24回目 その1
キッチンから漂うトーストの匂いが、冬の冷えた空気をふんわり溶かしていく。
俺はフライパンでスクランブルエッグを仕上げて、皿に盛り付ける。カチャン、と食器の音がやけに心地いい。
テーブルの反対側では――三人が同じように首元を触っている。
光を受けて揺れるのは、さっき渡したばかりのペンダント。ブルー、ピンク、イエロー。
どれも同じデザインなのに、三人の胸元で揺れるとまったく違う表情を見せるのが不思議だ。
「れー君、見て見て♡ こうやって揺らすと、ブルーがキラッて光るの! ……ね、めっちゃ似合ってるでしょ?」
杏奈はパンをかじりながらも、鏡代わりにスマホを掲げて何度も角度を変える。
その横顔が、いつもの勝ち気な笑みよりも素直に嬉しそうで、俺はつい笑ってしまう。
「れーじくん~、こっちはピンクがねぇ、牛乳に映ると、ほんのりミルクティー色になるの~♡ えへへ、“朝ごはん限定カラー”だよぉ」
ふわりはマグカップを胸元に寄せて、嬉しそうにくるくる回している。
その大柄なシルエットが小さなペンダントを見つめている光景、なんだか逆に可愛くてギャップがすごい。
「……レージ君。黄色いペンダント、光の入り方で金色に近くなります。これは……“王冠と同じ色”です。……っ、だめだ。嬉しすぎて、冷静を保てません」
鈴音は食器を片付けながらも、手元で何度もペンダントを確かめている。耳まで赤くして、真面目な顔のままぶつぶつ呟いているのが、むしろ可愛い。
俺はトーストを焼き上げながら苦笑する。
「……お前ら、食べ物よりペンダント見てる時間の方が長いだろ」
三人同時に返ってきた声が、ほぼハモった。
「「「だって、れー君からのプレゼントだもん♡」」」
その瞬間、俺の胸の奥にずしんと温かいものが落ちる。
皿をテーブルに並べる手が少し震えて、思わず笑ってごまかした。
スクランブルエッグを頬張りながら、杏奈はまた声を弾ませる。
「ねぇ、これつけて登校したら、みんな絶対見てくるよね♡」
ふわりが頷く。
「えへへ~、“ペンダント同盟”だぁ~。わたしたち、もうバレバレだよねぇ」
鈴音は小さく咳払いして言葉を足す。
「……ですが、それでいいと思います。これは“証”ですから」
俺は食パンをかじりながら、静かにうなずいた。
「そうだな。俺にとっても、大事な“証”だ」
窓から差し込む朝の光が、三色のペンダントをいっそうきらめかせる。
トーストや卵の香りと混じって、食卓そのものが甘い空気に包まれていた。
朝ごはんを片付けて、制服に着替える時間。
俺は洗面台の前でネクタイを締めながら、ふとリビングの方を振り返った。……案の定、三人はまだ鏡の前から動かない。
今日は冬休み前の終業式だ。さほど急ぐことはないが、投稿時間はいつもと変わらないので遅刻はできない。
「ほら、そろそろ学校行く準備しないと――」
そう言いかけた瞬間、杏奈が振り返った。制服の胸元には、さっきのブルーのペンダントがきらり。
「れー君、見て! 制服に合わせると、めちゃくちゃ映えるんだよ♡ もう、完璧すぎてやばくない?」
鏡に向かって何度も角度を変えるその姿、完全にファッション誌のモデル気取り。
でも――その自信たっぷりの笑みは、やっぱりどこか俺に見せたいだけなんだって分かる。
ふわりはソファに腰掛けて、胸元のピンクのペンダントを指先でゆらしていた。
「ねぇれーじくん、こうやって揺らすと、ピンクがふわふわして、制服のリボンと“おそろい感”になるんだよぉ~♡ ほら、見て見て~」
その大きな体に似合わず、小さなチャームを大事そうに眺める姿。ああ、この子はほんとに「可愛い」に全振りするのが得意だ。
鈴音は机に教科書を並べながら、きっちり制服を整えている。黄色のペンダントは胸元で控えめに輝いていた。
「……レージ君。これ、思った以上に校則スレスレかもしれません。でも……“守るべきもの”があるなら、多少のリスクは許容範囲です」
そう言って、少しだけ笑った。その真剣な言葉に、俺の胸がまた熱くなる。
三人がそれぞれのカラーを誇らしげに身につけてる光景は――正直、目に焼き付くレベルだった。
俺はネクタイを直しながら、ぽつりと漏らした。
