも、想像に任せます」
耳まで赤いのに、きっちり言い返してくるのが鈴音らしい。
参道を戻る途中、三人の袖が自然に俺の手に触れて、なんとなく指先が絡みそうになる。
冬の冷気が強いはずなのに、手のひらの温度だけはやたらと熱い。
参拝を終えると、杏奈がいきなり振り向いて言った。
「れー君! 次はおみくじだよ♡」
俺の返事を待つより早く、三人は仲良く社務所の前に走って行ってしまう。振袖姿で小走りする光景って、妙に非日常的で、俺の胸に焼き付いて離れない。
結果は――
杏奈「大吉っ♡ ふふん、やっぱ正室パワーかな♪」
ふわり「……小吉~。でも“恋愛:待てば吉”って書いてあるから~、待たなくてももう来てるよねぇ~♡」
鈴音「中吉です。“学業:努力報われる”……。これは、大学でも油断するなというお告げですね」
俺も引いてみたら末吉。
「……健康:体調に注意」
杏奈が笑いを堪えきれずに肩を揺らす。
「れー君、練習で無理しすぎなんだよー。ちゃんと私達が癒してあげるから!」
「えへへ~♡ マッサージと抱きしめ攻撃だねぇ」
「レージ君、生活管理表を作成しましょう」
三人三様に“お世話宣言”をされ、苦笑いするしかなかった。
そのあと向かったのは屋台の並ぶ通り。
「わーっ、たこ焼きっ! れー君、一緒に並ぼ♡」
「れーじくん~、チョコバナナ~。あれ、絶対美味しいよぉ~」
「レージ君、りんご飴は糖分過多なので……でも、一本だけなら」
三人の声が重なるたびに、両腕を引っ張られたり、背中を押されたり。通りの真ん中で完全に三方向から綱引き状態だ。
「ちょ、待て待て! 俺はひとりしかいないんだから!」
必死に叫んだところで、三人が同時に振り返る。
「「「じゃあ全部一緒に食べよ♡」」」
結局、俺はたこ焼きを口に放り込まれた直後に、チョコバナナを差し出され、さらにりんご飴を手に持たされる羽目になった。口の中が甘いのかしょっぱいのかよく分からない。
でも――三人の笑い声が響く夜空は、俺にとってどんな味よりも特別だった。




