模擬戦と切腹
ヴェルディーゼの城の外、広大な大地にて。
ユリが大鎌を握り締めてヴェルディーゼと相対していた。
つい先日まで仕事で赴いていたクローフィ・ルリジオン、あの世界ではまともな鍛錬ができていなかったので、ここ数日ユリは実戦形式で鍛えられているのである。
「……うええぇ……やりたくなぁい……」
「我儘言わない。現状、ユリは人を傷付けることを恐れているし、僕も無理にはやれとは言わないけど……だからって、弱くていいわけじゃない。人を傷付けられない上に弱いんじゃ、連れて行ってもどこかに閉じ込めておきたくなるし……ああ、ごめんね。そんなに震えなくていいから。とにかく……いざっていう時に自分でどうにかできるくらいには、強くなり続けてもらうから。強い方があの神どもうるさくないし」
「それはそうなんですけど、わかってるんですけど……痛いし……」
「じゃあ、勝ったら丸一日なんでも言うこと聞いてあげる。できることに限るけどね」
「私のことを理解されすぎてて辛い……ぁい、やりまぁす……」
はぁ、と息を吐き、ユリが意識を切り替えた。
これはただ、鍛えられているだけ。
痛みはあるが、両者とも怪我はしない。
怪我をする心配などない、本格的なごっこ遊びのようなものだ。
「……よし。行きます」
「そんな風に切り替えられるなら、戦うこともできると思うんだけど、ね」
宣言の直後、ユリが地面を蹴って飛び出した。
地面を駆け、腕を上げ、大鎌が振るわれるその寸前、ユリの手からそれが離れ、ヴェルディーゼの頭上を通って背後へと飛ぶ。
「〝黒鎖〟ぁッ!」
大鎌が重力に従って落下していく中、ユリが叫ぶとその手と大鎌を繋ぐように黒い鎖が現れた。
それは二つを繋ぐ直線上にあったヴェルディーゼの肩を貫き、彼は微かに目を見張る。
それを確認する余裕もないまま、ユリが鎖を掴んでぐっと自分の方へと引き寄せた。
それに逆らわず、鎖に貫かれたヴェルディーゼもユリの方へとよろけるように距離を詰める。
「……ッ〝深淵〟!」
楽しそうな表情の浮かぶその顔を見て、ユリが焦りを露わに叫んだ。
深淵でできた黒い鎖に、更に深淵を注ぎ込む。
鎖として固定された深淵はそれに混ざるようにして鎖の形を崩し、ヴェルディーゼを侵食した。
「努力と発想は評価する。そこを鑑みれば、八十点くらいはあげたいところだけど――残念」
パン、と軽い爆発音とともに、ユリの生み出した深淵が跡形もなく消えた。
侵食の痕跡すら微塵も残らず消え去ってしまい、ユリが歯噛みしながら距離を取る。
そのまま、深淵の鎖で鎌を回収しようとして――
「完成度は、せいぜいが二十点くらいかな」
「か、ふっ」
一瞬で距離を詰められて膝蹴りを食らわされ、ユリが軽く吹き飛んだ。
それを見ながらパチンとヴェルディーゼが指を鳴らし、ユリを拘束しつつ着地地点に柔らかいマットを出してやる。
ぽふ、と容赦のない攻撃とは裏腹に柔らかい感触に受け止められ、ユリが目を丸くした。
「ああー……マット柔らかっうぶぇ」
「綺麗に入ったからね。痛いだろうね。あとお腹に行ったから気持ち悪い?」
「いだいぃ、気持ち悪いぃ……ゔっ……鎖、鎖がっ、お腹に食い込んでっ! 痛い痛い痛い気持ち悪い吐くっっ……」
「治癒するから待ってね〜」
「……っ、はぁ……怪我をしないとは……」
「別に痣の一つもできてないよ。一発殴られたくらいで動けなくなられると困るからね、痛みとかには耐性をつけないと」
「ひどい……」
「……慣れれば痛みとか完全に遮断できるんだけど、感覚的な話になるからね。自分で辿り着くまでその痛みとか吐き気には付き合ってもらうことになるよ。大丈夫、怪我はしないし、苦しいけど地獄みたいな辛さには絶対にしないから」
「DVだぁ、酷すぎるぅ……。……真面目な話をすると辛さのボーダーラインが違うっぽいですね、充分辛いです。死ぬかと思いました」
ユリが真顔で言うと、ヴェルディーゼが固まった。
そのまま動かなくなるので、ユリが目の前で手を振って意識が戻ってくるのを待っていると、ヴェルディーゼが冷や汗を流し始める。
数十秒ほどの沈黙の後、ゆっくりと息を吐いたヴェルディーゼが笑みを浮かべ、冷静に告げた。
「わかった。切腹するね」
「ちょっ!? わあああっ、本当に短刀なんか出さないでください! 大丈夫です大丈夫です! 主様が死ぬ方がよっぽど辛いですから、ね!? いいから落ち着いてぇ!」
「落ち着いてるよ」
「正気のまま錯乱しないでください! 正気のまま錯乱って何!? あー、とにかくそれ消して、ほら!」
怒鳴るようにユリが言い、溜息を吐いた。
一先ずヴェルディーゼが短刀を消し、泣きそうな顔でユリを見つめる。
それを何とも言えない顔でユリが眺めつつ、ヴェルディーゼの手を取った。
「そんな死にそう顔しないでください、もう。これから手加減してくれればそれでいいです。痛みに慣れるのも……すっごくやりたくないし、やっておいて良かったとも思いたくはないですけど……仕事が仕事です。危険もありますし、主様の足手纏いにならないためには、戦えない以上は……何があっても、逃げられるようにするのも一つの手段だと思いますから。損は無いと、思います。足手纏いにならないためなら頑張れます」
「……戦うのが怖いなら、来なくてもいいんだよ。安全なここで、僕の帰りを待っていれば」
「主様が許してくれるのなら、私は付いていきます。どうしようもなく足手纏いで、主様がもう駄目だと思ったら、その時は……言ってください。諦めます。……だけど、それまでは絶対に諦めません。できることから一つずつやって、足手纏いを脱却できるように。主様の役に立てるように」
ユリがそう訴えると、ヴェルディーゼが溜息を吐いた。
そして、ユリを抱き上げて城に帰りながら言う。
「気持ちは嬉しいけど、無理はしないで。……これからは色々と気をつけるから、ユリも辛い時は素直に言うんだよ」
「主様が素直に辛い時は言ってくれるなら」
「……わかったから」
ヴェルディーゼが苦笑い混じりに言い、ユリの頭を撫でた。
章の終わり方がわからなくなってきたのでこれでこの章は終わりです……もしくは、前話から次の章始めてた方が良かったかな……わからない……