「……なんか、俺まで守られてる気がするな」
杏奈がにやっと笑う。
「でしょ? れー君、今日から“ペンダント王様”だもん♡」
ふわりは両手で胸元を包んで、ふわふわと揺れながら言う。
「えへへ~、王様専用の“お守り”なんだよぉ~」
鈴音は小さくうなずき、ペンダントに指を添えて。
「……そうです。王様が真ん中に立つ証です」
俺は、三人が同時に笑うのを見て、自然と笑ってしまった。
――たぶん今日の登校は、いつもの何倍も特別になる。
駅から学校までの通学路。俺たち四人はいつものフォーメーション――右に杏奈、左に鈴音、背後にふわり。
でも今日は違う。三人の制服の胸元には、それぞれ色違いの小さなペンダントが光ってる。青、桃、黄色。そして俺の胸元には透明+金。
どう考えても目立つ。
実際、すれ違う生徒が「あれ見て……」「ペアどころじゃないぞ……」ってヒソヒソやってる。
そのたびに杏奈が得意げに胸を張るんだ。
「ふふん♡ れー君印のペンダント、全国流行待ったなし!」
ふわりは笑顔でひらひらと手を振って、完全にファンサービス。
「わたし達の“王宮アクセ”なんだよぉ~♡ かわいいでしょ?」
鈴音はちょっと真面目に解説しちゃう。
「これは、私達四人の絆を示す“王宮の証”。非売品です」
……説明したら余計に怪しいだろ、って俺は心の中でツッコミ入れた。
教室に入るなり、爆発音みたいな歓声が上がった。
「うわ、なんだそのおそろい!」
「色違い!? 信号機!? いや、信号機プラス王様!?」
「いや待て、これって……マジでカップル公認アイテムじゃん!!」
クラス全体がざわざわして、気づけば俺は教室の真ん中で立たされていた。
しかも三人はちゃっかり俺の両隣と背後に配置。……完全に囲い込み作戦だ。
「れー君♡ ペンダント似合ってるでしょ?」杏奈が俺の胸元を指でちょん。
「えへへ~、透明と金って“王様専用”だよねぇ」ふわりが後ろからにこっと顔をのぞかせる。
「この組み合わせで完成です。……まさしく真ん中」鈴音が満足げにうなずく。
その光景を見たクラスメイト達は――もう爆笑混じりの悲鳴だ。
「ズルい! 羨ましい! こんなんラブコメ主人公じゃん!」
「土峰、ついに物理的に信号機背負ってきたか……」
「しかも透明と金って。お前どんだけ王様アピールだよ!」
……いや、俺が決めたんじゃなくて、三人が選んだんだけどな。
そこにガラリと扉が開いて、担任の先生が入ってきた。
クラスのざわめきを見渡して、一言。
「……はぁ。朝からカップル騒動かと思ったら、トリプルか。いや、クアドラプル? ……頭が痛い」
俺は慌てて弁解しようとしたけど、杏奈がすかさず手を挙げる。
「先生~♡ これはクラス全体の士気を高める“チームアクセ”です!」
「……そんなもんで士気上げるな」
先生の冷たいツッコミに教室が爆笑。
でも次の瞬間、ふわりがのほほんと口を開いた。
「先生~、でもれーじくんの真ん中って、安心するんだよぉ~」
教室の女子が「わかる~!」「それは認めざるを得ない!」と便乗。
鈴音は真剣な顔で付け加える。
「このクラスは、レージ君を中心にまとまっている。事実です」
その言葉に男子連中が「いや、異論はないけど悔しい!」と机を叩く。
先生はついに観念したようにため息をついた。
「……好きにしろ。ただし授業中に光らせて気が散るのは勘弁な」
教室はまた爆笑の渦に包まれた。
俺は頭をかきながら、胸元のペンダントをそっと握る。
――やっぱり今日も、王宮は健在らしい。
◇◇◇
終業式が終わった午後、いつもより空っぽな教室。
窓の外には冬休みを喜ぶ声が遠くに響いている。けれど俺ら四人は当然のように教室に残って、机を寄せて円を作っていた。
杏奈がぱん、と手を叩く。
「じゃあ“冬休み突入記念・第24回絶対俺だけ王様ゲーム”やりまーす♡」
その言葉に、ふわりは「もう常設イベントだよねぇ~」と微笑み、鈴音は真面目顔で「はい。儀式的意味合いを持ちます」と補足。
割り箸を握る俺。今日も当然、赤い印は俺のところ。
三人が同時に「はーい♡」と嬉しそうに視線を向けてくると、胸が熱くなった。




